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25

 来ました、アルブレヒトの使者。

 発見とのこと。

 きゃっほー。

 即、出発。

 伴っているのは鐶だけ。

 危険な旅になるかもしれないので、美紀もヒルデもお留守番。

 ヒルデはともかく、美紀をなだめるのに苦労した。

 で、使者君には悪いが、情報漏れがないよう、もう一度来た道を戻ってもらう。

 さあ、キビキビ歩け!

 ってな感じ。


 道中は何事もなく、ヨツンヘイムに着いた。

 ヨツンヘイムは荒涼とした丘が続く大地で、時折、遠くに農村らしき集落が見かけられる。

 街道筋を進んでいるので、どんな人々が住んでいるのかはよく見えなかった。

 道は、ほとんど舗装されていない。

 馬を連れてきたのは正解。

 アスガルドの舗装された道でも硬く感じて、ヒイコラしていたオレには歩けなさそう。

 そして昼過ぎに到着したのは、天幕?

 モンゴルですかここは?

 ってな感じのどでかいテントだった。

 なぜに?


「お待ちしていましたぞ、カイ殿!」

 テントの外で、アルブレヒトが待っていた。

「まずは、テントへ」

「そうですね」

 オレはうなずき、

「バークレーさんは?」

「ここでしゅよ」

 バークレーはテントの中から顔を出した。

 かなり酔ってるようだった。

 酒くさい。

「もしかして、宴席?」

「そーなんでしゅ〜」

 バークレーは、もはやキャラが崩れていた。

 中では談笑というか、叫び声みたいなのが聞こえてくるんだが、大丈夫なんだろうか?

 なんかケンカしてるようにも聞こえる。

「あのー」

「カイ殿は初めてでしたな。巨人族は酒好きでしてな、特に飲ませるのが…」

 アルブレヒトも飲んでる様子だった。

 うーん。

 どうなることやら。

 思って、テントに入ってゆくと、


 おおおーっ


 歓声が沸き起こった。

 アルブレヒトお抱えの商人と、質素な服装の背の高い男たちが円を作って座っていた。

 背の高いのが巨人族らしい。背丈は2メートル〜2メートル50センチぐらいか。背丈以外は人間と変わらない。

 地面には絨毯のようなものが敷かれており、申し訳程度に料理っぽいものがおいてある。

 つまみだな。

「いよおッ、別嬪さんのお越しだぞーっ」

 おう?

