1.シンセサイザーは神聖に
明るい朝日が部屋を満たしている。
"ああ、なんて清々しい朝なんだ!"
奇妙髪型の男は心で叫ぶ。1980年代の
ギタリストを思わせる奇抜な長髪だ。
むくりとベッドから起き上がり、オンボロラジオに手を
伸ばす。
ザザザザザ……
つまみを捻ると、くぐもったノイズが
聞こえてくる。
電波の調子は今ひとつのようだ。
ポーン!
ようやく聞こえた。これは時報の音だ。
「ウェェェェイヴ! 1・0・8!エフエィィィムッ‼︎」
男はじっとラジオを見つめる。
映像が流れているわけでもないのに。
「グッド・モーニン!現在の時刻は午前8時!
今日のラジオパーソナリティーは私、
フォクシィ・フォックスが務めさせて
いただきます!」
男はにんまりと微笑む。
"うんうん、やっぱりこの声だよ!"
と言いたげな様子で。
「それじゃあ、今日最初のオンエア曲は…これよッ!」
ラジオからは、ややチープなシンセサイザーの
サウンドが流れ出した。
50年程前に流行ったような雰囲気の音楽だ。
「やった! これがかかるとは思わなかったよ!」
ラジオを前にして男は1人ではしゃぎ、歌って
身を揺らした。
「おいマイケルッ! ラジオの音量は抑えろと
あれほど言っただろ⁉︎」
野太い声が響くと、部屋のドアが音を立てて
荒々しく開かれた。
ドアの外からは、身長が優に2メートルはあろう巨漢の男が顔を覗かせた。
全身はグレーの毛で覆われ、マズルはがっしりと力強い。これは狼の顔だ。
「ごめんフィリップ! 僕の朝にはこれが必要不可欠
なんだ。シンセサイザーは神聖だから……!」
マイケルと呼ばれる男はにこっと笑う。
どうにか誤魔化して言い逃れようとしている。
「またそれかよ! にしても、音デカすぎだぜ……。
こっちの部屋までガンガン響いてやがる。」
フィリップと呼ばれる男はため息を吐いて呆れる。
どうやら朝の恒例行事らしい。
「まあいい。次やったら、そのラジオを現代の
ポップスしか聴けないように改造してやるからな。」
「なッ……。 そいつは困るよ」
側から見ると訳の分からない仕打ちだが、このマイケル
という男に対しては効果絶大らしい。
「ところでフィリップ。今日は買い出しの日だろ?
もう行ってきたのかい?」
その一言で、フィリップの耳がピンと立ち上がった。
「そうだった。すまんが、今日の買い出しはアンタが
行ってくれないか?」
「えっ。なんでだい……?」
フィリップはやや申し訳無さそうに、しかしクールな
口調で話す。
「昨日の夜に、突然依頼が飛び込んできたんだ。
数少ない依頼だ。絶対に無視することはできない……」
マイケルの視線は6時の方向を向いている。
「 "誰もが僕を始末しようとするだろう!" と、
アンタは言った。
だが、目的地はたった600メートル程先の
スーパーマーケットだ。
その調子だと、いずれトイレにも行けなく
なって、最後はずっと布団の中でションベン漏らしながらうずくまるような生活になるんじゃないか?」
マイケルは渋々頷く。梅干しを食べたような、
なんとも言えない表情で。
「確かにその通りだ。布団の中で怯えながら一生を終えるなんて、絶対にごめんだよ。でも……」
「心配するな、マイケル。何も裸で出歩けと言っている
わけじゃないんだぜ。とうとうアレが買えたんだ……」
そう言い、フィリップは隣の部屋からノートパソコン程
の大きさの箱を持ってきた。
中には、状態の良い一丁の拳銃が入っていた。
「少ない稼ぎを地道に貯めて、やっと買えたアンタの
ハジキだ。こいつを持っていれば、ある程度は戦える
だろう」
マイケルは思い出した。一ヶ月前、そろそろ
自分用の銃が必要だとフィリップと話し合った
ことを。
「だが待ってくれ。僕は銃なんて全く使ったことがない。君が銃を持てば鬼に金棒かもしれないが、僕の場合は
赤ん坊に金棒なんだよ!」
フィリップは、駄々をこねる子供を前にしたように
頭を抱えた。そこで、ある条件を提案した。
「仕方ない…。買い物に行ったら、1ドルだけアンタ
にくれてやる。数日前から、冷蔵庫は空気を冷やすだけの機械と化しているからな。今日行ってもらわないと、俺達は飢えて倒れてしまう」
1ドルという言葉を聞くや否や、マイケルの口の中の
梅干しは消えた。
「君も依頼を解決しない限り、僕らは飢えて倒れて
しまう。お金が無いと食料は買えない」
「そういうことだ」
マイケルはピストルを手に取った。この時、彼はトリガーに指を掛けていたので、フィリップが軽く注意を入れた。
「分かった。行ってくるよ! 僕、マイケル・レイナー
26歳は1ドルに命を賭けるッ!」
フィリップは苦笑する。サイフの中身を気にかけながら。
丁度ラジオの曲が終わったようだ。
シンセサイザーは神聖に、朝の洗礼を終えた。
続く