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 人質の利用方法は決まった。

 後は説得の仕方だな。

 ニドヘグは、たぶん、領地を餌にすれば行けるのではないだろうか。

 人質となった彼等には破格の扱いだ。

 解放され、本国に帰っても消される可能性があるし、それなら自分の領地を持った方がいい。


 だが、説得にあたっては焦らず相手に考えさせるようにしよう。

 さらっと伝えるに留めるのがいいか。

 ニドヘグたちは、もちろん拒絶するだろうが、彼等には考える時間はたっぷりある。

 強要されたら、かえって反発してしまうものだしな。

 だから勧める程度の口調だ。

 気を付けるのは、約束させないって事。

「そのような武士道にもとる事などできもうさん!」

 なんて言われたりしたら、約束事として取られかねない。

 てなことを考えてたら、王宮に使者が着いたようだ。

 ムスペルヘイムでマハラジャ達が、フォー教に戦いを仕掛けたという報告だ。

 ふむ、順調。

 後はタイミングだ。

 フォー教の首領格が捕えられてからになる。


 問題はアクールだ。

 ……なんも思いつかん。

 こういう時は、丸投げだな。

 どっかの政治家みたく。

「鐶、アクールは君に預けよう。一流のアサシンに育ててくれ!」

「はあ?」

 鐶は一瞬、呆けたような顔をした。

「弟子ができて良かったな!」

「カイ君、なんか頭に沸いたの?」

「んまー! 失礼しちゃうわね!」

 ぷんぷん。

 オレは怒ったふりして、その場から逃げようとする。

「こら、逃げるな!」

 えーと、ダメでした。

「いや、思いつきだが、100%な!」

「……カイ君に、まともに意見しようとしたあたしがバカだった」

 鐶は、さらっとオレをバカにする発言。

 やっぱ、犯したる。

 ……そのうちにね……機会があったらね……気が向いたらね。(トーンダウン)

 うん、怖いから。


 で、アクールを処刑する算段を着けないとな。

 もちろん偽装だけと。

 学校のみんなには雑談の中で、ため息混じりにこぼしてみせた。


 アクールちゃんは遂に処刑だね。

 可哀想だが仕方ない。


 ってな具合に。

 それから、始にはアクセサリーを渡していた。

「彼女へのプレゼントを探しているって聞いてな」

「おお! さすがだぜ、心の友よ!」

 始は、何の疑いもかなく、渡りに船とアクセサリーを受け取った。

 アホだ。

 が、それだけに操りやすい。

 これで、お相手の彼女が何者かが分かるって寸法よ。げはは。

 その足で、アクールちゃんを迎えに行く。

 何だか今日は特に忙しい。

「出ろ」

 オレが言うと、アクールは目を見開いて、わずかに戸惑いをみせた。

「どこへ?」

「どこだと思う?」

 オレが意味ありげに聞き返すと、

「……」

 アクールは急に沈み込んで、


 きっ


 そして次の瞬間には、殺意の籠った目でオレを睨んだ。

 オレがアクールを手込めにするとでも思ってるんだろうか?

 自分で好きにして良いって言ったくせになあ?

 それはともかく、アクールはオレを殺害計画中と。

「君は、一応釈放だ」

「…一応?」

「鐶の管理下に入ってもらう」

 オレは、愉悦と憐れみとが混じり合ったかのような笑みを漏らす。

 オモロおかしいけど、カワイソー。


「気をォつけ!」


 いきなり鐶が叫んだ。


 ビシィッ!


 アクールは、条件反射的に直立不動。

「あんたは、今、この瞬間から、あたしの監視下に入った」

 鐶は、アクールを睨みつけるようにして言った。

「隙があれば、いつでも逃げて構わない。……逃げられるもんならね?」

 鐶が黒〜い笑みを呈すると、


 ブルッ


 アクールは身震いする。

 もしかして、魔王軍にもおんなじような教官がいたのか?

 傍目にも、アクールが思考停止して、涙眼になっているのが分かる。

「な…なんで姉サマのようなのが、ここにも……?」

 ブツブツとつぶやいてる。

 うむ。

 ま、いっか。

 なるようになれだ。

 ちなみに、牢はアンチマジック処理されてるので、魔法封じの手錠はしていない。

「魔法は禁止だ」

 オレは、牢にある物を投げ入れ、それをアクールに着けさせた。

 手錠の鎖を取り除いた、残りの部分。金属の輪の部分。

 傍目には少しゴツいブレスレットだが、魔力封じの魔法を付与してある。

 始にやったアクセサリーを作った時、ついでに作っておいたのだった。

「さあ、キビキビ出ろ!」

 アクールを牢から出した。

 アクールは、恐々と鐶を見上げてる。

 エロスにだけは踏み込むなよ?