 おっさんどもが何か喚いている。

「こんにちは」

 オレが言うと、

「おおおっっ」

 また歓声が上がった。

 オレの声は、かき消される。

 引くなー、100メートルぐらい。

「皆さん、この方はカイ殿、我が国の偉大な魔法使いですぞ!」

 アルブレヒトが叫ぶ。

 そっか、この人の声がでかいのは、よくヨツンヘイムに来るからなんだ。

 納得。

 ホントは王国守護職なんだが、正直に言うと面倒だし、まいいか。

「どうぞ、よろしく」

 言ってみたものの、オレの声はまた歓声でかき消えた。

「そして、こちらは護衛役のタマキ殿」

 鐶はぺこりとお辞儀。

 また歓声が上がった。


「こちらが、ヨツンの族長の一人である『フレースベルグ』殿ですぞ!」

「わははは。良く来られた、アスガルドのお方」

 フレースベルグは屈託なく笑った。

 背丈も高く、がっしりしている。

 つるっぱげで、口の中に牙が見えた。

 悪く言うとがさつ。よく言うとフランクなんだろう。

「お初にお目にかかります。以後、お見知りおきを」

 挨拶をすると、

「ささ飲みなされ」

 フレースベルグは、器……それもデカイの……をオレに預けて酒を注いだ。

 いつも見ているアクアヴィットだ。

 味見以外であんまり飲んだことはないんだよね。

「い、いただきます」

「ぐーっといきなされ」

 一気飲みですかい。

 で、オレはとりあえず飲み干したのだが、


 かぁーっ


 酒は普段から全然飲まないためか、すぐに上気してきた。

 鐶は酒を断って、隅っこにちょこんと座っていた。

「ははー、なかなか飲めるな、姉ちゃん!」

「カイ殿ですぞ」

 アルブレヒトが言いながら、フレースベルグへ酒を注ぐ。

「わはははー」

 昼間っからどいつもこいつも酔っ払いだった。


 宴会は続き、しばらくすると、オレもほろ酔い加減になってきて、

「くらぁっ、テメーらッ、オレの酒が飲めねーってのかあっ」

 定番のセリフを叫びつつ、オレはガンガン巨人族の男たちに酒を注いでいた。

「おおー、威勢のいい姉ちゃんだぁ」

「それ、一気ッ、一気ッ」

 飲ませる。

 飲ませる。

 オレ自身も飲んだ。

 アルブレヒトも相手にガンガン酒を注ぎ、飲んだ。

 バークレーは既に潰れて、絨毯の上に転がっている。

「うっ…」

「ふげっ…」

 バタバタと巨人族の男たちは倒れていった。

「よもや、酒がのめねーとはいうまいね?」

「おお、何ぼでもこいや!」

 オレとフレースベルグはタメ口で語り合っていた。

「オレの酒は天下一品! 設備も一新! 世界一の酒だぁ!」

「いいねっ、その酒、持って来てくれよ」

「オーケー、オーケィ…オメーのためなら、何ぼでももってきてやらあ、それが酒に対する功徳ってもんよ、ひっく…」

 オレは酔って気が大きくなったのか、大風呂敷を広げ始める。

「そもそも、だなあ、キミらが自分で作るべきなんだよ、その設備を作ってあげよう。設備も、指導も、お手のもんだしよ、うっく…」

「いいねぇ、気に入ったぜ、お姉ちゃん!」

 フレースベルグも相当酔っていた。

「自分たちで技術を育てるのが、一番の発展への近道だ…分かるか、おっさん、ええ?」

「おおっ、そうだな、その通りだ!」

「今日が大丈夫だから、明日も大丈夫とは限らねーんだよ、何でもそうだけどよ、明日に向かって前進せにゃあ、分かるか、おっさん?」

「そうだ、オレもやるぜ!」

「おおっ」

「がははは」

 何だかメチャクチャになって、その後の記憶がぷっつりと消えた。


 ******


 いびきの音で目が覚めた。

 オレは絨毯の上に寝転んでいた。

 頭がガンガンする。

 隣にフレースベルグが寝転んでいた。

 いびきの主はこいつだ。

 アルブレヒトも転がっていた。

「……むー」

 オレは唸りつつ、テントの外へ出る。

「あら、起きたのね」

 鐶がいた。

 既にあたりは暗くなっており、夜風が気持ちいい。

「ごめん、なんか記憶がなくなってしまった」

「別にいいよ」

 鐶は景色を眺めている。

 空には星が瞬き始めていた。

「カイ君にはカイ君の職務があるしね」

「ごめん、かまってやれなくて」

 オレは済まなそうに言った。

「今日はもう動けないな。みんな酔いつぶれたしね」

「うん」

 鐶はうなずく。

「しっかし、すごいところねー、美紀ちゃんは来なくて正解だわ」

「うん」

 言葉が途切れる。

 ホントならラブシーンに突入したいところなのだが、


 ガサゴソ。


 テントの方で音がしたので、オレと鐶は思わず立ち位置をリセットしてしまう。

 出てきたのは、アルブレヒトだった。

「ここにおられましたか、カイ殿」

「ちょっと夜風に」

「しかし、カイ殿は酒が強いですな」

「いや、私も初めて知った…」

「左様ですか。ですが、フレースベルグ殿の機嫌が良くて助かりましたぞ」

 アルブレヒトはぽつんと言った。

「石炭の開発には、当初から乗り気ではなさそうでして」

「そうか」

 オレはうなずく。

「巨人族は自然を慈しむ種族でして、あまり必要以上に自然を壊すことを良しとしないのです」

 アルブレヒトは続けた。

「とりあえず、説得には応じて、バークレー殿に探知の術をかけさせくれるところまでは行ったのですが、最終的な判断はカイ殿が着てからということになりまして」

「え?」

 じゃあ、さっきのはオレの事を見てたってこと?

