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 よし、シェリルと約束を取り付けた。

 さっそく解毒に向かいたいが、その前に。

 大司教に事の次第を伝えとかないとな。

 アクールだけじゃなく、シェリルまで、こちら側へ引き込むのは何でか、またどういう訳でそうなるのか?

 つまり、オレが何者かを話さないとね。


 説明のためヒルデを連れてゆく。

 神殿に幽霊連れてゆくのってどうかとは思うけど、まあ良し!

 オレは、勢いだけのセリフを言ってみた。


「はあー?」

 大司教は、一瞬マジで呆けた。

 当然だよな。

 『天の御使い』とか言って持て囃していたヤツが、『実は魔王でした』ってんだもん。

「そんじゃなにかい。魔王の大元が2つに分離して、一つはお前、もう一つは魔王になったって事かい?」

「はい」

 オレはうなずく。

「うわー」

 確かに、『うわー』だよな。

「ちょっと待て」

 大司教は、片手を額に置いたまま、もう片手をオレに振った。

「何で、魔王がそこの幽霊のお嬢ちゃんに気付かねえんだ? 分離する前だったんだろ?」

「…あ、そうですね」

 言われてみりゃその通りだな。

 ……復讐の念で目が曇ってた?

「あたし自身幽霊だけど、全部の幽霊が見えるわけじゃないの。波長が合わないと見えないのもあるのね」

 ヒルデが説明を試みた。

「そうかい」

 大司教は、すぐに興味を無くした。

 ただ矛盾点を突いただけだったようだ。クセか?

「どういう扱いにするかな」

「何とぞ寛大なご処置を」

「いや、そう言うことじゃない」

「え?」

「お前はすでに王国の命運を握ってしまっている。始末したら、王国は沈む」

「はあ…」

「うまい扱い方にしないとなあ」

 大司教は、なんの抵抗もなく、受け入れたようだった。


「こういうのはどうだ?

 先の大司教が魔王の軍勢の勢いが強すぎる事を案じて策を残した」

「それとオレとどんな関係が?」

「鈍いヤツだな。魔王の大元から分離した片割れをこの世界に呼ぶことで、同等の能力を持つ味方を王国に引き入れたんだ」

 分かるか、んなもん。

「なるほど」

 オレは、腹の底ではツッコミつつも、表面上は神妙な顔でうなずいた。

 そう、腹芸ってヤツ。

「でも、それってヘタすると魔王の手先と思われますよ?」

「だよな…そこをどうクリアすっかだな」

 大司教も気づいていたみたい。

「王国に対する忠誠心を見せればいい」

 アクールが口をはさむ。

 さっき誰もとがめなかったから味をしめたみたいね、アクールちゃん。

 いやでも、結構、気づく人みたいね、アクールちゃん。

 後でご褒美のチッスをば…。


 ごん。


 言うまでもなく、嫉妬の一撃。


「うん、それだ!」

 大司教は飛び乗った。

 いや、あんた、それ元敵の意見だよ?

「王国に忠誠を誓う儀式でもすりゃいい。何なら、愛人を一人、自分で殺すくらいがいいな」

「……う、それはカンベンしてくださいよ」

「なに言ってやがる、吸血鬼なら死なねーだろ?」

 あ、そっか。

 政治ショーってヤツね。

 でも、シェリルが引き受けるかなあ。そんなの。

 と思い悩んでたら、

「いや、もっといい案があるな。いっそ魔王の愛人を片っぱしから取っちまえ」

 大司教はもっとトンデモナイことを言った。

「え?」

 一同、点目。

「魔王の力を奪い取って、こちらの力にできるし、何より魔王のヤツを直接ヘコませられる」

 ああ、そりゃいい案だ。

 オレは、鐶とアクールを見ずにというか、見れずに大司教だけを見る。

「それはムリですぜ、旦那」

 言おうとしたけど、

「それ以外にお前が生き残る道はない」

 大司教は真顔で力説。

「それともなにか、志半ばで王侯貴族の中傷をくらって、同調する反対勢力に突っ込まれる弱点を作ったまま処刑されるのを待つか?」

 ……すげえシミュレーションだな。

 どこまで思いを馳せ過ぎてんだよ?

