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埋葬は現地でひっそりと行われた。
葬儀は、王国で関係者間で行われた。
サマンサはあまり裕福でない下士貴族の出だった。
家族に負担をかけまいと、軍に入ったのかもしれないが、その家族の悲しみを見るとどうにもやり切れなくなる。
年老いた父親と母親、それに弟らしい少年。
軍に入った時から覚悟はそれなりにしていたのだろうが、それでも娘を失った悲しみ、姉を失った悲しみは深そうだった。
黙祷。
オレは、自然にそうしていた。
軍に入らなければ……、いや軍人だって、生きていれば普通の女の子として人生の楽しみを享受できたのに。
まあ、言っても仕方ない事だが、何だか言わずにいられない。
これからも犠牲者は出るだろう。
戦いを続ける限り。
だが、途中で止める訳には行かない。
止めたら、これまでのすべての犠牲がムダになる。
止められないのだ。
オレにできる唯一の供養は、この世界に平和をもたらす事。
そのために散った勇者でなければ、犠牲者やその家族は、少しも浮かばれない。
絶対に引けない戦いなのだ。
******
アクールは敵の兵器を知っていた。
彼女が所属していた時は、まだ構想段階か実用に達してない段階だったんだろうが、とにかくその存在を知っていた。
だから、とっさに対応策を思い付けたのだ。
これが他の者だったら、ムリだっただろうな。
もしかしたら、浮足立って全滅していたかもしれない。
アクールを派遣してよかった。
結構な綱渡りだなあ、今回は……。
でもまあ、敵もそれ相応の兵器を出してきたって事なんで、今後は本格的な戦いに入って行くと心せねばならない。
魔王軍と戦いながら、その一方でマハラジャを絡め取って行こう。
たぶん、魔王軍も同じことを考える。
いかに武力をもって怖がらせ、いかに甘い餌をチラつかせるか。
オレらと魔王軍、どちらが、より多くのマハラジャを籠絡してゆくかが、勝敗の鍵を握るだろうな。
今回の一戦で、ナムールはこちらの兵器の力を見たせいか、はたまた魔王軍の秘密兵器を見てビビったのか、有人ゴーレムの購入を決心した。
かなり値切ってくるだろうが、最終的には買わざるを得ない。
魔王の秘密兵器に対抗できるのは、今のところ有人ゴーレム……というかユグの木製の魔力増幅機構以外にないのだ。
とにかく、ナムールは、他のマハラジャを一歩リードし、アスガルドとのパイプを作る事を選んだのだ。
不可抗力にせよ、魔王軍にケンカを売ったからでもあるが…。
そうなると、他のマハラジャも何かせねばならないと思う事だろう。
出来るだけ多くのマハラジャに有人ゴーレムを売り付けよう。
そんで、こちらは対有人ゴーレム用の機体を配備しておく。
チームアランとその弟子達+ロン毛は、アスガルド軍の正式配備機となるべく、機体の製作を開始しており、そろそろ完成の運びだ。
もちろん、部隊長はアクールで、なるべく小柄な魔法使い達を配属すると。
必然的に女の子たちが配属される確率が高くなるんでないかなー。
なんて、期待してみたり。
正式配備の機体は、まず上半身のゴーレムの形がカッコイイ。
ロン毛の彫刻の腕は、めきめきと上達しており、往年のス○ープ○ッグのように体の各所が丸みを帯びた感じのデザインをしている。
若干渋めだが、ロボとしては文句ない姿かたち。
丸みを帯びているのは、敵の武器や攻撃魔法の威力を滑らせ易いようにとの考えから。
それに操縦席はもちろんのこと、肩、腕、足に鉄製の装甲を着けている。
若干重くなるが、対有人ゴーレム格闘戦を想定すると外すことのできない兵装だ。
そして、手には鉄のトゲ付きサックを装着。
これで相手のゴーレムを叩き壊す。
下半身のユグの木の部分は、歯車機構を利用した歩行能力を有し、ミーミル水を使った魔力トラップを取り付けてある。
歩行速度は改良に継ぐ改良で、初期のものの2倍近く早く歩くことができるようになっている。
ま、それでも人の半分ぐらいの速度だが……。
ミーミル水の魔力トラップは、管をらせん状に加工することで、やはり初期の2倍近くのミーミル水を注入することが可能になった。
最大の目玉は、攻撃魔法のストックに成功したことだろう。
エンチャント系の魔法には、魔力を使って魔力を封じ込めるものが存在する。
マジックポットって言うのか。
