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 食事の時間が来た。

 調理実習室。

 クラスの代表者とオレら、エリザベス一行様は机を並べただけの簡易テーブルに着いている。

 周囲は既に暗くなっていたので、ろうそくを灯した。

 ろうそくは、鐶が獲って来た野生動物の脂を使って製作。獣脂ろうそくってヤツだな。

 黄色っぽくて臭いがきついが、ないよりマシ。

 それにしても、鐶のサバイバル技術は達人級のようだった。

 

「粗末なものしかありませんが、どうぞ」

 オレは前置きしてから勧める。

「いや、そなたらのもてなし、心から感謝する」

 エリザベスは頭を下げた。

「乏しい食料にもかかわらず、敢えて馳走してくれたというその心だけで十分」

「そうおっしゃらず、どうぞ召し上がってください」

「そこまで言われるのなら、かえって固辞するのは失礼にあたるな」

 エリザベスは微笑んで、仲間の顔を見回した。

「どうでしょう、エリザベス様、彼らに我々の食料を少し味わっていただくというのは?」

 バークレーが提案する。

「そうだな」

 エリザベスは快諾。

「という訳だ、口に合うかどうか分からんが、食べてみてくれ」

「お心遣い、ありがとうございます」

 オレは深々と頭を下げ、軽装の杖を持つ男の一人から彼らの食料を少し受け取った。

 何か、七面倒くさい会話だが、礼儀正しさも交渉の一要素だ。

 おろそかには出来ない。

 それに彼らと仲良くなっておいて後々損はない。

 エリザベス、バークレーの他には、エド、マイク、ベンなどなど。

 ずらりと白人の名前が並べられたのだが、正直10人超えると覚え切れない。

 話を戻そう。

 オレたちはバークレーにもらった食料を皿に空けてみんなに回した。


 小麦粉を四角に固めて焼いたようなもの。→固くてパサついていて何の味もしないが、腹にはたまる。


 プラムに似た果物を乾燥させたもの。→噛んだ時は渋みが感じられるが、噛みつづけるうち徐々に甘みが広がる。


 正体不明の動物の干し肉。→ま、オレらも林で狩猟した似たような動物を食べてるけどな。


 ハーブのような味のする葉っぱ。→食後のお茶の代用品か?

 

「結構なお手前で」

 オレは社交辞令を返す。

「世辞などよい、そう旨いものではない」

 エリザベスは屈託なく笑った。

 その笑顔が意外に愛らしい。

 男に負けないほど背丈があり、大柄でがっしりした体躯の持ち主だが、それでもどこかしら女性的な魅力を持ち合わせているようだ。

 突然、傍らにいた鐶と美紀が、


 げしっ


 オレの足を片方ずつ同時に踏みつけた。

 ……痛てぇっ。

 何しやがる!?

「デレデレすんな!」

「カイ君、あたしという者がありながらッ!」

 鐶と美紀が小声でささやいた。

「何をいうちょりますか、デレデレなどしちょらん」

 オレは慌てて否定した。

「ふふ…」

 エリザベスは、オレが責められているのが面白いと見えて、微笑。

「カイ殿は結構もてなさるようだ」

 バークレーが余計なことを言った。

「ええ、実はその通りでして!」

 オレはヤケになって胸を張る。

「故郷にはオレの帰りを待ってる女が星の数ほどおるんですたいッ!」

「カイ君、ちょっとこっちにいらっしゃい」

「てめーこら、ヤキ入れたる!」

 ゆらり。

 鐶と美紀が立ち上がって両側からオレの腕をつかんだ。

「『両手に花』とはこのことですなあ」

 ガハハハ。

 バークレーがうらやましげに言って、一団のみなさんはどっと沸いた。


 数秒後、

 オレは顔に青あざを作って帰ってきました。

 んぬうっ……覚えとけよ、鐶に美紀。


 ******


 食事が終わると、一団の中から選抜された最も身軽な男、ラングレーが出発していった。

 さようなら、ラングレー。

 顔も覚える間もなく、彼は去ってゆきました。


 ******


 食事の後は、双方とも大分打ち解けてきて談笑を交わすようになっていた。

「ところで、援軍が来た後のことですが」

 オレが切り出すと、

「うむ、私もそれを考えておった」

 エリザベスはうなずく。

 最悪の予想が的中し、魔王軍が責めてきて防衛線を強いられて、それでも何とか持ちこたえて、めでたく援軍が来て魔王軍を撃退したとして、その後どうするのか。

 捕らぬ狸の皮算用っぽい気もするが、先を考えておかなければ何も決められない。

「エリック……男爵に護衛やら食料やらを提供してもらい、ミッドガルドへ行くことになるだろう」

 エリザベスは『男爵』のところで瞬間的に歯軋りしたようだった。

 何があったんだろ、この人に?