「はい、テストされとりましたな」

「ふーん、その結果はどうなんだろ?」

「カイ殿」


 ぬっそり。


 フレースベルグがテントから出てきた。

 2メートル50センチ以上のその体躯は、すげえ威圧感がある。

「ワシらは石炭の発掘には興味はない。だが、カイ殿の言わんとするところには興味がある」

「魔王軍ですね」

「うむ、ヤツらの進行速度はありえんぐらい速い。普通ではない」

 フレースベルグは言った。

 風の噂だろうか、情報はヨツンへイムにも届いているようだ。

「既にワシら一部族、ヨツン一国だけの問題じゃなくなってる」

「それは協力してもよいとの意味ですか?」

「うむ、石炭の発掘に何がしかの効果があると言うのなら、掘ってもいい」

「ありがとうございます」

 オレは慇懃に礼をした。

「石炭の発掘は、主に魔王軍の動きを抑えるため、そして、ヴァナヘイムの協力を取り付けるためなんです」

「……」

 フレースベルグは黙って聞いている。

「魔王軍の本拠地であるムスペルヘイムでは石炭が豊富に取れる」

「ちゅうことは石炭を武器にしとるってことかいの」

「そう、それを無効化するのが一つ。

 それから、資源の共同開発により、ミッドガルド、ヴァナヘイム、ヨツンヘイムが協力できる体制を作れば、経済が潤い魔王軍に対抗する力もついてきます」

「ふむ」

 フレースベルグは頭の回転が速かった。

「酒造設備を安価で提供してくれるのなら、考えてもいい」

「お安い御用です」

 オレはうなずいた。

「この地で小麦は取れますか?」

「若干だが植えている」

「では問題ありませんね。小麦がなければ別の原料用に設備を改造しなければなりませんから」

「よろしく頼む」

 フレースベルグは一礼した。

 上に立つ者は一味違う。


 翌朝、オレは巨人族に連れられて、バークレーが探知の術で探り当てた場所へきていた。

 小高い丘になっており、まばらではあるが結構、木が生えている。

 丘が途中から崖になっており、そこに石炭が埋まってるようだった。

「バークレーさん、石炭までの距離は分かりますか?」

 オレが訊ねると、

「地下に100メートってところですかね。そこが最端で、その奥は見渡す限り全部の地に埋まってますよ」

 バークレーは言った。

 ちなみに『メート』は、オレらの世界で言うメートル。

「じゃ、早速やるか」

 オレは拳を掌へ叩き付けた。

 この地形だと、山を切り崩してゆくのではなく、すり鉢上に地面を掘ってゆく形になるだろう。露天掘りっての?

 なら、直下100メートルなら、左右に45度の角度でクレーターを作る形でゆけばいいか。そうすると何メートルなんだ?

