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影山英一の事件簿  作者: タツヒロ
14/15

安楽椅子探偵 VS 切り裂きジャック ③

 「まずは1人目の被害者である、西土夕菜さんから説明しましょう。死亡推定時刻は、12月15日の午後8時30分ごろ。

 犯行現場は、日暮里駅から徒歩7分ほどの閑静な住宅街です。しかし、それが禍となって刺されてから、7分もの間誰誰にも発見されることはありませんでした。

 彼女は、傘を忘れた夫である竜也さんを迎えに行くために駅まで歩いていたのですが、途中で犯人に遭遇し殺害されてしまいました。

 竜也さんによると30分待っても姿を見せないことと、連絡が一切つかないことを不審に思い、大雨にうたれながらも急いで駅を出たようです。その帰宅途中に騒ぎを起こしている野次馬たちの間から妻が救急車に運ばれる惨憺たる光景を目にしたと言っています。

 凶器と犯行手口は先ほど申した通りでして、影山さん、何かご質問はありますかな?」


 熊谷警部補の報告を一語一句漏らすまいとメモ取りに神経をとがらせていた僕は、後ろに座っている影山さんを振り返ると右手の3本の指を立てていた。


 「3つほど質問があります。1つ目。彼女の妊娠期間はどれほどだったのでしょう?」


 「えーと6か月ほどです」


 右手がピースサインに変わる。


 「では2つ目。どうして、竜也さんは雨の日にわざわざ妻に傘を持ってこさせたのでしょうか?」


 これは神田刑事が、パラパラと音を立てながら手帳をめくり、質問に答える。


 「それは、彼女の方から申し出があったようですね。竜也さんも、コンビニで傘を買うから大丈夫だと断ったらしいのですが、ウォーキング程度だったら体にいいからと強く反対を押し切られてしまったと言っていました。

 その時は、こんな惨劇が起こるとは夢にも思っていなかった。もっと自分がしっかりしていれば妻と子供は命を落とすことはなかった。ごめんなと竜也さんは、安置室で何度も何度も泣きながら謝っていましたよ」


 訊かれてもないことまで話してくれるお陰で、事件に色味がかかり、犯人の冷徹な残虐に憤懣するとともに残された遺族の痛悔や悲嘆が胸に突き刺さる。


 「最後に、犯行現場に何か犯人を示す痕跡はなかったのでしょうか?」

 熊谷警部補は不快そうに額の皺を寄せて、歯を食いしばった。


 「雨が強かったこともあり、証拠となる手がかりは綺麗さっぱり流されてしまいました。もちろん遺体も隅々調べましたが残念ながら……」


 影山さんは何やら考え事をしながら左手で煙草をふかし、右手で器用にペン回しをしているだけだ。

 

 「では、第2の事件へと移りまよう。被害者は飯島舞香さん。犯行時刻は1月12日の午前の7時50分ごろ。犯行現場は、北区にある実家の近所の公園でした。

 飯島さんは、赤ん坊を授かってから1カ月後に夫の相馬さんと死別しています。相馬さんは工事現場の作業員でしたが、不運にも鉄格子から落下してしまい命を落としてしまったらしいのです。

 一時は中絶も考えたらしいのですが、花畑佳乃という中学時代から親友に励まされたこともあり、今は実家の家で安寧な妊活中の日々を過ごしていました。

 しかし臨月を迎え、もう少しという時に、散歩中に犯人の餌食となってしまったのでご両親はたいそう精神が病んでしまっています。

 お父上は半狂乱に陥り、舞香さんとお腹にいた胎児の仇を打つために木刀を持って現場周辺をうろついていたところ、パトロール中の巡査らに厳重注意を受けてたと記録がありました」


 「犯行時は常に大雨だったのですよね?何で舞香さんも、わざわざ散歩なんかをしたのでしょう?」


 これは、僕の質問だ。この質問にも神田刑事は僕の方に目線を向けて、少し砕けてはあったが淀みなく答えてくれた。


 「毎日の日課だったんだ。ご両親も大雨の中、危ないから止めなさいと注意していたようなんだが、雨だからこそジメジメしている部屋を出て外の空気を吸いたいと、舞香さんが反対を押し切ったようだよ。その時はまだ妊婦を狙った連続殺人なんて騒がれてもなく、西土さんの件も怨恨の線で捜査していたから、まさか自分が襲われるなんて夢にも思わなかったのだろう」


 「コホン」と熊谷警部補は大きな咳払いをして、話の路線戻した。


 「この事件も犯行手口は、西土さんとなんら変わったものはありませんでした。また、犯行現場は、住宅地から少し離れたところにあったこと、激しい雨音の二重の障害のせいで悲鳴を聞いた者や目撃者は皆無です。

