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そして、派兵の時がやって来た。
形式的にではあるが、東部ヨツン連合の使者が遣わされてきて、助力を嘆願。
それに応じて派兵と相成った。
ヴァナヘイムにも同様に使者が遣わされているはず。
でもその前に。
始の事が残っている。
オレは、あの町娘風の女の子を釈放した。
単に雇われてただけだし。
雇い主のシェリルは、既にオレの元に寝返ったんだから、拘留する理由もない。
「あのな、言わなくても分かってるだろうが、始は君に惚れている」
「はい」
女の子はうなずいた。
「始は阿呆だが、悪いやつじゃない」
「はい」
「だから、キチンとけじめをつけてくれ。しっかり始を振って終わらせるか、真面目に付き合うか、どっちかだ」
「…はい」
女の子は、暗い表情でうなずいた。
後は、神のみぞ知るってとこか。
オレは、辛いシーンは見たくないので、さっさと派兵軍に加わった。
各々は最短距離で、ヨツンヘイム西部へ向かう。
派遣軍の将は、キューブリック将軍。
オレらは、エリザベス隊に同行。
エリザベス隊のポジションは遊撃隊。
便利屋だな。
的確に状況を読み、味方をフォローしなければならないポジションだ。
野を越え丘を越え、数日でヨツンヘイムへ到着。
まずは東部ヨツン連合の勢力に合流だ。
挨拶をしなけりゃな。
キューブリック将軍が仕切ってくれるので楽だがな。
とにかく戦いの流れを確認。
西部ヨツン連合が宣戦布告をしてすぐに東部ヨツンたちは結束。
戦いが始まった。
戦いはずっと一進一退。
しかし、フォー教が国を追われた頃から、西部ヨツン連合に動揺が走る。
そこへミッドガルド、ヴァナヘイムの援軍が到着した。
戦いの趨勢はほぼ決まった。
挨拶もそこそこに、キューブリック将軍は、自軍を配置させた。
今、東部ヨツン勢力の一つが戦っている相手にプレッシャーをかけるためだ。
最初が肝心だ。
援軍が味方を勇気付け、敵の士気を挫く。そのためにはできるだけ勇ましく振る舞わなければならない。
キューブリック将軍は、兵士達に太鼓やラッパをがなりたてさせた。
東部ヨツン軍は雄叫びを上げて前進した。
敵軍はこれを迎え打つ構えを見せた。
弓矢が飛び交い、被弾した兵士達が倒れ伏す。
やや遅れて火球や稲妻の魔法が飛んだ。
爆風の中を歩兵が突進し、交戦。
たちまち凄惨な殺戮が繰り広げられた
「槍兵進め!」
キューブリック将軍は命じた。
伝令が飛び、長槍を構えた部隊が前進する。
巨人たちはリーチがある。
普通に戦ったら、こちらの兵が間合いに入る前に、上空から降り下ろされる一撃を食らってしまう。
だから、巨人たちに負けないくらいリーチのある武器を使い、さらに密集して槍衾を作り、敵を押し包む。
長槍隊の後方には、弓兵、魔法兵部隊が控えており、長槍という柵の向こうから狙い撃ちにする作戦だ。
序盤戦はこれで良い。
でも、中盤戦は別の戦術戦法が必要だろう。
戦局は相手の対応次第で変わる。
巨人たちもばかじゃない。
状況は、東部ヨツン連合に有利だが、敵も後がないとあっては死に物狂いになる。
その前に敵陣へ押し寄せて、降伏させなければならない。
この状況で最も良い手は調略だろう。
敵を一部分でも寝返らせる事ができれば、敵方に動揺が走り叩きやすくなる。
巨人たちは肉体的にも精神的にも屈強な戦士が揃ってる。
戦わずに勝つという基本戦略を実行するには、調略という戦術が効果的だろう。
エリザベスにそれを伝え、さらにキューブリック将軍へ進言する。
昔風に言えば、献策だな。
「ふむ。だが、どうやって?」
キューブリック将軍は、訊ねた。
2つのやり方が考えられる。
偽装と説伏。
偽装は、時間も掛からずすぐに実行可能だ。
人間には偽装は難しいので、東部ヨツンたちにやってもらうことになる。
だが、見破られないように気を付けなければならない。
失敗すれば貴重な兵を失うし、二度と効かなくなる。
説伏は、人の見極めがすべてだ。
誰がかかりやすいか。
