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マハラジャ達をたらしこむには、何をおいても利益だ。
と言っても、単にマハラジャ本人に賄賂をやれば良い訳じゃない。
金を生む構造を作ってやるのが最も賢いやり方だ。
そのモデルとして、ナムール領に手を入れる。
オレは、シェリルを通し、ナムールに面会を求めた。
前のように映像&音声投射での面会だ。
ナムールだけでなく、ハルバート商隊も同席してもらっている。
「お久しぶりです、マハラジャナムール。それとハルバートさんも」
『今度は何を企んでる、カイ殿』
「これは手厳しいですね。
魔王軍の事が一段落したので、次のステップに進もうと思いまして」
『次のステップ?』
「はい、商売の話です」
『ふむ。具体的には何をしたい?』
「ムスペルヘイムの特産を購入したく。
でも、その前に、マハラジャの御領地の環境を改善させて頂きたい」
『何じゃそれは?』
ナムールは首を傾げた。
「物の売り買いだけでは国力は付きません。
内部に憂える要因があれば取り除き、その上で、交易をベースとした産業を振興して頂きます」
『そんな事をして、そなたらに何のメリットがある?』
確かに。
無関係に等しい国へ、こんなに入れ込むのには理由がある。
「相互に利益を享受できる関係を築き上げれば、余計な争いが避けられます。それがメリットです」
『ふむ、魔王軍を倒すためにか』
「はい、おっしゃる通りです。
単に必要があるからやるに過ぎません」
『正直だな。だが、それなら乗ってもいい』
「ありがとうございます」
『お互い、大いに相手を利用し合おうではないか』
「はい、望むところです」
オレは、深々とうなずいた。
「実務は主にハルバート商会に任せてあります、後程彼らよりご提案させて頂きますので」
『うむ、期待しておる』
面会は終わった。
早速、医療物資等を飛行機に載せて運ぶ。
同時に現地の回復魔法の使い手を探したが、回復魔法の使い手はみな上流階級出身だった。
上流階級の者には、民草のために役立とうという考えは、ほとんどない。
出世か保身である。
……教会の神官を送り込んだ方が良い。
「アンタレス、君、行ってくれるか?」
「え…そんな、急に言われても」
アンタレスは、答えに窮した。
「いや、ずっとじゃない。任期は一年。
帰ってきたら、大司教様に話して相応のポストを用意しよう」
「でも一年は長いなあ…」
「あ、そうそう。ムスペルヘイムは暑いだけあって着物の露出度が高いそうだ。
しかも、ナムール領はミッドガルドに近いだけあって、だいぶ君たちに近い顔立ちだし、女の子は凄いグラマーなんだそうだ」
「うっ…」
アンタレスはかなり心を動かされたようだったが、
「か、考えさせてください」
アンタレスは最終的には、踏み止まった。
ちっ…。
じゃあ、現地でも貧困層から人材を汲み上げる制度を設けて行くか。
王公貴族なんかの上流階級ってのは、必ず腐敗して人材不足に陥る。それが世の常だ。
そいつらを補佐する下士官という形をとれば、上流階級の体面も保てるだろう。
しかし、いきなりつまずきそうだなぁ。
で、結局別の神官が派遣される事になった。
シェリルに聞いたら、ナムール領でも平民登用制度は存在するとか。
意外や意外。
『でも貴族連中が好き勝手に動かしてるんで、本当に有能な人材が登用されてるとは限りません』
へー、ありがち。
まあ、有るものは利用さしてもらうがな。
「シェリル、その貴族を巻き込んで制度を有効に使わせてもらおうぜ」
『へ、どうやって?』
「まあ、耳を貸せ」
オレは説明をした。
単純な話だ。
出世を望む者には出世を、
保身を望む者には保身を、
それだけのことだ。
『てことは、それを餌に釣るんですか?』
「そういうと聞こえが悪いけど、そうだ」
オレは、ちょっと拗ねてみてから、うなずく。
『その程度で拗ねないでください』
シェリルは困った様子で言った。
「冗談だ」
『……そのうち咬みますよ?』
「やめれ、怖いから」
『とりあえず、そういう方針で進めます』
シェリルは、いきなり本題に戻った。
ズコーッてなりかける、オレ。
段々、みんな毒されてきたなあ。……オレに。
現代病と言ってよいのだろうか、コレ?
