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26

 その後、神殿の地下に行ってみた。

 薄暗い地下の通路にはかがり火が備え付けてあり、足元が見えるようになっている。

「カイ君ってば、女の子にはメッチャ甘いのよね」

 鐶が呆れたように言った。

「そういうな、こんなトイレもないところに押し込めておくのは可哀想だからな」

 実はあの後、尿瓶みたいなものとオマルみたいなもの、それから衝立を差し入れてはいた。

 衝立があれば見えないからな。

 排泄物は神殿で雇っている下働きのおばさんが回収して捨てる。

 そして肥料になる。

 ま、その辺の話はいい。

「よぅ」

 オレは牢の中の女の子を見た。

 女の子はオレに気づいて顔を上げたが、すぐにそっぽを向いた。

「なぜ、オレの命を狙った?」

「……」

 女の子は答えない。

 黒髪は艶がなく、パサついて来ている。

 顔色もよくない。

 元々小柄で痩せた感じの娘だったが、さらに痩せてきたようだ。

 ま、このまま居れば病気になって死ぬな。

「質問を変える。お前、魔族か?」

 オレは言った。

「……」

 きっ。

 女の子はオレを見た。

 オレは、この娘が気になる理由に気づいていた。

 ヒルデが話してくれた物語。

 その中のオレの前世。

 あの子の姿とこの娘の姿が重なったのだ。

「ふん」

 オレは続けた。

「オレは昔、魔物だった。だから強力な魔法が使える」

「……ッ」

 女の子の目が見開かれる。

 明らかに動揺している。

 オレが何を言わんとしているかが分からないのだろう。

「人に迫害されるのは辛い。でも、逆に人を攻撃すらば空しさしか残らない」

「……人間なんか、みんな死ねばいい」

 女の子は、言った。

 無機質な感じのする声だ。

 言葉を搾り出したって感じだった。

「人間を皆殺しにして、魔族の天下を作るってか、ちゃんちゃらおかしーぜ」

 オレは笑った。

「そもそもなあ、人間とか魔族とか分けて線引きすることが間違ってる」

「あなたには、分からない」

 女の子は、すっっと視線を外した。

「分かる」

 オレは断言した。

「……ッ」

 女の子は視線をオレに戻した。

「オレの前世だった魔物は、人間に殺された。その恨みがまだ心の中に残っている、それが力の源だ」

「……」

 女の子は憎悪の中にも不思議そうな表情を浮かべた。

「……はめようたってそうはいかないわ」

 でも、そう簡単には行かないもので、女の子は、冷静さを取り戻していた。

 うーむ。

 失敗。

 だが…

「だが、オレには同時に愛する人たちがいる。その人たちを守りたい。従って共存するのが最良の道だ」

「……」

 女の子は黙っている。

 こちらすら向いていなかった。

「分からなくてもいい。聞け」

 オレは続けた。

「魔王軍のやってることは間違いだ。いずれオレが止める」


 ******


 オレ自身、矛盾した存在だと思う。

 一方では魔王軍のやり方を認め、一方では魔王軍のやり方を非難している。

 共存とは言ってみたものの、結局、強いヤツが弱いヤツを食い物にするだけのことだ。

 弱肉強食、血で血を洗う闘争より何ぼかマシってとこだ。


「カイ君、まだ考えてるの?」

 鐶がオレをのぞき見た。

「うん」

 オレは何が出来るんだろう。

 王国守護職に就いて、敵を瓦解させるよう仕向け、アスガルド及びミッドガルドの糧とする。

 それはそれで必要なことだ。

 だが。

 だが、何かがすっきりしない。

 モヤモヤが心の中にある。

「ガラにもなく考えちゃってぇ」

 鐶が冗談っぽく言って、オレの側に来た。

 そして、


 ぴと。


 鐶がオレに寄り添い、体と体が密着した。

 柔らかな感触が気持ちいい。

 いや、ヘンな意味以外でも、ヘンな意味でも。(笑)

