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浮かれパーティーは一旦置いといて、と。
ムスペルヘイムの様子が分かってきたので、侵攻策を推し進めよう。
ハルバート家の返事は、やはりイエスだった。
アルブレヒトを向かわせ、こちらの要点を伝えてもらっている。
即ち、マハラジャの領地に商館を立てさせてもらう事。
商売を隠れ蓑にしたミッドガルドの拠点だ。
その代わり、アルブレヒトの持つ北の石炭の数量を一部分け与える。
アルブレヒトのマイヤー家商隊は、ハルバート家商隊に石炭の取り扱いについて教わると。
で、どうやってマハラジャを説得するかだが、結論からいえばマハラジャが得する話であればいい。
オレは、これまで得た情報を見直す。
マハラジャ連合はフォー教を駆逐した。
フォー教には結構な財産がある。
…て事は、それを巡ってマハラジャ達が対立していても不思議はない。
マハラジャにしてみれぱ、いざという時に協力してくれる外部勢力が欲しいだろう。
他のマハラジャは信用できない。
協力する振りをして、お宝を掠め取りにくるかも知れないからだ。
だから、手を結ぶとしたら、ムスペルヘイム内部の魔王軍か、国外のミッドガルドやヴァナヘイムなどしかない。
外部勢力がお宝を奪いにくる可能性もあるが、他のマハラジャに取られるよりは…と考えるだろう。
交渉の材料と捉えられなくもないし。
口説き方は決まりだ。
後は信用に足る部分を作るとともに、裏切ったら大変だと思わせる事だな。
協力すれば利益、裏切れば不利益。信賞必罰と。
ハルバート家のお坊ちゃん達にそんな器用な真似はできないだろうから、当初の考え通りシェリルにやってもらおう。
で、同時に送り込んだニドヘグとアルブレヒト商隊の商人に、ヨツンヘイム西部とミッドガルド、ニブルヘイムとの交易を始めてもらう。
環境保全施設の設置も進める。
それにはまず医療だ。
病気は人々を働けなくし、費用だけがかさむ状態にしてしまう。
経済的に死亡するのと等しい。
だから、人々が病気にならないようにしてゆく。
つまり病原を遠ざける事が最重要課題だ。
治療方法の確立、感染源をなくす、病原により具体的な方策は異なるだろう。
現地の実状に合わせて対処だな。
そして既に病気になった人々を治療する。
それには医療技術を持つ人材が要る。
同時に積極的に人材を育ててゆく事も必要だな。
学校を作るとかな。
******
医療面が最低限整ったら、今度は雇用だ。
ヨツンヘイムはチーズ等の牧場系で攻めれるが、ムスペルヘイムはどうしたらいいかな。
東南アジアやインドなんかのイメージなら、衣類やエビの養殖なんてのが浮かぶが…。
ああ、石炭とアラビカ豆があったな。
ともかく、それらの産業を通して現地の人々を最低限でも皆が生き残れるレベルに引き上げる。
経済力をつけて、生活に必要だが生産不可な物資を買えるようにする。
ミッドガルドはそれを生産して売ってゆく、と。
それと現地の有能な人材を登用しよう。
マハラジャの部下から選ぶべきだな。
そしたら、マハラジャは面目を保てるし、現地とのパイプを構築できる。
ずっとムスペルヘイムに拠点を置いとくとは限らないし、人件費の節約にもなるからな。
では、大司教に相談。
「よし、やれ! 責任はワシが取るから」
いつもの如くきっぷのいいお答え。
医療担当:回復系魔法使い
交易担当:商人
管理担当:現地統治サイド
産 業:現地の産業
という基本構造になるかな。
それぞれの地域別に人材を当てはめてみよう。
・ミッドガルド地域
医療担当:アンタレス
交易担当:アルブレヒト
管理担当:オレ?
産 業:下記の地域が必要とする品の生産もしくは調達
・ヨツンヘイム西部地域
医療担当:?
交易担当:ニドヘグたち
管理担当:アングルボザ?
産 業:チーズや毛糸等の畜産・酪農系物品
・ムスペルヘイム地域
医療担当:?
交易担当:ハルバート家
管理担当:ナムール配下?
産 業:アラビカ豆、石炭等
シェリルは回復魔法使えたよな?
……でも吸血鬼が人々を助ける役回りってどうよ?