シェリルはオレの指示通りに行動していた。
具体的には、ナムール政権の現状を調査した。
マハラジャのナムールを中心に、その一族、親戚、配下の貴族などなどが集まって権力機構を構成しているのだが、
中核はもちろん、ナムール。
それをサポートするのが、弟のニムール。
この二人が権力を握っており、二人がカバーできないところを親戚のハニール、ソマールがまとめている。
このままだといまいち伝わらない。
角度を変えてみよう。
ナムールは石炭を牛耳っており、更に主だった貴族をまとめている。
石炭の利権を握ってるので、経済基盤の薄い貴族連中はそのおこぼれに預かれるわけだ。
つまり、ナムールの権力基盤はここにある。
ニムールは基本、軍隊に顔がきく。
というか、軍の上層部をまとめている。
兄弟仲はそれなりに良い。
ハニールは、木材やゴムの利権を握ってる。マハラジャの親戚の中では最も力を持っている。
ソニールは下級貴族や武士階級のまとめ役。
民衆にも好かれてるようだ。
まず誰が平民登用制度の役を受け持ってるか確認。
ニムールの妻の弟の末っ子の婚姻相手の兄弟の1人とかいう、親類の隅っこになんとか引っかかってる程度の貴族だ。
一応、何とか庁みたいな役所があって、そこに少ないながらも適当数のポストが与えられてる。
規模は小さい。
要するに御家人の失業対策みたいな端役だな。
役所の幹部は、どれもこれも能力がないことから、端役に押し込められてるみたいな連中だけ。
そして、形だけ平民を登用している。
もちろん登用する平民から、賄賂をたっぷり取ってることは言うまでもない。
うむ、どうしようもない。(笑)
「カイ様、どうしましょう…?」
シェリルが困惑気味で訊いた。
どうしてよいか分からず、オレに連絡をしてきたのだった。
「ここまで末期的だったとはな…」
オレは苦笑しながら、
「ま、一応、組織の末端まで調べてくれ。どんなヤツがいるか分からんからな」
「分かりました」
言って、シェリルは連絡を切った。
で、更に調べたところ、役所の主だった者に使えそうなのがいることが分かった。
要するに役人然とした幹部連中の代わりに実務を一手に引き受けている者がいるのだった。
下級貴族の端っこに名を連ねる程度の地位の男だ。
地位は低くとも、能力があり、人脈もそれなりに築いているらしい。
実は、こういうのがいないと、組織というのは上手く回ってゆかない。
「よし、だいたいの構造は分かった」
「で、どうします?」
「うん、こういう腐った組織は上から指示を出してやるといい」
「ナムールを動かすってことですか?」
「分かってるじゃないか。偉いぞ」
オレはシェリルを誉める。
「えへへー」
「最初は慌てふためくかも知れんが、今までと変わりないってことが分かれば安心するだろう」
「でも、今までと同じじゃ利用する意味がないですよ」
「同じなのは幹部連中だけな」
オレは説明した。
「その使えるヤツには今までの十倍以上働いてもらうさ」
「過労死しませんかね?」
「使える部下を増やしてやれば仕事量は軽減できる」
「あ、なるほど」
シェリルは納得。
そして、組織の中で自分の地位を守るだけの無能な幹部連中は徐々に退出してってもらうと。
「じゃあ、さっそく当ってみますね」
「ハルバート家からナムールに進言してもらおう」
「大丈夫ですか、それ?」
シェリルが不審げに言う。
「せっかくムスペルヘイムに来てるんだから、役に立ってもらわないとな」
「さいですか」
シェリルは、早速ハルバート家に接触した。
ハルバート家はすぐにナムールに進言、ナムールは文句を言いつつも命令を下した。
慌てたのは、その役所である。
『何時までに、何人の人材を登用せよ』
てな命令が下ったのだ。
もちろん、有能な人材でなければいけないのは言うまでもない。
理不尽極まりない命令だ。
だが、命令が下ったからには達成しなければならない。
それがお役所ってヤツだ。
役職長である貴族が、役所の幹部たちに命令し、幹部連中がさらに部下たちへ命令する。
丸投げである。
使える男は、オマールと言った。
オマールはすぐに幹部連中に手足となる部下を増やすことを求めた。
彼にも常々欲しいと思っていた人材がいたに違いない。