 ここからは少し複雑なのですが、実は飯島さんの死亡時刻と3つ目の事件の犯行時刻が交差していましてね。

 というのは、飯島さんが刺されてから、僅か5分で通勤中のサラリーマンに発見され、すぐに救急車を呼んでくれたこと、また首の傷が浅かったこともあり昏睡状態ではあったのですが一命をとりとめたのです。

 しかし、その1か月後に病院で息を引き取ってしまったのですが、その死亡した日が第3の事件の被害者の死亡推定時刻の2日後だったのですよ」


 影山さんは、ペン回ししていた手を唇に当てて、瞳を閉じ自分の世界に入っていた。

 熊谷は、「何か質問はあるか?」とジェスチャーするかのように僕の方をゆっくり見たので、小さく頭を左右に振った。


 「では、今の段階では最後である事件に入りましょう。被害者である足立萌は、まだ妊娠してから3カ月ということもあり、訪問介護事業所で介護福祉士として仕事に精進していました。

しかし、2月3日の午後9時に、交通事故で車椅子生活を余儀なくされている三浦奈穂さんの家で介護士としての仕事を終えた後、事務所に向かおうとしたところ、同様の手口で犯人に刺され死亡。

犯行現場は、その三浦さん宅の目の前でしたが、その15分後にアルバイト帰りの学生が殺人鬼に喰い殺された足立さんの亡骸を発見しました」


ここで、熊谷警部補は呆れかえった顔で「はー」と脱力を誘う溜息をついた。


「この世の中、無関心が蔓延しすぎやありませんか? 15分ですよ。15分!あそこは住宅地にも関わらず遅すぎではありませんか。三浦さんに話を伺ったところ、確かに足立さんの小さな悲鳴を聞いたかもしらないが、自分は車椅子なので外に出るのは億劫だったと冷然な態度を取りましてね。

また近所の住民も、晩御飯の準備をしていたとか映画の鑑賞中だったとか言い訳する始末です」


 その事実を聞くと、世の中は他人に対して冷めきっているのかもしれない。もっと早くに誰かが駆け寄っていれば、足立さんは助かったかもしれないし、あわよくば犯人を目撃したかもしれないとくだらない結果論を思いながら、ぶつけどころがない憤りを覚えた。

 

 「強姦魔に襲われたら大声で火事だと叫べと言えという教訓があるように、皆が仏やヒーロではありません。保身か自己利益の追求のためにしか、救いの手は差し伸べてはくれないのですよ」


 影山さんは、名映画であるセブンのセリフを吐いて、僕らの嫌厭を軽くあしらい冷たく言い放っただけだった。


 「少なくとも警察は、そのような薄情者に成り下がるつもりはありません。さて、ここまでが我々が微力を尽くした結果となります。何かご質問はありますかな?」


熊谷警部補は、そんな影山さんの態度に気を悪くした様子は見せず、ソファで姿勢を改めて聞いたが、影山さんは無言でデスクの上にあったメモ用紙をちぎり、何かを走り書きしていた。そして熊谷警部補を無視して、僕に次の雨の日はいつかと聞いたのだから、1週間の天気を頭に入れていなかったので、慌ててスマホを指で滑らした。


 「今年は閏年ですから5日後の29日です。降水確率は80%」


もし、警部補の勘が的中したら、この日に第4の犯行が及ぶことになる。3つとも時間帯がバラバラであることを考慮するとタイムリミットは4日しかない。

 僕は、真っ黒になった自分のメモを見返してみたが、どうにもはっきりしてこない。警察の捜査に抜かりはないだろう。

だが、3つの事件がルールに忠実に行われ、無駄がなく単調であるから掴みどころがないのだ。

犯人は男か女か。1人なのかそれとも複数いるのか。動機は何なのか。それすらもわからない。

例えるなら、マジシャンが人知を超えた能力を使い、仕掛け無しに空中歩行を披露するものだ。

影山さんは、そんな犯罪をあと僅かの時間で見破られるのか。

 そんな不安を消し去るかのように、影山さんは、メモを警部補に渡し、力強い自信に満ちた声でこの部屋を震撼させた。


 「そこには、私が思い浮かべた犯人像が書かれています。それに該当する人物を徹底的に調べ上げてください。特に過去を中心に。そうすれば貴方たちにも事件の輪郭がはっきりするでしょう。では2日後ここで答え合わせをしましょうか」


 刑事たちは「こんなことがあるのか」と言わんばかりに瞳孔を開かせ、しばらく2人で見つめ合った後、急いでコートを羽織り颯爽に捜査に向かってしまった。

 そこに何が書いてあったのか知らない僕は、尋ねずにいてもたってもいられなくなって影山さんの方を向くと無駄だということがすぐに思い知った。

 この人は、歯を見せびらかしククと含み笑いをしながら、狂気に満ちた眼をギラリと光らしていた。事件の深淵の棲む『魔物』を狙う眼。狩人の眼だ。


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