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さて、ユグの木ってどんなかな?
神殿に行くと、バークレーが司祭を紹介してくれた。
司祭はマックと言った。
シワシワのじいさんだが、背がピンとしてる。
「マック司祭は、長年この道に従事してきたベテランです」
バークレーが言うと、マックじいさんは、いやぁと照れた。
「こぉれまた、別嬪さんばかりでねーけ、バークレーよぉ?」
マックじいさん、メッチャ訛ってました。
「失礼ですよ、天の御使い方に対して」
バークレーは一応、形式的に言った。
「実は、杖の製作を見せて頂きたく、まかりこしました」
オレは来意を告げる。
「杖の作り方かよ、何だそんなの見てぇの?」
マックじいさんは、デイヴ叔父さんみたいなセリフを言い、トコトコ歩いて製作台に乗っていた棒を手に取る。
そいうや、デイブ叔父さんとは久しく会ってないなあ。
「これみたいにな、ユグの木を切って、杖の形に彫り削るだけだあ」
マックじいさんは、棒を突き出して、オレらに見せた。
まだ製作途中といった感じだが、精巧な細工が彫られたりして、結構格式高い。
「形に特別な意味はあります?」
オレは棒を手に取りながら、訊いた。
「杖にすんのは、十分な増幅を得たいからだなや。杖くれえの長さがちょうどいいんだぁよ」
マックじいさんはのんびり口調で説明する。
「それに、杖本来として使うだよ。ほれ、魔法使いは中々退職できねーべ?」
要するに、現職の魔法使いは年齢層が高いと。
それに護身用としても使えそうだから、自然にこの規格に収まったんだろう。
「それと、玩具ってのはどんなものなんですか?」
「ああ、簡単さね」
マックじいさんは、「ああ、あれね」という顔をした。
「木彫りの人形を作るだよ、手足が動くようにすっと魔力のあるモンが近づいたら動くんだ」
それ、感知器として使えないかな。
「もうひとつ、ユグの木の実物を見たいんですが」
「なら、明日の朝だなや。ユグの木集めに行くからよ」
「よろしくお願いします」
話が決まり、オレらは退出した。
******
小麦の試験栽培だが…。
王宮で試験農場を持っているかな。
いや、待て。
もしあったとしても、今まで何の役にも立って来なかった農場だ。あんまり期待できない。
「じゃあ、公爵の畑借りたら?」
鐶が、何気なく言った。
……それ、いいかも。
公爵の選定した土地の広さにもよるけど、多分、アラビカ豆の供給量から逆算して栽培面積を決めてるはず。
売れるのは分かってる訳だから、面積をケチってるなんてのはないだろう。
初年度だし、土地が空いてれば、それを借りて小麦の試験栽培をやってもらおう。
「よし、王宮に行くぞ」
「え、マジ?」
王宮に行くと、ロンドヒル公爵はすぐ見つかった。
「おお、カイ殿。今日は何用ですかな?」
コーヒーショップ立ち上げに忙しいらしく、領地に帰る暇がないようだ。
小麦の試験栽培の件を伝えると、
「カイ殿の頼みなら断れませんな」
ロンドヒル公爵は快く引き受けてくれた。
単に、誰かに頼られるのが嬉しいみたいだ。
ロンドヒル公爵と別れた途端、
「ホント、オヤジキラーね」
鐶が黒い笑みを漏らす。
「止めれ、気色悪い」
後で、絶対、お仕置きしてやる。
考え付く限りのエロい事してやる。
冗談はさておき、その足で大司教を訪ねた。
「王がお呼びだ」
大司教は、顔を見るなり言ったので、着いていくと、やはり前と同じ議事堂。
「カイよ、この度は御苦労であった」
ジョージ13世は、いきなり、お褒めの言葉。
「はぁ、お褒めに預かり、ありがたき幸せにございます」
何を褒められたのか分からんが、オレは一応お辞儀をしてみせる。
「うむ、ヴァナヘイムが良いとこ取りばかりしとるのが、ちと気に入らんが、まあ良しとしよう」
ジョージ13世は、ぶつくさと言った。
ああ、派兵の件でしたか。
「聞けば、ムスペルヘイムへの工作も着々と進んでいるそうではないか?」
「はい」
オレはうなずく。
情報元はもちろん、大司教と。
「これは、キューブリック将軍の助力がなければ出来ぬ事でした」
「そうか。ヤツには褒美を取らせよう」
「恐れながら、それには及ばぬかと」
「なぜじゃ?」
ジョージ13世は、不思議そうにオレを見る。
