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 使いがヴァルハラへ行っている間にヴァナヘイムの派遣軍が到着。

 やっぱり遅い到着だったな。

 ヴァナヘイム軍とは、キューブリック将軍が応対したので、オレはヴァナヘイム軍と顔を合わせることはなかった。

 基本的に、社内的なコンサルタント業務だしね、オレ。

 などとスネてみたり。


 ヴァルハラへの使いが帰ってくるまでの間にも、魔王軍が取って返してきたりしないとも限らないので、警戒は怠らないよう全軍に伝えていた。

 といっても、やはり敵がいないと、どこかで緩んでくるので、憲兵隊を選抜して陣内の見回りをする。

 三つの軍が肩を並べているので、いざこざが起きるかもしれないしなあ。

 魔王軍が突いてくるとしたら、こういうところだろう。

 それを一つ一つ潰してゆくのが吉だ。

 更に、ヨツンヘイムで使った木彫りの人形型魔法感知器も設置。

 これはオレらの陣営のみ。

 10個しかないので。


「ヤツら撤退してしまったな」

 オレは言った。

 戦略的撤退。

 何の得にもならない戦線を維持しても、経費の無駄ってことなんだろう。

「だから?」

 魔族の女の子は顔も上げずに返す。

「いや、オレらが君を利用する暇もなかったってことだ」

「……」

 魔族の女の子は黙っている。

「ところで、今日は御尊名をお聞かせ願おうと思ってな」

 オレは訊いた。

 いつまでも呼称が魔族の女の子じゃ、不便だし、人質として利用するにも名前すら知らないんじゃな。

 今頃、気づくオレもオレだが。

「……アクール」

 魔族の女の子は、若干の沈黙の後、答えた。

「了解、アクール殿だな」

 オレはうなずいて、貴族クラス捕虜用テントから退出した。

 この名称は、オレが勝手に命名。


 ******


 アクールがなぜ、素直に名前を言ったか。

 恐らく、オレが調べたらすぐに魔王軍での彼女の地位や力を知ることができるからだろう。

 そうなれば、おいそれと始末できなくなる。

 地位ってのはそういうもんだ。

 魔王軍との戦いが終結した後も、魔王が本拠地として治めている国々と付き合ってゆかなければならない。

 それが分かっていて、人道にもとる事はできない。

 あの時、アスガルドがあんな非道を働いたなんて言われると困るのね。

 ま、もとからそんな気はないんだけど。

 しっかり、こちらの利益になるように利用してかないとな。


 さて、魔王軍になりきってこれからの方策を探ってみようかね。

 ヨツンヘイム石炭採掘所の襲撃が失敗に終わり、ヴァナヘイム派遣軍も現地に到着。

 大司教主導で、ニブルヘイムへ人質を突き付けて交渉しているので、ニブルヘイムとしては、これ以上、ムスペルヘイムへ肩入れすることはできないだろう。

 あちらも一枚岩ではないだろうし。

 こんな中、魔王軍は方針を転換するべきか?

 ……。

 ……分からん。

 アクールちゃんに聞いてみよう。

 オレはさらっと決断。


「こら、カイ君。何をしようとしてんのよ!?」

 それを見た鐶が、オレを咎める。

「何って、魔王の人となりを知るヤツに直で聞こうということだが?」

「敵よ、そいつ!」

「敵も味方も貴重な情報源だ」

 オレは豪語した。

「むしろ、敵をも策の内に絡め取ってゆくのが上策? 本格ミステリで、真犯人が探偵を装置として組み込むみたいなもんだしなッ」

 たたみ込むように言うと、

「うっ…」

 鐶はうめいた。

「あの名前書いたら即死する不思議ノート物語の何かヘンな甘党探偵役が作中で言っていたように、真犯人を内に取り込んで利用するわ、逆に尻尾が出るようぎりぎり絞ってゆくわってなことをするべきなのね」