そうした小さな壺のような容器を作り、それをゴーレムに取り付けたのだ。
容器の大きさと安定した作動を鑑み、6つの容器を装着している。
後は、操縦者が好みで魔法を入れておけばよい。
うーん、アバウトな方が、実用面での応用範囲が広いなー。
「唯一の弱点は、重い事ですねー」
アランは愉快そうに言った。
「足場の悪いところでは使わない事だなー」
オレは投げやりに言った。
「ですね」
アランがうなずく。
んで、制式配備機も実戦で使えないといけないので、即ムスペルヘイムへ投入と。
まあ、魔王軍の新兵器が出てきたのが大きい。
それらに対抗してゆけなければ、いざ戦いって時に負ける可能性がでてくる。
アクールたちを支援できるので、ちょっと安心。
しかし、魔王軍も同じように魔力増幅系を考えてたとはな…。
侮れん。
やはり元ネタが同じだけあるなあ。
今後、何が飛び出すか分からんので、常に情報収集と準備を怠らん事だな。
できればナムール領に有人ゴーレムの生産工場を作りたいが、ダメならミッドガルド南部でもいい。
少しでもムスペルヘイムに近ければ。
……ロンドヒル公爵だな。
ドラシールなら大分近くなる。
早速、手配しよう。
てな訳で、量産体制の整った工場が建設開始された。
生産項目は、有人ゴーレムと飛行機の二つ。
せっかく飛行機……つーか飛行船を開発したんで、積極的に人や荷物の運搬をしてゆこう。
つまり輸送業を始めるのだ。
商売のモデルを作り、やがては権利を売ろう。
その後は、飛行機を受注販売して儲けると。
そういや医療器具や物資を運ぶのに、飛行機はちょうどいいな。
飛行機については、ディスペルマジックをかけられたら……という恐れがよぎったが、
「賢者の石にディスペルマジックはほとんど効きません」
バークレーが言った。
「ディスペルマジックが成立するには、自分……解呪する者と相手……既に魔法を行使している者がいなければなりません。
彼我間に、ある種の魔法的なつながりを形成し、それを通じて行使した魔法に干渉し、その効果を打ち消すのです」
「へー」
「賢者の石は、ただの物なので、生きている者とはその在り方が違います。
つながりを持とうにも、生きてないので反応がないのです」
だとすると、エンチャント系とパーマネント系の魔法はディスペルできないんだろうか?
術者が生きている場合はできそうだが、そうとは限らないよな……。
「魔法の物品や永続する魔法はディスペルできませんよ。
どちらも術者を拠り所にはしてませんからね。
もっとも永続魔法なんて、あまりお目にかかれませんが」
「ふーん」
久しぶりに魔王軍の動向を考えてみよう。
ヤツらは、魔力増幅用の兵器を開発している。
多分、こちらの有人ゴーレムを意識してのことではないだろう。
それはアクールとシェリルが、前からダーク・ロータスの存在を知っていた様子であったことからも、うなずける。
従って、魔力増幅シリーズは、結構あるのではないだろうか。
今回出てきたダーク・ロータスは、そのうちの一つと。
そう想定して、事に当たらないといけない。
また、ムスペルヘイムには、漆黒の樹木があるという。
漆黒の樹木は、ユグの木よりも大きな魔力増幅が得られるらしい。
ダーク・ロータスはそれを使用して作られてるに違いない。
漆黒の木にはひとつ欠点があるはずだ。
重いのだ。
並みの魔法使いでは、筋力的に使いこなせないとか。
だから、魔王軍も杖としての使用は諦めて、重たくても構わない砲台としての使用を思いついたのだろう。
トロールの筋力でなんとか運べる重さなのかもしれない。
******
あくる日、再び魔王軍の尖兵が現れた。
同じく石炭運搬ルート上だが、今度はそこを自分たちの領土だと主張し始めたという。
『手前勝手に領土の主張など!』
マハラジャ・ナムールは激怒したらしいが、魔王軍には良識を求める程度の抗議が関の山だろう。
どっかの極東島国の弱腰政府を連想させるが、それはともかく、相手はこちらに攻撃をさせたいだけなんで、挑発にはのらず、
先ずは、おまいらがその領土権を主張するのはおかしい。
と抗議して、
何時何時までに出てかんと武力の行使も辞さない。
って声明を周辺国に喧伝する。
後ろ立てになってくれる国をつかんでおくための布石だ。
もちろんミッドガルドは協力国だが、それ以外の国の協力がいる。
協力してもらえれば、これだけの利益があるっすよ!