「一時の報償より、恒久的な徴用が吉でございます。キューブリック将軍もそうですが、国内には才覚がありながら、不遇にも徴用されずにくすぶっている人材が居ります」
「ふーむ」
ジョージ13世は唸った。
「そちの言うことも一理ある。国を富まし、より発展させるには人材が第一じゃ。それらの人材を探し出し、教えてくれるな?」
「はい、もちろんでございます」
オレは満面の笑みを浮かべて、うなずく。
「それはそうと、王よ。ヨツンヘイム西部の件ですが…」
大司教が、横から催促を入れる。
「おう、そうであった」
ジョージ13世は、はたと手を打った。
「そちの美貌に見とれて、忘れるところであったぞ」
……オヤジギャグ全開ですな。
寒気がしますが、まあ、ここは我慢と。
オレは曖昧に笑うのみ。
「ヨツンヘイム西部は結束しておるそうではないか」
「遠からず内戦が起こるでしょうね」
オレはさらりと答える。
「ヨツンヘイムの東部部族の代表格たる『鷲のフレースベルグ』殿には、すでに書簡を送り、東部部族の力を終結するよう手を打っております。ヴァナヘイムについては、キューブリック将軍が話をつけております」
「うむ」
ジョージ13世は、うなずいた。
この辺は、大司教経由で聞いているのだろう。
「ヨツン東部、ヴァナヘイム、それに我が国が包囲網を作れば、ヨツン西部勢力は風前の灯です。
そこへさらにムスペルヘイムでの工作を実施し、フォー教の首領格をヴァナヘイムかヨツン西部へ追いこみます。
フォー教には、そこで役立ってもらいます。ヨツン西部への影響力を使って、仲立ちを頼みます」
「で、どのぐらいしぼり取れるかのう?」
ジョージ13世は、経営者っぽい目つきで訊いてきた。
よしよし、乗ってきたな。
戦争をする目的は、戦後の賠償金及び利権の享受である。それが見込めない場合は、わざわざ金を使って兵を送ったりはしない。
「それは、もう、根こそぎ絞り取れる事でしょう」
オレは、あくどい笑みを浮かべる。
「ヴァナヘイムとの共同開発にて、埋蔵資源の管理分割を東部ヨツンへ任せます」
「それだけか?」
ジョージ13世は、結構、強欲だった。
「あの辺には絨毯の原料となる家畜が多く飼育されております。
絨毯の供給ルートを確保して、ムスペルヘイム、ニブルヘイムへ売るのが良いかと存じます。
また、それとは逆ルートで、ニブルヘイムの絹糸を西部諸国やムスペルヘイムへ販売すれば、運送によるコストをだいぶ省けます」
「絨毯に絹か……世も欲しいな」
ジョージ13世は、真顔で言った。
気に入った女にプレゼントとか考えてそう。
王様だし、それも許されてるんだろうなぁ。
「よし、派兵の段取りを組め」
ジョージ13世は、かなり私情の入ったゴーサインを出した。出しやがりましたよ。うっしっし。
「ははっ」
「はい」
大司教とオレは慇懃にお辞儀をして、退出。
「うまく行ったな」
「はい、そのようで」
大司教とオレは、うなずき合う。
気分は、悪代官と越後屋って感じだ。
で、ヴァルハラは更なる戦の気配に突入。
「従軍の通達が来たよ」
エリザベスは、会うなりオレらにカミングアウト。
バークレーとの打ち合わせをしに、神殿へ来ていたようだ。
「カイの差し金だな?」
「はい、ヨツン西部の討伐です」
「やっぱりな」
エリザベスは、笑った。
「ところで、キューブリック将軍のことだが」
エリザベスは、話題を変えた。
こちらが本題だったようだ。
「あの御仁は、昔、私のお父様が存命の頃、軍部の機密を預かる部署にいたはず。主に国外の情報を集めたり、操作したりする部署だ」
「ああ、やっぱり」
オレはうなずいた。
その時に何かあったんだろうな。ムスペルヘイムで。
「お父様の昔の部下に聞いたんだが、キューブリック将軍には、ムスペルヘイムに奥方と娘御がいたそうだ」
エリザベスは、淡々と話す。
「だが、折悪く勢力を増してきたフォー教に引っかかってしまって、そのいざこざで亡くなったそうだ」
……。
それは悲しい過去だ。
キューブリック将軍が復讐を誓ったとしても、それは仕方ない事かもしれない。
「悲しい出来事ですね」
「そうだな」
エリザベスは、ちっともそう思っていない風で、うなずく。
ところで、エリザベスのお父さんも軍人だったんですね。
それを引き継いで、従軍したと。
納得。
そういや、半分忘れていた人質のニドヘグたちはどうしよう?