 理論武装終わり。

「…で、でも、本音はあの娘といちゃつきたいってとこなんじゃん!?」

「ち、ちがわいッ」

 オレは一瞬、ためらいがあった。

「あたしも行く」

 鐶の回避不可能のお言葉。

 はいはい。

 がっくし。


「魔王って、初志貫徹型? それとも気が変わりやすい方?」

「……なっ!?」

 オレがさらっと聞くと、アクールは仰天。

「答えるワケないッ」

「だよね、フツーは」

 鐶は、壁にもたれかかって、うなずく。

「いや、気が変わりやすい方だな」

 オレは言った。

「んで、色んなことに手を出すし、意外にうまく立ち回ってこなすヤツだ」

「器用だね」

 鐶が答える。

 ……お前が答えんなよ。

 オレは思ったが、後が怖いので言わない。

「その手には乗らない」

 アクールはそっぽを向いた。

 ふーん。

 アクールが、最初から何も答えないってのは予想していた。

 だが、彼女の反応から類推することはできる。


 まず、『……なっ!?』だ。

 単純に驚いてる。

 驚き、そして呆れてる。

 ここではそれ以上の意味はない。


 次に『答えるワケないッ』。

 答えたら、まずいことがある。

 もしくはそう思っている。

 警戒。

 人間、警戒するのには理由がある。

 知られたくない事実があるのだ。

 それを知られると不利になるか、不利になると思い込んでいる。


 そして、『その手には乗らない』だ。

 オレが言った、

「いや、気が変わりやすい方だな」

「んで、色んなことに手を出すし、意外にうまく立ち回ってこなすヤツだ」

 に対する反応。

 少し過剰な反応だ。

 オレは適当な事を、さも断定的に言ったまでである。

 それが正しいか否かは関係がなく、付き合うと口車に乗せられるってことを警戒しているのだ。

 つまり、オレを過大評価している。


 警戒。

 過大評価。

 「魔王の情報を引き出されたくない」って意思が強すぎる。

 そこから導き出されるのは、アクールは魔王と連絡を取り合っているって事だ。

 それも早い段階で。

 ありえない答えじゃない。

 だから、アクールは大人しくしているのだ。

 でなければ、自害できる時点で自害する。

 今すぐに何かを決行するって感じじゃないし、恐らくは何かの工作に呼応して行動するってのが相場だろう。

 そちらを先に暴かなければなるまい。

 今は、何にも気づかなかった振りをして、退散するのが良いだろう。


「ちっ」

 オレは舌打ちした。

「ま、現実ってのはそう上手くはいかねーな」

「……」

 アクールはだんまりだ。

「じゃあな、また来るぜ」

 オレは鐶を促した。

「あれ、もう終わり?」

「たりめーだ、時間のムダだろ?」

「でも、カイ君。あんなに、あんなに、その娘と話したいって主張したってのに?」

「アホ、これ以上聞いても何も答えねーよ、見て分かれ」

「ま、いいけどね」

 鐶は肩をすくめた。


 魔王の性格に戻るが、オレの見立てでは、さっきアクールに言った通り、気が変わりやすい。

 だが、今あるものは100%がっつり利用する。

 そういうタイプだ。

 言い換えれば、前向きなタイプだ。

 目前にあるものは何でも利用する。月並みな言い方をすると、「親でも利用する」ってヤツだ。

 偶発的な出来事すら利用する。

 だとすると、アクールの拘留ですら利用しているかもしれない。

 そのぐらいに考えた方がいい。


 やはり、この思考方法でも、魔王とアクールは連絡を取り合っているという結論に落ち着く。


 魔王軍が何をしたいのか。

 それは今でも変わっていない。

 やはり、ミッドガルド、ヴァナヘイム、ニブルヘイム、ヨツンヘイムの4国間の不仲を煽るってこと。

 そして、次は、近隣国ではなく、ヨツンヘイムを絡めてくる。

 これまで、辺境への侵攻、ヴァナヘイムへの侵攻及び貿易阻害、ミッドガルドへの石炭による派兵遅延策、ニブルヘイムへの影響力を使った石炭採掘所襲撃といった策を実施してきた訳なんで、残るのはヨツンヘイムだけなんだよね。