 一応、魔王の愛人の一人な訳だし。

 思った時には、


 ぐしゃあっ


 鐶の一撃が顔面にめり込んでいた。

 何でそんなに鋭いの?


 ******


 アクールを伴って宿に戻ってくる。

 鐶は美紀と同室なんで、アクールには……ヒルデと一緒の部屋になってもらおうかな。

『うん、いいよ』

 ヒルデは、あっさり承諾。

 ま、幽霊の強力版だし、殺されたりはしないだろう。

 ……それより、

「キャーッ!?」

 アクールの悲鳴。

 ヒルデの部屋からだ。

 何だろう?

「どうした?」

 ヒルデの部屋のドアをノックすると、


 ぎぃ…


 お化け屋敷っぽいドアの開き方をして、

『別に』

 ヒルデが首にロープを巻かれたままで出てくる。


 うん、心臓に悪いね。


「……な、なんで死なない?」

 部屋の中では、アクールは腰を抜かしていた。

 床に座り込んでいる。

 殺したと思ったのが、実は全然死んでいなくて、平気で動き回っているのがびっくりしたらしい。

『いや、あたし、もう死んでるし』

 ヒルデは、さらっと答える。

「幽ッ……」

 アクールは、そのまま、泡を吹いて倒れ込んだ。

 やれやれ、世話の焼ける娘だ。

 だから魔王は目が離せなかったということか。

 うん、萌えの一形態。


 ぐばきっ


 美紀と鐶の一撃がオレの意識を奪った。


『ねえ、あたしはイヤよ』

 ヒルデは渋面を作っている。

『死なないとは言っても、自分を殺そうとしてくる娘と同室なんて』

「分かった」

 オレはうなずいた。

「じゃあ、ヒルデかアクールをオレと同室に……」

「却下」

「却下」

『ちっ…』

 ヒルデが舌打ちする。各方面勢力が拮抗中。

「あたしと同室にすればいいよ」

 鐶がすぐに解決策を提案した。

「悪いけど、美紀ちゃん、ヒルデちゃんの部屋に移ってもらえる?」

「うん、いいよ」

 美紀は快諾。

「ヒルデちゃん、よろしくね」

『うん、こちらこそ』

 美紀とヒルデは、和気あいあいと挨拶なんかしている。

 うーん、彼女らだけなら仲睦ましいんだけどなあ?

 オレが不安要因なの?

「じゃあ、この娘を運び込むから、カイ君、手伝って」

 鐶は、さっさと仕切ってしまう。

「はいはい」

 オレは答えて、床に伸びたアクールを抱き起そうとする。

 小さくて痩せているが、女の子だ。柔らかくていいカンジだ。

 つーか役得?

「“はい”は1回ッ」

 鐶の叱責とともに、重い一撃がオレの脇腹を突き抜ける。

「げぶぅっ!?」

 オレは、思わず、アクールを取り落としてしまう。


 ごん。


 アクールの頭が床にたたきつけられた。

「あ、ごめん…」

「……カイ君、その娘にはヤケにやさしいじゃん」

「……カイ君、その娘に手を出そうと考えてるね?」

『……カイ、呪い殺すよ?』

 ヒルデだけ、直接的な暴力的な表現なんですけど?

 アクールの殺意の影響?