 ……ま、細かいことは良いや。

 悪い頭を使っても仕方ない。

 オレは、みんなを避難させた。

 できるだけ遠くへ行くように指示。

 そうしておいてから魔力を高めてゆく。


 怒り。


 それがオレの根源。


 ヒルデとの悲恋。


 人間に対する恨み。


 転じて、世の中の不正に対する怒り。


「うおおおっ」


 オレは咆えた。


 両腕が光を放ち始める。


 と、そのときだった。

 木の陰から、小柄な何者かが現れたのは。


 ******


 オレはとっさに身を伏せた。

 魔法は消えざるを得ない。

 精神集中と戦闘を両立できるほどオレの能力は高くない。

 そいつには、見覚えがあった。

 短剣が空を裂いて飛び、遠くの地面へ落ちる。

 覆面をしたヤツが、もう一つの短剣を持って切りかかってくる。

「カイ君!」

 鐶の叫びがした。

 避難させていただけに、今から走ってきても間に合うかどうか分からない。

 オレは身を伏せたまま、後ろへ手を伸ばした。


 来いっ。


 心の中で命じると、


 ふわり


 風が巻き起こり、短剣がオレの手の中へ飛び込んでくる。

 覆面が短剣を振りかざすが、オレはしゃがみつつ、そいつの足元へ切りかかっていた。


 ばっ


 覆面は、急遽切りかかるのを止め、跳躍。

 飛び越えてかわす。

 背後で着地する音。

 オレはくるりと振り向くが、

 動きの練度はあちらの方が高いと見え、既に短剣を振りかぶっていた。


 行け。


 オレは短剣を風に乗せて飛ばした。

 短剣は一直線に飛び、覆面の頭部を掠めた。

「うっ…」

 声を漏らし、覆面はのけぞる。

 そこへオレは突撃。

 体当たりを食らわせた。

 覆面はあまり体格のよい方ではなかった。

 背中から地面へ倒れこむ。

 オレは短剣を持つ手を握り、全力で短剣をもぎ取ろうとする。

 覆面は抵抗したが、


 どかっ


 オレが一瞬の隙をついて、覆面の脇腹を蹴ると、

「ぐっ…」

 唸って、短剣を放してしまった。

「動くな」

 オレは覆面の顔に短剣を突きつける。

 覆面は観念したようだった。


 ******


「いや、カイ殿は、お強いですなぁ」

 アルブレヒトはただ感心するだけだった。

「これは魔力のある武器ですね」

 バークレーが覆面の持っていた短剣を眺めて言った。

 …え、そうなの?

 それを聞いた、オレは背筋が寒くなる。

 どうせ切られても効かないと思っていたから、思いっきり戦えたのだ。

 それが、実は魔法の武器だったなんて。

 こえー。

 今度からは気をつけよう。

「カイ君、無事でよかった」

 鐶がオレに抱きつく。

『あれ?』

 みんな、変な顔をしてオレと鐶を眺めている。いや、女同士だってのを忘れていた。

「いや、あの、仲が良くて、私たち」

「そう、そうなのよ」

 おほほ。

 あはは。

 オレと鐶は笑ってごまかす。

「個人の性癖なんぞ、まあいいさ」

 フレースベルグが言った。

「ところで、カイ殿がしとめた獲物だ、カイ殿の好きにするがいい」

 あ、そういう思考回路なんだ。

 巨人族は、オレらの世界で言う、アメリカ・インディアンのような自然と共に暮らす部族に近い考えを持っているようだった。

「では、そうさせて頂こう」

 オレは言って、覆面を見る。

 覆面は後ろ手に縛られ、地面に座らされていた。

 みんな警戒して近づかない。

 他にどんなギミック持ってるか分かんねーし。

「風よ」

 オレがつぶやくと、突風が起こった。

「うっ」

 うめき声。覆面が引っぺがされた。

 どりどり。

 どんなヤツだ?

