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シェリルは最初からアクールに気づいてたっぽい。
ま、覆面しても、魔力のある輩には通用せんかったんだろうけど。
遅延策については、考えてみた。
人か物か。
恐らく、今回も物が主体だろう。
ヨツン東部とミッドガルド、ヴァナヘイムは石炭でつながっている。
ミッドガルドとヨツン東部だけに限れば、アクアヴィット生産設備のつながりもある。
以前は、アクアヴィットをヨツン東部へ輸出しており、それに魔王軍が何か仕掛けてくる危険性があった。
酒税を引き上げて、輸出業を衰退させる代わりに生産設備の販売に切り替え、それができない業者には燃料アルコールとしての道を提示してきた。
なんかするとしたら、
1.石炭
2.アクアヴィット
てことか。
1の石炭はヴァナヘイム、ミッドガルド両方に波及する影響力大。
2のアクアヴィットはミッドガルドだけ。影響力小。
だが、労力と効果、言いかえれば費用対効果を考えると、2の方が効率的かもしれない。
ヴァナヘイムとミッドガルド両方へ人を派遣したり工作をしたりするのは、お金もヒマもかかる。
オレなら、まずは2。同時に1の方向でも進めておいて、必要なら、もしくは可能なら1もってやるな。
魔王も同じことを考えるだろう。
大枠の動きはできた。
次に、具体策。
何をするかだが。
「酒に毒を入れる」
それまでじっとしていたアクールが、つぶやいた。
それって、当初、オレが警戒してた事じゃんか。
あ、でも、使わない手はないのか。
もし、魔王軍が、ある程度準備を進めてたら、元手もかかっただろうし。
タイミングさえ合えば、この手段を捨てる事はないよな。
で、酒に毒を混入させたらどうなるかな?
ヨツンヘイム東部部族は、ほとんどアスガルドのアクアヴィットを買わなくなっている。
そりゃ、わざわざ高い酒は買わんわな。
輸出入は皆無じゃないけど、買っても飲まれない、つまり不発に終わる可能性がある。
贈り物として使われるだけな。
よしんば飲んだとして、仮に族長クラスが死んだとしよう。
両者間に、しこりは残るだろう。
何年か先には、関係が悪化するかもしれない。
でも、すぐにアスガルドに反旗を翻すか?
いや、ヨツンの部族たちは、まだまだアスガルドの力を必要としてる。
癒着し利用したいのだ。
加えて、西部討伐の助力を乞わなければならない。
だから、アスガルド産の酒に細工する意味はない。
労力のムダだ。
だとしたら…?
ヨツンたちとアスガルドを不仲にするには?
……アスガルドの国内で流通する酒に細工するってのは?
毒の入った酒を飲んで、アスガルドの民が死んだとしよう。
弱いな。
そんなんでヨツンヘイムと不仲にはなんねーよ。
ヨツンヘイムとの仲を悪くするには?
最も簡単なのは、ヨツンヘイムの製品で、アスガルドの民が死ぬって構図か。
……ちょっと前までの中国製品の話みたいだな。
アスガルドからなら強い発言ができる。
最悪、ヨツン西部討伐の派兵をしない事も可能だ。
そうなりゃヨツン東部は言い掛かりをつけられた上、助力をしてもらえず不満が高まる。
ふふふ、やる価値あんな。
……何か、オレこそ魔王みたいじゃん?
てことは、ヨツンヘイム産の物に、何があるかだな。
ヨツンヘイムの事は、アルブレヒトに聞け、と。
マイヤー宅に行く。
アルブレヒトは家にいた。
「ヨツンヘイム産の物ですと?」
アルブレヒトは、相変わらずデカ声。
「もちろん、アクアヴィットですぞ!」
「え?」
いつの間に逆転現象が?
