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影山英一の事件簿  作者: タツヒロ
12/15

安楽椅子探偵 vs 切り裂きジャック

 この事件は、「detective‘s café」で起こったあの薄倖な惨劇から半年ほど経った時に、影山さんの天質により、絢爛に一驚な形で幕を閉じることになった。

 その頃になると、僕も小説家である影山さんの弟子として馴染むようになっていた。弟子と言ったら聞こえがいいかもしれない。弟子というよりも、今の僕の立ち位置は、脚色すると書生にあたるのだろうが、自分を顧みて正しく言い直すと『お世話係』と言うべきであろう。

 それも仕方ないことで、僕は影山さんに何をとっても勝るものがない。小説家として大事な文章力も創造力はもちろんのこと、探偵としてのスキルも比類できるどころか足元にも及ばない。

 唯一の自慢であった料理でさえ……。

 

 「君の作る料理はいつも塩辛いな。前にも言ったが、調味料を入れる時は、細心の注意を払うべきだ。いいか、少年。材料選びも確かに大事だが、それよりも最後の味付けが絶品になるか毒になるか決まるんだ」


 いつものように、影山さんはスプーンを振り子のように動かしながら、僕の神経に触れるダラダラとした文句を漏らす。


 「そういうこと言うなら、今度から自分で作ってください!そんなんだから女っけの無い生活を送るんですからね。将来は孤独死しますよ!」


 彼女がいないことに気に障ったのか、ハイライトに火をつけて顔を顰めながら、思いっきり僕に向けて紫煙をぶつけてきた。


 「死因は恐らく塩分過多による心血管死だろうな」


 いや、今あなたが持っている嗜好品のせいだ。


 「そんなことより、今日は何で僕を呼びつけたんですか?」


 文句を言っている割には、ご飯粒1つも残さないで、綺麗に食べ終えた食器を台所に持っていきながら訊いた。


 「もうすぐ熊谷警部補と神田刑事が来る」


 端的にしか説明しないのもこの人の悪い癖だ。要はあの2人が訪れるということは、何か警察には手が負えない厄介で奇怪な事件が発生し、小説家だけでなく探偵をも縄張りとしてる影山さんに助けを求めてきたのだろう。

 影山さんと出会って半年の間に何故だが、様々な奇怪な事件に出くわすようになった。その度に、巧みに事件を解決する影山さんを、最初は煙たがっていた警察も認めざる負えなくなり、今回のように影山さんの要望から、世間に知られないよう内密に事件に参入するようになったのだ。

 影山さんは別に小説の資料収集のために事件に首を突っ込んではいないらしい。また異常な好奇心や探求心からでもない。

 この人はただ、「魔物を狩る」ためなのだそうだ。それが何を示唆しているのか、また数多な事件を手掛ける先にある、この人にしか見えない終着点がどこなのか、それはまだ僕には解らずにいた。

 僕はというと警察に関わるのは避けたかった。「detective’s café」の一件から僕の中に粘り強く蔓延っている自責の念が警察を拒絶しているのだ。

 

 「さて、そろそろ来る時間なのだが」


と影山さん退屈そうに、もうすぐ短針が1を指そうとしている掛け時計を見ながら独りごとのように呟いた。


 「では、来るまで僕と勝負しませんか?」


 「勝負」と聞いた途端、影山さんの眉が上がる。


 「なんの勝負をするんだ?」


 「ただのマジックですよ」と言いながら自分のショルダーバックから真新しいトランプをテーブルに置いて、影山さんに新品であることを確認させるために、目の前で箱に巻かれているビニールを剥がした。


 「これは今朝買ったばかりのトランプです。疑うようならば手に取って仕掛けがあるかどうか調べてもらっても構いません」


 影山さんは面倒臭そうに、箱からトランプを1枚手に取っただけであった。


 「仕掛けはなさそうだな。さて、マジックを見せてもらおうか」


僕はトランプを丁寧に何回もシャッフルし、山札を両手で広げた。

 

