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アクールの機嫌が悪い。
師匠の鐶ですら、話しかけるのをためらったぐらい機嫌悪い。
どす黒いオーラが彼女の周りに渦巻いている。
えーと、あの日?
がすん。
鐶がオレを小突く。
「あのね、カイ君。アクールに優しくしてあげた?」
「え、それってどういう?」
オレが聞き返すと、
ぐっ。
鐶は、急にオレを噛み殺さんばかりのゴンタ顔になり、
「……キスとか」
歯ぎしりとともに、地獄の業火の如く言葉を絞り出した。
そういや、ないな。
「スキンシップをしてやってあげて。本当はヤダけどね!」
オレは、最近彼女達とキスした回数を数えてみる。
心の中でそっとね。
でないと、鐶がオレをノックアウトするから。
いや、つーか、何かされる前に何かしちゃえ!(爆)
オレは、吹っ切れたように鐶を抱きしめた。
「きゃっ」
驚く鐶にディープなキスをかます。
「んんー」
最初はあった抵抗が徐々に消えて行く。
「もう。いきなりなんだから」
「いやか?」
「バカッ」
鐶は恥ずかしさからか、ぷいとそっぽを向いた。
「そういうのは、あたしだけにしてっ!」
『あたしが一番なのよ!!!』
当然、美紀とヒルデのお仕置き。ノックアウトされました。
でも、すぐ回復。
「……タフだね、カイ君」
鐶は呆れと感心が混ざったような顔。
「とにかくアクールを元気付けてよね」
「はーい」
返事はしたものの、いざアクールを見つけて、何かしようとすると心理的ハードルが高い。
つーか、アクールと普通に話した事なかったっけ。
アクールを探すと、食堂にいた。
そこだけ陽の当たらない深海みたいになってて、アクールが能面のような顔で宙空を凝視している。
ウップス(OOPS)って感じ。
「アクール、元気?」
オレが話しかけると、アクールは一瞬顔を輝かせたが、すぐまた沈みこむ。
「何か?」
その声は凍りついているかのように冷たかった。
「姉サマ達といちゃついてなくても?」
ぐっ。
こら重症だな。
「アクール」
オレは言った。
「そんなに溜め込むな。お前の悪いクセだ」
優しく語りかけた積もりだったが、
「余計なお世話」
アクールは、まるで文字数どんだけ少なくできるか競い合ってるかのように言葉少ない。
言葉じゃダメだな。
よっ。
オレはアクールの隣に掛け直した。
「えっ…なっ…!?」
「アクール」
オレは、慌てふためき、さらに緊張でガチガチのアクールを抱きしめた。
アクールは、オレに頭を預ける形になる。
顔が真っ赤だった。
「あの…みんなに見られ…」
「かまわねーさ」
オレは言った。
「アクールはよく気がつくし責任感があるよ。オレはそこが気に入ってる」
「カイ様…」
アクールは頭を預けてきた。
「でも、たまにはオレに甘えてみろよ」
「でも…」
アクールは目だけを動かして、何か外の方を見た。
「あいつらの事は考えるな」
「…はい」
オレはアクールの顔を浮かせ、軽くキス。
アクールはうっとりしていた。
が、
「さー、いらっしゃい」
「お仕置きタイムよぅ」
次の瞬間には、あいつらに捕まっていた。
ぐすん。
さて。
本格的に魔王軍を弱体化させて行く策を練ろう。
魔王の軍勢を蹴散らすには、まずムスペルヘイム以外の三方と共同すること。
ヨツンヘイム、ヴァナヘイムとはヨツンヘイムの資源開発で協力体制を築いてきた。
利益を生む限り、多少の妨害では覆らない。
ニブルヘイムは、フォー教が魔王軍の手から離れたし、驚異にはならないだろう。
フォー教団が望めば、ニブルヘイムへの布教を認めてもいい。
ただし、きっちり利用させてもらうがな。
絹糸と絨毯の貿易に。それからコーヒーとか他の取り組みだ。
アスガルドを留守にしてる間にどうなったかな?
物を利用した策は、基本は富国強兵。
次に、他国の弱体化もしくは弱みを握るためにある。
例えばヨツンヘイムの酒は今でこそ輸入品が増えたが、酒造設備のメンテナンスや修理はオレらヒト族が一歩先んじてる。
設備を売り、修理を売りしていくだけで十年単位で儲けが入る。
さらに新設備を開発し、グレードアップをすればもっと良い。
絹糸、絨毯、コーヒーなど他国の特産を自分たちでも生産することも大事だ。
街道や宿場等を整備し、商人の往来を促進することも必要だ。
やる事はまだまだあるな。
問題は何から進めるかだ。
どれも重要だが、優先順位は必ずある。
それからできるだけ同時に進める事だ。
悪く言えば頭数、手駒が必要。
一人でできる事などたかが知れてる。
政治面は大司教、
商業は北はアルブレヒト、南はロンドヒル公爵、
文化面はバークレー等神官達、
軍事はエリザベス、キューブリック将軍と。
キューブリック将軍は情報畑にも通じてるが、ヨツンヘイム西部が片付かないとな。
さらに国外は、ヨツンヘイム東部の鷲のフレースベルグ、フォー教のヤーマ。
そんで身内には言わずもがな。
右手は握手、左手にはナイフを隠し持つ。
ムスペルヘイム以外の国とは友好を保ち、じわじわと敵の力を削いでゆく。
方針は決まった。
友好と言っても、その実、相手を生かさず殺さず、ただ利益を生む状態にしてなけりゃならない。
でなけりゃ、相手も甘んじて従う訳ない。
そして、敵の力を削ぐには、利益を生む基盤を叩く事だ。
真正面から叩いても効果はない。
……敵が欲しいものを知るべきだな。
ムスペルヘイムは、水が悪い。
病気も多い。
オレの世界の知識を生かして環境を改善できないものか?
