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マサオです。


ボクたちは全員無事に元の世界へ帰ってきた。

校舎は戻ってこなかったので、学校跡に現れたのだった。


世間は大騒ぎ。

ただ、ボクたち生徒は口裏を合わせた。

警察やマスコミに事情を聞かれたが、ボクたちは何も覚えてないと答えた。

正直に答えても頭がおかしいとしか思われないだろうから。


その服装はどうしたんだ?→分からない。

どこに居たんだ?→覚えていない。

こんな風に。


先生たちは戻ってくる直前に正気に戻っていた。

そのお陰で、先生たちは何も知らない、何も覚えていないと言う状態だった。


そしてしばらくして、ボクたちも、世間も、事件のことは忘れてしまった。


「おう、西宝寺」

声を掛けられる。

「やあ、蟹屋敷君」

ボクは挨拶した。

蟹屋敷君はカイ君にはロン毛と呼ばれていた。

少し世間話をする。


「最近、記憶が薄れてきたみたいなんだ」

蟹屋敷君は言った。

「そうみたいだ、ボクも段々あちらの事を忘れてきてるんさ」

ボクはうなずいた。


ボクたちは、カイ君の事を覚えていた。

が、世の中はカイ君を覚えていなかった。

彼の家もなくなっており、家族も存在していなかった。


これは、元から居なかったのか、それとも存在が消えてしまったのか。

ボクたちには分からなかった。

分かっているのは、徐々に記憶がなくなっているということ。


いずれ、あちらの世界のことは忘れてしまうんだろう。


ボクらの間で、

「あれ、なんだっけ、ほら」

「はあ?」

というやり取りが増えている。


「ボクたちは異世界に行って、帰ってきたんだ」

「ああ、そうだな」


「カイ君がボクたちをまとめてくれなければ、生きて帰ってこれなかったよ」

「悔しいが認めざるを得ないな」


「でも、ボクたちはそれを忘れかけている」

「ああ…」


蟹屋敷君は天を仰いだ。

ボクも同じように天を仰ぐ。



「おう、炉縁」

「あ、蟹屋敷先輩」


「オレ、芸工大に行こうと思うんだ」

「へえ、やっぱ彫刻の道に進むんですか?」


「ああ、折角腕を磨いたしな…」

「忘れかけてますよね、オレたち…」


「ああ」

「……」


カイ君にはチビと呼ばれていた炉縁君と蟹屋敷君が話している。

ボクは傍らで会話を聞いていた。


蟹屋敷君は不良をやめ、真面目に勉強をし始めていた。

単に嫌いだからやらなかっただけで、地頭は悪くないというタイプらしい。


ボクたちは時々集まって、あちらの世界であったことを思い出したり、近況を報告し合ったりしていたが、


そろそろ、皆、なんで集まっているのかも、なんでボクたちが仲が良いのかも忘れて来ている。


ボクもほとんど思い出せなくなってきている。


「……平和だな」

「でも、どこか物足りないんさ」

「そうですね」


ボクは、忘れ始めていることに気付いた時から、日記に覚えている事を記してきた。

これを読み返せば、ボクはもう一度知る事ができる。

ボクたちは、異世界に行って、冒険をしてきたのだ。

ある同級生、いや、友人のお陰で戻ってこれた。


……友人の名前、もう思い出せない。



エリザベスとバークレーはアスガルドへ帰った。

大司教とアスガルド王に報告する。


「天の御使いは天界へ帰ってしまいました」


アスガルドの宮殿ヴァルハラは、大騒ぎになった。


「ラル殿のせいですな!」

「天の御使いが帰ってしまったのは!」

皆、責任を追及しだした。

貴族たちは自分たちの都合しか考えていない。


「ラル伯は天の御使いが帰ってしまった責任を取り、アスガルドより追放する」

王の側近が宣言した。

「そ、それはあんまりな仕打ち!」

ラルは言ったが、彼の弁解を聞く者はいなかった。

因果関係が明らかすぎて、弁護するのもムリだったからである。


ラルとその仲間たちはアスガルドより去った。

昔でいう、所払いというヤツだ。


「エリザベス様」

バークレーがつぶやくように言った。

空を見上げている。

「なんだ?」

エリザベスが聞く。

邸宅で武具の修繕や溜まった事務処理などをこなしている。

戦が休止して、暇な時間ができたのだった。

「カイ殿はどうしてますかね?」

「なんだかんだと言っても、上手くやってるだろ」

エリザベスは笑いながら答える。


「でしょうねぇ」

「分かってるなら聞くな」


「はあ、なんでか思い出すんですよ」

「ふん、お前もか。私もそうだ」


「月並みですが、居れば余っていて、居ないと足りない、そんな人でしたね」

「くだらん」


エリザベスは言って、事務処理に戻った。



オレはムスペルヘイムへ行った。

魔王として。


「約束しよう、愛人をこれ以上増やさない。そればかりか、削減に取り組みます!」

オレは宣言した。

したというか、させられたというか。

だって、そんな雰囲気なんだもん。


ヒルデ、

マギー、

クララ、

アクール、

シェリル、

デュランデュラン、

パトラ。


7名の愛人さんで打ち止め。

これを約束させられた。


なので、オレが魔族の領域に行って、初めて取り組んだのが、愛人関係にある娘さんたちに暇を出すことだった。