「例え、運賃、酒税がかかってもヨツンヘイム産の酒の方が安いのですぞ」
そうか、人件費、原料費のどっちもが安いんだな。
ヨツンたちは、作った酒は売らなければならない。
売らなければ、設備代を償却できないから。
逆に酒を扱っていた商人たちは少しでも安い酒を仕入れたい。
また消費者が、味にたいした変わりがなければ、少しでも安い方を買うってのは人情だ。
ヨツンヘイム酒造業者とアスガルド商人、両者の利益が合致したのだ。
これではっきりした、敵はアクアヴィットを狙う。
その前に魔王軍の手先を捕らえなければ。
オレは、アルブレヒトに事情を説明した。
商人たちの助けがいる。
市場におかしな動きがあればすぐに分かるだろうし。
「お任せあれ」
アルブレヒトは胸を叩いた。
その後、すぐにコーディーを訪ね、事情を説明。
商人たちから情報を得たら、すぐに捕縛に向かえるように話をつけた。
あ、エリザベスへ使者を仕立て、事の次第を伝えるのも忘れない。
さてさて。
商人ルートとは別ルートで情報集中といくか。
オレは、鐶とアクールを連れ、またまたシェリルを訪ねた。
「あ、また来たの? 結構ヒマなのね、天の御使いって」
「ヒマじゃねーよ」
オレは頭を振る。
「シェリル、お前さんから聞き出したい事がある」
「言うと思う?」
「交換条件を出そう」
「解放してくれるの?」
「いや」
オレは答えた。
「シェリル、オレの側に着けよ」
「何を言い出すのかと思ったら…」
「一つ聞く。魔王には何人愛人がいるよ? ちなみにオレはまだ4人だ。アクールも入れてな」
オレがさらっと言うと、
「な…っ」
シェリルは、絶句したようだった。
「な、なーっ!?!!」
アクールが、怒りなのか何なのか、目を白黒させながら騒ぎだす。
つまりは、二重スパイだ。
敵のスパイを捕まえたら、どんな手を使ってでも、逆に自分側に着かせる事。
それが鉄則だ。
そして、現状から最適最善の選択をするなら、これしかない。
でも鐶たちの反応を考えると、オシッコ漏れそうだけどな。
恐怖で。
「な…何て自分勝手な申し出なの?」
「断っても構わないぜ。お前がどっちに着こうが、オレにとっては同じだ」
「どういう事?」
「分かるだろう?」
オレは、不敵な笑み。
今、シェリルの頭脳は、フル回転してるに違いない。
単純に利益を図るなら、そう難しくはない。
だが、色恋沙汰が関わってくると問題は相当難しくなる。
事実、シェリルは、すぐに断れなかった。
迷っている。
それは、そのまま魔王に対する迷いのはずだ。
思い悩むシェリルの姿は、オレを翻弄した女吸血鬼じゃなく、ただの女の子だった。
「また来る」
オレは答えを待たず、さっさと引き上げた。
はい。
怖いお仕置きの時間が始まる。
「カイ君」
鐶が、ゆらりと陽炎のようなオーラを出す。
「あなた、一体、自分が何をしたか分かってんの?」
あうー、怒っておられるぅっ。
「……」
アクールも目がギラギラしていた。
んーと、オレってば、鐶を二人にしたんだろうか?
うん、そうだね。
自問自答。
もち、フルボッコ。
******
「あ…すごいスッキリ」
アクールは、何かに目覚めてしまったようです。(泣)
くそー。
覚えとけよ。
そのうち、めちゃくちゃすげーキスかましたるからなぁ。
どごぉっ
鐶のパンチが後頭部に決まった。
******
さて。
商人ルートの情報。
アルブレヒトが使者を送ってきた。
要点だけを言うと、
・ヨツンヘイムの酒を大量購入した客がいる。
・ビフレストの豪商との事。
・背後関係を調べたら、ムスペルヘイムとの繋がりが深い事が分かった。
「なぜ大量購入したのかな?」
「恐らく、それはマハラジャ連合軍がフォー教を破ったからでしょう」
使者は答えた。
あ、こいつ、もしかしてアルブレヒトんとこの商人頭じゃん?
