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『……で、あたしは気づいたら、ここに居たの』
ヒルデは淡々と述べた。
てことは、ここは処刑場だったの?
「うっ……」
「うええ……か、悲しいよぅ」
鐶と美紀は泣き出していた。
「おお、よしよし」
オレも半分くらい涙ぐんでいたが、責任感からか、二人を抱き寄せてなだめた。
「ヒルデ、良く話してくれたな。辛かっただろうに」
『昔話よ』
ヒルデは気丈だった。
うっ。
でも、三人もいると手が足りん。
一番、慰めが欲しいのはヒルデだというのにっ。
「ガイぐん、あだじはいいがら、ビルデざんを慰めであげで」
「うん、ぞうよ」
鐶と美紀は泣きながら、オレをヒルデの方へ押しやった。
「よしよし、オレは戻ってきたからな」
オレはヒルデを抱きしめてやった。
『うん…』
ヒルデは最初こそ我慢していたが、堪えきれなくなっていった。
ヒルデはすすり泣いた。
オレは髪を撫で、なだめる。
しばらくはそうしていた。
******
「……あの」
「なによ?」
「なんだよ?」
『なに?』
オレの質問に、鐶、美紀、ヒルデの三人は言った。
いやね、みんなの気持ちはわかるんだけどね。
狭いベッドに4人も寝てるってのはどうかと思うんだけどね。
「いいじゃないの、たまには」
「ねー」
『そうよ、こんなに可愛い娘が3人もあんたの周りにはべってるなんて、ありえないでしょフツー?』
イエス、マダム。
確かにありえません、フツー。
いや、嬉しいんだが。
身動き取れません。
いちゃつくことすらできないの。
ぐっすし。
気がついたら、朝になってた。
ちぃ。
オレの情事がなくなってました。
ともあれ、3人と同じベッドで寝たのは最高記録!
……なんの記録だ?
「あれ?」
オレは目を疑った。
ヒルデさんが消えずにずっといらっしゃるんですけど?
……。
ふに。
オレはヒルデの頬をつついてみた。
肉体?
なぜ?
『おはよー』
目を覚ますと、ヒルデは微笑んだ。
それから恥ずかしそうに目を閉じ、顔を少し傾ける。
おお!?
これは伝説の『おはようのキス』ではないですか。
せがまれてる?
オレ、せがまれてるッ?
「おはよう」
オレは言う間も惜しんで、ヒルデに接近。
唇が触れるかどうかという距離で、はたと気づいた。
さっ
目だけで確認すると、
鐶も美紀も同じようにキスを待っていた。
うっ…。
オレ、どうしたらいいの?
「ねえ…」
「はやくぅ」
『して』
三人は同時にオレにせがんでいた。
ランクづけした途端に、待っているのは不幸な結末。
シーソーどころか、ダブルパンチを食らうじゃないか!
しかし、このまましないのはつまんないし。
オレはとにかくヒルデにキス。
そして、目を見開いて怒り出した鐶にキス。
さらに、殴りかかってきた美紀にキス。
ちなみにこの順番はオレに近い順なのでランクづけとは異なる。
……とか、やっぱできるわけなかった。
ムリッス。
現実は甘くない。
オレは、ヒルデにキスしようとした時点で、二人の攻撃を食らい、昇天したのだった。
******
『ああ、あんたの霊力(魔力)をガンガン吸ったからよ』
ヒルデは朝食まで食べていた。
そういえば聞いたことがある。
年月を経て、天地自然の気を吸収し、強大な力を得る存在。
確か、中国では『屍解仙』とかいったか。
蝉の抜け殻のような皮が残るんだったっけ?