「あんまり根詰めないでね」

「うん」

「あの娘さあ」

「ん?」

「可哀想だよね」

「うん」

「それに比べたら、あたしたちって恵まれてるね」

「そうだな」

「戦争もないし、不自由のない生活だし。まあ、今はこの世界にいるけど」

「うん」

「だから、あたし、やっぱ上から目線で同情しちゃうのよね」

 鐶は困ったような表情を浮かべる。

「カイ君みたいに、同じかそれに近い立場で考えられないもん」

 罪悪感。

 何もない者に対して、すべて持ってる者が覚える感情。ある意味、正常な反応と言える。

「ようは手を差し伸べてやれるかだろ」

 オレは言った。

「上から目線だろうが何だろうが、そいつが必要とするものを与えてやる、それだけでいいんだ」

「そうなのかしらね、あたしにはよく分からないけど」

「ま、あんま深く考えるなよ」

 何だか最初の方の会話と逆転している。

「うん」

 鐶はうなずいて、


 ちゅっ


 軽くキスをしてきた。

「おっ…」

 オレは、一瞬びっくりしたが、

「じゃね」

 鐶はそそくさと出て行った。


 ありがとよ、鐶。

 オレを元気付けに来たのだろう。

 たまに黒いが、良い娘だ。


 絶対、手放さないもん!