 ヨツンヘイムの最大の特徴は何か。

 それを考えると、こう答えざるを得ない。


 ムスペルヘイムに隣接していない。


 魔王の本拠地であるムスペルヘイムは、北方のヨツンヘイムとは国を接していない。

 何を言いたいかというと、


 友好策を選択するだろう


 ってこと。

 中国には『遠交近攻』という言葉がある。

 近くの国を攻め、遠くの国とは交わる、つまり交友するってことだ。

 いや、たまたま百科事典を眺めてたら、その単語が出てきたんですけどね。

 先にあげた三国としては、ヨツンヘイムとムスペルヘイムが仲良かったら、上下に挟まれた事になるので気が気ではなくなる。

 不仲策としては十分に効果を上げられる。

 その上で、ニブルヘイムへ何らかの働きかけをしてゆけば、ミッドガルドは北、南、西の三方から囲まれることになる。

 それを見たヴァナヘイムは、当然のことながら魔王軍に近寄るだろう。

 ミッドガルドは戦わずして敗北する。


 では、ヨツンヘイムと交友するとして、何が考えられるか。

 貿易するには遠いし、そもそも物資を運ぶこと自体難しいんだよな。

 あまり接点がなさそうだしね。

 ま、誰かに聞くのがよいか。


「で、スーパー仙人ヒルデちゃんに訊いてみようと思ったわけ」

『あたしが年寄りみたいに聞こえるわよ、それ』

 ヒルデの眼光が鋭くなった。

 あ、穴があく、オレの体にッ。

 …ちゃん付けは無視?

「やだなあ、そんなことあるワケなかとですたいッ」

『どこの方言よ?』

「うーとね、オレが住んでいた世界には日本というサムライの住む国があって、その南端に九州地方という……」

 思わず、説明を始めるオレだったが、

「って、ちゃうやろ!」

 ノリツッコミ。

 なぜか関西弁。

「ヒルデは若くて綺麗なまま、もう年をとることもない。つーか、ずっとオレの側に居てくれ!」

 オレは気を取り直して、言った。


 ぽっ


 ヒルデの頬が赤く染まる。

 グッド!


「ヒルデッ」

 オレは、思わず彼女を抱きしめようと、近寄るが、


 じぃーッ


 前方に浮かび上がる二つの双眸を発見。

 緊急停止。

 緊急停止。

 でないと、オレの心臓停止。

 命が停止。

「ま、いちゃつくのはまた後でにして」

 オレはヘタレです。

『チッ、よけいなことを』

 ヒルデは、何か呪詛の言葉を吐いている。怖いッス。

「いやね、正直な話、ヨツンヘイムとムスペルヘイムの歴史的なところを聞きたいんだよ」

 オレは本題を切りだす。

『なんですって、あたしのどこが年寄りなのよーッ!』

「それはもういいっちゅうねん!」

 お約束のやりとり。


『あのね、あたし基本的に箱入り娘っぽかったから、伝え聞いた話しかしらないけど』

「それでも貴重な情報だ」

 オレはうなずく。

 ……箱入り娘?

 で、腹の中では別のことを考えてる、と。

『ヨツンヘイムはね、昔から巨人族の土地ではなくて、元々は妖精や小人たちの土地だったの。

 巨人族は昔は大陸中に散らばっていたんだけど、そのうちあたしたち人間の勢力が強くなってきて、段々と北方へ追いやられたのね』

「ふーん」

 オレは、うなずいて先を促す。

『ヨツンってのは巨人族のことなんだけど、巨人族が北へ逃れたんでいつの間にか、北方をヨツンヘイムって言うようになったのよ』

「それ以前は何て呼ばれてたんだ?」

『知らない』

 ヒルデは即答。

「そですか」

『ムスペルヘイムはね、本来、炎の巨人が治めていた土地なんだって』

「巨人族がまだ北方に追いやられなかった時のことだな」

『…たぶんね』

 ヒルデはちょっと考えて、言った。

 適当だった。

「それで?」

『そんだけ』

 ヒルデは、可愛く言って、ごまかした。

 ……なんだとう!?

