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6 慶明の新薬

 棗の粥を食べ終わったころ、慶明が湯気の出ている椀をもってやってきた。すらりと高い背を屈め、小屋に入ってくる。出会ったときは同じくらいの背丈の少年が、今では頭二つ分大きく、更には立派な体格を持っている。履物には慣れたようで、もう部屋に入って直ぐ脱ごうとはしなくなった。

「晶鈴。これが安全かどうかみてくれ」

 向かいに腰を下ろし、慶明は椀を差し出す。ふわっと青臭さが立ち上り、口の中に苦味を感じさせる。


「危険なものを調合しないでよね」

「しょうがない。組み合わせの相性があるのだから。人もそうだろ?」


 薬草同士でも組み合わせによっては毒になることもあり、毒草でもまた薬になることがあった。椀の中身について占うために粥の椀を春衣に下げさせ、手洗いの桶を持ってこさせる。

 手を洗い、少し気持ちを落ち着けて流雲石を並べる。


「大丈夫そうよ」

「よかった。じゃ飲んでみるか」


 椀をぐいっと傾け、一気に流し込む。


「うーん。味は今一つだなあ」


 目を細め、顔をしかめる慶明にこの薬の効能を尋ねる。


「今回の薬は心に効くものだ。暗い気持ちが明るくなるんだ」

「酒ではだめなの?」

「酒は冷めるともう気分が沈むし、体質的に飲めないと無理だろう? これは常用すると気疲れと不安症がなくなるんだ」

「へえ……」


 なんだかよくわからない薬だと思っていると、慶明は鼻でふふんと笑う。


「何よ」

「晶鈴には必要にない薬ってことさ」

「まあ!」


 馬鹿にされたと思い、晶鈴は膨れる。


「さて、依頼主に渡してくるか」


 慶明も晶鈴同様に、医局の仕事以外での調合も引き受けることがあった。ほかの薬師も調合をするが、慶明と違い従来の伝統的な調合しか行わない。慶明は自分の調合を創り上げている。禁止された行為ではないが、危険を伴うため、まず自分で飲むことを義務付けられている。何年か前に、新薬で命を落としたものがいるようだ。

慶明はその者に対して、自分のように占ってもらえばよかったのにと思う。彼は新薬を作り出したい気持ちが湧いたとき、飲む前に晶鈴に観てもらおうと考えていた。彼女には内緒だが、最初は試すつもりで、新薬と偽り、既存の薬や、下剤などを観てもらった。薬には安全が保障され、下剤には不安な結果が出た。今では彼女の出す結果を、自分の薬の効能よりも信じているぐらいだ。


「じゃ、お礼」

「あ、ありがと」


 慶明は小箱を渡す。中には月に一度、ひどい頭痛を起こす晶鈴のための鎮痛薬が入っていた。


「それではまた」


 軽い足取りで去っていく慶明を見送った後、そっと春衣が耳打ちをする。


「今日の慶明さまも素敵でしたね」

「そう?」


 青年になってからの慶明しか知らない春衣には好ましい男性のようだ。少年時代、履物も着物もすぐ脱いで、落ち着きなくうろうろしていた姿を知っている晶鈴は、春衣のように憧れる気持ちを持てなかった。


「面白い人だけどね」


 役に立つかどうかわからないような新薬も作り続ける慶明は、ほかの人とはやはり変わっていた。二人は幼なじみのような親しさで、仲良くやってきた。そのため周囲は勝手にこの二人がいつか夫婦になるだろうと思っている。春衣も、晶鈴に仕え始めた時、慶明と一緒の様子を見ててっきり恋人同士だと思っていたが、今ではすっかり晶鈴にその気がないことを知っている。ただ慶明はどうかと問われると、晶鈴に対して幼なじみ以上の思いがある気がする。一度、そのことを晶鈴に言ってみたがそんなことはないと笑い飛ばされてしまった。


「慶明さまのお気持でも占ってみればよいのに」


 なんでも見通すことができる晶鈴は、自分のことはまるでご存じないのだ、と春衣は温かい気持ちで眺めた。

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