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使いが到着し、交代要員が派遣されてきた。
戦いで不運にも命を落としたニドヘグは、手厚く葬ってやった。
「敵ながら、天晴れ」ってな意味を込めてのことだ。
これも、今後のため、布石として実行する。
交代要員たちと引継ぎをし、オレらはアスガルドへ戻った。
エリザベス隊は引き続き、採掘所の警備に当るが、ニドヘグたちを護送するため、エリザベスとバークレーだけは付いて来ていた。
アスガルドへ戻ると、ニドヘグたちを収監した。
だが、大事な人質なので、比較的優遇された貴族クラスを入れる牢を使用。
ヨツンヘイムへ行く前、魔族の女の子も、同じクラスの牢へ移していた。
さすがに神殿の地下牢では、死んでしまうだろうし、魔王軍の中で地位のあるものだとすれば、扱いには気をつけなければならないしな。
「よう、気分はどうだ?」
「見れば……」
言いかけて、女の子は絶句。
あ、そっか。
男のオレを見るのは初めてだっけ?
「気にすんな、オレはそういう仕様だ」
「……ホントに魔族……」
女の子は驚きつつも、言った。
この前より、やつれてきていたが、まだ気力は残っているようだった。
「ふん」
オレは言った。
「そろそろ、君を出してやれるぞ」
「……釈放する気なんてない」
「そう、人質として利用するだけだ」
オレは平然と言った。
「むだ」
女の子は断言した。
「魔王様は、そんな手には乗らない」
「かもな」
オレは肩をすくめる。
この前、ニドヘグたちに説教したように、国対国の戦いでは、大儀が優先される。
つまり、私情を挟む余地がない。
統治者は、大儀のために己を殺して、国益を優先させねばならない時が多々ある。
「でも、心理的に揺さぶりを掛けることは可能だ。もしかしたら判断を誤るかもしれない」
「卑怯者」
女の子は憎悪の目をオレに向ける。
「卑怯結構、国を富ませ、民衆を養ってゆくためには、敵に情けを掛けるわけにはいかない。
今のミッドガルドとムスペルヘイムが置かれた状況では特にそうだ」
オレは言った。
別に説得するつもりはない。
考えを整理したいだけだった。
「オレらが負ければ、これまでに国を守るために死んでいった同胞に申し訳が立たない。負けるわけには行かない」
「……」
女の子は黙り込んだ。
「それは……」
何だか、辛そうに言葉を搾り出す。
「それは、こっちだって、同じ」
「そうだな、まあ、せいぜい負けないように頑張るさ」
オレはそう言って踵を返した。
******
大司教のところへ足を運ぶ。
男になったオレを見て、ちょっと驚いていたが、ただそれだけ。
あまり頓着していない様子だった。
「ニドヘグを捕らえたってな」
フランク爺さん、落語家のような振りですね。
「はい、死亡した者は若干いますが、取り逃がした者はいません。交渉には影響しないでしょう」
「うん」
大司教はうなずき、
「早速、王に話をする」
「はい、でしたら、こう伝えてください。
ニブルヘイムの外交官は白を切るでしょうが、それは想定内のこと。
重要なのは、相手に約束をさせることです」
「なんて?」
「“当方はそのよう輩とは関係ない、ムスペルヘイムとも関係ない”って言わせてください」
オレは道々考えてきたことを伝える。
「そうか、ヤツら自身の口から言わせて、約束させる訳だな」
「はい、そうすれば、ニブルヘイムはそう簡単に攻撃をしかけられなくなります」
「分かった」
大司教はすぐにでも王宮にすっ飛んでいきそうだったが、
「それと、ニブルヘイムとは友好路線で行くよう強く勧めてください」
オレは呼び止めて、念を押した。
「分かった、伝えるから、早く行かせろや」
大司教は面倒そうにうなずいて、出て行った。
やれやれ。
で、こんどは魔族の女の子を連れ出す手続きと。
既に派遣軍は出立していたので、それを追いかけるために、エリザベス隊をヨツンヘイムから呼び寄せる。
採掘所での引継ぎは済んだろうし、ヴァルハラではエリザベスが正式に交代の手続きを済ませていた。
エリザベス隊と一緒に、辺境の地へ向かう事になった。
******
出立。
目的地、辺境。
どんなに速くとも辺境までは、3日かかる。
道中はミッドガルド及びアスガルドの旗を掲げた。
行軍中である事を周囲に伝え、いらんいざこざを避けるためである。
オレは道中、考えていた。
まずは木精。
これはアルブレヒトが進めていた。
木精は、炭焼きの過程で取れる木酢液を原料とする。
木酢液は炭焼きの排煙を冷やしてできたもの。
その木酢液を蒸留し、木精つまりメタノールを取り出す。
なので、アルブレヒトは、木炭及び木酢液を取り扱う商人と渡りをつけ、購入した後、酒造所で製造した醸造アルコールと混合、販売ルートにのせていた。
アルコールランプそのものが普及品でないので、客層は限られている。
販売数量を増やすのが課題か。
それから人質。
魔族の女の子は連行中。
とりあえずは大人しい。
なぜかというと、魔法を封じる手枷をしているからだ。
ニドヘグは大司教がニブルヘイムとの交渉にあたるはずだ。
ヨツンヘイムと連携して進める方針だ。
仮にも彼らの土地で起きた事だからな。
そして、ニブルヘイムとの友好。
どういう形をとれば良いかはまだ分からない。が、オレが提示した基本戦略に沿えば、相手の弱点を攻めるべきだろう。
人、物の面から言ったら「物」だな。
種族が違ってるんで、間者がいないだろうし。
で、適当な物資はあるだろうか?
