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華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~愛する人は実の父・皇帝陛下?  作者: はぎわら 歓


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16 進路変更

 食堂に降りていくと、さっきの商人の男が座っていた、晶鈴に気づき手を振ってくる。


「ここだ、ここ」


 張秘書監にやはり似ているが更に気さくなのは職業柄だろうか。晶鈴は木の椅子を引き男の対面に腰掛ける。


「さっきは助かった。ばっちりだったよ」

「それは良かったわ」

「で、礼をしたいんだが相場の3倍でどうだろう」

「相場?」

「ん? 少ないか。じゃあ5倍」


 何の話か分からないまま進めていく男の話を遮り、相場のことを尋ねる。


「あんた占い師だろう?」

「ええ、一応……」


 国家専属の占い師だったことは伏せて晶鈴はあいまいに答える。


「あちこち渡り歩くけど鑑定料の相場はだいたいこんなもんだ」


 男は二本の指を立てた。


「へえ。銅貨2枚なのね」


 銅貨一枚で露店で麺を一杯食べられる。二枚あれば酒も飲めるだろう。確かにさっきの簡単な占いだと、礼に食事をおごられるくらい受け取ってもよいかもしれない。じゃあ受け取ろうかと思っていると男は眉をしかめる。


「銅貨じゃない。銀貨だよ」

「ええ?」


 一桁上がる料金に晶鈴は驚きの声をあげた。張秘書監は、いつもいいというのに金でできた貝貨を置いていった。彼の身分と収入であれば大した額ではないかもしれないが、庶民にとって銀貨2枚というのは結構な額だと思う。おそらく一ヵ月暮らせる額ではないだろうか。

「あんた銅貨2枚じゃどうやっていくのさ。毎日客がいるわけじゃないだろう? ああ、でもその腕前だと毎日客がいるかもしれんなあ」


 勝手に話を進め納得する男に、晶鈴もこのくらいの精度の占いであれば庶民には十分通用するのだと悟った。後で色々な町の占い師を訪ねるのも面白かもと思った。


「まあ、でもちゃんと銀貨で払うよ。取引はうまくいったし、儲かったからさ」

「あら、いいのに」

「いや。払うもの渋ると後で損するんだ。これは商人の鉄則だよ」

「なるほどね。確かに自分から出ていくものは良いものも悪いものも7倍になって返ってくるものね」


 晶鈴も男の前途を思い、素直に銀貨を受け取った。


「ついでに飯も食おう。ごちそうさせてくれ」

「そんなにしてもらわなくてもいいのよ? 困ってるわけじゃないし」

「まあまあ。これは単に一人より二人のほうが楽しいだろうからってことだ。それともあんたは男より食うのかい?」

「そんなことはないけど」

「じゃあ、いい。さあ酒でも飲もう」

「あ、酒は飲めないのよ」

「ん? そうか。じゃ俺だけ」


 平坦な腹をさすって晶鈴は酒を辞退する。そもそも酒を飲んだことはなかったし、飲みたいと思ったことはなかった。子もいることだし、酒には一生縁がないかもしれない。

 食堂もだんだんと客が増えにぎわっている。改めて見回すと雑多だが明るく活気に満ちていると感じる。静かだった太極府とは対照的だ。しかしこの生気に満ちた混沌が嫌いではなかった。


 商人の男は酒を飲むとますます気さくになって、自分のことを話し始めた。彼は薬草を扱っている商人で、全国を回って取引しているらしい。妻がいて一緒に全国を行脚していたが、子供が生まれたので今は単身で商売をしている。


「もう少し金をためたら、店を構えてじっとするつもりさ」

「そうね。子供も大きくなるし、自分も年を取ってくるしね」


 将来の自分のことを想像しながら、男の構想を聞く。どっちにしろ子が生まれたら晶鈴は身動きは取れなくなるだろう。


「いろんなとろにったことがあるのよね。どこか住みやすいいい町をしってる?」

「そうだなあ」


 東西南北それぞれの大きな町の特徴を教えてくれた。


「でもやっぱり都が一番かな。人も物も多いが荒くれたものが少ないねえ」

「都、ね……」


 男はこれから都に向かう予定だ。


「あんたはやっぱり遊学中かね?」

「まあ、そんなところ」


 太極府に見出され、そこで過ごしてきた晶鈴は知識は豊富だが実際の経験はなかった。張秘書監をはじめ、陸慶明などから相談を受け鑑定してきたので、世の中の雑事も多少は知っている。王族のこと国家のことにも知識がある。

 歩き方を知っているが、歩くのは初めてなのだと改めて思う。


「都の医局に行くこともあるのかしら?」

「ああ、今回はとっておきの異国の薬草を手に入れたので行ってくるよ」


 庶民の薬局では扱えないような珍しいものを、都の医局は調査のために買い取っている。


「もし医局で陸慶明という人に会ったら、晶鈴は元気にしていると伝えてくれるかしら」

「ああ、まかしてくれ」


 気のいい男としばらく食事を楽しみ別れた。晶鈴は急ぐ旅ではないが、男は門が開き次第、出発するということだ。部屋に戻り晶鈴は地図を開いた。

 中央の都から少し北西に進んでいる。故郷に帰ったところでどうだろうかと思案する。流雲石をとりだしてみる。


「占ってみようか……」


 東西南北の方位それぞれに卦を出してみる。北には水、南には人、東には火、西には母と出た。


「確か南西の町が温かくて食べ物も豊富だって言ってたかしら」


 さっきの会話を思い出し、自分の出した卦を眺め晶鈴は進路を南西に取ることにした。


「人と母……」


 自分のための占いはそこから何もイメージがわかない。当たっているのかさえ分からない。しかし彼女は自身のインスピレーションを信じることにした。 

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