表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/72

 その日は何とか過ごした。

 生徒たちは購買部で売られていたパンや飲み物を分け合って腹を満たしたものの、慢性的に食料が足りない。

 地方の学校だし、最近の少子化も手伝ってか、生徒数は3学年合わせても100人以下である。

 教員等の大人はそれこそ10人程度だ。

 森の植物やキノコは、幸いなことにオレらの世界のものと同じだった。

 動植物はかなり近いか同じようであるが、毒があるかどうかを見分けられるものが皆無だった。

 つまり鐶のみ。

 これではみんなに森で取った食べ物が行き渡らない。

 とにかく取って来ることも考えたが、それをやると恐らく選別作業だけで鐶が過労死する。

 すぐに日が落ち、就寝となった。

 電気のない生活では夜になると何もできなくなるのだ。

 うーむ、修学旅行がこんな形でやってくるとはなー。

 ろうそくの備蓄も少ないし、ハンドライトなんかは電池がもったいないので使うのが惜しい。

 寝る場所は教室を男女別に分けた。

 布団やシーツなんて上等なものはないので、各自持っていたジャケットや体操着なんかをかけて代用した。

 職員室の教師たちは、現実逃避をしたままであった。

 食料を運んでやると一応は食べるが、まるで生気がなかったり、怯えて逃げ惑ったり、動物かお前らは? ってな感じだ。

 お手上げであるが、しかし、本当に現実逃避か……?

 オレだけでなく、みんなが同じ感想をもらしていた。

 いくら頭が柔らかくないとは言っても、普段から生徒たちの変化を見取って導く仕事をしている連中である。少しは対応力はあるはずだが。


「先生たち、本当に現実逃避か?」

 朝食として配給されたパン(の欠片)と森で取れた木の実とか煮たものを食べながら、オレは言った。

「……違うっぽいよね」

「まるで、脳をトコロテンにされたかのようなカンジだよな」

 まじめな顔で、始。

「お前、案外古いの読んでるな」

「お前こそ、何で分かる?」

「オタクめ」

 マサオが割り込んできた。

「お前は隣のクラスの引率をしてろ」

 オレがあからさまに嫌そうな顔をしても、

「それは委員長がやってるさ」

 マサオは涼しい顔である。

「ところでアレって異世界へ転送された時の後遺症なんでは?」

「……それなら、オレらもなっておかしくないだろ」

 オレは一応反論。

 なぜならコイツがムカつくからだ。

「教員だけが掛かる謎の病原菌?」

「未知のゾンビウィルス」

「ま、それはない」

「うん」

「うん」

「ところで、そろそろ食料の調達にいかないとまずいぞ」

「武器と鳴り物も用意してな」

 野生動物対策。

 熊への対応がそのまま使えるのではないか。


 鐶の隠し武器の一つである手裏剣で野生動物を仕留めました。


 学校にそんなもん持ってくんな。

「手裏剣の一つや二つで驚かれてもね、逆に引くよね」

「……」

 鐶の言葉に同意するものはいなかった。

「マンガの世界じゃあるまいし、そんな凶器持ってるヤツは君だけ」

 始がぶつくさ言った途端、


 ごすっ


 鐶の容赦ない鉄甲の一撃が始の脇腹へ叩き込まれる。

 これでも手加減している。

 それが証拠に始は、

「うげろっ」

 っと吐いただけで、血を吐いたのでも、骨が折れたのでも、内臓が破裂したのでもなかった。

「何か言ったかしら?」

「いえ、何でもございません、鐶さま」

「よろしい。じゃ、あんた肉をさばく手伝い係ね」

 鐶が上から目線で言いつけた。

 さばくのは鐶だ。

 ……いや、こいつ意外に役立ってる?

「えー?」

 始はあからさまにイヤそうだったが、

「文句あんのか、コラ?」

 鐶が凄むと、

「いえとんでもありません、鐶さま」

 途端に平伏した。

 プライドないんか、コイツ。

「ふ…鐶クン、ボクも手伝おうか?」

 マサオが髪をかきあげながら言ったが、

「あんたは集めてきたもんに取り掛かってよ」

「ふ…ま、いいさ、ボクにしかできないことだからねっ!」

 マサオは偉そうに言った。

 コイツ何か集めてたっけ?

 ま、いいや。オレは鐶の手伝いをしよう。

「あ、あたしも…」

「美紀はマサオの手伝いをしてやってくれよ」

 オレは言った。

「えー?」

「鐶の手伝いは刺激が強すぎる」

「美紀ちゃん、動物を解体したことは?」


 にたり。


 鐶が笑いかけると、

「あたしはマサオ君の手伝いね!」

 美紀は、ばびゅんと逃げた。


 血抜きと解体ショー。

 内臓の匂いでむせかえりました。


 ところで、マサオの取ってきたものって?