そして交渉次第。
失敗すれば最悪使者が殺され、やはり二度と効かなくなる。
どちらにしても一回こっきりだ。
加えて巨人たちは頑固で信義に厚いので結構難しい。
「東部ヨツンの中から2人選んでもらってください」
オレは言った。
「勇気があり、機転の利く兵士長クラス、外交や交渉が上手い将官クラス。できれば名の知れた方が良いですね」
「……どうするのだ?」
「説伏と偽装を併用します」
オレは具体案を述べた。
******
人選はすぐになされた。
オレらが支援してるのは、鷹をシンボルに頂く部族だ。
族長はスヴァーリと言った。
スヴァーリの配下のアングルボザ、アンドヴァリという巨人が選ばれた。
アングルボザは女性だった。
族長の親戚で、戦にも参加するが、機知に富み対外的な仕事を専らとしている。
ちなみに既婚者。
アンドヴァリは、厳つい顔と体躯の巨人族の男性。
いつも前線で頑張っている人。
巨人たちに調略の事を話すと、やはり難色を示した。
予想していたことだが、説得の仕方は考えてある。
「この戦いがヨツンヘイム全体に与える損害は少なくない」
「損害といっても、どのような?」
アングルボザが言った。
「私の出身地には、漁夫の利という例え話があります」
オレが説明を試みる。
「ある時、貝が川辺で、殻を開いて中身を日光浴をしていた。
そこに腹ペコの鳥がやって来て貝の肉を食べようとしたので、貝は驚いて殻を閉じてしまった」
「何の話だい?」
アンドヴァリが首を傾げる。
「しっ…まずは話を聴くんだよ」
アングルボザが、アンドヴァリを睨んだ。
「貝は鳥の嘴を放さない。
鳥と貝は口汚く罵り合ったが、事態は膠着。
そこへ通りかかった漁夫が2つとも持ち帰ってしまった」
しーん。
会議用テントは静まり返った。
話の意図が分かった人たちも、分からなかった人たちも、等しく無言。
「貝と鳥は、我々東西ヨツン部族を表してるのですね」
アングルボザが言った。
「そう、我々ミッドガルドやヴァナヘイムは漁夫です」
「でも、何故、我々にそのような事をお伝えになるのです?
あなた方の立場からなら、我々が気づかない方が良いのでは?」
「確かに一時的な利益だけを見た場合はそうです。
でも、我々は長期での友好関係を望んでいます。
あなた方が疲弊し消耗するのは我が方の不利益に繋がります。
実際、酒、泥炭などの商品はヨツンヘイム産を買い入れてますし、石炭を破格で供給して頂いてますからね。
従って、極力あなた方へのダメージを抑えるには、戦わずに相手方の戦意を失わせる事が求められます」
「そう、だから調略なのだ」
キューブリック将軍は力説した。
「アングルボザ殿は、敵方の将に会って説得して頂く」
「それがしは、何を?」
アンドヴァリが訊いた。
「それはな……」
キューブリック将軍が詳しい説明を始める。
謀略である。
アングルボザは、すぐに標的となる敵将を選び出した。
勇猛で知られる熊のシルヴェスタ。
ヨツンヘイムに詳しい者なら、絶対に調略の対象などにはしない人物だ。
西のリーダーである狼のチェダイに対しては、それほど忠誠心を持っていないが、裏切りや卑怯さを嫌う傾向が強い。
アングルボザは自らが使者になり、従者一人だけを連れて、敵陣へ乗り込んだ。
敵陣は数キロ離れた場所にある。
やはりテントを張り、
「なんだ、誰かと思えばアングルボザ殿ではないか」
見張りの兵士の報告を受けて、シルヴェスタ配下の男が出てきた。
様子を見に来たのである。
もちろん、会う気などないのだ。
「何しに来たか知らんが、さっさと去らねば身の保証はできんぞ」
「覚悟の上だ」
「痛い目に会っても知らんぞ」
「話がある、シルヴェスタ殿に面通りを」
「できんな」
「ふっ…。女1人に恐れをなしたか。所詮、部下達に守られて、ぬくぬくとしている輩よの」
ぬっ…。
相手の顔色が変わった。
しかし、部下達の手前、怒りに任せて事を起こす訳にも行かない。
「皆の者、聞けい!」
アングルボザは、わざと大声で言った。
「熊のシルヴェスタ殿は、巣穴から出てこれぬそうですよ!