「ちょっと、そこ、動くな。今、すげーキスかましたるから!」

『キャッ…(かなり期待)』

 オレは、その憤りをぶつけようと、ヒルデを抱きしめたが、


 ごん。


 なんか重たいもんがオレの脳天に落ちてきて、


 ばたんきゅー。


 古臭い擬音を残して、オレはブラックアウト。


 ******


「カイ君、あなた懲りないわねー」

「てゆーか、そういうことは、あたしにして」

 鐶と美紀が好き勝手に言っている。

 誰か、この無法地帯を何とかしてくれ。

 さっきも、ぶっとい丸太が降ってきたしな。

 いや、死ななかったのが不思議。

『ふん、余計な事をしてくれちゃって』

 ヒルデだけが、オレの味方だ。

『ま、でも、この子はいっぺん死んだ方がイイけどね』

 えー、いきなり、方向転換ですか、ヒルデさん。

 つーか、酷いお言葉。

 そんで、その言葉の裏には、例の『とっかえひっかえ』が、あるんだろうなー。

 怖いッス。

 いつ切りだされるか、考えると。

 でも、死後にそんなことできんのかね?

「あのさ、ヨツンヘイムに詳しい人っているかな?」

 オレは急いで話題転換。

「エリザベスさんに聞いたら?」

 鐶が言う。

「そうだな」

 オレはうなずいてから、

「みんなも来いよ」

 愛しの三人娘を誘った。

 そうです、後が怖いからでーす。


 ******


「ヨツンヘイムか、バークレーに聞こう」

 エリザベスは、ちょっと考えてから言った。

 で、みんなでバークレーを訪ねる。

 バークレーは、あてがわれたテントで休んでいた。

 みんなで、会議用のテントへ移動。

 キューブリック将軍にも同席してもらう。

 一応、責任者だからな。

「ヨツンヘイムですか?」

 バークレーは、何を今更って顔。

「実は、ヨツンヘイムとムスペルヘイムの接点がないかと思って」

「うーん、それはさすがに……」

 バークレーは、かぶりを振った。

「ヨツンヘイムとムスペルヘイムだと?」

 キューブリック将軍は、驚いていたが、オレの説明を受けると、

「うーん、それはあり得るかもしれねえな」

 しきりに唸った。

 やっぱり無愛想だが、別に機嫌が悪いって訳じゃないみたいだ。

 基本がこういう人間なんだろう。

「実は、ヨツンヘイムの巨人どもは意外に信心深いのは知ってるか?」

 キューブリック将軍は、思わぬ事を話しだす。

 巨人族って、自然崇拝じゃねーの?

「ヤツらは、大まかに分けると、原始的な部族と、ヴァナヘイム経由で先進文化を吸収し、文明化した部族の二つがあんだよ」

 キューブリック将軍は、意外に物知りだった。

「ムスペルヘイムで発生した『フォー教』は、ヴァナヘイムを経由して、ヨツンヘイムの西部、つまり文明化した方の部族間で信仰されつつある。多少変質はしてるがな」

 いや、それって、まずいんじゃ……。

「これまで、バラバラだったヨツンヘイムの部族が、宗教により団結してきているんだ」

「フォー教を通して、魔王軍がヨツンヘイムとつながってくる可能性は高いと?」

「うむ」

 キューブリック将軍は、うなずいた。

 早急に対策を練らないとな。

 魔王軍には、まだイニシアチブがある。

 この世界に漂流してきたオレらは、基本的に不利なのだ。


 宗教だけでは、相手を動かすことはできない。

 相手を動かすには利益だ。

 魔王軍が、ヨツンヘイムの文明化された部族を動かすとしたら、何があるだろう?