そういやアーネストっていう司祭が、言ってたが、ニブルヘイムは絹糸が特産だっけ。
絹糸に絡めてゆくのが良いだろうか?
絹糸と言えば、チャイナドレスに代表される衣類が浮かぶ。
「あー、他にもあるよ、それ」
鐶が、なんか含みのある笑顔を見せた。
「…どんなのだ?」
オレが恐る恐る聞くと、
「えーとね、食料でしょー」
「ぶーッ!?」
美紀が、オヤツ代わりのドライフルーツを盛大に噴いた。
「止めてよ、鐶ちゃん!」
「えー、中国とか韓国とかタイとかじゃ貴重な食料に数えられるんだよ」
にぃっ。
鐶は黒い笑み。
美紀は顔面蒼白。
道の傍の木の根元まで走ってった。
…吐くのかも。
「日本でも、イナゴとか蜂の子とか食べるしな、田舎の方では」
オレは、なんとなくではあるが、フォローしてみた。
いや、どっちのフォローだ?
ちなみに昆虫食とかいうらしい。
『え? 蚕って、フツーに食べるよ』
言って、ヒルデはエリザベスとその部隊を見た。
「うん」
「なあ」
……そりゃ貴重なタンパク源なんだろうけど。
ただの食材だったとは、おそるべしアスガルド人。
『結構、高いから、あんまり食べられないのよ』
ヒルデは、食いしん坊なようだな。
「そうか」
オレは曖昧にうなずく。
てことは、ヒルデと所帯を持ったら、
あなたー、御飯よー。
わーい、今日のおかずは何かなー?
今日は奮発して、蚕の姿揚げよ、おいしいわよー。
…ってな夫婦の会話がなされるんだろうか。
ま、早めに慣れとこ。
マイ・スイートハートの心をがっちりワシづかみにするためにナ。
『……なんか、カイの今の表情。見てると嬉しくなるけど、どこか釈然としないのはなぜ?』
ヒルデは、いつもながら鋭かった。
冗談はさておき。
できれば、ニブルヘイムより養蚕の技術を習うか盗むかして、アスガルドにも養蚕業を根付かせたい。
自前で産出し、他国へ輸出できるようになれば、ムスペルヘイムのアラビカ豆のように、ニブルヘイムの収益を減らせるし、わざわざ高い金を出してニブルヘイムの絹糸を買う必要もなくなる。
品質では負けるだろうが、高品質な品が欲しければ改めて買えばいい。
蚕自体は食料にも転用できるし。
ヒルデやエリザベスの反応を見ると、桑の木はあるみたいだ。
ニブルヘイムとの友好策とはまた別に、考えるべき課題だ。
そうこうしているうちに、日が暮れた。
宿場町に着いた。
また教会にやっかいになる。
魔族の女の子が一緒なためか、オレの愛する三人娘は常軌を逸した行動はなかった。
オレの隣にきて、しゃべって、キスしそうだったりしなかったりってとこ。
う〜、欲求不満になる〜。
いちゃつかなければいちゃつかないで、寂しかったり。
交替で見張りを立て、就寝。
見張りの交代は、エリザベス隊の兵士A、Bが時間差をつけて可能になる。
Aが早く寝て早く起き、Bは遅く寝て翌朝、普通に起きる。
どっちも睡眠時間が削られるので、かなり眠そうだったが、ローテーションを組んでいるので、連日見張りをすることはない。
二組目、三組目まで何事もなく、オレらは懐かしの辺境……エリック男爵の領地へ到着した。
派遣軍本隊は既に到着済みで、布陣を終えているところだった。
激戦になっているかと思ったが、意外に静かで、敵の動きも特に目立ったものがない。
やはり、味方が数で勝っており、魔王軍を国境まで押し返していた。
地形的には、広い野原を挟んで敵と対峙しているようだ。
フラットな地形なので、自然と数の多い方が勝つってな戦いになるよな。
……なんでこんな不利な戦いを続けるかな、魔王軍?