 いや、でも、それも一概には否定できないのか。

 所詮、ほとんどの王侯貴族は己の利益しか見ない。

 そういう連中が、一旦、オレを標的にしたら、骨の髄までしゃぶられる。

 そうならないように今のうちから対策を立てておくのもいい。

「……一つだけ聞かせてください」

 オレは言った。

「わたしが魔王になり変って魔王軍を率いたりするとは思いませんか?」

「…………それはそれで仕方ないさ」

 大司教は嘆息した。

「正直言うと、アスガルド王は王の器だが、王としては小者だ」

 また、処刑されかねないことを言う。

「天下を平定した後に統治を任せられる器じゃない。

 それよか、真に善政を敷けるものが上に立った方が良い。

 天下とは自然にそうなるもんだしな」

「……寛大なご処置に感謝します」

 オレは頭を垂れていた。

 この人の下にいる限りは、そんなことはしない。

 いざって時には考えるかもしれないけど。


 で、酒樽を保管してある倉庫が見つかった。

 コーディーの隊に護衛をしてもらい、直行。

 大司教の許可を取り、シェリルを一時釈放する。

 魔法封じの手錠は現場で外す。

 倉庫はそれほど大きくはなく、お世辞にもきれいとはいえない。

 ま、普通の倉庫だ。

 ただし、酒樽がびっしり詰まっている。

 アルブレヒトが手をまわして既に物を買い取っていた。

 商人頭がついてきており、100樽あるとのことだった。

 それから、予想に反して、誰も阻止しようという者はいなかった。

 護衛は結果的に必要なかったみたい。

 後は、ゆっくり毒を処分すると。

「シェリル、毒は何を?」

「テリュフォノンよ」

「じゃあ、キュアポイズンで解毒できるな」

「そうね。この量なら5回で終わるよ」

 シェリルはうなずく。

「魔法兵、こやつを取り囲め」

 オレが合図すると、コーディー隊の魔法使いたちが打ち合わせ通りにシェリルを囲む。

 四方を囲むのではなく、扇状に一方だけを囲む。

 反抗したら、すぐに攻撃魔法を叩き込むようにとの考えだ。

「じゃあ、頼む」

 言って、オレは手錠を外した。

 酒樽はコーディー隊が20樽毎に5分割して配置終了させている。

 仕事早いなこいつら。

「うーん、自由っていいなー」

 シェリルは伸びをしてから、

「水よ、命の水よ、わが命に従い、真の力を現せ」

 精神集中。

「人に仇なす毒素を消し去りたまえ」

 シェリルが酒樽を指さすと、5分割したうちの一つが光に包まれる。

「はい、おっけー」

「続けろ」

 オレが言うと、

「はいはい、仰せのままに」

 シェリルは肩をすくめて、キュアポイズンを使い続けた。

 多分、5回も行使すれば、いかな吸血鬼といえども魔力が半減するだろう。

 早く疲れさせるに越したことはない。

「はい、完了しましたわよ、御主人たま」

「うん、大儀だった」

「でもね、あたしはやっぱり自由がいい」

 シェリルは、いたずらっぽく笑ったかと思うと、


 くわっ


 形相が一変。

「いかん、ライトニング・アローを!」

 魔法兵が叫んだ。

 が、それは必要なかった。


 ざしゅっ


 オレは、懐からアクールから奪った短剣を取り出し、それをシェリルの胸の中央へ突き刺していた。

 魔力付与された短剣であることを知る者は多い。

「……ちっ」

 シェリルが舌打ちしたが、遅かった。

 ずるずるとオレの体にすがるようにして地に伏せる。

「死んだな」

 オレは、シェリルを足蹴にした。

 ごろりとシェリルの体が転がって、仰向けになる。

「始末しろ」

 オレが言うと、コーディー隊の隊員が無言でうなずく。

 顔色が若干青ざめていた。

 吸血鬼は、一旦死んでも蘇る事がある。それを恐れてるのだ。

 しかし、それは取り越し苦労だった。

 シェリルの死体は、見る間に形が崩れて行き、どろどろに溶けて地面に流れてしまった。

「ムスペルヘイムの商人から聞いたところでは、吸血鬼は、完全に死ぬと灰になるか、液状化して消え去ると…」

 商人頭が知識を披露した。

 コーディー隊の隊員は、ほっと胸をなでおろしたようだった。


 ******

 