「フォー教の特徴には『戒律』がある」

 キューブリック将軍が言った。

「そして、フォー教の高僧にはその『戒律』を授ける力がある」

「戒律?」

「戒めのことだが、フォー教徒には、それをもらうのがステータスなんだ」

 つまり、どういうことなんだろう?

「ヨツンヘイムの権力者が、その力を授かったら?」

 あ、そうか。

 権力者が宗教の高い位置に就くってのは、珍しくない。

 そうすれば、一種の利権が行使できる。

 例えば、信者に『戒律』を授ける。

 戒律を授かった信者は、戒律を授けた者に恩義を感じることだろう。

 実際に感じてなくとも、そう振る舞わざるを得ない。

 それが、組織の不思議なところだ。

 そうしてコントロール下に置いた信者たちを組織化し、異教徒を叩く力にする。

 求心力が働くってこと。

「そういうことだ」

 キューブリック将軍は、またうなずいた。

「ムスペルヘイムのフォー教の高僧が、ヨツンヘイムの部族長に高僧としての地位を授けたら?」

「それを求心力として、一大勢力が出来上がるでしょうね。

 しかもフォー教を通して、魔王軍とヨツンヘイムにぶっといパイプができる」

 オレは、言った。

「ヨツンヘイム自身は東西に割れ、内戦状態に陥るな。どっちが勝っても疲弊する。魔王の軍勢の思うつぼだ」

 せっかく、ヨツンヘイムのフレースベルグの部族と友好関係を築いてきたのにな。

 ヨツンヘイムで内戦が始まれば、巨人族たちは魔王軍との戦いに専念できなくなる。

 それに、ヨツンヘイムのフォー教徒は、ミッドガルドには協力しないだろう。

「敵の策は分かりました」

「うむ、問題は、こちらの対応だが」

「そう」

 オレは、うなずいた。

「フォー教は思ったより厄介だ。でも、それを今更根絶やしにすることは不可能。

 とくれば、こちらの都合の良い方向へ誘導してやるしかない」

「だが、どうやって?」

 ……そう、それが重要だ。

 オレらが望むのは、ヨツンヘイム、ヴァナヘイム、ミッドガルド、辺境の結束だ。

 それを続けるには?

 現状としては、おそらく既にヨツンヘイムの内戦を防ぐことはできないだろう。

 だとしたら、ミッドガルドは、フレースベルグたち東の部族を助けるしかない。

「それはそれで、魔王軍に都合の良いシナリオになってしまうな」

「はい、でも仕方ありません」

 オレは主張した。

「ここまで出遅れたのでは、防ぎようがありません。

 やはり、できるだけ我々の都合の良いようにコントロールしてやるべきです」

「うむ、その上で、他に何か策が欲しいな」

 キューブリック将軍は、アゴをさすった。


 そう、策だ。

 内戦は避けられないが、西の部族たちを手なずける方法はあるはずだ。

 基本的に物資は埋蔵されているものの、掘り出す力がない彼らを手なずけるには、やはり物資である。


 おっと、その前に、

「キューブリック将軍」

「なんだね?」

「ヴァナヘイムではフォー教は普及しているんですか?」

「いや、ヴァナヘイムの中枢には及んでいないはずだ。

 ヴァナヘイムの貧しい地域を通じて、ヨツンヘイムへ伝わったからな、ほぼ素通りと言ってよい」

「ありがとうございます」

 オレはお礼を言って、また思考に戻る。


 となれば、ヴァナヘイムを動かすのが良いだろう。

 埋蔵された資源をエサにするのが、最良かもしれない。

 それと、フォー教だ。

 何か、うまく取り込める方法はないだろうか?