元ネタ、○雀王。
いや、帝○物語かな。
中世西洋風ファンタジーにオリエンタルな物を持ち込んで申し訳ないが、オリエントにはそういう存在が語り継がれている。
西洋にも似たようなものはあるんじゃなかろうか。
近いのは某D&○の○ッチかも。でもあれは創作だしなぁ。
でもオレ、そんなに魔力吸われて大丈夫なのかな、この先魔法に頼らないといけないこともあるだろうし。ちょっと心配。
つーか、メシ食えるの?
霊なのに?
オレの思考は途中からそれてった。
でも、常識をひっくり返され、驚きを禁じえない。
疑問なのだが、例えば、朝食を食った後に、再び非実体化して消えると、食べた食物はべちゃりと地面に落ちちゃうのだろうか?
いや、そんなことを考えて逃避しているのには訳がある。
そうです、みんなの白い視線を浴びてるからです。
まただよ、とんでもなく手が早いのね、カイ君って。(女子)
ちっくしょー、カイのヤツだけ美味しい思いしやがって〜。(男子)
みんな口にはしないが、その表情がひしひしと伝わってきていた。
みんなが敵に回りそう、つーかオレが女の敵か?
一応、ヒルデのことはみんなに紹介しておいたのだが、
『前世で恋人だったヒルデです、今は幽霊やってます』
ってのがまずかったのか。
いや、どんな風に紹介したとしても、この状況は免れまい。
だったら早いうちに打ち明けた方がいいのだ。
ヒルデに壁抜けを披露してもらったりして、みんなを納得はさせたのだが……。
まあ、頭では分かっても感情があるからな、人間ってのは。
「カイだけ、3人も彼女がいるってのは納得いかん!」
始が憤っていた。
「オレにも、優雅なプリンセスとのラブラブな関係を! モテ期よ来たりて笛を吹け!!」
「ボクも〜」
マサオは憔悴しきっていた。
鐶にこっぴどくふられたのかもなぁ。
いい気味だが!
オレの女に手を出すヤツは地獄へ叩き込んでやるってな勢いだ。
「闇の魔族の少女、最初は敵だったけど、段々、冒険を通じて心が通い合うようになり、次第にラブラブな関係に!」
いや。死んでしまえ。
つーか、オレも欲しいッ!
ガスッ
オレの脇腹と足に重い衝撃が走った。悶絶。
「なんか今の表情ムカついたから、肘打ちしてみたわ」
「そうだね、あたしも足を踏んでみた」
鐶と美紀が言った。
キミら鋭いですね、女の勘?
「い、いやだなあ、そんな訳ないじゃん」
オレは内心の震えを隠しつつ、
「オレにはキミ等だけさ」
『ふーん、どの口がそういうのかしらねー?』
ヒルデがニタニタしている。
ぐっ。
例のオレの『死後、その後』ッテヤツデスカ?
オレはピキピキピキーンと固まった。
「ま、その話はおいおいね。オレも知らんけど」
『どうしよっかなー』
ヒルデは焦らした。
やめてくれよー。
オレ死にたくないよう。
絶対、他の娘とか出てくるんだよ。とっかえひっかえ。
いちゃいちゃしてんだよー。
つまり、オレは『お前はもう死んでいる』状態だ。
「で、でもさー、ヒルデはなんでオレがあの子だと分かったわけ?」
オレはさりげなく話題を変えようと試みる。
みんな一瞬、
ちっ
って顔をしたが、オレが拝むように、すがるように、彼女たちを見つめていると『仕方ないわね』ってな雰囲気になった。
やった、助かった。
情けねーけど、彼女らの方がオレより上位だ。最近、特に。
『魔力よ』
ヒルデは言った。
『幽霊になってから、急に魔力に敏感になったの』
「そうなんだ」
オレは合いの手。
『うん、一目でカイ君があの子だって分かった。雰囲気もそのままだし』
「ふん。ムカつくけど、いい話ね」
「ねえ。いい話だけど、ムカつく」
鐶と美紀。
どっちの並びがいいのか。微妙。
「でも不思議ね、カイ君がこの世界へ戻ってきて、しかもヒルデちゃんのところへ戻ってくるなんて」
鐶は言った。
いつの間にか『さん』から『ちゃん』に変化してる。
オレが『ちゃん』付けするとイヤがるのに、なぜ?