観察していると、
おや?
オレは気づいた。
国境付近の敵陣には、呑気にも炊事でもしてるのか、煙が多数立ち昇っている。
恐らくは釜戸の火なのだろう。
……おや、魔王軍らしからぬ不用心さだな?
釜戸の数で威圧してるってことか?
オレは首を傾げたが、まずは偉いさんたちに挨拶だ。
司令官ではないので、とりあえず様子見と。
「エリザベス、御使い殿も良く来られた」
ぶすっとした顔で出迎えたのは、派遣軍本隊を率いる司令官。
がっしりした体躯の男だった。
外見からは50歳程度か、そこはかとなく苦み走って頑固な軍人って感じ。
「ご無沙汰しております、キューブリック将軍」
エリザベスは慇懃に挨拶したが、
「挨拶はいい、早く部隊を配置させろや」
キューブリック将軍は、ぶっきらぼうだった。
……なんかこれでデフォルトな人格っぽい。キューブリック将軍。
オレらは挨拶もそこそこに参戦する運びになった。
「魔王の軍勢どもは一進一退を繰り返しておってな。
こちらが優勢になると、一旦はムスペルヘイムの国境まで退くが、深追いはしたくないのでそれ以上は攻めずにいるとまた越境して攻め込んでくる」
キューブリック将軍が渋面を作る。
休息を兼ねた会議中だった。
傍らには、エリック男爵など辺境の諸侯衆がそろっていた。
「のらりくらりですか、時間稼ぎですね」
オレが言うと、
「失礼だが、この御仁は?」
エリック男爵は首を傾げた。
相変わらず顔が濃い。
「天の御使い殿です」
バークレーが説明する。
「これはこれは、お噂はかねがね聞いとりますぞ…」
エリック男爵は驚きと不思議さが混じった顔で言った。
「以後、お見知り置きを」
オレは目礼。
「ですが、御使い殿は、女性だと伺ってましたがな」
別の諸侯、やっぱりヒゲ、が言った。
「噂などそんなもんです」
バークレーはさらりと切り返す。
「はあ、そんなもんかのぅ」
諸侯は煙に巻かれたような顔で、うなずいた。
「ともかく、魔王軍は時間稼ぎをしてますね。ニドヘグたちが石炭採掘所を攻撃するのを待ってるんでしょう」
オレが言うと、
「あ、そういうことね」
一同、納得って顔になった。
……大丈夫か、軍隊内部の報連相?
「そうと分かれば、本隊を投入して頂き一気に敵を叩き潰しましょう」
エリック男爵は拳を振り上げ、
「うむ」
キューブリック将軍は威厳のある返事。
みな、異論はなかった。
すぐに本隊が攻撃を開始した。
が、
「やられた!」
キューブリック将軍は、攻撃開始5分足らずで舌打ちしていた。
魔王軍陣営は、もぬけの殻だった。
おびただしい数の釜戸と、わずかな煮炊き用員だけ残して既に撤退していたのだった。しかも平民の非戦闘員。
釜戸の煙が上がってるので、つい、まだ居留しているものと思ってたのだが。
見事な逃げっぷりとしか言いようがない。
……うーん、さっきの違和感はコレだったのか。
今後は気をつけなければ。
「御使い殿、どうしたもんかのう?」
キューブリック将軍が、心配そうな顔で相談してくる。
敵を取り逃したってことが、処罰の対象にならないか考えてるんだろう。
実は小心者と見た。
「敵が逃げたのですから、こちらの勝利であることは紛れもない事実です。
ですから、ここは大々的に勝ち名乗りを上げて士気を高めておきましょう」
「なるほど、そうですな。いや、かたじけない」
キューブリック将軍は、うなずいてヴァルハラへ使いを出した。