安楽椅子探偵 VS 切り裂きジャック ④ 〜解決篇〜
「いい加減教えてくれませんか?あのメモには一体何が書いてあったのか。そして、どうして影山さんは、切り裂きジャックの正体に辿りつくことができたのか」
あと一時間ほどで約束通りに熊谷警部補と神田刑事が、答え合わせにやってくるのだが、それまでいくら訊いても影山さんは、「自分で考えてみろ」と僕に、断固として自分の推理を教えてくれないのだ。
影山さんは、安楽椅子の上で長く色白い人差し指で耳穴をほじり、煩わしそうに僕を煙たがった。
「少しだけヒントをやろう。切り裂きジャックと持ち上げられている愚図な犯人は1つミスを犯した」
ミスだと?今回の事件は、ミスどころか手がかりもなければ目撃者の1人もいないのだ。いうなれば完全犯罪ではないか。
「それがないから警察は困り果てているじゃないですか。まさか熊谷警部補たちが来る前に独自で捜査していたのですか?」
「そんなことはないさ。君と俺の情報量は変わらないよ。熊谷警部補が話してくれた事実の中に不審な点が1つあるのさ。その一点が、この事件を芋ずる式に、論理的かつ合理的に完璧な形で露にしてくれたのさ。
そうだな。もう1つだけヒントをやろう。犯人の手口は、捜査を攪乱させるためでも、第三者に目撃される危険を回避したことでもない。そうする術しかなかったのさ。限られた手段があたかも絶壁な犯罪を完成させたかのように繕ってしまったんだ」
犯人の手口は、市販の包丁で最初は下腹部を刺し、次に首に一突きで息の根を止める。また天気は常に大雨。
僕の頭脳ではヒントどころか増々謎が深まるばかりだ。犯人はこの犯行のルールを自ら設けたのではなく縛られざる負えなくなってしまった……。
「下腹部を刺すことは、妊婦だけでなく胎児も殺すためで、大雨であるのは犯行の痕跡を消すため?」
僕は、必死に頭を酷使し拙い推理を披露したが、影山さんには失笑を誘う代物だったらしい。
「赤点だな。真実は1時間後に警部補たちが手土産に持ってきてくれるさ。その間に君の欠如している創造力を鍛えておくんだな」
その後1時間きっかりに、熊谷警部補らが心から愉悦に浸っているかの笑みを浮かべてソファにゆっくりと腰を下ろした。
「影山さん。あなたの推理通りでしたよ。感服します」
熊谷警部補たちは、顔の筋肉を緩めながら寒そうに凍えている頭を下げた。
「そうなると犯人はやはりあの人でしたか?」
影山さんにとって、その感謝は目算できた返答だったのだろう。さして驚く素振りなく沈着を装っていた。
「あなたには、もう犯人を捕らえていたようですね。では声を合わせて言いましょうか?」
熊谷警部補は、容疑者を確保できたことに安心したのか、火加減を調節できずに犯人当てゲームに興じるようだった。
「普段は冗語を省く貴方の誘いを無下にはできませんね。いいでしょう。犯人は……」
この瞬間、この中で唯一切り裂きジャックの正体を破っていない僕は、思考を停止し固唾を呑んで見守りしかできなかった。
『三浦奈穂』