いや、要らん誤解を生みそうだから止めとこう。
代わりの人材を探すか。
後は、積極的に現地当局の人間を抱き込むと。
それから、有人ゴーレムだが、アクールを部隊長に据えて、小柄な魔法使いを集めよう。
火系か風系の魔法使い中心でな。
んで、普通の魔法兵には、鐶が杖術を教授すると。
「でも護衛ができなくなるわよ?」
「じゃあ他の護衛を……」
オレが言おうとしたら、
「カイ君も習いなさい、そうすればずっと見張っ……一緒にいられるし、護身術にもなって一石二鳥でしょ?」
「えー?」
「なんか文句ある?」
「……はい、ボクも是非とも習いたいデスぅ」
ぶっ殺されそうな視線が向けられ、オレは即座にうなずいた。
という訳で、オレも一緒に杖術を習うことになった。
ま、スキルアップとでも考えるか。
損はないだろう。
てゆーか鐶といちゃつければ、オレ的にはオッケーだ!(力説)
「…バカ」
「先輩、食べてみてください」
割雄が樽を持ってやってくる。
あ、そっか。
こいつに味噌作りをやらせてたんだった。
ちなみに今は宿に帰ってきている。つまり、宿の敷地内で作ってたようだ。
「どり、お味の方は?」
オレは、早速、樽の中の味噌を指に取り、なめてみる。
「……しょっぱい」
しかも、お世辞にもまろやかとは言えない。
「ソラマメっすから、大豆みたいに、まろやかな味にはなりませんよ」
「とはいえ、味そのものは悪くないかもな」
「酒に合いそうっすよね」
割雄が、きゅっと一杯って手真似をする。
「未成年のくせに」
「先輩だって、ヨツンヘイムでたらふく飲んできたくせに」
「オレはこっちの世界の者だから、いいの!」
「差別っすよ」
割雄はブチブチ言って、しまいこもうとするが、
「ご飯に合いそう!」
「クレープにつけて食べよう!」
「サラダも!」
「オレも!」
「あたしも!」
みんながわらわらと集まってきたんで、すぐに樽の中が空になった。
空豆味噌は意外に好評。
でも、鐶と美紀はあまり好きじゃないらしく、隅っこの方で見ている。
逆にヒルデの方が生徒達に混ざって積極的に食べている。
食いしん坊さんだな。
まだ有るよな?
エリザベス隊に試食してもらわないとね。
定着されすれば恒久的に製造できる。
ブロード豆以外にも他の豆でで作れないか試そう。
ところで他にはどんな豆が?
アラビカ豆か?
「それ、コーヒーの実の仁ですよ」
デブこと春巻包が言った。
「お前、語尾に『デブ』を着けんとは、デブキャラの風上にも置けんな。『ぶー』でも可」
「デブって言わないで下さい。気にしてるのに…」
春巻包は、一瞬、拗ねたようだったが、
「とにかく、オレが市場で見かけたのは、いんげん豆ばっかりでしたよ」
「さやいんげんとか?」
「さやいんげんもありましたけど、豆メインです。英語で言うとビーンってやつ。
ちなみに、それらの豆で餡を作り、餡まんを作って食べるのがオレの野望です」
「おお、結構野心家だぞ。つーか肉まんは?」
「そっちは試作済みです。餃子もできます。水餃子ですけど」
こいつ、公爵のサロンでシェフとして雇ってもらったらいいんじゃん?
そんで、ゆくゆくはコーヒーショップの軽食に本場点心を!
「でわ、貴様にいんげん豆味噌作りの使命を授ける!」
「はっ!命に代えても!…って何やらすデブッ!?」
「あ、デブって言った」
「あ、つい、言ってしまったデブ!?」
エリザベスの屋敷を訪れて、味噌を見てもらう。
「うっ…」
味噌の外見を見て、エリザベスは軽く引いたようだった。
ま、確かに。
外見はぐちゃっとしてるしな。
しかし、促成味噌だということもあり、熟成味噌よりは、ぐっちゃり感は薄いはず。
「見た目はちょっとアレかもしれませんが、まあ、味を見てくださいよ」
オレは、日本語的曖昧表現でスルー。
「……」
「……」
エリザベスとバークレーは顔を見合す。
「では…わたしが」
バークレーがごくりと唾をのんだ。
エリザベスの盾になるつもりなのかも。健気な男だ。
恐る恐る手を伸ばし、指ですくい取って口に運ぶ。
「だ、大丈夫か?」
エリザベスが心配になって訊いたが、
「うん、しょっぱい」
バークレーは訊いてなかった。
「味は…悪くありませんね」
言って、もう一指味見をする。
ハマったらしい。
というか、すでにこちら側の人間と。
「うっく……」
エリザベスは、一人取り残されたようだった。
周り全部ゾンビ化状態って感じ。
「行軍に適応するため、味噌を玉状に丸めて携行しやすくします」
オレは説明をする。
「使用時には、必要なだけを砕いて、鍋に入れてスープに入れたり、小麦を焼いて作ったピタにのせて一緒に食べたりします」
エリザベスも一応、試食を決行していた。
味は悪くないとのことだが、このんで食するかは微妙な印象である。
「言葉だけの説明では実感がわきませんね、エリザベス様?」
バークレーは興味津津である。
要するに実際に料理を食べたいんだな。
「うちのキッチンを使ってよいぞ」
エリザベスは、OKをだした。
「では」
実は、春巻包を呼んできている。
専属シェフとして、料理担当である。
「春巻包です。料理担当です。今日は豆板醤の味噌スープと小麦のピタの味噌のせ風を作りたいと思います」
包の彼女も手伝いに来ていた。
いや、それが結構可愛いんだが。
どごっ!
