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さて、ユグの木切りを見に行こう。
という事で、馬車で出かける。
神殿まで行き、マックじいさんとバークレーを拾って、現場へ。
まだ朝の空気が新鮮だ。
「カイ君と出かけるの久しぶり」
美紀が機嫌良さげに言った。
「この前、辺境に一緒に行ったじゃん」
鐶が機嫌悪そうにつぶやく。
『あなたは、いいわよね、タマキ』
ヒルデが恨みがましく、鐶を見る。
『毎日カイと一緒なんだもの』
「そうよねー」
美紀が同調した。
「あら、妬いてるの? いやーね、負け犬の遠吠えって」
おほほほ。
朝から神経がすり減る会話。
止めて欲しいが、口出しすると自爆するので、何も言えないの、ボク。
現場には、30分足らずで到着。
結構広い敷地に所狭しと木材が並んでおり、のこぎりなどの工具が立ち並んでいる。…いや、散乱している。
日本で言う、材木置き場って感じの場所だ。
「ジェイク、まんず調子はどだなだ?」
マックじいさんは、訛り全開で、材木置き場の中にいた男に声をかけた。
年齢はよく分からんが、日焼けして歳食って見えるけど、30代半ばくらいか。
体格のいい筋骨隆々の男だ。
「ああ、じいさんか…って、何だまず、別嬪さんば連れてよぉ?」
が、ジェイクも訛ってました。
「お客様だ。ユグの木を切る様子を見てぇんだと。失礼のねぇようにな」
「はあ、そらご苦労様です。こんただもん見にわざわざお越したぁ、物好きなこって」
誉められてんのか、けなされてんのか、よく分からん。
ジェイクは、木を切って生計を立てる人々の頭領ってことですな。
昔風に言うと、キコリってやつだ。
最近は何だか放送禁止用語らしいが。
とにかく、伐採業と材木商が一緒になったような連中ということで、一種のギルドと言える。
何ギルドかは知らんが。
…木工ギルド?
「神殿の一部は材木を使ってますが、それはみな、ジェイク殿にお任せしてます」
バークレーが頼まれもしないのに説明。
いつものことだが、解説ありがとう。
エリザベスは、派兵の準備で忙しいので、来てない。
ジェイクら木工ギルド(仮)と神殿との関係が深いということだ。
「ユグの木は、昔から、神聖な木とされててよぉ、坊様や方士様達が使ってなさるんだぁ」
坊様……司祭。
方士……魔法使い。
ってとこか。
それ以上、有益な知識は持ってないっぽい。
「とにかく、現物ば見てけろや」
ジェイクは一本の木の枝を持ってきた。
「これがユグの木だぁ」
「普通の木ですね」
オレが言うと、
「んだ、見た目は普通の木だが、法力のある者が持つとその力が強くなるんだぁ」
ジェイクは、木の枝をオレに手渡す。
オレは、それを眺めてみたが、やはり普通の枝だ。
「魔法、使ってみたら?」
鐶が思いつきを声に出す。
「よし、やってみよう」
オレはうなずいて、精神を集中させる。
火系は危ないからダメ。
となると風系の魔法だな。
空中浮遊がいいか。
オレは風をイメージする。
たちまちオレの周囲に風の幕が発生して、
ぼん!
いきなり、ユグの木が爆発、破裂した。
もうもうとした煙が、オレを包み込み、
う…げほげほ。
オレは思わずせき込んだ。
「メッチャ強い魔力ば流すとショートすんだね」
ジェイクがオチャメに言った。
もっと早く言え、コラ。
「んでも、フツー、ユグの木壊すほどの魔力の持ち主はいねーだよ」
ジェイクは笑いながら、弁解する。
……そうなんだ。
「カイ殿の魔力は規格外なんですよ」
バークレーは、呆れながら、
「増幅器として使える法具で、最も耐久力のある材質って何でしょうね?」
「ん? ああ、そら、賢者の石だな」
マックじいさんは答えるが、
「あれ? それって、レア・アイテムでしたね」
バークレーは、やはり笑いつつ、頭をかいた。
「んだ」
マックじいさんは、厳かにうなずく。
「賢者の石は、滅多に発掘されねぇし、加工も難しいし、王侯貴族の中でかなりの地位にある者しか持てねえべな」
「つまり、手に入らないってこと?」
鐶が訊くと、
「んだ」
マックじいさんは、やはり厳かにうなずく。
「ダメじゃん」
美紀が肩をすくめた。
「魔王ぐれえなら賢者の石ば持ってるべな」
マックじいさんは、不利益情報をカミングアウト。
いや、不利益情報も有用だけどな。
「風の噂に聞いたところでは、魔王は『賢者の石』と『漆黒の樹木』より作った最強の杖を手にしているとかいないとか」
『噂でしょ、それ。あたしが…』
ヒルデが言おうとしたが、
めっ。
オレは目でヒルデを黙らせた。
ごめんなさい。
ヒルデは、ちょっと緊張した感じの笑顔で取り繕う。
ヒルデは実際に魔王の行動を見てきてるからな。
でも、それを言っちゃったら、この先、オレの立場が難しく、危うくなりかねんので、黙ってないと。
とは言っても、いつまでも黙ってるのはイカンかもしれないけど。
折を見て、大司教とかエリザベスたちに話そう。
「漆黒の樹木ってなんです?」
「ムスペルヘイムに生えてる木だ。ユグの木の数倍の増幅が得られるそうだ」
「へー、それがあったら、ムスペルヘイムの魔法兵が最強なんでない?」
鐶が疑問を口にする。
「それがよ、漆黒の樹木は、すんげえ重いから、まったく使うヤツがいねえんだぁ」
ジェイクが説明する。
「ただでさえひ弱な魔法使いが、そんなもん持てないってことだな」
オレが言うと、
「んだ」
マックじいさんがうなずく。
でも、やっぱり魔王は持ってるって仮定した方がいいよな。
しばらく雑談をして、見学を終えた。
働くおじさん(訛り有)、ありがとう!
