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憲兵隊が宿を捜索したが、カイを確保することはできなかった。
エリザベス隊と神官たちが睨みを利かせたお陰か、現場では衝突はなかったが、
宮殿ではラル一味と大司教が激突していた。
「カイ殿をどこへ隠した!?」
ラルは大声を張り上げる。
「知らぬな」
大司教はふてぶてしく答える。
キューブリック将軍とその部下も口裏を合わせて知らない振りをしていた。
「自分で探すがいい」
大司教は言った。
「うぬぬ、そのように都合良く消える訳がない! 隠したに決まっておる!」
「そうだ、そうだ!」
「吐かぬなら、捕縛するぞ!」
ラルと仲間たちは怒りにまかせて言ったが、
「神官職を捕まえたければ、神殿統括の許可をもらうんだな」
大司教は吐き捨てるように言う。
神殿の神官は通常の宮殿下の役職とは指揮系統が異なっているため、おいそれとは手が出せない。
ラルたちは神殿系列にはコネがないようだった。
さらに今回の上意はカイだけに限定されているので、他の者を捕縛するには新たに王の勅命が必要になる。
(チッ、カイは神殿の管理だとはいえ、ただのアドバイザーだからなぁ…)
大司教は心の中で舌打ちした。
神官なら神殿統括管理になるので、王と言えどもそう簡単には捕縛できないのだが。
「ええい、腹が立つジジイだ!」
悪態をつくラルに、
「そりゃ悪かったな」
大司教は悪態を返した。
ラル一味をつかまえて時間を稼いでいるが、それもいずれ終わりが来る。
(どうしたものか…)
大司教の頭脳はフル回転していたが、上手い方法は思いつかない。
*
日暮。
憲兵隊は一時宿の外へと出た。
だが、待機状態である。
カイが戻ってくるかもしれないと考えているのだ。
自然、宿の警護を買って出ているエリザベス隊、神官たちとは睨み合いになっていた。
「1人ずつなら、テレポートで移動できる」
デュランデュランが言った。
「ポータルを作って、10分毎に1人移動するなら問題ないのだが…」
「10分で1人って、1時間で6人かぁ」
マサオが言うと、皆微妙な表情をする。
「大体100人くらいだから、100÷6で約16.6時間かかるよね」
藤田が計算した。
「だと、今からやっても、明日の昼頃までかかるよ」
「朝にはまた憲兵が入ってくるだろ」
ロン毛が言った。
「あのー、10分毎に2人にならない?」
谷が恐る恐る聞いた。
デュランデュランの見た目が冷たい感じがして、皆、怖がってるのだった。
「1時間12人なら、8時間強まで縮められるね」
鐶が言った。
「ダメだ、ムリをすると負荷が高まって魔力の消費が段違いに増えるんだ」
デュランデュランは頭を振った。
「魔力を限界以上に使うことになる」
「限界以上に使うとどうなるの?」
美紀が聞いた。
「……魔力の元の値が減っていくんだ」
デュランデュランは答えた。
抑揚がないので、何でもないことのように聞こえる。
が、
「それって、とんでもないことじゃん」
鐶が言った。
「ああ、魔力を限界以上に使いまくるというのは己の命をすり減らすということに相違ない」
デュランデュランは説明している。
「じゃあ、時々2人にした場合は?」
ふと、藤田がアイディアを言った。
ずっと考えていたらしい。
「……ふーむ、30分毎にプラス1人にすれば」
デュランデュランは、さっと計算した。
「1時間毎に2人プラスするってことですね」
藤田がその後を継いだ。
「1時間に8人なら、12時間で96人で約100人までいけますね」
「それくらいなら、たいした負荷にはならないかもしれない」
デュランデュランは言った。
早速、エリザベスとバークレーを呼んで伝えた。
「うむ、ならば辺境へ行こう」
エリザベスは決断した。
「辺境なら、アスガルドの影響力も及びにくい。
まあ、エリック男爵にまた借りを作るのは癪だがな」
「では我らが先に行って、事情を説明しましょう」
バークレーが提案し、さっそく実行することになった。
「デュラデュラ、デュララン!」
妙な呪文を唱えると、デュランデュランの手からモヤのようなものが放出され、
シュビビン。
とポータルが現れる。
水鏡のように波打つ空間。
次元の門。
というべき容貌をしている。
「さあ、最初に入る者が目的地を念じながら入ってくれ」
デュランデュランは言った。
*
翌朝。
「もう一度、捜索させてもらう」
憲兵たちは宿に入ってくる。
そして、すぐに走って出てきた。
「中にいた者たちは、どこへ行った!?」
憲兵たちは慌てている。
「は?」
「我々は知らぬ」
エリザベス隊の隊員たちは素知らぬ顔。
「知らぬはずがない!」