ばすっ!
ぐしゃっ!
げしっ!
ごりっ!
五撃がオレに襲いかかる。
痛い。
オレの愛人さんたちは嫉妬深い。
つーかオレが悪いのか?
ともかく、味噌を使ったスープとピタは結構受けた。
包は工夫を凝らして、味噌にネギや炒めた肉を混ぜ込んだりして、オシャレな外見に仕立てていた。
そのせいか、じかで食したときとは違い、エリザベスにも受け入れられたようで、お代りまで要求していた。
うーむ。
見た目って大事。
ムスペルヘイムのナムール領に赴き、商館を設立する段取りをつけないとな。
ハルバート家に使いを送ると、明日報告に上がりますとの返事だったが、そのすぐ後にジョンハルバートが訪ねてきた。
「失礼しました。御使者に返答えを託した後、やはり出来るだけ早くお伝えした方が良いと思い直しまして」
……奥さんに言われてすっ飛んできたんだな、多分。
他人事じゃあない気がするね。(泣笑)
「商隊が明後日に出発します。通常の取り引きのための定期的なものです。私も同行いたしまして、マハラジャ・ナムールに商館の話をして参ります」
「それはご苦労様です」
オレが、ホントは満足じゃないけど、満足気にうなずいて見せた時だ。
「……」
ジョンは驚きで、目を丸くした。
ん、何だ?
「カイ君、男になってる」
鐶が耳打ちする。
あら?
間の悪い。
「ああ、私はこういう体質だ。気にしないでくれたまえ」
「はあ」
「カイ様は天の御使い、下界の人間ではありません。
天の御使い皆がそうではありませんが、カイ様の場合は、男女どちらにでもなれます」
鐶がすかさずフォローした。
うろたえたら負けだ。
オレらは平然と構える。
「はあ、左様で…」
ジョンは周囲の様子を見て、それに合わせる事にしたようだった。
適応性たっぷりだね。
ただ、それからのジョンの受け答えがしどろもどろになってしまったが。
やっぱ動揺するよな。
とにかく、明後日ムスペルヘイムに向けて出発すると。
シェリルには、それに着いてってもらおう。
******
「シェリル」
オレは部屋に戻り、天井にぶら下がるシェリルに話し掛けた。
「はい、カイ様」
上方から、キィキィ声の返事がする。
「ハルバート商隊が明後日出発する」
「では気づかれないようにそれに着いて行きましょう」
「うん、済まねぇな」
オレはシェリルに言った。
「カイ様のお役に立てるんであれば、喜んで」
「あ、そうそう」
オレは、ポケットから用意していた物を取り出す。
指輪だ。
通信用に作ったものだが、今回はプレゼントだ。
「え…」
シェリルは言葉を詰まらせたかと思うと、
ぼん。
元の姿に戻った。
すっとオレの前に立つ。
「カイ様、ありがとう」
嬉しそうに言って、
ちゅっ
シェリルは、オレにキスした。
「うわっ」
ばごっ!
オレは、車に撥ね跳ばされたかのようにすっ飛び、壁に叩きつけられた。
「あ、ごめんなさい。嬉しくて我を忘れてしまって…」
シェリルは笑って誤魔化す。
笑い事じゃねーよ。
それから、アクールを探し、同じく指輪を渡す。
「あ、ありがとう」
朴訥にお礼を言う。
内心の嬉しさを表現し切れず、はにかんだような笑みを浮かべている。
そう、君はそこがグッドだ!
これからも変わらず精進してくれたまい。
「カイ君ってば、相変わらずマニアックな趣味よね」
美紀が後ろからオレを睨み付ける。
「おう、美紀。探してたんだ」
「ホント、それ?」
「これを渡そうと思ってな」
オレは、指輪を取り出した。
「ふん、みんなに渡してるじゃん」
「でも、一つ一つオレが選んだんだ。これは、美紀に似合うやつだ」
で、あれはアクールに似合うやつと。
いちいち口に出しては言わないけど…。
「一応、もらっとく」
美紀は、神速で指輪をかっさらった。
「…ありがと」
そして、去り際にポツリと言い残す。
うん、ツンデレ!
さて、元祖ツンデレ娘の所へ!
「誰がツンデレ娘よ?」
ヒルデが、オレの前に立ちはだかる。
「いや、ツンデレ大好きだと言う話」
オレは、明るく笑い飛ばす。
「これは君に似合う分!」
「あ、ありがと」
ヒルデは、ちょっと面食らっていたが、わりと素直にお礼を言う。
これもまたよし!
「カイってばヘンタイよね」
「ふ……それがオレ様クオリティ。てゆーか、惚れ直したか?!」
「なっ…ばっ…何言っちゃってんのよ!」
「うむ。恥ずかしがり、オッケー!」
「アホかー!?」
更新。