******
神殿へマックじいさんとバークレーを送り届けてから、宿へ戻る。
そういや、国事にかまけてて、しばらく学校のヤツらと話してなかったな。
でも、帰るなり、
『あの…、さっきはゴメンなさい』
ヒルデが謝ってきたので、とりあえずヒルデとお話。
学校のヤツらなんか次、次。
『あたし、余計なこと言っちゃったよね』
いつになく、しおらしい。
「気をつけろよ?」
『うん…』
意気消沈しているヒルデ。
「ま、そのうち、大司教には話すからそれまでの間だけどな」
『…え?』
「オレが何者だろうと、天の御使いとしてミッドガルドの振興に尽力するのには変わりないからな」
『うん』
ヒルデは、少し笑顔になった。
うーん。
可愛い。
この娘は(も)絶対、手離さん。
「こら、そこっ! イイ雰囲気つくるんじゃないッ!」
美紀が強引に割って入る。
「ふん、カイ君、後で半殺しの刑にするよ?」
鐶もネチっこいオーラを醸し出している。
うに?
どうして、この娘たちはこんなに嫉妬深いんだろーな。
オレは自分の世界に逃げ込もうとしたが、
「こら、逃避すんな」
「カイ君、現実を直視しなさいね、3対1のこの現実をッ」
美紀と鐶が、オレを小突きまわす。
この現実は、かなり厳しい。
アラブの大富豪とかも、こんななのだろうか?
ハーレムって実態はこんな?
「だから逃避すんなってば!」
「ふふふ、新たに肘関節技も使ってほしいようね、カイ君?」
…逃避ぐらいさせろよ、君たち。
肘関節技は、結構体と体が密着するんだが、痛くてそれどこじゃなかったッスよ。
お互い、ぴったりくっついてるってのに!
「いや、そこじゃないだろ? てゆーか、エロかよ!?」
鐶のレバーブローが叩き込まれました。
痛いッス。
悶絶。
******
「あのさぁ、カイ君、いい加減にしてくれる?」
茶髪の上級生、谷がオレの顔を見るなり、言った。
「毎日毎日、こうもいちゃつかれると、すごいムカつ……みんなの精神衛生上良くないのよ」
「はい、申し訳ござらんデス」
オレは頭を下げた。
がっくし。
なんか、言いなおしたみたいだけど、それを指摘できる立場にはないしなあ、オレ。
「まあ、そう言うなさ」
マサオは寛容だった。
が、それは、オレのグラマーで美しい容姿のせい。自惚れ。
いや、男子諸君は実際、オレの女性形の時だけ、目つきが変わるのだ。気持ち悪いことに。
で、それが、さらに女子たちの機嫌を悪くすると。
悪循環。
さすが魔王と同一人物だぜ、オレ。
いるだけで、不協和音が鳴り始めている。
「だってさぁ…」
谷は不満げだが、
「直接、ボクらに被害がある訳じゃないし。恋愛の形態が確かに複雑怪奇だけど、本人たちの気持ちが第一だしさ」
マサオは気持ち悪いほどの成長ぶりを見せていた。
オレが不在の時は、マサオがみんなを見てるからかなぁ。
「うん、マサオがそう言うなら」
谷はあっさりと引き下がった。
……って、谷とマサオって、デキてたの?
いつの間に。
「あれー、谷さんってマサオと?」
「うっそっ、マジ?」
「タンターカターン、タンターカターン」
みんなで、はやし立てると、
「止めてよ、もうッ」
谷は、顔を真っ赤にするが、まんざらでもない様子である。
「ま、そういう事」
マサオはあっさりと認める。
意外に大人だ。
つーか、みんな知ってる事実らしい。
知らんのは、オレと鐶ぐらいなもんか?
「あたしは知ってたけど?」
ガビーン。
オレだけですか?
