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 朝。

 オレと鐶は夜明け前から起きて準備。

 暗いうちから、コーディの手の者が迎えに来た。

 探知の魔法を使って居場所(アクセサリーのある場所)を探りだし、現場に急行。

 爽やかな朝とともに、作戦が開始された。

 魔法使い達が魔法封じの呪文を唱える。


 うにゅん。


 と、負の力場が発生して、建物ごと包み込む。5人もいればできる芸当だ。

 オレはホールドの魔法を励起状態にして待機。

 同時に、精神を集中して建物の中の魔力を追う。

 不利な状況下におかれたら必ず出てくる。

 でなければ魔力のある武器を携えた戦士達が建物の中へ突入してくる。

 相手はそう考えるだろう。

 もちろん、相手が出てこなければそうする。

 出てきたら、オレのホールドで自由を奪う。

 いぶりだしの戦法だ。


 十秒、経つ。

 二十秒、経つ。


 だが、相手は出てこない。


 さっ。


 オレは手を振り上げた。

 あらかじめ決めておいた合図だ。

 魔力のある武器を携えた戦士たち3人が建物の中へ突入した。


 ヘンだな。


 オレの予想だと、相手は外へ出てくるんだけど。

 と思った瞬間、


 ぞわっ


 背後に悪寒。

 振り向くと、そこには女がいた。

 金髪。

 背は普通のアスガルド人の女性並み。

 だが、その威圧感は普通の人間のものではない。

 魔物!


 がしっ。


 抵抗する間もなく、オレは首根っこをつかまれた。


 なっ…なぜだ!?


 部外者で、この作戦を知る者はいないはずだが。

 スピード的にも、立案から実行されるまで、タイムラグがなきに等しいのに。

 相手は無駄話をしなかった。

 貴様が○○か?

 とかいうヤツな。

 それをするから、相手に反撃の隙を与えるんだけどね。

 闇を宿したかのような眼で、オレの目をのぞき込む。

 まずい。

 吸血鬼なら、催眠系の能力を持っている可能性が高……。


 オレの意識が、そこで途切れた。


 ******


 オレは記憶を遡っていた。

 ヨツンヘイム内戦、フォー教追い落とし、辺境奪回、コーヒーを広めたり、農業政策、石炭採掘、アクアヴィット製造販売、設備販売などなど。

 これまでやってきた事が目に浮かぶ。


 まず…っ。


 ヤツは覗いているのだ。

 オレはブレーキをかけたかったが、記憶は奔流となって、簡単にオレの制止を弾き飛ばした。

 まるでオレ自身がそれを見たがっているかのように。


 学校での魔王軍との戦い。


 学校が異世界召喚される。


 オレの学校生活、普通の生活、子供時代、産まれて、胎児に、転生、オレは…オレではなく、私に。


 私は、師匠の死を境に残留する怨念と魂の2つに別れた。

 葛藤はなかった。

 師匠の死を悲しみ、あくまで復讐を誓う思いと、復讐など忘れようという思いとに。


 師匠に拾われた。


 ただの亡霊の私は、ただ立ち尽くした。

 死んだ場所で。


 戦った。

 狂ったように殺した。

 殺しまくった。


 ヒルデが死んだ。

 助けられなかった。


 私は、単に生きている存在から、初めて脱した。

 彼女を助けなければ。


 何ができるのだろう。

 でも、何かをしなければ。


 私は、ただ生きている。

 人に飼われてる。

 ペットだ。


 私は、

 私は、

 私…は…、


 いや、


 オレは、


 私じゃない。


 お前のような従順な動物じゃない。


 自分をリードしろ!

 舵取りをしろ!

 失敗や困難を恐れて閉じ籠るな!


 オレはオレだ。


 かっ。


 閃光が走った。


 ******


 オレは我に帰った。

 吸血鬼の女が、驚愕の表情で、オレを見詰めていた。

「お前……何者!?」

「オレの過去世を見たお前には、もう分かっているはずだ」

「……そんな、まさか」

「動くな!」

 突入した戦士たちが戻ってきて、魔力のある武器を女吸血鬼に突きつけた。

「むっ…」

 女吸血鬼は、わずかに逡巡した後、オレの首から手を放した。

「投降する」

「素直でよろしい」

 オレはうなずいた。

「……中の娘は雇われただけの無関係な人間だ。手出し無用だ」

「それはこちらで判断する」

 言って、オレは戦士たちに合図した。

 女吸血鬼に魔力を封じる手錠をはめ、眼隠しを被せる。

 その上で、戦士たちを再び建物に入らせ、娘を連れださせる。

 千里眼で見たあの娘は、両手を縛られていた。

 最初の突入で、拘束されていたのだろう。

 女吸血鬼がこの娘をかばったのは何か重要なものを本拠地に届けさせるためだろう。

 魔法使いの中に女性隊員がいたので、調べさせると書簡が見つかった。

「一つ聞く」

 オレは女吸血鬼を見た。

 直接は見えないだろうが、視線は感じるはずだ。魔力もな。

「なぜ、突入が分かった?」

「小僧の着けていたアクセサリーに触った。祝福された物品だな。火傷をした。

 我らの存在を知られている、となれば襲撃を予想するのは容易だ」

 女吸血鬼は、警戒しつつも質問には答えた。

 プロテクション・エビルを掛けてあった方だな。

 ゴーレムは、始が襲われないと出てこないので。

 で、始には催眠術を掛けてその時の記憶を忘れさせたってことか。

「なるほど」

 オレは納得した。


 女吸血鬼と町娘風女の子は、捕虜となった。

 せっかく、アクールを解放したのに、また新たな捕虜ができてしまいました。

 応酬した書簡には、アスガルドの情勢とオレらについての情報が記された。

 天の御使いがどんなことをしているとかな。

 ほとんどが、始のバカ野郎がもたらしたもんだな。(怒)