フォー教の首領が捕えられたら、一緒にニブルヘイムへ行ってもらうってのはどうだろう?
フォー教の高僧が説得すれば、許してもらえるかもな。
そして、フォー教と命が助かったニドヘグたちを利用して、何かを仕掛けると。
何がいいだろうか。
ま、そのうち考えよう。
後は、アクールちゃんか…。
「……あの娘のこと考えてるでしょ?」
鐶が言った。
何でそんなに鋭いかな、君は。
「いや、そうだけど」
オレは言って、
「でも、お前が好きだからな、オレは!」
鐶に抱きつこうとするが、
「ううん!」
咳払い。
あ、エリザベスたちがいたんだっけ。
「えへ!」
オレは、明るく笑ってごまかす。
エリザベスとバークレーは、白い目。
「あの娘は利用価値があるはずなんだけど、魔王の性格から推測するに、下手な事をしても捨て駒にされるだけなんだよね」
オレは、ひとりごちる。
大義のためには、腹心でもなんでも切って捨てる。そのぐらいのことはする。
でなければ、これまで死地へ向かわせた同胞に顔向けができないのだ。
「そうだな」
エリザベスはうなずいて、
「だが、このままでは、カイ、お前また刺されるぞ?」
「物騒なこと言わないでくださいよ」
「そうよね、カイ君がこの世界にない知識で、とんでもないものを作り出す前に、とどめ刺そうとするよね。
それが、あの娘が愛しの魔王様のためにできる唯一のことだもん」
鐶もエリザベスに同調する。
えらく、理解してるなぁ、同じ女だから?
「牢屋に入ってるうちに何とかしときたいね、怖いので」
「ふん、誰にでも手を出すからよ」
鐶はそっぽを向く。
いや、だから、出してないし。
「待て」
エリザベスが、『いい案でました』って顔をした。
「それだ、カイに手を出してもらおう」
「ええー?」
「まあ、任せておけ」
エリザベスは、何かいたずらっぽく言った。
やな、予感。
で、オレらは、アクールちゃんの牢までやってくる。
「聞け、そこな娘よ」
エリザベスは、大張りきり。
「実はな、このカイは、魔王の生まれ変わりなんだ」
どぎゃーん。
今明かす必要もないのに、明かされる、衝撃の真実。……いや、笑撃?
オレらは、エリザベスに真相を話してはいない。
だから、単なる思い付きなんだろうな。
「魔王……さま?」
アクールは、すぐに反応した。
「そんなワケない」
ふっ。
アクールは鼻で笑った。
もちろん信じるわけない。
「根拠を示そう」
エリザベスは自信たっぷりに言った。
「魔王は魔法を使う。そうだな?」
「……魔王だから」
アクールは答える。
「魔王は何種類のシンボル魔法を使う?」
「……知らない」
「少なくとも2種類以上は使えるだろう?」
エリザベスは続けた。
「そんな魔法使いはそうそういない。このカイもそうだ。火と風が使える」
「……」
アクールは答えない。
相手の術中に陥るのを警戒してる。
「しかも、権謀術数にも長けている。魔王もそうじゃないのか?」
「……」
……いや、聞いてるオレの方が心配になってきたんだが。
魔王とオレ。
改めて比較すると、符合する部分が多い。
本人なんだから仕方ないが。
「男と女の両方になれる」
「……ッ!?」
アクールは目を見開いた。
さすがに叫んだりはしなかったが。
「ふ…思い当たる節があったようだな?」
……ええ。オレにもたっぷりありました。思い当たる節。節々って言って良いくらい。
「……」
アクールはダンマリ決め込んだようだった。
それ以上、何を言っても答えなくなった。
「うーん、失敗か?」
エリザベスは、ちょっと落ち込んでいたが、
「いや、かなりいい線いってましたよ」
オレが言うと、
「そうか。ま、慰めもたまにはいいかな」
まんざらでもない様子である。
……いや、実際、相当効いているはずだ。
あれで、刺殺はとりあえずなくなるだろう。
でも、君たちが気づいたりしないかと、ボクちゃん心配なんですが。
「それにしても、カイ殿が魔王の生まれ変わりとは傑作でしたね」
バークレーが噴き出した。
いや、あんたらは、知らんから笑えるのよ。
男と女の両方になれるってのが、最大の特徴なんだよね。
魔王が、シェイプチェンジャーとかドッペルゲンガーって呼ばれる魔物だって知ってる人には、最大級の情報だ。
ミッドガルドを始めとする諸国では知られてないようだが。
でも、真実を知ったアクールがどうするかは、神のみぞ知るって感じ。