いや、そんなことより、乙女たちの間に何かがあったんだろうか?
抗争?
傍で見てると、徐々に順列がつきつつあるような気がする。
やっぱ負い目が物を言うのか、ヒルデが鐶と美紀より上になりつつある感じだ。
『縁ね』
ヒルデは難しいことを言った。
『縁』って、これまた仏教っぽいなあ。うーん、オリエンタル。
『人はみんな、見えない縁によって導かれているのよ。鐶ちゃんも、美紀ちゃんもそう』
ヒルデは、やっぱ人生経験においては、オレらより遙かに大人だった。
オレらはしばし、シーンとしてしまった。
『あ、辛気臭くなっちゃったね。ごめん』
******
オレらはどうなりたいか。
オレは、その続きを考えていた。
……。
北方の開発が急務だろう。
これ以上、派兵を遅らせ、ヴァナヘイムを待たせてしまうと不利になる一方だ。
何とか、短時間で新たな石炭の産地を開発することができないだろうか。
ヨツンヘイムにとっても新たな資源は利益になる。
何といっても埋まっている場所はあちらなのだ。
ミッドガルドとヴァナヘイムの技術を総動員して炭鉱を開設し、それを他より安く優先的に流してもらう。
その比率は、どちらがどんだけ入れ込んだかで最初にびっっちり取り決めておく。
永久にとはいかないだろうが、現在のヨツンヘイムの支配者が在籍しているうちは可能だろう。10〜50年単位ってとこか。
石炭が手に入れば、ロンドヒル公爵は発言力を失う。
議会の意見は主戦派に傾く。
公爵には恨まれるだろうが、それは仕方ない。
オレは考えてるうちに閃いた。
まず、スピード。
次に、魔力。
具体案は大司教に聞いてもらおう。
******
オレは神殿に赴いた。
既に何かの役職には就いているようだが、就任式などは後回し。派兵の如何で会議中だからな。
「王国守護職だ」
大司教は言った。
「お前は国の守護を担当する」
「それって、広範囲すぎますね」
オレは苦笑。
「いいだろ、オメーの裁量で何でも好きなように動かせるってこった」
「それも面白いかもしれませんね」
オレはうなずいて、今しがた生まれたばかりの考えを話した。
・北方の石炭埋蔵場所を探す
・石炭を掘る
「……危険だな」
大司教は難しい顔をする。
当然だろうな。
魔王軍が何を仕掛けてくるか分からない。
こちらのスピードが上がれば、あちらも素早く対処せざるを得ないのだ。
「そうですが、リスクを恐れては何も出来ませんよ」
「オメーの身に何かあったら、ミッドガルドはヤバくなるかもしれん。いや、なる」
大司教は断言した。
「……」
オレは答えない。
「既に、オメーの策に従って国が動き出しているんだ。そこでその張本人が討ち死にしてみろ、各所で動き出したもんが噛み合わなくなって終いだ」
縁起でもない事をさらっという爺さんだ。
だが、それは物事を真剣に考えている証拠だ。
だいぶ打ち解けてきたしね。
「今のままでも、どの道、魔王軍に体力を削り取られてジリ貧ですよ」
オレは力説した。
「私はこの前、刺客に狙われました」
「そうだったな…」
大司教は苦しそうに唸る。
今はエリザベスの兵士たちに警備をしてもらっているので、まず同じことは起こらないだろうけど。
ちなみに兵士たちには毎日、アクアヴィットとブブイを提供している。
ブブイは自分で購入できるようになっている。ルートはエリザベスのものだが。
兵士たちをねぎらう意味もあるし、それを受ければ兵士たちも自然、頑張らざるを得ない。
商売による効用が大きい。
エリザベスも怒ると怖いので兵士は真面目だった。
いや、話を戻そう。