マハラジャの一人でも絡めとれないもんかな?
領土を租借するといいかも。
その土地を住みやすくしてやれば、自然とミッドガルドに対する印象が良くなるだろう。
そんでもって、コーヒーショップ戦略を展開しよう。
方針はこんなもんだな。
同時に兵の見直しをやろうと思う。
こちらから侵攻して行くのだから、少しでも兵を強化しなければならない。
勝って帰るためにも、無駄に兵士を死なせないためにも。
兵の強化には、装備と訓練だ。
良い装備と熟練。
装備は武具とそれ以外。
訓練は行軍と武術。
「鐶、杖は使えるか?」
「杖術の事?」
鐶は答えた。
「獄門流には杖、棒もあるけど?」
鐶はさらっと答える。
「なら大丈夫だな」
オレはうなずく。
装備を変えるのは金が掛かる。
良質の武具があるに越した事はない。
しかし、それは同時に相手の装備をも引き揚げる事にもなる。
同等の装備をもって、しのぎ合いのところにプラスアルファってのが望ましい。
てな訳で、魔法使いに杖術を習わせるのがいいだろう。
魔法使いの弱点は格闘戦だ。
多少なりともそれに耐えられるのであれば、兵の性能は向上する。
次は兵糧。
オレは、割雄に課題を与えた。
そら豆の味噌作りだ。
酒造は、割雄が他の生徒達を鍛えており、割雄がいなくても問題ないレベルまで育っている。
味噌は、ただの調味料ではなく、たんぱく質、糖、塩分などを有す栄養価の高い食品だ。
そのままでも食べられるし、お湯に溶けばスープになり、小麦粉を焼いた固いパンに着けても良いだろう。
しかも携帯にも適している。
兵糧の性能向上は、言い換えれば兵の性能向上だ。
栄養価の高い食料により劣悪な環境にも耐えられ行軍力が増す。
……はずだ。
エリザベス隊にモニターになってもらおう。
といっても半年以上かかるようだけど。
あ、いや、白味噌みたく1週間足らずでできるものもあるから、それを真似て試作品を作ろう。
とりあえず、ブロード豆の原料入手だな。
アルブレヒトに訊いてみよう。
ムスペルヘイムの土地租借については、キューブリック将軍かロンドヒル公爵かな。
その前にマハラジャの情報がいる。
あ、マイヤー商隊の商人頭がいたな。
シェリルの件で、ビフレストの豪商に恩を売っておいたから、そのつてを使おう。
ムスペルヘイムに顔が利く人物のはずだ。
後は、魔王サイドの立場で考えよう。
これまでの策への対策、これからの策への対策だな。
まずは、これまでの策のほころびを洗い出し。
酒に毒を仕込むような策は、再び実行するには金と暇が掛かり過ぎる。
シェリルとアクールが寝返ってる……魔王にとっては死んでいる……ので、新たに人を派遣しなければならない。
オレなら却下する。
多分、魔王もそう考える。
同じ理由で他の物にも細工しない。
では、ヨツンヘイム西部は?
西部ヨツン部族の中には、降伏を良しとしない連中がいるだろう。
そいつらを動かすってのは?
いや、ずっとフォー教に頼っていたんだ、つてがない。
上手く利用するのは難しい。
じゃあどうするか?
無理な事はしないな。
でき得る事を効果的にするだけだ。
て事は、ミッドガルドを中心とする協力体制を崩しにくるな。
例えばヴァナヘイムは貪欲だ。
利益のある方へ着く傾向が強い。
魔王軍がそこを提示できれば、ヴァナヘイムを籠絡できる。
問題は、そこまでの利益を与えられるかだ。
下手をすると金だけ取られて終わる。
他の国でも基本は同じだ。
では、辺境でやってたのと同じように、流通の阻害策は?
単純な阻害は、彼我間の関係を悪化させるだけだ。
辺境は、緩衝地帯という特殊な場所だから効果があった。
加えて石炭と言う武器と絡めていた。
て事は、同じような条件なら可能って事だ。
それに合う場所を探してみよう。
誰に聞けばいいかな?