 オレは心の中で突っ込みつつ、

「そうですね、そこまではいいのですが、オレたちはミッドガルドへ行った後、何をすることになるんです?」

「それは……」

 エリザベスが傍らのバークレーを見やる。何か言いにくそうだ。

「天の御使いのする仕事はただ一つ。我々に平和をもたらすことです」

「具体的には、どういうことをやらされるんですか?」

「拙僧は、魔王の軍勢を追っ払うことに協力させられると愚考しますなぁ」

 バークレーは呑気に言ったが、

 それは、オレらみたいな一介の高校生には荷が重過ぎる。

 でも、そんなことは間違っても口にできない。

「……」

「……」

 クラスの代表はみんな押し黙っている。

 辛く苦しい道が待っていると知りつつ、それを選べるのか。

 もちろん他に選択肢がないのは明白で、オレらはそこへただ突き進むしかできない。

「エリザベスさん、若干時間をいただけますか?」

「うむ、相談して決めるが良い」

 エリザベスはうなずいた。


 エリザベスご一行様を体育館へ案内し、休んでもらうことになった。

 もちろん彼女らも見張りを立てて、それ以外の者は休息するだろう。オレらが邪悪な心を持っていないと分かっていても、信用しているわけではないだろうからな。

 ともかく、オレはクラスの代表者たちと向き合っていた。

「オレはごめんだぜ、戦争に参加させられるなんてよぉッ」

 口火を切ったのはロン毛だった。

「ボクは構わないと思うね」

 マサオは真っ向から対立意見を言った。

「戦うことがすべて悪いこととは限らないさ」

「でもぉ、そんなの怖いよー」

 茶髪の女子が暗い顔のままつぶやいた。

「そうよね、戦争に参加するなんて、わたしたちただの学生なのに……」

 おさげ…いや、藤田が同調する。

「ものは考えようだ、オレらの世界でも戦乱の地域ではオレらと同じくらいの学生が戦っているところもある」

 オレは茶化すように言った。それぐらいしか思いつかない。

 ま、場の雰囲気はマサオとオレ以外は、否定的だ。

「わたしたちはそういう国で育った人たちとは違うよ」

「そうだよ、オレ、そんなのに巻き込まれたくない」

 ノッポが情けない声を出す。

「だよな。オレらが参加したってムダだろ、負けたらオレらの責任にされるしよ」

 デブがまたそれに同調する。

「そうだよなー、帰りてえー」

 ボウズが半べそかいている。

 初の発言だというのに根性のないヤツらだ。

「待ってくれよ、みんな」

 ハハハ。

 薄ら笑いにも似た声を上げて、マサオが制止した。

「みんな、肝心なことを忘れているさ」

「何だよ?」

 ロン毛がマサオを睨みつける。

「ボクらはこの世界の人間に保護されなきゃ生きてゆくのもままならないってことさ」

「……」

「あのエリザベスさんたちの世話にならなければ、魔王の軍勢にやられてしまうし、そうでなくても、このまま生き延びられるかも分からないさ」

「でも…」

「ねえ…」

「うん…」

 みな煮え切らない。

 そう。煮え切らないのだ。

 事は明白だ。

 ・オレらだけで生き延びるのは難しい。

 ・魔王の軍勢に狙われているらしい。

 ・この世界の人間たちの保護を受ければ生き延びる確立はグンと高まる。

 簡単すぎるほど簡単である。

 やはり、対価としてこの世界の人間たちの意に沿った働きをしなければならない事が、みんなを躊躇させるのだ。

「いや、みんな、よく考えてくれよ」

 オレは辛抱強く説得をする。

「オレらがここで決断できなくて、二つに分裂したりすればそれだけ生き延びるのが難しくなるんだ。もし学校に残ったりすれば確実に自滅すると思う」

「いや、そうとは限らんねーだろ?」

 ロン毛が反論するが、

「今でも食料の調達とか毒のあるなしの判別とか鐶に頼ってる部分がほとんどだろ?」

「ボクのたかきびも忘れないでくれよ」

 るせぇ、横から口を挟むな。

「……いや、そうだけどよぉ」

 ロン毛はうつむいてぶつぶつと言った。

「オレは、みんなにこんなところで朽ち果てて欲しくねーんだ。全員がもとの世界に帰れるようにしたい」

「……」

「……」

 みんな、シーンと静まった。

「オレ、やるよ!」

 チビが唐突に叫んだ。

「オレ、みんなにイジメられて、逆らう根性がなくって、もうどうにでもなれって諦めかけてたけど、でも、でもやっぱり元の世界に帰りたい」

 チビは興奮していた。

 半泣きで、震えながら言うその姿はみっともない。

 が、本心の吐露とでも言うべきその姿は、オレには笑うことはできなかった。

「よく言った」

 オレはチビの肩を勢いよく叩いた。

 チビは衝撃に耐え切れずにひっくり返りそうになる。

 ……いや、コイツ使い物になるんかいな?

「オレらには最初から他に選択肢はないんだ」

「でも、そんなこと、クラスのみんなには伝えられないよ」

 茶髪がうつむいたまま、つぶやく。

「心配するな、オレが全生徒に伝える」

 オレはドンと胸を叩いた。


 オレに任せろ!


 的なオーラが出ていたに違いない。


 オーラの力、あなどるな!


 なんかどっかで聞いた感じのセリフが聞こえてきそうな勢いだが、

「それに、戦争に参加するったって形だけだと思う。天の御使いってのは象徴に近いだろうからな。うまく行けば戦いそのもには参加しなくていいかもしれない」

 オレは急に猫なで声になり、甘い誘い文句を切り出した。

 舌先三寸。

 統治は信賞必罰。

 飴とムチを使い分けろってことだ。

「うん、わかった」

「そうだね」

 女性陣がうなずいた。

 いや、案外、女の方がこういう時には強いもんだ。

「お前らは?」

 オレは、


 おい! 男だろ!?


 ってな意味合いを込めた視線でもって他の代表者たちを見やる。

「しかたねーな」

「はい」

「はい」

「はい」

 みな合意に至った。

 はい、そうです。強制的です!

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