「この中から一枚取ってください」


影山さんの白く長い指で取ったカードは、この人らしい不気味に笑いながら玉乗りをしている道化が描かれていた「ジョーカー」だった。

 僕はそのカードをまた山札に戻し、また慎重にシャッフルしていく。そして一番下から順番にテーブルに裏向きのまま置いていき、「好きなタイミングでストップと言ってください」と指示をする。


「ストップ」


良し。うまく技は成功した。後はこのカードを裏返すだけだ。僕は、まるでマジシャンになった気分で得意顔を満面に浮かべて、「ナイスタイミングです」と口調もそっくり真似しながら、さっき影山さんが選んだジョーカーを表にして見せた。

 どうだ、影山さん。今日こそ僕に狼狽した顔を見せてくれと思いながら、影山さんの方を見ると、この人は一気に自信が吹き飛ぶような大きな欠伸をしただけだった。


 「あーあ。本当に君は面白いな。さっきまでの自尊心溢れ出していた顔はどうしたんだ?

なんで俺が驚かないのか不思議そうだな」


 またこの顔だ。人を嘲けるかのような、すべては自分の術中だったかのように優越感に浸っている、僕の一番嫌いな顔だ。


 「そんなに言うなら、トリックはわかるんですか?」


 僕は、少しムキになりながら訊いた。


 「マジシャンとしてお客さんにトリックを暴かれるのは、公衆の面前で全裸を見られるよりも忸怩たる思いじゃないか。まあ、一言で説明するならストップカードというマジックだっけか」


 もう、この人とは勝負をしないようにしようと固く決意した。今までの僕の自信は羞恥心へと変わり、顔が熱くなっているのが伝わってくる。


 「君は昨日やっていたテレビを見て、今日俺を圧倒しようと思っていたらしいけど、昨日習った知識をそうやって人に見せつけないことだな。そういえば、これは勝負だったな。今回も俺の勝ちだ」


 影山さんは、憎たらしくも余裕を前面に出し、ソファーに深く座りながら組んだ足をブラブラと遊ばしていた。

 ここまで見抜いていたのか。僕は、心の中で小さく舌打ちをした。このまま負けっぱなしは、すこぶる気分が悪かったので、最後の賭けに出た。


 「まだ、負けていません。攻守交替です。今度は影山さんが僕にマジックをして見せてください。これで、僕がトリックを見抜いたら引き分けです。まさかと思いますけど、マジックの1つもできないなんて言わないでしょうね」


 僕の決意は、そこまで強固のもではなかったらしい。もう、当たって砕けろだ。

影山さんは、面倒なことになったと言わんばかり態度で、テーブルに置かないでリフルシャッフルをバラバラと音を立てながら巧みに披露する。


 「俺に見せないよう、一番上のカードを見て覚えたら、また山札の一番上に置いてくれ」


 僕は、影山さんの指示通りにすると、また影山さんはシャッフルを繰り返す。


 「待ってください。僕もシャッフルしていいですか?」


 何か仕掛けがあるに違いないと思った僕は、束を裏向きにテーブルの上で散乱させ、また一枚一枚山札を作った。これでたとえ、影山さんが順番を覚えていたとしても、わからなくなるという寸法だ。


 「では、これから君が引いたカードを当てようじゃないか」

 

影山さんは、カードを表にしてじっくり熟視した。その光景は、本物のマジシャンのようではないか。

 しかし、マジック勝負は、「ピンポーン」と呼び鈴が室内に響き渡り渡り、時間切れで終わってしまった。

 

 「警部補たちのお出ましだ。この続きは事件が解決してからだな」


 「えー」と僕が不満を漏らすのを気にも留めずに、影山さんはさっさとトランプを片付けてしまった。

 そして、何やらメモ用紙に走り書きをして、小さく折りたたみ僕に差し出した。


 「ここには、俺が予想した解答が書かれている。今回の事件が解決した後に見てみるといい」


 まだ仕掛けを見破れていない僕は、本当に当たっていたらと怯えながらメモを受け取り、外で待っている刑事さんたちを迎え入れた。

 


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