「フォー教は酒を禁じておりましたし、勝利軍は祝杯を必要としますゆえ」
商人頭は言った。
元から禁酒ムードが漂っていてストレスが溜まりまくっていたところに、今回の勝利って訳だから、瞬発的に需要が高まるってことか。
「ムスペルヘイムに酒は?」
「無くはありませんが、彼の地は水が悪いのです」
「なるほど」
さすが商人、時流を読んでるな。
「でも、それじゃ毒の入った酒がムスペルヘイムに渡ってしまうんじゃ?」
「いえ、まだ先がございます」
商人頭は続けた。
「つい先日、発注が取り消されたそうです。その豪商は慌て売り先を探してますよ」
「そうか、その酒を確保だな」
先ずは毒入りと目される酒が市場に流れないようにすること。
また困っている豪商から品物を買えば、恩を売れる。
今の売り先よりやや高く一括引き取りすればいい。
それはアルブレヒト商隊に任せればいいか。
それより、ポケットマネーで買える価格だといいけど。
……経費で落ちるかな?
大司教に相談だ。
で、買った酒は魔法で毒を消せばいいだろう。
たしか『キュアポイズン』って魔法があるはず。
無害化したら、商人に安めに売ってもいいし、残ったら蒸留してアルコールランプの燃料で潰すと。
酒でよかったなあ。
後は、バークレーに毒を消す魔法について教えてもらおう。
毒そのものは、足がつかないようにその辺で普通に手に入る毒を使用してるはず。
なら、魔法で普通に治せるものと見た。
「できるだけ早く酒をおさえてくれ」
アルブレヒトへの言伝てを商人頭に預け、オレ自身は神殿に向かう。
バークレーと大司教に用事だが、大司教は宮殿に行っていたので、バークレーを訪ねる。
エリザベス隊の準備が一段落したので戻ってきていたのだ。
「毒を消す魔法について教えてくれ」
「うわっ、何ですかいきなり!?」
「こういう事情だ」
説明をする。
「まあ、物ですし、人よりかかり易いでしょうね」
バークレーはうなずいて、
「数は?」
「う…」
発注数が分からんから総数量はわかんねーけど、あの設備だと1日の生産で樽20個は堅いな。
「祝杯用にわざわざ取り寄せるんだから、樽20や30ってことはないでしょうね」
「だよな」
「100樽ぐらいは軽くあるかも?」
「カイ殿なら楽勝でしょう?」
「キュアポイズンって魔力の消費は大きい方?」
「毒を中和して無害な物に変えるわけですから、物質の構成を変化させるわけだから、やってる事は結構でかい仕事です。でも人が一人助かるなら安いもんでしょう」
なるほど、よく分かる説明だな。
…待てよ。
毒を無害化した後に残される物質って?
人体に無害な物?
それとも、毒そのものがなくなる?
「それは考えた事がありませんでしたね」
「毒は手に入るかな?」
「やって見ます。最速で」
毒の事は、バークレーに頼んで宮殿に行く。
大司教は……会議中か。
ま、派兵間近だから当たり前か。
会議室に入り、さも呼ばれて来たかのように大司教の方へ。
衛兵がいたが、もはや顔パスなのだ。
「おぅ、しおらしく会議に参加しに来たか?」
「まさか、こんな出来レースに?」
「キツイ事言いやがる、で?」
「実は……」
オレは説明した。
「黒赤問わねーから、概算でいくらになるかを出せよ。ただし、極力工夫はしろ」
言うまでもなく、黒は黒字、赤は赤字。
「損なら最小限に、儲けなら最大限に、って事ですね」
「そうだ」
「ありがとうございます。では、これで」
「おぅ」
オレは退出。
また神殿に。
「あ、ちょうど良いところへ」
バークレーは小瓶を手にしていた。
「医術を専門にする司祭が持ってました。毒も少量なら薬になりますからね」
「何て毒?」
「テリュフォノン」
……また新出単語かよ。
とにかく、実際にキュアポイズンを使ってみよう。
「回復系は、水のシンボルだったよな」
「カイ殿、水のシンボルも使えます?」
「さあ? やってみるよ」
精神集中。
水をイメージしたが、体の中にそのイメージが湧かない。
「ごめ、ダメだった」
「できないんですね」
バークレーが心得たとばかり、うなずいた。
「カモン! 回復専門司祭!」
バークレーはヘンなノリで叫んだ。
蛇を呼び出す手品師かよ。
「はい、お呼びで?」
若い司祭が現れる。
栗色の髪にアイドルっぽい顔立ちの少年だった。
「私の元で修行したアンタレスです」
「こんにちは。キュアポイズンですね?」
アンタレスは言った。
「物陰で聞いてました。」
スタンバってたのかよ?