「あの時は、刺客を放とうと判断したスピードと実行力の高さに驚いたものですが、今回はそれを真似ようと思います」
実戦には、敵の真似をしてはならないというルールはない。文字通り何でもありだ。
「……電撃策か」
「恐らく、魔王軍は経験上、私が熟考型の発想をすると思っているでしょう。実際、今までの策は、長期もしくは中期スパンを見据えた物ばかりで、少なくとも短期スパンのものはありません」
「そうだな」
「そこを突いて、短時間のうちに石炭を発掘するのです」
兵は詭道なり、だ。
敵の盲点を突いて叩く。
「だが、どうやって?」
大司教は疑問を露わにした。
確かにそうだ。
常識的な人間なら、具体的な方法を聞く。
「魔法を使います」
オレは平然と言った。
「なっ…」
大司教も今度ばかりは絶句した。
普通ならそんな発想はしない。
人間の魔力には限界がある。どんなに頑張っても、労働者を大勢雇って採掘した方が何百倍も効率がいい。つまり無駄もいいところだ。
しかも炎系や電気系などの加熱型魔法は石炭を燃やしてしまう危険性をはらんでいる。
火薬の上にある邪魔な蓋を爆弾で吹き飛ばしてしまおうと言ってるようなもんだから、奇策を通り越して危策だ。
だから、いいのだ。
誰もそんなことはすると思わない。
オレにはゴブリンの軍隊を葬った無差別殺戮級魔法がある。
あれを広範囲でなく、一点に集中して連続で地面へ打ち込めば、かなり掘れるのではないかと思う。
どうにかして、石炭の層ぎりぎりまでで掘るのをやめなければならないのが問題だが。
ま、やってみなければ分からんってこと。
「司教様たちの中に探知の魔法に長けた方は?」
オレは返事を待たずに続ける。
「それなら私がやりましょう」
傍らにいた司教が言った。
「……バークレー」
大司教はやはり難しい顔。
「わたしは実際にカイ殿の魔法を見ています。恐らくそれに賭けるしかないかと」
「分かった」
大司教は、結局は折れた。
「だが、失敗は許されん。頼んだぞ」
「はい。具体的な方法はエリザベスさんに相談してみます」
オレは一礼した。
大司教は答えず、『はよ行け』と手振りをしただけだった。
その足で、エリザベス宅へ行く。
「む…」
エリザベスは最初こそ難色を示したが、やはりオレの魔法を直接見ているためか、
「それしかないか」
と、うなずいた。
「だが、段取りはどうつける?」
「アクアヴィットを買ってくれているお客さんを訪問するってことでいいでしょう。お客さんの要望を聞きに行くのは商売上、ごく自然な事ですからね」
「そのついでに調査してくるってことか」
エリザベスは察しがいい。
「全部で2回に分けて行動します」
オレは説明した。
「1回目は場所の特定。2回目は発掘。それ以上動くと魔王軍が何か仕掛けてくるでしょう」
「では、最初の訪問で、わたしも参加すればいいですか?」
バークレーがにこやかに言う。
「頼みます」
オレはぺこりとお辞儀した。
「いやー」
バークレーは照れた。人がいい。
……ふふふ、付け込む隙が一杯あるぜ。
って、オレは悪人か。
善人とも言いがたいけど。
「アルブレヒト殿には何と説明する?」
エリザベスはふと気づいたように言った。
「普通に石炭の産地について聞けばいいでしょう」
オレは即答。
「それ、機密事項では?」
「アルブレヒトさんに言わないのは不自然です。
彼が魔王軍に通じているという訳ではないんですが、魔王軍はどの道、何らかの方法で機密事項を入手しているはずです。そう考えて行動すべきです。
逆に入手した情報通りに我々が動いてないとすると、怪しまれることになる」
「ふーん、そうか」
