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影山英一の事件簿  作者: タツヒロ
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彷徨う少年 ⑥

ーー9月4日13時ーー



 僕と影山さんは昨日の約束通りに「detective’scafe」で待ち合わせていた。

しかし、出迎えてくれたのはいつものマスターの声でも、また可憐な店員さんの声でもなかった。残酷な運命が僕たちを出迎えた。


 いつもは清閑な店なのに今日は店先に群衆がたむろっている。その中にはカメラやガンマイクを持った報道陣、また厳粛な表情で直立している警官の姿も窺える。


 「この店で何かあったんですか?」


影山さんが野次馬の中にいた中年の女性に優しく話しかけた。すると女性は興奮気味に目を最大限に開かせ、驚愕な現実を僕たちに直面させたのだった。


 「この店で殺人事件が起きたんですって!殺されたのはこの店の店主だったらいいのよ。確か、名前は有田さんっていうんですけどね」


 全身に稲妻が走り、硬直した。ひんやりと冷たい汗が背中と通って流れ落ちる


 「それは誠に災難でしたね」


影山さんはできるだけ冷静さを装い、柔らかい口調で話す。


 「そうなのよー。近所でこんな事件が起こるなんて恐ろしいわ。有田さんは顔を合わす度に挨拶をしてくれて優しそうな人だったのに」


「有田さんとは顔見知りだったんですか?」


 「ええ。人が良いから近所では評判が良かったのよ。なんで良い人に限って殺されちゃうのかしらね。さっき警察官の話を盗み聞きしちゃったんだけど、ダイイングメッセージとか話していたわ。そういうのはドラマとか小説の中だけだと思っていたんだけどね」


 影山さんの眉がピクっと上がる。


 「それはどういうことでしょうか?」

 「私も直接訊いたわけでもないから確かなことかはわからないけど。なんだか有田さんが祈りのポーズをして亡くなったらしいのよ。変な話よね」


 そう言って女性はふくよかな五指を互いに顔前で絡ませ、僕たちにジェスチャーして示した。


 「なるほど。それは大変奇妙な事件ですね」


 奇妙なのはそれだけではなかった。影山さんの眼だ。その眼にはまるで子供が玩具を手にしたような、また数学者が難解な数式を解いているようでもあった。


 いや、違う。好奇心や探求心といった軽い言葉ではその眼は表し切れない。たとえるなら、空腹な狼がやっとのことで見つけた獲物を逃すまいとする眼。


狩人の眼であった。


 ーー同日13時30分 「クイーン」にてーー


 「残念だったな。君はあの店の常連だったんだろう」


影山さんはしばらく無言だった空気をきりはらった。灰皿には3本のハイライトの吸い殻が溜っている。


「はい。でも僕のお気に入りの店があんなことになったショックよりもマスターが殺されてしまったショックのほうが大きいです」


 「そうか。他人任せな言葉で申し訳ないが、いずれ警察が犯人を逮捕してくれるさ」


目の前の現実を受け止められず、俯いている僕に慰めの言葉だったのだろう。しかし、それで僕の頭が持ち上がることはなかった。


 また一本と影山さんはゆっくり煙草をふかす。すると煙草の煙を吐くとともに、耳を疑うようなセリフも吐いた。


 「もし、警察が事件解決できなかったら君はどうする?」


「それはどういうことですか?」


無神経な発言に怒りがこみ上げてくる。

しかし影山さんは僕の怒りを受けながし、冷たい口調で怒りに油を注ぐ。


 「そのままの意味だ。警察はこの事件を解決することができないかもしれない。その時、君は一人でも真相を暴こうとするのか?」


いくらか語調を強めて反発する。


 「知っていると思いますが日本の警察は優秀です。事件が未解決になるなんてそんなことはありません。それにさっき影山さんは、警察が犯人を逮捕してくれるって言ったじゃないですか!」


 「犯人を特定するだけなら警察でもできるかもしれないな。でも有田さんが死の間際に残したメッセージまで読み取ることはできないかもしれない。この事件は極めて稀なケースだ。何人の警察が挑もうとも、その者たちが愚劣だったら無意味だ。このメッセージは、地道な捜査で解明できるほど単純なパズルではない」


そこまで警察を酷評しなくても。けれどようやく話の真理がわかり、苛立ちというより困惑が湧き上がる。


 「つまり、影山さんは有田さんが残したダイイングメッセージを読み取ろうとしているんですか?」


 「俺一人だけでは無理だ。なんせ俺は一般人と変わりないからな。だが君がいれば話は大きく変わる。親しい人が殺された君ならば無関係では済まない」


 それはいくら何でも無理がありすぎるだろう。僕もただの常連客に過ぎないのだから。


 「それに俺はダイイングメッセージだけを読み取ろうとしているのではない。事件の深淵に眠っている『魔物』を狩りたいんだ」


 影山さんの眼は狩人の眼となり僕を睨みつける。


 「いやでも・・・」


 「有田さんが最後の力を振り絞って残した手掛かりを君は無下にする気か?」


事件の精神的ショックにより、僕にはこれ以上この人に刃向かう気力は残っていなかった。


 「わかりました。この事件に足を踏み込む以上、必ず真相を暴きましょう」


そう前向きなセリフを口にしたが、内心は不安や恐怖で埋め尽くされていた。

影山さんは、口角を少し上げ、煙草にに火をつける。


 「立派な大義名分の完成だ。では、狩りを始めようとしようじゃないか」


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