 霊気が殺意に染まったとか。……マンガの読み過ぎだな。

「いや、オレには君たちだけだって」

「言葉だけじゃなく、証明して」

「あたしを一番にして」

『んと……一緒に転生して?』

「あのなあ…」

 だんだんついていけなくなってくるなあ、この娘たちには。



 アクールはすぐ目を覚ましたが、今度は鐶と同室って事を発見して、


 ピキーン。


 カチカチに固まった。

「起きた?」

 鐶が顔を上げた。

 番をしながら、適当な本を読んでたらしい。

「読めるの、その本…」

「うん? …まあね、この本の世界からきた訳だから」

 読めて当然と。

「……」

 2人とも無言。

 早々と会話終了。

「外に出て」

 沈黙を破ったのは鐶だった。

「鍛えるにしたって、まずあんたの力を知らないとね」

 鐶は唇の端を吊り上げる。

 笑い。

「はい」

 アクールは意外に素直に従った。

「あ、その前に」

 鐶はドアを開け、廊下を通って、またドアを開け、オレのいる部屋へ入ってきた。

 実は千里眼行使中。

「カイ君。性懲りもなく人形を使うなんて、良い度胸してんじゃん」

 鐶にシメられました。


 ぐえ。


 鐶とアクールは、庭に出ていた。

 二人とも棒切れ……いや、杖を持っていた。

 マサオが練習用に作ったものを借りている。

 武術の稽古をするということで、男子生徒が大勢見物に来ていた。

 女子は遠巻きに見ているのみ。

 鐶はぶらりと突っ立っている。

 対するアクールは、戦う前から緊張気味であった。

 うん、格が違うね。

 始まってもいないのに、すでに勝負あったって感じだ。

「さあ」

 鐶が言った途端、


 ひゅん。


 アクールが間合いを詰め、杖を突き出した。

 突いたように見えるが、その実、わずかに振りかぶってから振り下ろしている。

 コンパクトな動きなので突きに見えるのだ。

 なぜ、オレにそれが分かったのかは不明だが、魔王が魔法だけでなく武術を使うのであれば、説明はつくかもな。

 鐶はまったく動かなかった。

 いや、動かなかったように見えるだけだ。

 足を動かさずに、体をかわしていた。

 杖が空を切る。


 すてーん!


 次の瞬間には、攻撃を仕掛けたアクールの方が地面へ転倒していた。

 背中からモロに地べたへ叩きつけられる。

 何が起こったんだろ?

 魔王の眼力では、分からない技なのか?

「……タイミングが甘いね」

 鐶は、容赦なく、倒れたアクールへ杖を叩きつけようとする。

 アクールと同じくコンパクトな振りだ。

 アクールは、地面を転がってそれをかわした。


 かーん。


 杖が地べたを叩く。

 アクールは、かわし様、動きを止めずに上体を起こし、立ち膝になって杖を横殴りに振る。

 遠心力を乗せた破壊力のある一撃だ。

 鐶は、杖を鋭く短く真横へ振った。


 かん。


 無造作な動作に見えたが、それだけで、アクールの打ち込みが弾かれた。

 鐶は、動きを止めることなく、


 びゅっ


 まるでアクールの杖を踏み台にするかのように、杖を飛ばし、アクールの肩へ叩き込んだ。

「キャッ…」

 アクールは、悲鳴を上げ、倒れ込む。

 鐶は、倒れたアクールの顔へとどめの一撃を打ち込む。


 ピタ。


 今度は寸止めだった。

 アクールは、唇をかみしめていた。涙がこぼれおちる。

 敗北を悟ったのだ。

「……あんたの師匠が誰だか知らないけど、今のあんたの体たらくを見たら、嘆くでしょうね」

 鐶は、吐き捨てるように言った。

「師匠を悪く言うな!」

 アクールの目に憎悪が宿った。

 そこからの動きは、素晴らしいスピードであった。

 起き上がり様に、鐶へ突きのような打ち込みを見舞う。


 ばしぃっ


 鐶の肩に杖が命中した。

「え…ッ!?」

 当てたアクールの方が、困惑していた。

「ふん、ちょっとは根性もってるみたいだね」

 鐶は、やはり吐き捨てるように言う。

 わざと受けたのだ。

「あ…あの……」

 アクールは杖を強く握りしめたまま、しどろもどろになっている。

「あんたの力は把握できた」

 鐶は、言った。

「あたしのシゴキは半端ナイからね、覚悟しなさいよ」

 すたすたと、ギャラリーの方へ歩き去る。

 後には、困惑するアクールだけが残された。


 ******


「大丈夫か、鐶?」

 オレは、鐶を追いかけて部屋へ入った。

「うん、へーき」

 鐶は肩を回して見せた。

 ……鉄でできてんのか、こいつの体?

「あのね、この程度の打撃は食らい慣れてんのよ、獄門流じゃあ」

「ま、何にしてもケガなくてよかった」

 オレは、ちょっと安心した。

「カイ君、キスして」

 鐶は何かとんでもないことを言ってる。

「う、オレ的にはいいけど…」

 オレは、一瞬躊躇したが、どうせやってもやらなくてもシバかれる運命なのだ。

 だったら、やった方がいい。役得。

 鐶は、既にスタンバッている。


 ちゅうっ


 オレは鐶を抱き寄せて、キスした。

「カイ君、命が要らないようね!?」

『カイ、呪いの恐ろしさが分からないようね!?』

 はい。やっぱり、他2名の愛人さんたちがやってきました。


 ぎえええっ


 半端なく、シバかれました。


 ******


 主要な戦闘力がいないにも関わらず、アクールは逃げなかった。

 ま、逃げてもすぐに捕まるだけだけどね。

 追手が街中に放たれてな。

 でも、そういう理由からではなさそうだ。

「……師匠……姉サマ……」

 アクールはつぶやいた。

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