 とかニヤけてると、

「カイ君、いい?」

 美紀が入ってきた。

 おお、オレの愛しのラブリー。

 なんだか良く分からないことを心の中で叫ぶ、オレ。

 やはり似たようなやりとりをした後、

『カイ、ちょっといいかしら?』

 今度はヒルデだった。

 うーん、ご馳走責め。


 いや、みんな、オレのものだ。

 絶対、手放さん。


 ******


「さっき、美紀ちゃんとヒルデちゃん、カイ君の部屋に入ってったよね?」

「鐶ちゃんとヒルデちゃん、カイ君の部屋に入ってったみたいだけど?」

『あんた、懲りないわねー。そういう軽率さだから……』

 でも、その後、個別にネチネチとイビられました。

 何ぼご馳走でも、食べ過ぎると腹痛を起こしますって見本。


 ぐえっ。


 ******


 で、アラビカ豆だが、

 金属加工技術を持つ司教は、パーコレーターの試作品を製作していた。

 ロースターはアスガルドで普通に使用されている小型のものを使用。

 ミルは小型のものを製作してもらった。

 ミルってのは、いうまでもなく挽き器のこと。

 宗太郎の話では、荒挽きで良いそうだった。

 ちなみにこの司教と建築技術を持つ司教は別人。

 金属加工技術を持つ司教は、フィルモア。

 建築技術をもつ司教は、アラン。

 鍛冶屋のフォルモア、大工のアランってとこか。

 いや、違うか。


 そして、大司教とジョージ13世に頼み込み、神殿と王宮のいくつかの職場に置いてもらうことになった。

 荒挽きされた粉末とパーコレーターをレンタルする形か。

 幸い、納屋にあった豆は劣化しておらず、ほとんどカビも生えていなかった。

 カビた部分は検品して取り除き、廃棄する。

 王宮出入りのマイヤー家お抱えの商人に、補給とか修理などのサービスを担当してもらった。

 オレらの世界で言う、モップとかマットのクリーニング業に近いかも。

 神殿の司教も、王宮の官も、最初は難色を示していたのだが、次第にそれを好む者が出始めてきた。

「この苦味がいいね、大人の味?」

「これ飲むと疲れが吹っ飛ぶんだよね」

 いろんな意見が出たが、まとめるとこの二つに集約された。

 同時に、アルブレヒトが王侯や貴族階級が集まる場所へ積極的に足を運び、無料で勧めていた。

 むろん苦味を嫌う者も大勢いるのだが、徐々に愛好者は増えた。

 俗に言うヘビーユーザーってヤツだ。


「大司教、ロンドヒル公爵との面会の場を設けてください」

 頃合や良しとばかり、オレは大司教に頼んだ。

「おう!? チャレンジャーだな、オメーッ」

 オレらのノリが大司教にも伝染してきたなー。

「まあ、いいさ。あの苦真っ黒い汁の件だろ?」

「偏見をお持ちですね。でも、あれは先行きのある商品ですよ」

「そうか」

 大司教はすぐに答えた。

「段取りつけるから、ちょっと待っとけ」

「よろしくお願いします」

 オレは一礼した。


 ロンドヒル公爵との面会はすぐに叶った。

 公爵はまだ領地に帰っていなかった。

 ぐずぐずとヴァルハラに残っており、ネチネチと穏健派を率いて派兵の撤回を求めていた。

 国会でいうと野党になるのだろうか。

 ま、国会っぽくていいが。

 王宮の一室を借りて面会を執り行った。

 こちらは、オレ、バークレー、鐶の3人。大司教はジョージ13世と打ち合わせ、エリザベスは派兵の準備で軍に顔出している。

 あちらは、公爵とその側近、護衛2人の4人。

「そなたがカイ殿か」

 ヒゲのダンディなオジサマが、意味ありげに言った。

 いうまでもなくロンドヒル公爵だ。

 意訳すると、『お前がオレ様の商売ぶっ潰してくれたヤツか?』ってとこか。

「お初にお目にかかります」

 オレが慇懃に挨拶すると、

「こちらこそ」

 同じく慇懃に礼を返す。

 ふむ。

 先んじて会話を始めてきたところを見ると、結構、能力のある人物のようだ。

 オレはてっきり、ドロッとした腐敗系の無能侯族をイメージしていたのだが…。

 アルブレヒトとの打ち合わせで、『人材』と表現したのはあながち間違いではなかったという事だな。

「して、今日の用向きはどのようなものかな?」

 ロンドヒル公爵は、にこやかな表情の中にも鋭い眼光。

「はい、お互い時間も惜しいところですし、単刀直入に言います」

 オレは、すぐ様用件に入った。

「ご周知の通り、ヨツンヘイムの新規石炭発掘を行いましたが、それにより公爵閣下の既成ルートに影響が出たこととお察しいたします」

「うむ、それで?」

「王国の将来のためとは言え、この度の公爵閣下への被害については、一言お詫び申し上げたく思っております」

 オレはぺこりと頭を下げた。

「どういう意味かな?」

 ロンドヒル公爵は、若干、警戒した様子だった。

 そりゃ、敵と目している人物が素直に謝ってきたのだから、疑ってかかって当然だろう。

 しかし、そこが付け入る隙となる。

「はい、実はアラビカ豆の仕入れについて考えておりまして、是非、公爵閣下のお力をお借りしたいのです」

「何、アラビカ豆だと?」

