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影山英一の事件簿  作者: タツヒロ
2/15

彷徨う少年 ②

 「え、あの...」


喉に言葉が詰まったようだった。まさか先ほどの来客が影山さんだったなんて。


 「冗談だ。少年。俺の数少ない読者に出会えたもので大変喜ばしかったんだ。

すまない。読書の邪魔をしてしまったね」


僕がさっき読んでいた自らの新刊を指さして言う。


 「あの!」


自分でも驚くほどの声の大きさだった。意識せずとも自然に腰が浮いているのがわかる。


 「すみません。大きな声をだして。デビューした時からずっとファンでした。さっき言ったセリフも須藤探偵のセリフですよね」


 須藤探偵というのは影山さんの代表作・須藤シリーズに登場する主人公の探偵である。


 「ありがとう。セリフまで覚えてくれるなんて勉強熱心な読者だな。 少年。名前はなんていうんだ?」


 「土井 るひとって言います。流れる人と書いて流人です」


 「土井...流人か。うん。すごくいい名前だな。気に入ったよ。覚えておくよ」


そう言って影山さんは椅子から立ち上がろうとした。


「もし時間が許すのならもう少しだけお話してもいいですか?すみません。図々しいこと言って」


謝る気があるなら最初から言わないことだ。しかもただのファンが多忙である作家に時間を割いてくれなんて失礼にも程がある。


 しかし影山さんの目はさっきの鋭い目から一変して優しい目に変わり、


 「いいよ。俺も今誰かと話したかったんだ。実をいうと中々小説のネタが思いつかなくてね。

何か刺激が欲しかったんだ。ファンとゆっくり話ができるなんてこんな有意義で刺激的な時はないよ」


と快く承諾してくれた。そしてアイスコーヒー頼み僕が話始めるのを待っていた。


 しばらくの沈黙。


自分から無理言って話したいと言ったくせに何を話せばいいのだろうかわからない。このまま無言はあまりにも失礼だ。無責任な自分に情けなくなる。


 この沈黙を破ったのは影山さんだった。


 「好きなのか?ミステリー小説」


石と化していた僕に気を利かせてくれたのだろう。


 「はい。昔から好きでずっと読んでます。といってもミステリーしか読まないんですけど」


 「そうか」


今度はこちらから話題を振る番だ。


 「影山英一という名前は本名ですか?」


 「そうだよ。32年間ずっとこの名前だ」


 「すごいですよね。32歳で今を代表する推理作家になれるなんて。以前の雑誌読みました。新進気鋭の推理作家だと評されていました。本当に尊敬します」


すると新鋭の作家は苦虫を噛んだかの表情になり手で制した。


 「やめてくれ。言い過ぎだ。俺はそんな持ち上げらるような作家ではないよ。こんな無名な作家が雑誌に載ったのは出版社にいる知人の伝手だ。実際は本屋の片隅でほかの作家に居場所を奪われないようにひっそりと息を潜めている程度に過ぎない」


それはいくら何でも自分を過小評価しすぎだ。というのは32歳で年間の優秀作品に授与される日本ミステリー文学賞の佳作を勝ち取っている。


 「にしても君は物好きだな。俺の作品なんて到底足元にも及ばないような極致を極めた作品が多くあるのに、わざわざ手に取り読んでくれるなんて」


 「そんなことありませんよ。影山さんの作品だって極致を極めています。

それになぜ僕が影山さんの作品にこんなにも陶酔するのか、少しわかるんです」


 その時影山さんの眉が少し動いた気がした。


 「実をいうと赤羽 秀一と僕の境遇が似ているんです。だからすごく共感しちゃって。変ですよね。フィクションの人に共感して陶酔までしてしまうのは」


そういって僕は冗談めかして笑って見せた。


 赤羽秀一というのは須藤探偵の助手の立場にいる人物である。

この人の境遇とは幼い時に親に捨てられ孤児院に預けられる。12歳の時に里親が見つかり引き取られるが、その1週間後に卑劣な通り魔により里親が無残にも殺害されてしまう。

愛の欠落といった深い溝を持つ彼は自らの境遇を恨みながら自殺を決意。その暗闇から手を差し伸べたのが須藤探偵であり、以後ともに事件を解決に導いていくというものであった。


 「そうか。君もなのか」


 「はい。でも孤児院には入ってないし、里親も殺されてはいないです。それに自殺なんかは怖くてできなったです。意気地なしなんです。僕は」


 暗く重い沈黙。

 この沈黙を破ったのは僕だ。


 「すみません。暗い話になっちゃいましたね。そうだ。須藤さんに今度みてもらいたいものがあるのですが」


この暗くなってしまった場の雰囲気を消し去ろうとなるべく明るい声で言った。


 「なんだ?」


 「実は今小説を自分でも書いていまして、もしよろしかったら僕の最初の読者になってほしいのです」


影山さんの目が優しくうっすらと笑った。


 「もちろん。俺でよかったら将来の巨匠・土井 流人先生の最初の読者になろうじゃないか」

またそれは言い過ぎだ。



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