穴熊大将ですってよ!」
聞えよがしにってヤツだ。
周囲にいる兵士の中には、笑いを堪えている者もいるようだった。
「ちっ…」
相手はいらだちを隠せなかった。
「暫し待て」
そして、陣内に消えた。
アングルボザは、陣内に通された。
「シルヴェスタ殿、おひさしゅうございます」
「確かに久しぶりよの。で、用件は何だ?」
「説得をしに」
アングルボザは肝が据わっていた。
「漁夫の利という話をご存知か?」
「知らんな」
「では、話のタネにお聞かせしよう」
アングルボザは、オレの話をそっくりそのまま話して聞かせた。
「ふん、貝と鳥は我々か」
シルヴェスタは言った。
「その通り、我々がこのまま争い合っていれば、漁夫であるミッドガルドやヴァナヘイム、そしてムスペルヘイムに拐われてしまうでしょう」
陣内の兵士の顔に衝撃の表情が走る。
「否。
我々は信念に基づいて戦っている。
そもそも、我らタタンが統一されれば、外地の奴らなどは敵ではない」
シルヴェスタは力説した。
兵士達の表情が元に戻って行く。
「アングルボザよ、悪い事は言わん。
外の奴らとつるむのはよせ」
「我々が生き残るには、外の世界に目を向けねばなりませんよ。
彼らとて、邪悪な生き物ではありません。
上手に付き合う事が肝要です。
さすれば、次第に我々の生活も向上するでしょう。
我らタタンの民には戦ではなく、より良い暮らしが必要です」
「きれいごとを。
戦わずに連中を下してはゆけん。
我らの力を見せつけねばつけこまれるのみ」
「ですが…」
「話は終わりだ」
シルヴェスタは一方的に打ちきった。
あまり喋らせると若い兵士達の中に同調するものも出かねない。
「こやつを捕えよ」
アングルボザは捕縛された。
さて。
オレはため息をついた。
アクセサリーに付与した千里眼を使って見守っていたのだった。
鳥ゴーレムを使わずに済んだので、少し安心。
アンドヴァリの方も順調だ。
タタンってのは、巨人族の事のようだな。
アングルボザは、とりあえず見張り付きのテントに監禁された。
すぐに一人の兵士が出立した。
この方面の戦線を統轄する、いわば方面長に、彼女の処遇を伺いに行ったのだ。
方面長の陣が近い事もあり、使者はすぐに戻ってきた。
頃合いを見て処分せよとのお達しだろう。
実質好きにしろって事だ。
だが、
「私を本陣に移送とはどういう了見ですか!」
アングルボザは喚き立てた。
「そのような辱しめは受けませぬ、今すぐ殺しなさい!」
「いや、そんな事は言ってねーっつの!」
配下の兵士は弱った顔。
今だ。
オレは、キューブリック将軍とスヴァーリにゴーサインを出す。
準備が整っていた兵士達が出陣した。
既に辺りは暗くなっている。
そう、夜襲だ。
夜攻撃するのは理由がある。
アンドヴァリは上手くやってくれてるだろうか。
彼の隊がこの作戦の鍵だ。
一方、アングルボザは、まるでボケてしまったかのように喚き散らした。
「騒ぐな、こら。黙らんと、斬って捨てるぞ」
「だから、殺しなさいって言ってるだろ!」
そこへ敵襲の知らせ。
兵士達は慌て出陣した。
他の陣からも兵士達が出てくる。
夜戦が始まる。
西部ヨツンたちが自陣地を防衛する形になった。
攻撃を仕掛けた東部ヨツンたちの方が、やや優勢か。
物事ってのは、何でも優勢な内に決着をつけないといけない。
でないと盛り返される隙を与えてしまう。
で、オレが何で戦の様子を見ていられるかと言うと、アンドヴァリがはめた指輪に千里眼を付与してるから。
アンドヴァリは、シルヴェスタの兵士達に扮し、シルヴェスタの目の前にいた。
既に捕えている。
「シルヴェスタ殿」
アンドヴァリは戦斧を突き付けた。
「もう我が部下たちが、狐のトムル軍に攻撃をしかけたところです」
「なっ…」
シルヴェスタは絶句した。
熊の部族の兵士の格好をしたヤツらが、味方のはずの部隊に攻撃をかけるのだ。
しかも、この闇夜だ。
恐怖に駆られた兵士たちが、疑心暗鬼の中で、同士討ちを誘発するだろうことは明白だ。
撹乱。
兵法戦術の最もオーソドックスな形。
さらに、シルヴェスタは軍の方面長に使者を送ってしまっていた。
敵方のアングルボザが調伏しに訪れたことは、全軍に知れ渡ってしまったということだ。
「くっ…謀りおったな」
「戦は所詮、謀。悪く思わんで下されや」
アンドヴァリは、かすかに笑った。
夜戦の行く末はすぐに決した。
アンドヴァリ隊の撹乱が、西部ヨツン勢力に味方の裏切りを連想させた。
彼らの目には、まるでオセロの盤が一瞬にして白黒反転するかのように、味方が減少して見えたことだろう。
西部ヨツン勢力は前線を維持できず、闇夜にもかかわらず潰走した。