 見れば、年の頃はオレらと同じくらいか。

 浅黒い皮膚に黒髪の女の子だった。


 髪はショートで鐶よりは長め。

 ぼさぼさな感じ。

 小柄で痩せ気味。

 無表情というか無感情なタイプに見えた。


「即刻死刑にしてやるわ」

 鐶は憤っていた。

「いや、殺したら何にも情報が入んねーってば」

「……ダメよ、絶対に」

 鐶は喚き散らした。

「これ以上、ライバルを増やして溜まるもんですか!」

 あ、そういう思考回路ね。こいつ、バカだ。

「アホか、なんぼオレでも、敵とそんなことにはならねーよ」

「分かるもんですか!」

「おっひょーっ!?」

 鐶がオレの足を踏みつけ、オレはト○&ジェ○ーの○ムの如く、ぴょんぴょん飛び跳ねたのだった。


 ******


「とにかく、こいつは連行する」

 オレは決定事項を述べた。

 女の子はロープでぐるぐる巻きにされ、荷馬車へ転がされていた。

 自害しないよう、猿ぐつわを噛ますのも忘れない。

「半日間の辛抱だ」

 オレは言って、みんなを避難させた。

 今度こそ、魔法を叩き込んでやる。

 集中。

 地面にでっかい穴を開けてやるさ。

 まぶしいほどの光が両腕に集まってくる。


「風よ」


 ふわりとオレの体が浮いた。

 上空へ浮遊してから、


「おりゃああああっ」


 オレは一点に光を集中してぶつけた。

 高熱の爆風で地面を溶かしつつ、吹き飛ばす。


 どおおおおおん。


 轟音。

 もうもうとした土煙が立ちこめる。


 土煙が収まり、見事なクレーターが現れたのだった。

 ぶっつけ本番だったが、石炭には引火しなかった。


 そして発掘作業が開始された。

 巨人族は優秀な作業員だった。

 体力では人間の何倍も上を言っている。それらの人員が突貫作業をするのだから、瞬く間に足場が組み上げられ、掘り作業が進められた。

 そして、午後には石炭の塊が出てきた。


「では、みなさん、さようなら」

 オレは作業を巨人族とアルブレヒト商隊に任せ、急ぎアスガルドへ帰る。

 バークレーと刺客の女の子も一緒だ。

 夕方、アスガルドへ着くと、エリザベス宅へ行き、エリザベスを連れて神殿へ行く。

「おお、良くやった」

 大司教は、原炭の塊を見て喜んだ。

「まだ岩石と混ざった状態ですから、岩石と石炭を選り分けなくては」

「うん、そっちの方は任せる」

 大司教は早速、王宮へ出かけようとするが、

「ちょっと待ってください」

「他に何か?」

「刺客を捕らえました」

「任せた」

 大司教はさっさと出て行ってしまった。

 昼も夜もない。

 首脳陣って大変だな。

 多分、恋人とイチャつく暇もないだろう。

「……」

 一同、無言。

「カイ殿、一応地下に牢がありますよ」

 静寂を破ったのはバークレーだった。

「じゃ、ま、牢にでも入ってもらうか」

 オレは言って、ロープでぐるぐる巻きにされた女の子を見た。

「ほい」

 風を使って、女の子を宙に浮かし、運んでゆく。

「……ッ」

 女の子は何かもごもごと叫んでいたが、無視。

「ほれ、入っとけ」

 オレは牢を開け、女の子を放り投げた。


 どさ。


 硬い地面へ叩きつけられる。

 やはり風を使ってロープと猿ぐつわを解き、回収する。

「魔法ってすごい便利ね」

 鐶は驚いていた。

「でも、邪な目的には使わないようにね」

「す、するわけないだろッ」

 オレは、思わずそういう光景を浮かべてしまい、慌てて否定する。

「どーだか」

 なんか、鐶も段々ヒルデみたいになってくな。

 それはそれで嬉しいけど。

 個性は大事だ。

「さて、しばらくそこでおとなしくしてろ」

「……」

 刺客の女の子は、黙秘権を行使するつもりらしかった。

 自害するかもしれないが、それはそれでしかたない。

 ロープと猿ぐつわのままで牢に放り込んだら、何か目覚めが悪い。

 トイレもないしね。

 どうするんだろう?

「え、それは……」

 バークレーに聞いたら、口ごもってしまった。

「バカモン、トイレのある牢などない」

 エリザベスが答える。というか怒られた。なぜ?