「じゃーん!」

 マサオは鍋を手にしていた。

「それは“たかきび”でしたさ」

「……なんだそれ?」

「知らないのか?」

「うん」

「うん」

「うん」

「解説しよう! “たかきび”とは“もろこし”ともいい、中国では“高粱”、欧米では“ソルガム”と呼ばれてる。ようするに雑穀の一種さ! 林の中に自生していたのさ!」

 マサオは一気によどみなく説明する。

「ボクのようなハイソな家柄になると、逆に米みたいなものは食べ飽きてね、雑穀を食べ始めるのさ。実際、日本では雑穀の方が高いしさ」

「ウンチクはいいから、どう食べるんだ?」

「脱穀して炊いたものをそのままご飯として食べるのもよし、野菜と一緒に混ぜてハンバーグにするなんてものありさ」

「栽培とかはできるのか?」

「やったことはないが、できないことはないだろうさ」

 マサオは、自信たっぷりに言ってのける。

 コイツ、意外に役に立つヤツだったんだな。

 オレが内心、マサオを見直していると、

「どうだい、鐶クンの中でのボクの評価が高まったよね?」

「べー」

 鐶はアカンベをしたが、案外マサオの言う通りかもしれなかった。

 オレは普段、何を学んでいたのだろう。

 さすがに学校の授業が社会に出たら役に立つ、なんて思ってなかったが、それでもオレは愕然としてしまった。

 オレには何もできないというのが痛いほど感じられた。


 ******


 マサオの取ってきた“たかきび”とキノコや木の実などの食べられる植物、それから鐶がさばいた野生動物の肉を調理する。

 約100人分となると、そう満足のできる献立ではないが、ないよりはマシ。

 購買部にあったパンや飲み物類はほぼ食べ尽くしていた。

 こうなりゃ本気でサバイバル生活をするしかないな。

「クラスから代表を1名選んで、集まれや!」

 オレは大声で校舎中にふれ回った。

「んだこら、2年生のくせに」

 3年生には、つっかかってくるヤツらもいたが、

「るせえぇっっ」

 オレは渾身のパンチを叩き込んで黙らせた。

 当然、学年など関係ない。

 オレの求めるところは唯一つ。

 先輩だろうが、後輩だろうが、使えないやつは後ろでおとなしくしてもらう。

 ま、オレが使えるヤツなのかって疑問は残るが、誰かがやらなければならない事だ。

 反抗する気力のある者はいなかった。

 ……鐶も控えているしな。

 そして生徒たちの代表が集まった。

 1学年には3クラスあり、3学年全部で9クラス。つまり9名いる訳だ。

 おさげの女子、茶髪の女子、チビ、デブ、ノッポ、ロン毛、ボウズ、そしてオレ。…ああ、マサオもいやがった。

「オッケー、じゃあ始めようや」

「ちょっと待って、何でお前が仕切るんだ?」

 ロン毛がいきまいた。

 反抗的なヤツがまだいたよ。

 オレは無言で、鐶の方を見やる。

「ごえええっ」

 見るのも恐ろしい技を仕掛けられて、そいつはリノリウムという名のマットに沈んだ。

「他に不服な者は?」

 オレは残りの8名を見回す。

 みんな目を合わせないようにして黙っていた。

「みんなも知ってるように、オレらは真っ先に校舎の外に出て林の中を探索してきた。幸い、食料と水を確保してきたが、まだ十分ではない。もちろん、どうやったら元の場所に帰れるかを考えなければならない。でも、まずは生き残ることだ」

「帰れるの?」

「そうだ、オレらはどこにいるんだよ?」

 みんなは半泣きになっていた。

「帰れる! オレが言うんだから間違いない!」

「……」

「……」

「……」

 しかし、誰もしゃべろうとするものはいない。

「そうさ、そう信じて頑張るしかないさ」

 沈黙を破ったのは、マサオだった。ちなみに隣のクラスの代表。

「ボクら一人一人が頑張らなければ、帰れるものも帰れないさ」

「……」

「……」

「そうだな」

「うん、頑張ろう」

 何だか場が明るくなってきた。

 よかった。

「あー、元気が出たところ申し訳ないが、調理実習室のコンロのガスが切れそうなんだ」

 オレは事実を述べた。

 どーんと言っちまうのがコツだ。

「えー!?」

「ど、どうしよう!?」

 みんな騒ぎ出すが、

「心配するな、ガスがなければ木を切ってきて燃やせばいい」

 オレは自信たっぷりに言った。

 欲を言えば炭が焼ければもっと良いんだがね。そこまでは求めまい。

「外から大きな石を拾ってきて釜戸を作ってだな、そこで木を燃やすんだ」


 ぱーっ


 みんなの顔が晴れやかになってゆく。

「クラスには班分けがされてるだろう?」

「うん、でもそれが?」

 おさげの女子が不思議そうに訊いた。

「班ごとに役割分担を決めてローテーションを組み仕事をする。仕事の内容は、食料と水、薪なんかの調達、食事を作る、掃除洗濯など雑務、畑を作る、野生動物を狩る……色々あるな。もしその分野が得意なヤツがいれば優先的にやらせろ」

「へー、班分けにはそんな意味があったんだー」

 茶髪の女子が感心していた。

「それだけじゃないぞ。夜、どんな危険な野生動物が舞い込むかわかんねーからな」

「歩哨だね」

 チビが言った。

「そうだ、よく分かったな。偉いぞ、お前」

「えへ」

 チビは満更でもなく笑みをこぼす。

 統治の基本は信賞必罰。

 良いことをすれば誉め、悪いことをすれば戒める。

「歩哨も持ち回りで分担する。まずはオレらがやる」

 そして、これが最も大事なのだが、率先して行動し手本となること。

 でなければ誰も後についてこない。

 そればかりか暴動が起きる可能性だってある。

 オレたちの中でそんなことが起きたら、恐らく全滅するだろう。それは何としても避けたい。

「後は専門知識や特殊技能を持ってるヤツを調べといてくれや、何かあったらまた呼ぶので、はい解散!」

「「サーイェッサ!」」

 何かヘンなノリで、オレたちは解散した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