 ま、ムスペルヘイムの言葉なので、オレには読めないけどね。

 しかも、失礼とは思うが、ミミズが這ったような文字なので、読解は難解。

 読むのは王宮にいる役人の役目なんで、オレには関係ないんだが。

 とりあえず収監して帰宅。

 チビチビといたぶりつつ、情報を引き出してやろう。うひひ。


 ******


 ついにヨツンヘイムで戦が始まった。

 西部のフォー教化された部族が連合して、東部部族に攻撃を仕掛けたようだ。

 使者の情報。

 ムスペルヘイムのフォー教追い落としは、戦には影響しなかったようだ。

 順調だな。

 後は、東部ヨツンからの協力要請を待ち、ヴァナヘイムと連携し派兵すれば良い。

 ……待てよ。

 辺境の件では、魔王軍は援軍の遅延策を実施してた。

 今回も同じ事を仕掛けてきてる可能性があるな。

 捕虜に訊いてみよう。

 尋問タイムと。


 女吸血鬼の牢に行く。

 鐶はアクールをしごくので忙しいから、一人で行こうと思ったんだが、

「ダメだよ。一人でなんて」

 鐶は、反対するばかりか、

「あんたも着いてきて」

 アクールを伴ってまで着いてくる気だ。

 ありがたいのだが、魔王軍同士を会わせるのもどうかと…。

「そいつ、女なんでしょ?」

 鐶は、これ以上ないという気迫で訊いてきた。

「うん、よく分かったな」

 オレは、若干引き気味。

「やっぱりね」

 鐶は言った。

「これ以上、カイ君の女を増やしてたまるか!」


 はっ。


 アクールも思い当たる節があるのか、

「姉サマ、その通りです!」

 以心伝心、燃えたぎっていた。


 ああーん。(泣)


 とにかく、牢に到着。

「あら、また来たのね」

 女吸血鬼が言った。

 覆面を着けたままだ。

 飯が食えるのか?

 と思ったが、吸血鬼だから食べなくてもいいのかも?