って算段があるのは言うまでもない。
そうした地盤固めを行いつつ、魔王軍に対して正当防衛の権利を主張し、且つ周辺国へ助力を嘆願する。
これが妥当な線だろうな。
そんで、衆を頼んで個を叩く。
魔王軍を孤立させ、弱めてゆくための第一歩だ。
ミッドガルドは、助力との名目で派兵し、ナムール領での力を強めて行くと。
協力をすればするほど、がんじがらめになってゆくようにしなければいけない。
気づけば、両者はお互い不可欠な存在になってるのが良い。
『あ、でも、マハラジャ連中はプライド高いから、表立って助力は求めないと思いますよ』
シェリルが言った。
「じゃあ、たまたまいたからにするか?」
『ですね』
シェリルはうなずく。
『こっちでは、アクールたちを商館の警備としてますんで、本国でも話を合わせといて下さい』
「うん、わかった」
んで、チッスを交わして通信終了。
そして、他の愛人さんたちにボコられて完了。
ナムールの抗議は一蹴された。
ま、予想通りだが。
魔王軍は、古の地図だとかいう代物を引っ張り出してきて、その地図によれば、
かつてナムール領のほぼ全土は魔族の土地だった!
と主張したとか。
完璧、言いがかりである。
つーか、なめてるにもほどがある。
さあ、攻撃しろ!
って言ってんのと同じだ。
そうなると、ナムールはもちろん地図の信憑性を疑う路線を選ぶ。
そのような出所も分からん物を信用する謂れはない!
ってなところだ。
期日を設け、立ち退かない場合は力ずくで排除となる。
魔王軍は当然のことながら無視した。
最初から、ケンカをふっかけるつもりなんだから、当然だが。
期日が来ても、魔王軍は居残っていた。
さて、開戦だ。
ナムール軍は有人ゴーレムを投入。
後は歩、弓、騎、魔法の兵科。通常の軍隊だ。
ちなみにナムール軍の有人ゴーレム搭乗者たちには、アクール隊が訓練を施していた。
師匠の鐶と同じく、鬼のようなしごきだったとか…。
こえー。
我が国も最新の制式配備用機体を投入。
これまで使用してきた機体は、上半身のゴーレムを取り外し、ユグの木製の砲身を取り付けて使用することになった。
前回アクールの機転により、偶然生まれたメーサー車のような機体だ。
現地入りした技術者が、半ば悪ふざけ気味に作ったものだ。
付け焼刃の訓練をした魔法兵を乗せ、後方支援として使う。本当に砲台として使う訳だ。
飛行機で現場付近まで移動し、魔王軍のいる場所まで歩く。
飛行機が狙い撃ちされるのを防ぐためだ。
先行していたナムール通常軍と合流し、全軍で魔王軍が占拠する場所へ到着。
通常部隊は、ナムール軍の精鋭部隊で、“鷹の眼勇士隊”と呼ばれているとか。
敵兵は、ゴブリンを中心にトロール。
兵器は、ダーク・ロータスと、それに恐らく新兵器であろう、巨大な輪っかみたいなもんが何機か投入されている。
いうなれば、でかい水車。
その円周上に合計24個の足を生やしている。
足も木製。
陽光を反射する部分があることから、鉄を使って補強しているようだ。
水車の中心に宙吊りになる形で台座が設けてあり、そこにやはり黒ローブの生き物が座っている。
漆黒の樹でできてるようで、真黒な色が真昼間の景色に異様にそぐわない。
「なんですかい、ありゃ…」
魔王ブエルって、確かあんな形だよな。
よもや、グルグル回って移動なんてことはしねーだろうな、おい。
『分からない』
アクールはつぶやく。
『ダーク・ロータスより後に考え出された兵器』
とか言ってる間に、
がこん。
その巨大水車が動き始めた。
重心を移動させ、回転しながら前に進む。
うっ。
どんな仕組みで動いてんだよ、こら!?
責任者出てこい!
ってな展開だが、これは攻城兵器っぽい。
漆黒の樹となれば魔力増幅機能が備わっていない訳がない。
案の定、
がしゃ。
がしゃ、がしゃ。
まるで中途半端にファンタジー入ったスペオペのように、台座の下から例の細長い砲身が出現した。
「出たぞ、油断するなよ」
『アイサー、カイ様』
アクールの返事。
こいつ根っからの軍人だな。
戦いが始まった。