リストラである。


人事調整をし、リストラされた娘さんたちには結構な金を持たせた。

金で解決である。



そして慣れる間もなく、戦略方面について取り組み始めた。


「まずはミッドガルドと和平だな」

「え!?」

「今、攻め込めば勝てると思いますが…」

オレが言うと、側近たちは驚いていた。

側近たちは、アルマジロ型の獣人、カメ型の獣人だ。


「戦線が拡大しすぎているだろ」

オレは言った。

「兵站の維持費だけで破産しかねないからな」

「それは、そうですが…」


「それに北上するにも限界がある」

「もっと交易を振興して、儲けを増やさないとな」

「恐らく、ヨツンヘイムにフォー教の勢力とニブルヘイムの勢力が入り込んでるから、それらの勢力に繋ぎを付けるべきだな。チーズ、絨毯などを扱っているはずだ」

オレがたたみ掛けるように言うと、

「むむむ」

「はあ、お詳しいのですな」

側近たちは圧倒されている。


(ふむ、なかなかやるではないか)

リータは言った。

どうやら、オレと身体を共有する形になったようなのだ。

主人格と補助人格って感じらしい。

「まあ、アスガルドで国策を左右してきた立場だからな…」

オレは答える。

マッチポンプっぽくて好かんけど。

(実際、ガンガン行こうぜ的な部下を押えられずに困っておった)

「だよなー。周囲が盛り上げ過ぎて止まらないってのはよくあるし」

オレはつぶやく。

傍目には独り言が多い変なヤツに見えるだろうな。



ニダヴェリールのロンドヒル公爵と面会の機会を得た。

オレが会いに行くのはちょっと難しいようなので、アクールに大使として面会に行ってもらうことになった。


アクールは普段は有人ゴーレム隊を率いているが、アスガルドとミッドガルドの内情を知っているという強みがあるので選出されたのだった。

「頼んだぞ、アクール」

オレはちょっと心配しつつ、言った。

「任せてください、リータ様」

アクールは敬礼をする。

皆の前なので、魔王の名前で呼んでいる。

「うん」

オレはうなずいた。



面会当日。

オレは千里眼でその様子を見ている。

アクールのアクセサリを通して千里眼を行使しているのだった。


「えーと、どこかでお会いしたか?」

ロンドヒル公爵は思わず、聞いた。

「初対面です」

アクールはしらばっくれている。

明らかに見知った顔なのだが、堂々ウソをつかれると指摘しづらくなるらしい。

「失礼、会談を続けましょう」

ロンドヒル公爵は先を促した。

お互い、部屋の中には護衛を1人だけ連れてきている。

魔王軍、アスガルド軍の兵士は外で待機している。


「魔王様は和平を望んでおられます」

アクールは単刀直入に伝えた。

「ふむ、和平ですか」

ロンドヒル公爵は、ちょっと考え込む振りをする。

「我が方は一方的に侵攻を受ける立場でして、和平しようと言われてもそう簡単には同意しかねますな」

「では、戦を続けると?」

アクールはストレートに聞いた。

駆け引きを駆け引きで受けてしまうと、権謀術数に長けているロンドヒル公爵が有利だ。

アクールは駆け引きに乗らないことで不利になるのを防いでいた。

「いや、そうは言ってはおりませぬよ」

ロンドヒル公爵は、少し引いたようだった。

「我々は退く代わりに、交易を振興したく思っております」

アクールは続けた。

「それは少々、勝手すぎでは?」

「それは失礼しました」

アクールは一旦頭を下げ、

「では、交易はなしで?」

上目遣いに相手を見る。

「ま、待ちたまえ」

ロンドヒル公爵は慌てて言った。

「そうは言ってはおらん」

「ホッ、良かったです。では交易の話を…」

アクールは始終自分のペースである。

もちろん、わざとそうしているのだが、ロンドヒル公爵は揺さぶりを受けてペースを乱している。

今にも「むむむ…!」とか言いそうな顔だ。


「う、うむ、まあ良いが、こちらにも利益のある話なのでしょうな?」

ロンドヒル公爵は諦めて、アクールの話を聞くことにしたようだった。

「はい、我が方の提案はこのように……」

紙の資料を取り出して、アクールは説明を始めた。


うん、予定通り。

ロンドヒル公爵は権謀術数に長けているが、それ以上に難しい話や複雑な話が好きだ。

頭が良い人だけに、そうした類いの話題に好奇心が働くらしい。


「ふむ、ここはこのように」

「なるほど」


「ここはこうしたら如何か?」

「そうですね、ご提案ありがとうございます」


「ご指摘、助かります」

「いやいや、それほどでもござらぬよ」


今度はアクールは、ロンドヒル公爵の提案を聞く係に回っている。

ロンドヒル公爵の弱点は、ここだ。

自分の提案を受け入れてくれる相手に弱いのだ。

頭が良く回転も速いので、提案自体も有用である。


いつの間にか、ロンドヒル公爵は上機嫌になってきていた。

当初のこすっからい交渉をしようという目的が薄れてきていた。


こちらは相手を利用して、交易の話をまとめられる。


ドヤ!

オレは心の中で勝ち誇っていた。


「今回の面会は非常に有意義でした」

「うむ、私もそう考える」

アクールとロンドヒル公爵は友好的に会談を終えた。


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