「え、じゃあ…」

「そんなもん、垂れ流しだ」

 うげ。

 そっちの趣味はないですぜ、姉御。

 でも、可哀想だよな。

 敵とはいえ、そんな非人間的な扱いはしたくはない。

「あのね、カイ君、そんなことを気にする必要はないわよ。命を狙われたんだからね」

「そりゃ、そうだけど」

 オレは釈然としなかった。

 しょうがない。

 後で何か考えよう。


 ******


 大司教の報告を受け、ジョージ13世率いる主戦派は、舌戦の末、ロンドヒル公爵の率いる穏健派を押し切ることに成功した。

 派兵の準備が始まった。

 辺境の地とヴァナヘイムに、頻繁に使いが走るようになった。

 にわかに戦の気配が高まってきた。


 アルブレヒトは、建築技術を持つ司教とヨツンヘイムのフレースベルグのところへ赴いた。

 現地にあわせて調整する部分はなく、水の豊富な場所に建設することで決まった。

 それが酒造設備の販売第1号となり、急ピッチで建設された。

 販売権はアルブレヒトが買い取っており、オレらは技術開発費としてまとまったお金を得た。

 酒造販売そのものも軌道に乗ってきており、やはり味を追求したためか、評判は悪くない。

 ブランド確立までには至ってないが。

 それからすぐ、ヨツンヘイムでの酒造設備建設が噂になったのか、他にもアスガルドの酒造所から発注が来るようになった。


「ヨツンヘイム向けの酒の販売価格を引き上げることはできますか?」

 オレはアルブレヒトに訊ねる。

「暴利をむさぼれと?」

「いえ、酒造設備を広めるためです」

 オレは説明した。

「酒の値段が安ければ購入して済ますでしょうが、高くなればそれを買い続けるより自分で製造した方が割がいいと考えるのが人情です」

「しかし、理由がありませんぞ」

 アルブレヒトは抵抗があるようだった。

「酒税が上がったら?」

「それはいたし方ありませんが……まさか!」

「王宮に話をして酒税を引き上げるよう打診してあります」

 オレはさらりと言った。

「派兵の折、何かと資金が必要なので」

「しかし、それでは今後の酒の商売が縮小してしまいますぞ」

「酒はそうでしょうね」

「……他に何かを考えていると?」

「輸出は小麦、輸入はこれまでの泥炭に加え、石炭。小麦は王国で統制してるので、その代行権を信用のおける商人へ預け、限定販売をする」

「つまり国で必要な分以上に取れた、余剰分だけを販売するのですな?」

「そうです」

「うーむ」

 アルブレヒトは唸った。

 酒の商売が縮小しても、酒造設備を一通り設置するまでは問題なさそうだった。

 つまり商売そのものは続けられる。

 支払いは1年毎だが安定してもらい受ける事が出来るからだ。

 逆にあくせく顧客を開拓する必要がないので、安定した利益を得つつ、他の商売に手を伸ばすことが出来そうだった。

 それに決して商売自体はなくならないだろう。細々と続くだけだ。

「酒の売り先は、まあ他の国にも売れるよう開拓してゆきましょう」

「それしかないですな」

「その他に、アラビカ豆です」

「あの苦い豆ですか?」

 アルブレヒトは驚いた。

「あんなもの、どうする気で?」

「上流階級の方々に紹介して欲しいんです」

「私がですか?」

「そう、マイヤー家は名家ですからね、上流階級との人脈をお持ちでしょう」

「それは多少なりとはありますがね」

 アルブレヒトは釈然としていないようだった。

「こちらで工作して、アラビカ豆が上流階級間で流行するよう仕向けます」

「はあ」

 アルブレヒトは頭に『?』マークを浮かべている。

「それは如何なる考えによるのです?」

「簡単です。ムスペルヘイムからアラビカ豆を輸入するってことです」

「はあ…」

「考えてもみてください」

 オレは自信たっぷりに言った。

「我々はドラシールのロンドヒル公爵の利権を潰した。それに対して公爵が怒ってないはずがない。このままでは敵に回る恐れもある」

「しかし、それはいわゆる商売の常ですぞ」

「でも公爵が商売上がったりの状態な今こそ、そこに付け込まない手はない」

「それは…つまり……」