 酒に仕込まれた毒は処理された。

「カイ殿は抜け目ありませんな。敵に解毒させ、疲れさせて始末しやすくするとは」

 商人頭が、商人っぽい表情を見せた。

「しかも元手がかかっていない」

「万が一を考えての事。歯向かったので身を守ったまでだ」

 オレは答える。

 コーディー隊の隊員たちは、ビシッと背筋を伸ばしていた。

 緊張感が漂ってる。

 意図してやったのではないが、シェリルを始末するまでは、どこかオレを甘く見てたのが、今はなくなっていた。

 酒の処理は、アルブレヒト商隊に任せて、オレらは撤収。


 宿に戻ると、辺りが薄暗くなっていた。

 誰もしゃべり出さない。

「お帰り」

 美紀が出迎える。

「お客さんが来てるよ。カイ君に。女、美人の」

 最初は機嫌良かったのが、段々トーンダウン。

 一瞬にして超不機嫌に。

 怖いッス。

「美紀、留守番ご苦労さん」

 美紀を抱きしめたり、キスしたりしたかったが、他の娘さんたちの手前、怖くてできませんでした。

 そそくさとすり抜けるように入る。

 大広間に、


 ぽつん。


 そいつがいた。

「あ、帰ってきたね」

 パッとその娘の顔が明るくなる。

「うん。ご苦労だったな、シェリル」

 アクール同様、表向きは死んだ事になったのだった。

 シェリルは、オレにすり寄って来て、


 ぎゅっ


 腕にしがみついた。

 ふくよかな胸の感触が気持ちいいんだが。

 うむ、いいですなあ。

 でも、4人の娘さんたちの冷たーい視線が突き刺さる。

 ぐはあ。

 しかし、オレに殺される振りをしてまで協力してくれたシェリルの気持ちを考えるとなあ。

 悩んでたら、シェリルの方から、


 ちゅうっ


 唇を奪われた。

 うっ…。

 ま、こういうのもいいか。

「協力してあげたんだから、このぐらいは当然よね」

 シェリルは言って、オレの腕から離れる。

 そうです。

 お仕置きタイムがあるからです。

 ぼこぼこにされました。


 ******


 吸血鬼は、完全に死ぬと灰になるか、液状化して消え去る。


 それを逆手に取ったのが、シェリルの用いた液状化に見せかけて退散する技だ。

 年月を経た吸血鬼は、霧になることができる。

 霧は要するに水だ。

 水なら、さらにそこから姿かたちを変化させて液体になることもできる。

 そんな理屈だ。

 オレが突きたてた短剣程度では、吸血鬼を倒すことなどできない。

 心臓に杭を打ち込んで、吸血鬼の命となる血を流させ、更に首を切り落として体に意思が伝わらなくするぐらいになって、やっと肉体が死に向かうのだ。

 ともかく、水から再び霧に変化し、場所を移動して、姿に戻り、宿を訪ねてきたという訳だ。

 魔王のヤツ、シェリルが死んだと聞けば、すっげー慌てることだろう。

 シェリルを味方に引き入れれば、相手方の弱体化を図るとともに、オレの力を増加できる。


 ******


 シェリルは、オレらと一緒に生活する事になった。

 でも、部屋がないのよね。

「あら、もちろんカイ殿のお部屋に入らせてもらうわよ」

 シェリルが宣言したんで、

「なっ…」

「んッ…」

「だっ…」

「てっ…!」

 他の娘たちの嫉妬オーラ出まくり。

「不服なようね」

 シェリルは、挑むように他の愛人さんたちを見て、

「んじゃあ、あなた、カイ殿と同室になりなさい」

 美紀を指名する。

「え? いやあの…こ、心の準備が…」

 尻込み。

「じゃあ、あなた?」

 鐶を指す。

「え? んと…そのあたしも…」

 真っ赤になって視線を反らす。

「ふん。アクール、あなたは?」

「え?」

 アクールは、反射的に鐶を見てから、

「う…それは」

 俯いた。

「ダメね。カイ殿のお夜伽もしてあげられないなんて」

 シェリルが言った途端、


 ぼっ


 美紀、鐶、アクールの頬が真っ赤に染まった。

「じゃあたしが同室ね」

 と言ったのは、ヒルデだった。

 何の気負いもない。

「だって生前は夫婦だし」

 ちょっと艶っぽい表情をしていた。

 うむ、これもまた良し。

「あ、あら?」

 シェリルは首を傾げた。

 読みが外れたようだ。

「そんな事、許さない!」

「そうよ!」

「だね!」

 えーと、3対2に分かれましたよ。

「てゆーか、シェリル、あんたはコウモリになれ!」

 アクールが言った。

 結構、言うようになったなあ。

「そうよ!」

「それがいいわね!」

「で、戻れないよう封印すると」

「アクールちゃん、頼んだわよ!!」

 あ、既に利害の一致を見ているようです。

 いつの間に。

「アイサー、姉サマ方」

「……しょうがない」

 オレが出ないと収拾がつかないようだ。

「シェリル、ここは引いてくれ」

 オレが言うと、

「はい、仰せのままに」

 シェリルは、慇懃にうなずいて、


 ぼん。


 素直にコウモリに化けた。


「封印!」


 簡潔な呪文で、シェリルは姿を固定されてしまった。

「これならいいでしょ?」

 シェリルは、キィキィ声で言ったが、

「寝よ、寝よ」

「あームダな時間を過ごした」

「お肌が荒れるし」

「ですね」

 娘さんたちは、興味を失って解散と。


「これからよろしくな」

「こちらこそ、ご主人様」

 オレとコウモリ姿のシェリルは、うなずきあった。

 シェリルが味方についた。

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