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4 北西の村

 辺境にある小さな村では、あらゆる民族との交流があったので、逆に侵略におびえることも、戦乱に巻き込まれることもなかった。晶鈴の母は彼女を生んですぐ死んだ。父親もすでに他界していたので、晶鈴は、両親の顔を知らなかった。母親の兄夫婦に育てられるが、子だくさんの家族の中、十把一絡げの扱いで特に楽しくもなく辛くもなかった。兄妹に交じって家畜の世話をし、繕い物をする毎日だった。


 彼女が7歳になった時に生活が一変する。この村では見たことのない華麗な馬車が到着する。馬車の前後には騎馬隊もついている。村人がざわざわ馬車に注目していると、馬車は広場に停まり、中から濃紺のつややかな衣に身を包んだ陳賢路老師が出てきた。白いひげを一撫でし村人たちに発令する。


「わしは中央から参ったものである。今日、太極府に招かれるものを探しにまいった。この村で母親を亡くした10歳以下の娘を広場に集めよ」


 騒めく村人たちはああでもないこうでもないと話し合いながら、該当する娘を3人連れてきた。一人は最近、母を亡くした娘。もう一人は3年前に母を亡くした娘。そして自分の命と引き換えに亡くなった母の娘、晶鈴だった。


 陳老師は3人を見比べる。二人の娘はもう10歳になるところなので、これは好機だとわかっていた。中央にいけば生活の保障はもちろんのこと、過分な望むを得ることさえできるかもしれないのだ。

 晶鈴はぼんやり立ったまま、さっき草原で転んで、こすった緑と茶色の汚れた頬を撫でていた。

 老師は懐から何個かの小石を取り出し、3人に見せる。手のひらには小石とヒスイやメノウなどの玉が混じっている。


「石の違いがわかるかね?」


 一番年長の娘が、まん丸のヒスイを指さす。


「これが一番高価です」


 二番目にもう一人の娘が四角いメノウを指さす。


「これが一番美しいです」


 ぼんやりしている晶鈴に陳老師が尋ねる。


「君はどうかね」

「これが」

「これが?」

「えっと気持ちがあります」


 すべすべして滑らかだが河原で拾ったような石を晶鈴は指さした。


「気持ち?」

「はい。なんか石にもしたいことがあるというか……」


 まだ語彙の乏しい彼女はうまく説明ができなかったが、陳老師は目を細めて喜ぶ。


「うんうん。石は意志に通じる。よかったよかった。このような遠方まで来たかいがあったわい」


 こうして晶鈴は、将来、国家に仕えるべく占い師見習いとして中央に向かうことになった。伯父夫婦や兄妹たちに別れを告げるが、お互いに感傷的になることはなかった。陳老師から多少の金銀を受け取り、伯父は丁重に頭を下げる。


「身体に気をつけてな」

「おじさん、おばさん、みんな、さよなら」

「元気でね」


 平坦な感情であいさつを交わし、晶鈴は、陳老師とともに馬車に乗り込んだ。


「辛いか?」

「特に、辛くはないです」

「では、嬉しいかね?」

「さあ……」


 感情的なことを問われても、よくわからなかった。毎日、同じ生活を繰り返し、何かを考えることも感じることも特になかった。貧しい村ではなかったので飢えることもなく、邪険にされることもなく自分の役割を黙々とこなして生きてきた。環境が変わることが、晶鈴にとってどんな変化が訪れることなのか想像もつかなかった。


「自分がどうして生まれてきたか。自分の天命など考えてきたことがあるかね?」

「テンメイ……?」


 全く聞いたことのない言葉だったが、少し心に響いた。不思議そうな様子に陳老師は優しいまなざしを向ける。


「占い師は感情的にならず、思いこむこともないほうが良い。時間はたっぷりある」


 晶鈴には何もわからなかったが、とりあえず委ねるしかないので考えることはしなかった。ただこの草原の景色はもう見られないかもしれないと思ったので、馬車の窓から同じ景色を見続けた。

 

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