「それにアルブレヒトさんに秘密を打ち明ければ、仲間意識ができて仕事をしやすくなりますしね」
「秘密をばらしたりはしないかな?」
「そういう商売をしている人なら、既に周りからけちょんけちょんにされてるでしょうね」
「大丈夫ということだな」
エリザベスはうなずいた。
で、マイヤー宅。
「という訳で、石炭の新規開発が急務なのです」
オレは説明した。
「……」
アルブレヒトは緊張で顔色が悪くなっていた。
国の機密を聞いてしまったということは、もう後戻りできないということ。
断ったら、秘密裏に始末される。
とことん協力して、そこから利益を得るしか道はない。
「分かった、やろうではないか」
「そう言ってもらえると思ってました」
オレは白々しくも言った。
言わせるよう仕向けたんだけどね。ぐはは。
「それで?」
アルブレヒトが先を促す。
「はい、バークレーさんを商隊に入れてください。ヨツンヘイムのお客さんのご機嫌伺いをするとともに、石炭の話を持ちかけます」
「となると、支配者クラスの客に会わんとな」
アルブレヒトは、突然降って沸いた話に頭を悩ませている。
「そう、それをお願いしたかったんですよ」
オレはにっこり笑顔で言った。
「石炭の探知はバークレーさんがやりますので、場所を特定してから帰国してください」
「では、今回は私が出向こう」
「助かります」
オレは頭を下げた。
「いや、頭を上げてくだされ、守護職殿」
アルブレヒトは慌てて言うが、
本心では、まんざらでもないはずだ。
にやり。
オレは腹の底で黒い笑みを漏らす。
……おや、やっぱ、黒いキャラの方があうのかもな、オレ。
前世、魔物だし。
冗談だけど。
「それより、行って戻ってくるのは効率が悪い、我らは戻らずに使いの者を出すゆえ、間をおかず出立されよ」
アルブレヒトは提案してきた。
確かにそうだな。
「分かりました、ご使者の到着をお待ちしてます」
オレはそう言って締めくくった。
すぐに商隊を組織し、アルブレヒトとバークレーは旅立った。
といってもヨツンヘイムは意外に近い。行き帰りで1日の距離だ。
調査にどれだけ時間がかかるかが問題だな。
すぐに見つかればいいけど。
*****
その間に新たな酒造所を見に行った。
エリザベスは所属の軍に顔を出すと言ってたので別行動。
酒造所は試運転を開始しており、特にこれといって問題はない様子だ。
割雄が現場を動かしていた。
なかなかの成長振りだ。
頼もしいぞ、オレは。
この分なら新設備の販売も上手く行くだろう。
プラント販売ってヤツかね。
「先輩、来てたんですか」
「おう、様子見にな」
懸念事項を話し合う。
「原料の小麦が心配ですね、そもそも売りものにならない等級の小麦なんで、異物とか腐れが多いんです。異物は目に付くのは手で取り除いてますけど、腐れが多いと味に影響してきます」
「そうか」
選別機なんてないからな。
「篩い網で代用するってのは?」
「手作業だと手間がかかりますね」
「じゃあ、手選別工程を設けようか」
そんなところで手を打つ。
腐れを取り除くとそれだけ歩留まりが減る、つまり使える分が減るので損になるのだが、他の酒造所と差別化をはかるには、やはり味を向上すべきなのだ。
ブランドの確立が目的だからな。
次は小麦の栽培に着手しよう。
農場経営ってやつね。
国とのパイプを利用するのがいいだろうな。
神殿に戻り、大司教に報告。
それに他の暖めていた案を言ってみる。
「アラビカ豆の加工設備を造りたいのですが」
「アラビカ豆だとッ?」
大司教は素っ頓狂な声を上げた。
「…あの苦い汁のことか?」