まずは大司教か。
だんだん聞いてくうちに進展があるだろう。
それとこちらの策もな。
ぶんどれ、領地!
ぶんどれ、魔王の愛人!
がすっ。
あ、突っ込みが入った。
******
で、大司教に話した。
神殿にきてます。
「そうさな、ムスペルヘイムに詳しい奴から情報収集だな、まずは」
「じゃあロンドヒル公爵ですね」
「……あの若造か」
……嫌いなんだな、大司教。
何気に好き嫌いが激しいよな。
「私が会って話して来ますよ」
「そうか、頼む。ワシは国事があるからの」
はいはい。
「それから、毒の混入の件でムスペルヘイムにつながりのある豪商に恩を売ってあります。この機会に利用しましょう」
「任せた」
簡単に言ってくれるよ。
で、どっちから会うかな。
レッツ、シミュレート。
まずロンドヒル公爵。
ロンドヒル公爵に会う → ロンドヒル公爵と関係のあるムスペルヘイムの商人に情報流出 → 魔王軍に伝わる。
次にビフレストの豪商。
豪商に会う → 豪商に関係のあるムスペルヘイムの商人に情報流出 → 魔王軍に伝わる。
情報の流れは一緒だ。
何か違いってないのか?
項目=ロンドヒル公爵:豪商としよう。
本拠地=ドラシール:ビフレスト
活動拠点=ドラシール以南:ビフレスト以南?
身分=貴族:市民
取扱い商品=石炭、アラビカ豆:酒?
……豪商についての情報を集める必要があるな。
比較はそれからでも遅くはない。
オレはアルブレヒトを訪ねた。
「ビフレストの商人はそれこそ星の数ですが、豪商は数えるほどしかいません」
アルブレヒトは言った。
「スピアー家、グレイブ家、それと今回のハルバート家が主だったところですな」
「ハルバート?」
……聞いた事あるな。
「ヒルデちゃんの話に出てきていたでしょ?」
鐶が耳元でささやく。
ああ、そうだ。
つーか、まだ存続してたんか。
「ハルバート家は歴史ある由緒正しい家柄ですが、最近は他家に圧されがちですな」
……跡継ぎが死んだりしたからかな。
ともかく、ムスペルヘイムとは昔から繋がりがあった訳だ。
「商売は何を?」
「ムスペルヘイムに酒を販売しています」
「あっちからは?」
「石炭ですな」
アルブレヒトはさらりと答える。
さすが商売面はよくご存じだ。
でも、またですか。石炭。
「ビフレストはドラシールより遥かに遠いですからな、扱い量はロンドヒル公爵には及びません。
が、遠いという点を逆手に取り、少量を高値で売ってます」
ヨーロッパの香辛料かよ?
アラブ商人が高く売り付けたのが、大航海時代の幕開けになったのは周知の事。
「ただまあ、ヨツンヘイム産が入ってくれば徐々に衰退するでしょうな」
そうだな。
比較的安価で石炭が出回る訳だから、希少価値を武器に高値で売ってた連中は商売あがったりになる。
誰も高いものを高く買いたくはないのだ。
加えて、北方産の販売ルートを持たない商人は、それを有する商人から売ってもらうしかない。
要するに利権化するのだ。
「ん、でも、それは付け入る隙なんじゃね?」
「と申しますと?」
アルブレヒトは首を傾げる。
「ハルバート家は、北にルートを持たない。しかも、安価な石炭が出回って商売上がったり。そうすれば、当然、北のルート開発を考える」
オレは説明を開始した。
「無駄、無駄、無駄ァッ、ですな!」
アルブレヒトは、何かどっかで聞いたジョ○ョっぽいセリフとともに、意地の悪い笑みを浮かべた。
もちろん、彼自身が利権を握っている訳だからな。
「ここでちょっと視点を切り替えてみてください」
「はあ?」
「あなたの商隊に、石炭に詳しい者は?」
オレがズバリ指摘すると、
「うっく…」
アルブレヒトは喉を詰まらせた。
「そう、石炭の取扱いに詳しい商人がいれば、アルブレヒトさんの仕事も楽になるのではないですか」
「うーむ、実入りはへりますがね」
あ、渋ってる。(笑)
「配下の商隊に石炭に詳しい者は?」
「うぬぬ…」
「他の商隊には居るでしょうね、石炭を扱った事のある商人が。
そう考えるべきですよ。
フレースベルグも石炭の知識のある者がいれば安心するだろうし、何より売り手より優位に立てます」
「分かり申した」
アルブレヒトは、うなずいた。
「商隊の者に石炭の取扱いを覚えさせる良い機会ですからなッ」
相変わらず声がでかい。
という訳で、ハルバート家に接触しムスペルヘイムの情報を得る他に、ヨツンヘイムの石炭販売も視野に入ってきたのだった。
安価で石炭が入手できれば、蒸気機関の開発に近づく。
内燃機関を作れたら最高なんだがなー。
更新、遅れがち。
だからという訳ではありませんが、今回はボリュームたっぷらでし。(笑)