「恋愛は自由だが、でも、その…子供は作らん方がいいぞ?」
オレが言うと、
ぽっ
クラス代表のみんなが、何か顔を赤らめたり、
そわそわ
居心地悪く宙を見つめたり。
一昔前のコントにあった、お茶の間で、お色気番組が始まったりして、急にお父さん、お母さんが、忙しく席を立ったり、新聞を見始めたりって雰囲気に似てる。
…って、逆に分かりにくいか。
「なぜなの?」
おさげの藤田が訊いた。
興味とかではなく、気づいたヤツの義務感って感じ。
「いや、オレらが無事に元の世界に戻れたらってことを第一に考えないと」
「……」
藤田は一瞬、黙ってから、
「そうだよね、元の世界に戻った時に…………赤ちゃんがいたりしたら、みんなびっくりするよね…」
雰囲気がぐんと重くなった。
「待てよ、いつ戻れるかわかんねーんだぞ?」
ロン毛こと……ロン毛が言った。あれ?
……本名なんだっけ、コイツ?
すっげー昔、透視した記憶だけあるけど。
「そうですよ、オヤビン」
チビの宗太郎が言った。
おいおい、オヤビンって?
「戻ったらそこは既に100万年後の日本でしたって、タイムマシーンも真っ青な展開だってあり得るわけでヤンスよ」
……ヤンスって?
「……イーヴィルデッド3もありな」
ボウズこと堂本茂がぽつりとこぼす。床屋に行ってないのか、既にボウズ頭じゃないけど。
「はあ?」
「悪魔のはらわた3のラストですよ、先輩」
ノッポの割雄が説明した。
こいつら二人ともスプラッターホラーマニアか?
「それは、まあ置いといてだ」
オレは言った。
「たとえば、魔法の力が働いて時空に歪みができたとして、それを元に戻す時も、同じ時代同じ場所に戻る可能性が高いだろ?」
「……何だか分かったようで、やっぱり分からない説明だね」
藤田が首をかしげる。
ち。
頭の良いヤツには効かないか。
「とにかく、軽はずみな事をして、後で後悔するような目には合わないようにみんなに言ってくれよ?」
その場は、とりあえず、オレの指示に従うことで収まった。
日本的な曖昧な会議風景ですな。
で、オレは鐶と美紀とヒルデを捕まえて、訊いてみた。
「みんなの恋愛事情ってどんなだ?」
「あ、カイ君もそんなことに興味あんの?」
「段々、身も心も女の子になってきたのかね?」
鐶と美紀が、うふふと笑ったが、
『あら、組織の内情をつかんでおくのも統治者の努めよねー?』
ヒルデが助け舟を出す。
「まあな」
オレはうなずいた。
そういう事情をつかんでおかないと、組織内部での情報の伝わり方が分からなくなる。
例えばの話をしよう。
AさんにB君の悪口を言ったら、B君は、実はAさんと付き合っていて、それがダイレクトに伝わってしまって、オレとB君の関係がギクシャクしてしまった。
ま、卑近な例だが、それが今後の展開に影響しないとは言えない。
オレはやってなかったが、ホントは、常にこういう情報のルートを把握しておかないとまずい。
まあ、公開された情報以外は考慮しなくて良いんだけどね。
知ってたら変だし、逆に勘ぐれるからね。
ともかく、三人娘に知ってる限りの恋愛事情を教えてもらう事にした。
どこのクラスの誰それちゃんが、誰君と付き合ってて、誰と誰が怪しいのよねー。
なんて話を小一時間、聴いた。
……オレがあまり他人の事に興味がないからか、半分ただのおしゃべり化した内容が覚えられなかった。
「すまん、もう一回おせーてくれ」
「しょうがないなー、カイ君は」
なぜか満場一致で、オレはしょうがないヤツになったみたいだ。
またおしゃべりが開始されるが、やっぱり頭に入らない。
しまいに紙とペンを取り出すと、
「あのね、カイ君。噂話を記録するとろくな事になんないよ」
「そうそう、もし、誰かに見られたら、ヤじゃん」
『ねー』
「じゃあ、必要時に君たちに聞くということで」
「うん、まあそれくらいなら」
「いいよね」
『ねー』
三人とも異存はないようです。
ふふ、まんまと策略に掛かりおって。
就寝前に呼び出して、聞いた後に、すっげーエロい事かましたる。
日頃の鬱憤晴らしどばかりに!?
「なに、エロい事、考えてんのよ?」
「そうよ、その手にはのらないわよッ」
だから、表情で、そこまで分かんなよぅ。
『てゆーか、カイが今瞬間的に想像したのって誰?』
ヒルデの一言で、
「そうよね…」
「気になるところよね…」
場がいきなり殺気だった。
さっきまでは和んでたのにぃ。
後は言うまでもなく、イビり倒されました。
谷とマサオ。
藤田とロン毛。…意外だが、この二人がくっついてた。
いや。
優等生と不良ってのはあり得るか。使い古されたネタでもある。
宗太郎、割雄、茂はフリーだな。
予想するまでもなく。
春巻包は、前から彼女いるらしい。
やっぱり食いしん坊キャラなんだろうか、その彼女。
大食いキャラってのもあるかも?
悪魔のはらわた3オリジナル版のラストです。
取り直し版じゃなく。