「どこへ逃がした!?」
「知らぬと言ったら知らぬ!」
ガスが怒鳴った。
「そもそも、お主らも見張っていただろう?」
「逃げる所などない!」
神官たちも参加してくる。
売り言葉に買い言葉である。
「うぬぬ…」
憲兵たちは唸っている。
「あれだろ、ほら、罪人扱いされたんで怒って天界に帰ったんじゃねーの?」
エリザベス隊の隊員が冗談混じりに言うと、
「ガハハ、そりゃいいや」
「うぬ、バカにしおって!」
憲兵隊にさっと緊張が走って、皆、腰の剣に手を掛ける。
「おいおい、抜いたら収まるものも収まらねえぞ?」
ガスが落ち着いた様子で言った。
エリザベス隊の面々は、戦に何度も出陣している戦士たちだ。
命にやり取りには慣れている。
「……覚えておれよ?」
憲兵隊長は、すんでの所で思いとどまったようだ。
「行くぞ、宮廷へ報告だ」
「はい」
憲兵隊はさっさと引き上げていった。
*
エリザベスとバークレーはエリック男爵に話をつけ、生徒たちの受け入れに奔走していた。
前回と同じくエリック男爵の館のホールを借りている。
「エリック殿、再度ご協力感謝する」
エリザベスは礼を言っていた。
「なに、この程度のこと」
エリックは鷹揚にしている。
「しかし、アスガルドで何が?」
「それについては、説明が難しいので…」
エリザベスは説明を渋った。
「ま、まあ、その辺は後でよい」
エリックはそこは曖昧にした。
エリザベスに嫌われたくないのだった。
「はい、感謝します」
エリザベスは生真面目に礼を言った。
「全員います。毛布や食事も行き渡ってます」
藤田が点呼を取り、エリザベスに報告する。
「うむ、君らは質の良い兵士みたいだな」
エリザベスは笑みを漏らす。
「え? はあ…」
藤田はなんと返して良いか分からずにいる。
「冗談だ、気にするな」
エリザベスは言って、バークレーと話をし出す。
色々と手配をするべきことが多いのだった。
「この先には、君たちの世界の建物があるのだったな。学校と言ったか?」
デュランデュランが言った。
彼女は生徒たちと話をしていた。
「うんそう、学校ごと転移してきたんさ」
「相当荒れてんだろうなぁ」
マサオとロン毛が答えた。
「今更、学校に行っても仕方ないだろ」
始が言った。
「いや、転移場所には恐らくまだ次元の歪みが残ってるかもしれない」
デュランデュランは頭を振った。
「それをこじ開ければ、もしかしたら元の世界に戻れるかも…」
「ウッソ、マジで!?」
谷が食いついた。
「それを確かめるために行ってみるべきだと思う」
デュランデュランは力説したが、
『それ、あなたが見たいだけなんじゃないの?』
ヒルデが見透かしたように言う。
「うむ、それはある」
デュランデュランは否定しなかった。
「異世界の知識、こんなにそそるモノはない。だが、君たちにも利益はある」
「……どうしたもんかな」
マサオが思案顔になった。
「全校生徒を引き連れて学校に行くのはムリだろ」
ロン毛が言った。
「行くとしたら、何人かを選抜して、だな」
「うん、そうだね」
マサオがうなずく。
そして、メンバーを選抜した。
鐶、ヒルデ、デュランデュラン、バークレーの4名である。
生徒たちの中では、鐶以外は行軍はムリだった。
エリザベスはエリック男爵との折衝があるので、館を離れられない。
「あたしも行く!」
美紀が言った。
「……あちゃー、強情っ張りが来ちゃったかぁ」
鐶は手を額に押し当て、つぶやく。
「あのね、危険な場所だってことは分かってる?」
「もちろん」
美紀はうなずく。
「……」
「……」
睨み合い。
「仕方ないな」
「やった!」
鐶が折れると、美紀は喜んだ。
「デュランデュランさんの魔法で移動すればいいんじゃない?」
谷が言ったが、
「いや、流石に100人規模の移動をした後なので、これ以上消耗したくない」
デュランデュランは理路整然としている。
「休息を兼ねて、学校とやらまで行ってから、現地でポータルを開いて君らを招く方が合理的だ」
「うん、そうだね」
藤田が賛同する。
「悪いけど、そうしてもらえると助かるさ」
マサオもうなずいた。
「よし、希望が見えてきたな!」
「帰れるのも知れないってか」
始とロン毛が、手を取り合わんばかりのテンションで言った。
ちなみに割雄、チビ、ボウズ、春巻などは、生徒たちの世話にかかりっきりだ。
何かと物が不足しがちな環境なので、そうした物資の配給と苦情や要望などに当たっている。
もちろん、マサオ、藤田、谷、ロン毛、始、鐶、美紀、ヒルデも時々交代として入っているが、考える頭脳部分としての仕事はどうしても必要だ。
そして、すぐに選抜メンバーは学校を目指して出発した。