 確か、オレらの世界の仏教って、発祥地のインドでは廃れてしまったんだったよな。

 それを真似れないもんかね。


「ヴァナヘイムとの連携を目指しましょう」

 オレは沈黙を破った。

「だが、どうやるよ?」

「ヨツンヘイムは寒い土地のために埋蔵される資源の開発が遅れています。それは西部でも同じです」

「ふむ、貴殿が石炭を採掘したのと同じようにか?」

「はい」

「分かった。だが、どうしたものかな、本国へ伺いを立てた方が良いかのう?」

「いえ、状況は一刻を争います。

 私の、王国守護職としての立場より命じますゆえ、すぐに進めてください。本国には使いを出します」

「うむ、了解した」

 キューブリック将軍はうなずいた。

 かなりの慎重派だが、このような人種は、責任の所在をはっきりさせれば良い。

「それとエリザベスさんの部隊をお貸しください。行きたい場所がありますので」

「どこだ?」

 キューブリック将軍は怪訝な顔をした。

「はい、私たちが最初に降り立ったのは、実は、この辺境の地でして、簡単にいえばそこに我々の世界の建物ごと降りてきたのです」

「学校とかいったな」

 エリザベスが言った。

「そうです。そこには我々の世界の知識が蓄えられております。その時は、急ぎアスガルドまで移動したため、持ち出せなかったのです」

「ふむ、それがあれば、我らに役立つというわけだな?」

「その通りです」

 オレはうなずく。

「よかろう」

 キューブリック将軍は許可した。

「あ、それと、ひとつお訊ねしたいことが…」

「なんだ?」

「魔族の人質のことですが、アクールという者だそうです。もしご存じであればと思いまして…」

「うーむ、知らんな」

 キューブリック将軍は首を傾げた。

「魔族の将の名は、我が軍ではそれほど知られておらんのだ。何しろ、ここ数年で急に侵攻してきた連中だからな」

「そうですか」

 オレは、そう言って、話を締めくくった。


 ******


 オレはすぐにヴァルハラへの使いを仕立て、それから出立の準備にかかる。

「エリザベス、ワシの兵を連れてゆけ」

 エリック男爵が、その話を聞きつけ、やってきた。

「いまだ魔王の軍勢が出没するやもしれぬからな」

「お心遣いは嬉しいのですが…」

「いや、これは、単にお主が心配だからではない」

 エリック男爵は、エリザベスを遮った。

「ついでに領地を見回るのが目的だ」

「……はあ」

 エリザベスは、ちらっとオレを見る。


 助けろ。


 という事。


 はいはい分かりましたよ。


 オレは、うなずいて見せた。

「それならば、お受けしましょう」

 エリザベスは言った。

 エリック男爵の手勢、約50名が着いてくることになった。

 エリザベス隊は約20数名。

 それにオレ、鐶、美紀、ヒルデの三人。

 学校までは半日かかるので、行って、探して、帰って、計1日半の工程となる。


 アクールは置いてゆこうと思ったのだが、魔王軍と連絡を取り合ってるのでは、こちらが学校に行ってる間に襲撃をかけられる可能性がある。

 なので、情報を漏らさないよう連れて行くことにした。

 連れて行って、情報が漏れたら、一緒に行った者たちの中に魔王軍と通じている間者がいるってことだ。

 間者を絞り込むことができる。

 それはそれで行幸だし、万が一の時には、アクールを人質として利用できるだろう。

「それ、ムリヤリ理論づけただけじゃん?」

 鐶が不審げにオレを見る。

「そんなこと、ないもん!」

「怪しいわね」

 美紀も同じく不審げな眼差し。

『なんたって、とっかえひっかえだかんね』

 ヒルデが、意地悪そうに言う。

「詳しく聞きたいわね、その話」

「そうね、何をしたのかしらね、カイ君の前世のあの子って」

 鐶と美紀は、ピキーンと表情を硬くした。

「いや、そんな場合じゃないってば!」

 オレは喚いたが、

「黙れ!」

「はい…」

 聞き入れてもらえませんでした。

 しかも、なぜか正坐させられるし。

09/01/02 エリック男爵領から学校まで。1日→半日へ修正。

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