ちなみに、アンタレスは優等生っぽい、それでいて鼻っ柱の強そうな雰囲気だ。
「では。聖なる力よ、毒を消し去りたまえ」
アンタレスは、キュアポイズンを使った。
小瓶が一瞬、光に包まれる。
「完了です」
「じゃあ中身を調べるか」
オレは、小瓶を手に取ったら、
「カイ殿」
バークレーが咎めるように言った。
「カイ殿は王国守護職。自ら毒味などなりません」
あ、そっか。
じゃあ誰が…?
鐶とアクールは、オレが許さんし。
アンタレスは、万が一の時に解毒できるヤツがいないとね。
自然、バークレーに視線が集まる。
「え、わたしですか?」
バークレーは、有能なんだけど、どこか抜けてるなあ。
みんなの感想が一致。
「じゃあ」
バークレーは小瓶に指を入れ、中の液体を舐めてみた。
「…ただの水になってますね」
そっか、なら安心だな。
酒に水が混ざる程度なら、そんなのは普通に出回ってる。
アスガルドの倫理観はさておき、解毒処理したら…。
「あ、ちょっと待って。
リ…いやあの、カイ様は解毒の魔法使えないんですよね?」
珍しくアクールが言った。
う…。
アンタレスに大量の酒樽を解毒できる訳ない。
なら、どうするか?
1.回復系の魔法使いを揃える
2.蒸留で分離
3.廃棄
大司教は、極力ダメージを押さえるようにって言ってたからな、すぐに3の廃棄は選べない。
2の蒸留もダメか。
毒が分離出来ても、釜に残ったり、アルコールと一緒に蒸留されたりするかもしれないし。
てことは、1の回復系の魔法使いを揃えると。
人件費を始めとする経費が利益を越えないといいが。
ミニマムっぽい米の処理みたいだなぁ。
あ、そっか。
魔法使いがいたな。シェリルを訪ねる。
ちなみにアクールは風系だった。
がくっ。
「ほんとに忙しいわね」
シェリルは呆れるのを通り越して、感心していた。
「あちらさんは、そんなに動き回らなかったわよ」
でも、ちょっと微笑してるっぽいんだけどな。
「ほっとけ」
オレは言って、
「シェリル、お前、何系の魔法を使うよ?」
「……水だけど?」
「よし!」
オレはガッツポーズ。
「ものは相談だが、アルバイトをしないか?」
囚人労働ともいうな。
そうです。フェアなトレードを目指そうとしている現代社会とは真逆の発想です。
「解放してくれるの?」
「いや、オレの熱いチッスを…」
ぐしゃ!
鐶とアクールのツープラトン攻撃が入りました。
ただでさえキツイのに二人となると、いつか死ぬかもな。
「冗談ですぅ…」
「あたしは構わないのに…」
シェリルはつぶやいていたが、
ピキーン。
闇に浮かぶかのような、2つの鋭い眼光に気づいて、
「あ、あのね、待遇を良くしてくれるなら考えてもいいわ」
ころっと態度を返した。
……結果オーライか?
まあ、自分が仕込んだものを自分で始末するってのは何だがなあ。
いや、もしかしてシェリルがポイズンの魔法を使って準備してたりして。
チマチマと。
毎日10樽ぐらいを目標にすれば10日で100樽だし。
2/28修正
×進出→○新出
×微笑してるっぽんだけどな→○微笑してるっぽいんだけどな
誤字脱字は気にしないこと>自分(泣)