それを登用するチャンスなのだ。
目標達成できないと脅せば、幹部連中も折れるしかない。
ただ必要以上の経費をかける訳にもいかないので、オマールが求める人数までは登用できなかった。
シェリルはハルバート商会を動かした。
金銭面と商会とつながりのある現地商人のネットワークを使った助力をしようと持ちかけたのだった。
オマールは最初は不審がっていたものの、目標を達成しなければならない身だ。
ダメ押しで、マハラジャのお墨付きをもらっていることを伝えると、オマールはすぐにハルバート商会の申し出を受け入れた。
オマールはまず医療面での人材を選定した。
地位が低くても、能力のある魔法使いを探した。
同時に送り込み先の上司、同僚などについても探る。
送り込み先に溶け込めなければ、どんなに能力があっても意味がない。
既存の医療機関は基本的に金持ち用だが、そこへ人を送り込まなければならない。
なぜなら、庶民向けの治療費の安い診療所を新設するのも目的の一つだからだ。
その診療所へ医療物資などを分けるには、既存の医療機関とのパイプが必要になる。
そして、能力はあるが人付き合いが下手な魔法使いはそうした診療所へ当てる。
診療所の設置は、オマールの仕事ではない。
こちらはハルバート商会が、現地の商人や役所と掛け合って設置する予定だ。
オマールはナムール領の中でも最も大きい寺院を選んだ。
現代風に言うと国立の総合病院ってところか。
寺院は他にも職務を抱えてるが、医療面のウェイトが高いようだった。
そこへ人付き合いの上手い人材を送り込む。
診療所は個人の診療所を抱きこむことにした。
首都にはいくつか診療所がある。
それを抱き込み、更にいくつか診療所を増やす。
魔法使いの数が増えてきたら、徐々に領内に診療所を増やしてゆくことにした。
オマールとその部下たちは連日調整に追われる日々を送った。
次は産業だ。
貴族が利権を握り、儲けるためだけのものではなく、現地の特産を調べ上げ他の土地…ミッドガルド南方との関連性を持たせた産業を新たに開発する。
この方面は全面的にハルバート商会に任せた。
ハルバート商会は、ゴムの加工を提案してきた。
1)ゴムを採取する業種、
2)原料ゴムを原料として使いやすくする一次加工業種、
3)原料ゴムを加工して製品にする業種、
4)製品を販売する業種、
ざっとみてこれだけの業種が存在する。
新設するのは2と3だ。
とりあえず、ドラシールに作った有人ゴーレムの工場で使う予定のゴム板を受注生産してもらう。
ゴム板を有人ゴーレムの表面に貼り付け、軽量装甲にするアイディアだ。
この件については、ジョンハルバートが現地で先頭に立って動いたようだった。
奥さんに『この仕事を成功させないうちは帰ってくんな!』と釘を刺されたらしい。
ジョンはまず場所の選定をした。
郊外に潰れた工場を見つけたので、それを買い取る。
工場を運営する人材は、オマールに探してもらった。
オマールは、すぐ様、ゴムの加工に長けた職工ギルドにつてを付け、その中で比較的自由な職人を紹介してもらった。
職人の能力はそこそこだが、それなりに経験も積んでいるとのこと。
それから、現地の商人に現地の有力者に繋ぎをつけてもらい、工場で働く者たちを募ってもらう。
周辺住民が主だ。
一か月もしないうちに診療所とゴム加工工場が立ち上がった。
最初は赤字になるのを見越して、資金を出してやらないといけない。
経営なんてのはこんなもんだ。
後は同じことを領地内の別の場所で、繰り返して行くと。
さて、最後の仕上げをしないとな。
オレはシェリルに連絡を取る。
「シェリル、首尾はどうだ?」
「だいたいできてますが…」
シェリルは答えた。
「人数が足りません」
「それは徐々に増やそう」
「はい」
シェリルがうなずく。
つまり、
裏で働く情報組織。
昔風の言い方をすると、乱破、素破、細作というヤツだ。
「既に現地の組織と戦いました」
「勝敗は?」
「お疑いですか?」
「いや、信用してるよ、マイダーリン」
「……(ポッ)」
シェリルは照れた様子だ。
闇の中では無敵の吸血鬼とはとても思えない。
はい。
他の娘さんたちにボコられました。
ほぼ一年ぶりの投稿。
まー気長に書き続けていきます。