「アラビカ豆の産地はムスペルヘイムです。公爵のようにムスペルヘイムにパイプを持つ人を活かさないって事はない」

「……おっきょーッ」

 あ、壊れた。

 アルブレヒトは、ショックでなにやら口走った後、

「それはいい考えですなあ、公爵に恩を売ることが出来る」

「そう、それが利点の一つ」

「まだあるのですか?」

「ええ、アラビカ豆の栽培地です」

「え?」

「ムスペルヘイムだけにアラビカ豆を独占させておく事はありません」

 オレはにっこりと微笑んだ。


 ******


 つまり、公爵閣下には輸入の他、プランテーションをやってもらうのだ。

 そのためには、ムスペルヘイムのアラビカ豆の栽培法を盗み取ってもらうのが手っ取り早い。

 またヴァナヘイムと手を結ぶのが良いだろう。

 ヴァナヘイムはフルーツ……オレンジが特産と聞く。

 オレンジが栽培できるくらい暖かいのなら、もしかしたらアラビカ豆も栽培できるかもしれない。


 で、魔王軍の対策だが、

 まずは石炭策が崩されたので、


 ・緩衝地帯の兵力増強


 それから、ヨツンヘイムとミッドガルドの仲を裂きたいので、


 ・販売される酒に工作(毒とか)


 ってなところだろう。

 アラビカ豆についてはまだ情報が足りない。続けて情報収集するべきだな。


 対対策は、


 ・緩衝地帯の兵力増強 → 辺境の諸侯、ヴァナヘイムとの連携

 ・販売される酒に工作(毒とか) → 酒の販売を縮小、酒造設備そのものの販売へ切り替え


 ってなとこだな。

 緩衝地帯の交易が復活すれば、材木の輸出も元の状態へ戻る。

 ヴァナヘイムは魔王軍の攻撃を受けていたので、すぐには立て直せない。建て直しをしてる間に手を打つ。

 これで一通りの対対策は打った。


 その他にこちらからの攻撃として、


 ・アラビカ豆の輸入


 を開始。

 これによりミッドガルドの人材が敵に回るのを防ぎ、且つ恩を売る。

 上流階級に上手く定着すればいいが。


 ******


 ……あれだな、王宮内の激務な職場に一定期間無料で入れてもらうってのはどうかな?

 その程度なら大掛かりな設備はいらないし、サイフォンとかコーヒーメーカーを作ればそれで済むしな。


 オレは早速、技術職の司教を訪ねた。

 ガラス職人に発注し、アルコールランプを使って、望みのものを作れそうだった。

「あ、ろ紙がいるよ、それ」

 鐶の一言で、

「え?」

「なに?」

 オレと司祭は言葉を失った。

 鐶は、コーヒー党、しかも生豆派らしかった。

 ミッドガルドに、ろ紙がないとは言わない。

 でも、使い捨てに出来るほど安い物ではない。

「うーん」

 オレは悩んだ末、学校のみんなに聞いてみることにした。


 宿に戻り聞いてみると、

「そういや、オレ、知ってんだけどよ」

 ロン毛が言った。

「キャンプとかで、コーヒーが飲めるような仕組みのポットがあんだぜ」

「どんな仕組みだ?」

 オレは詰め寄った。

「そ、そこまでは知らん」

「そうか」

「確か、沸騰したお湯がコーヒーの粉にかかるようにする仕組みですよ」

 チビこと炉縁宗太郎が言った。

 おお、こいつに助けられるとは、世も末……いや、神様は見捨てなかった。

「なんかバカにされてるような気がするんですけど…」

 宗太郎はジト目でオレを見ながら、

「パーコレーターっていうんですけどね、ポットの中央に細い管があって、火に掛けるとお湯がその管を通って上部に行って、また下に落ちてを繰り返すんです」

「循環するんだな」

「はい」

「ろ紙は使わないのか?」

「全部金属ですよ。あ、蓋だけはガラスです。中の様子が見えなくなるので」

「サンキュー」

 オレはお礼もそこそこに神殿へ向かった。


 夕方になっていたが、そこは国事にかかわる連中のこと、家にも帰らず神殿にいる場合が多い。

 オレはすぐに司教と打ち合わせをした。

 仕組みが分かれば、後は製作と調整の繰り返しだ。

 すぐに打ち合わせは終わった。

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