 ちなみにアクールも覆面している。

「もしかして、私に気があるのかしら?」

 女吸血鬼は、面白がっているみたいだった。


 ざくっ


 鐶とアクールの視線が急激にぐさりとオレに突き刺さる。


 痛いッス。


「戯言はいい」

 オレはできるだけ冷徹に聞こえるよう言った。

「名は?」

「……シェリル」

「魔王の軍勢に属するものだな?」

「……」

 シェリルは答えない。

 ま、名前と吸血鬼ってことが分かれば調べるのは容易だろう。

 だから答えないのかもな。

 必要最低限の情報だけしかしゃべらないてことか。

「だんまりか?」

「あなたは、しゃべるのが好きなようね?」

 シェリルは、やはり面白がっているようだった。

「私の知ってる方にそっくりだわ」

「……ッ」

 アクールがわずかに身を固くしたようだった。

「そんなことはどうでもいい」

「そうね、あなたは天の御使い殿だもの」

 シェリルは意味あり気に言い、覆面してるにもかかわらず、正確にオレの方を向いた。

 わずかに睨み合いのようなものが交わされる。

「アスガルドで何をしていた?」

 オレは詰問した。

「まさか、オレの様子を見るためだけに、お前さんを派遣しないよな?」

「うふ。信じないだろうけど、見張りだけのために来たのよ」

「ウソだな」

「ウソをついても得はないわ」

「魔王は以前、辺境の奪回を妨害していた」

「今回もそうだと?」

「そう。ヨツンヘイムで内戦が起こった。フォー教を介して魔王軍が画策した事だ」

「魔族だってだけで、皆まで責任押し付けられてもね」

「しらを切るな」

 オレは説明する。

「ちょっとしたことだが、それに気づけば簡単だ。

 ムスペルヘイムのマハラジャたちと、ミッドガルドのキューブリック将軍を蔭でバックアップしたのもお前らだ。

 フォー教を追い落とすためにな」

「言いがかりね」

「周辺国の情勢を見れば一目瞭然だ。

 ヨツンヘイム、ニブルヘイムへの策には、どちらもフォー教がかかわっている。

 だが、決定的にかかわらせてはいない。

 フォー教自身に戦力がないからか、戦力を持たせないようコントロールしてきたのかは分からないが、微妙な線で他国に影響が出るように仕組んでいる」

「そんなことをして何の得になると?」

「家畜は太らせてから食べる。それと同じことだ。

 フォー教を利用するだけ利用して、邪魔になってきたら財産をぶんどって、領土から追いやるって魂胆だな」

「あら、弱者が敗れ去るのは世の常よね?」

 シェリルとオレは一気に喋り倒した。


 ……ち、こいつ。

 一件会話になっているようで、シェリルはまったくオレの問いに答えていない。

 つまり、ある程度予想をしてきたということだ。

 捕まった時の事まで考えてるとは徹底してる。


「まあ、いい。お前さんの態度から、かなりの事が分かった」

 オレが言うと、

「……悔し紛れでしょ?」

 シェリルは、怪訝な顔をする。

 初めて不安を顕にした。

 オレは答えずに一旦退出。

 鐶とアクールが慌て追いかけてきた。

 シェリルは、一貫して答えをはぐらかしていた。

 アクールとは違う方法だが、その意図は同じだ。

 情報を渡したくない。

 何か隠す事がある。

 つまり、シェリルがアスガルドで何をしていたか、だ。

 オレは『ヨツンヘイムへの派兵を遅延する工作』と読んだが、どうやらそれだけではないようだ。

 魔王軍本隊との連絡員も兼ねているのではないか。

 以前、アクールを牢に閉じ込めている時に、アクールが魔王と連絡を取り合っているって睨んでたけど、それってシェリルが絡んでたんじゃないだろうかってこと。

 あ、いや、でも牢には魔法封じの術が掛けてある。

 ……魔法封じの術がかかっていても通信可能な方法がある?

 試してみるか。


 通信のための小道具を作成しよう。

 手近にあった指輪にテレパシーの魔法を付与する。

 二つ作った。

 その一つを鐶に渡す。

「え……これ…?」

 鐶は、びっくりと嬉しさが混ざった表情。

 あ、そっか。

 プレゼントってことになるよな。

 もう二つ……いや、三つ作ろう。

 なぜかというと、アクールの目にものすげぇ嫉妬の炎が浮かんだような気がしたからなの。

 うん、ボク、ヘタレでちゅ。

 うん、オレの身の安全のために。

「テレパシーの魔法を付与してある。必要な時には通信可能だ」

「う…うん」

 鐶は、かなり上機嫌で、うなずいた。

 オレは精神を集中する。

『聞こえるか?』

『うん、はっきり聞こえるよ♪』

 鐶の返事。

 相当、上機嫌です。


 で、牢に戻ってテスト。

「あら、また戻ってきたの?」

 シェリルが言ったが、無視して魔法封じの術がかかった牢に入る。

 看守にも説明はしてあるので、扉は開けたまま。

「…って、何してんの、あんた?」

 シェリルは理解不能な顔をしていた。

 オレは答えずに、精神を集中する。

「ダメだね」

 鐶がすぐに頭を振り、声で答える。

 確かに何も聞こえない。

 うーん、ダメか。

 思った瞬間、アクールの顔が目に入った。

 なんでかというと、あからさまにキョドッてるから。

 すげー勢いで緊張して、目が宙をさまよっている。

 シェリルはかなり平静を保っていたが、やはりさっきよりは緊張しているようだった。

 ふーん、方向としては間違っていないんだな。

「鐶、もう一度だ。今度はそっちから念を送ってくれ」

 オレは指示した。

「オッケー」

 鐶は言われたとおりにする。……やはり上機嫌だ。


『……』


 何も声はしない。


『…………ザッ……』


 ……いや、ちょっと待て。

 何か雑音というかノイズというか、そういう類のチラつきのようなものは拾える感じだ。

「よし。今度は、こういう風にやってくれ」

 オレは思い付きを即実行。

「マイクを指で軽く叩くように念じてみて」

「うん」

 鐶はうなずいて、精神を集中する。


『……ザッ』


「もう一度」


『ザザッ………』


 微かだが雑音がする。

 思念は魔法封じの術に阻まれている。だが、その現象が雑音として捉えられるのかもな。

 これは大発見というか、盲点だった。

 雑音でも意図的に作り出せれば立派な信号だ。

 あらかじめ暗号を決めておけば、会話は成立する。

 モールス信号みたいにな。

「アクールちゃんよ、たしか魔力付与は使えたよな?」

 オレがにんまりとして、アクールを見ると、

「あう…あう…」

 アクールは、緊張で既に半泣き状態。

 大あたりってとこかね。

 ウソがつけない体質なんだなあ。(笑)

「はあー」

 シェリルが嘆息した。

「さすがといえばさすがね。あの方にそっくりだわ」

 ふん。

 魔王がこれを発見し、秘密行動に活用したってことか。

「アクールを庇うとはお優しい限りだ」

「あら、そういう意味はないわ」

 シェリルは明るい声で、

「だって、この娘ってばライバルなんだもん」

 ネチッと陰湿そうな言葉を吐く。

 ……女ってたまに怖いな。


 ともかく、秘密裏な通信方法が分かったので、アクールから指輪とかアクセサリーを取り上げた。

 でも、アクールはこれまで通り、鐶に預ける。


 あ、アクールの正体を隠してたのを忘れてた。

 失敗失敗。

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