 ロンドヒル公爵は素っ頓狂な声を上げた。

「そう、ご存知の通り、ムスペルヘイムの特産の一つです」

 オレは平然と答える。

「むむぅ」

 ロンドヒル公爵は唸った。

 オレの奇襲を受け、今、公爵の頭脳はフル回転している事だろう。

 石炭の輸入に変わる商品が目の前にぶら下がっている。

 オレは素直に頭を下げ、また『王国のために』という注釈を付けていた。

 要約すると、


 王国のために不本意ながら仕方なくやったことであるが、


 それについては申し訳なく思っており、


 お詫びといっては何ですが、新たな商売をお任せしましょう。


 ということ。

 ここでヘソを曲げても、公爵にメリットはない。

 それどころか、下手に騒いだら『王国に逆らう逆賊』にされかねないというニュアンスを感じ取ったと思う。

 もちろん、そういう風に仕向けたんだけど。

 憤りで周りが見えなくなっていたのが敗因だ。

「うーむ」

 ロンドヒル公爵は、アゴをさすった。

 若干、冷静になってきたようだ。

「数量はいかほどかな?」

「まあ、ほんの手始めですので、あまり多くはありませんが、これから上流階級の方々に広まってゆくと思いますので、先行きは明るいでしょう」

 オレは濁した。

 ここで具体的なことをいう必要はない。

 ロンドヒル公爵も迂回して別の角度から切り崩したいだけなのだ。

 戦における波状攻撃と同じ理屈で、こちらの体勢を揺さぶるのが目的だ。

 と、その時、


「失礼いたします」


 王宮付きのメイドがパーコレーターと人数分のカップを運んできた。

 コーヒーの香りが、ふわっと部屋に溢れる。

「もしや、これがアラビカ豆の煮汁?」

 ロンドヒル公爵は、またもや不意打ちを食らって、しばし放心。

「ええ、大人の味だと思いませんか?」

 なんかちょっと萌える感じのメイドさんがコーヒーを注いで行き、部屋の中が、さながらコーヒーショップと化した。

「さ、召し上がってみてください」

 オレが勧めると、

「うむ」

 公爵はカップを取った。

 少しずつすすり込む。

「苦手な方のためにミルクと蜂蜜を用意してありますが?」

 ちなみに蜂蜜は砂糖のかわり。

 この世界では、砂糖より蜂蜜の方が普及している。

 取るの簡単だからかな?

「いや、大丈夫」

 ロンドヒル公爵は、声だけでオレを遮った。

「……悪くない」

「そうでしょう?」

 オレは、いたずらっぽく言った。

 デモンストレーションってのは意外な効果がある。

 心を動かされるとまでは行かなくとも、心の片隅に印象くらいは残っただろう。

 そして、それがぎりぎりの交渉をする時に効果を表す。

「王宮と神殿で、テスト的に置かせてもらってまして、評価はまずまずです」

 オレは言った。

「ですが、まあ、ここで公爵閣下が『うん』とおっしゃられなくても、それはいたし方ありません。無理強いはできませんからね」

 印象を強めておいて、ここで一回引くのが吉だ。

 ま、他にも話を持ち掛けるしね、ってなニュアンスをかもし出すのだ。

 もしかしたら、誰か他の有力者に取られてしまうかもしれない。

 そう思わせれば勝ちだ。

「……」

 ロンドヒル公爵は、カップを揺らして中のコーヒーが回っている様子に見入っていた。

 コーヒーを味わっているようで、その実、利益を計っているようである。

 オレの見立てでは、ロンドヒル公爵は反逆者ではない。

 単なる合理主義者だ。

 だから、自分の立場を危うくしたくはない。

 そして、己の利権を守れれば文句はない。

 『こしゃくな小娘め!』って感情は残るだろうが、それは仕方がない。…娘じゃないけど。

 言ってみれば、出会い方が悪かったのだ。

 世の中、案外そんなもんである。

「よかろう、その案に乗ろう」

「ありがとうございます」

 オレは満面の笑みを浮かべて、頭を下げた。

「だが、今日はそなたにしてやられてばかりで、面白くない」

 ロンドヒル公爵は、はっきりと言った。

 ……何だか、大人気ないぞ。

「だから、一つ、指摘してやろう」

「何でしょう?」

 オレは惚けた。

「酒税を引き上げて軍資金を少しでも捻出し、また酒造設備の販売に切り替えたのは構わぬ。魔王の軍勢が販売する酒に工作する機会を減らしたのだからな」

 ロンドヒル公爵は、構わず続けた。

「だが、これまで酒の販売にかかわっていた商人たち、それから酒造所を経営していた者たちは困るだろう。そこを魔王の軍勢につこけまれるかもしれぬので、気をつけられよ」

「なるほど」

 オレはうなずいた。

 ……それを忘れていたな。

「庶民の暮らしを立てるのも為政者の務めだ」

「はい、おっしゃるとおりです。ご指摘、ありがとうございました」

 オレは、今度は本当に心から頭を下げた。

「有意義な面会だった」

「お互いに」

 ロンドヒル公爵とオレは、なんだかそれっぽい会話を交わして、お開きになった。

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