「そうです。あれは確かに苦いですが、一時的に疲れを癒し、精神を向上させるのに役立ちます。我々の世界では一大産業となっております」
「面白そうだな、やってみろや」
大司教は言った。
「でも、ワシに飲ますなよ?」
おいおい。
すぐに金属加工技術を持つ司教と話をする。
でもコーヒーを淹れるやり方がよく分からんので、まとまらなかった。
まずは試作品を作ってみようかね。
「学校の図書館にないかな?」
帰途、鐶が言った。
「コーヒーの本か?」
「うん」
「じゃあ、やっぱり派兵して緩衝地帯を取り戻すのが先決だな」
「あ、そうだよね。何か、複雑に絡み合っていて堂々巡りみたい」
「それらを一つ一つ吟味して、紐解いてゆくのがオレらの仕事だ」
「それ、カイ君にしかできないよ、多分」
鐶は珍しく、オレを褒めていた。
「鐶…」
オレは鐶を背後から抱きすくめた。
「きゃっ…」
馬が止まる。
周囲には誰もいない。
「あ…こんなとこで……」
と言いつつも、抵抗はない。振り向き様に顔を上げて待っている。
オレは軽くキスをして、
「ありがとな。鐶がいるから頑張れる」
「うん」
鐶は頬を染めて、うなずいたのだが、
「…美紀ちゃんともこんなことした?」
「なっ」
「…ヒルデちゃんともしたりした?」
「にっ」
オレは途端に硬直。
「い、いや、今日はないぞ」
「昨日はあるんだ?」
「ぐ…」
「なんてね、あの娘たちより一歩リードしたから許してあげる」
鐶は上機嫌だった。
ほっ…助かった。
******
宿に戻って、早速ヒルデに会う。
みんなと一緒に家事をしたり、刺繍をしたりしていたみたいだ。
やっぱ女の子だなあ。
ちなみに美紀は食事当番。厨房にいる。後で会いに行かないとな。死亡フラグが立ってしまうので。
『おかえり、早かったね』
「ただいま」
何だか夫婦の会話みたいだ。
それも一夫多妻制のな。
「帰ってそうそうで悪いけど、アラビカ豆ってどうやって煮汁を絞ってたか分かるか?」
『え? 大分昔のことだから』
ヒルデは言った。
ま、忘れても仕方ないか。
『ごめんね、お父様なら知ってるんだろうけど…』
あ、そうか。
商人なら知ってるかもな。
って、アルブレヒトは旅先か。
「いいよ、気にしないで。それから、アラビカ豆の産地って…」
『ムスペルヘイムが主産地だよ』
やっぱりな。
となると、次のターンはアラビカ豆だな。
幸い、ミッドガルドでは需要がないから、魔王軍はそれを絡めた策は打って来れないだろうけど。
だからこそ、こちらが先手を打つことができる。
ま、もう少し機が熟すのを待つか。
予知能力。
オレは、前にエリザベスが言っていたことを思い出していた。
魔王は先の大司教が命を賭して(そして実際に亡くなった)『お告げ』に匹敵する予知能力を持っていると言っていた。
だが、いくら強大な魔力でも本当にそんなことがありえるのだろうか。
もし本当なら、既に天下統一はなっているような気がする。
てことは、常に情報収集を怠らず、読みが鋭く深いってことのような気がする。
実績を作ってゆくことで、次第に流言が出始め、『予知能力がある』ってなことになったのではないか。
とは言うものの、本当の意味での魔法的な予知能力は持っててもおかしくはない。
ただ、そう頻繁には使えないのではないだろうか。
ポイント、ポイントでの使用が本当のトコじゃなかろうか?
で、何が言いたいかというと、
「鐶ちゃんと何もなかったでしょうねぇッ?」
オレは美紀の嫉妬の眼差しを食らってる最中だった。
「てゆーか、ヒルデちゃんとさっき庭で会ってたけど、何もなかったでしょうねぇッッ?」
予知能力でこういうのを防ぎたいなー。
ぎゃふん。