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 翌日。

 ヴァルハラに向かいました。

 例の如く、


 ・オレ

 ・鐶

 ・エリザベス

 ・バークレー


 の4人で行きました。

 大司教は既に宮殿にて待っていた。

 控え室としてあてがわれたような部屋にいましたよ、このフランク爺さん。

 宮殿は思ったより、公人の出入りがある。

 基本的に日本の城とは異なるようだ。

 いや、日本でもあるな。

 雰囲気はテレビ局とか多目的ホールに近いんでないだろうか。

 宮殿の中では、様々な行事が催されている。

 説明会っぽかったり、

 演説っぽかったり、

 王族が暮らす場所というより、人々が集まって話し合う場所と考えればいいのかもしれない。

 でも、オレらは私的に王に会うだけだけど。

 謁見ってヤツ?


「お、来たな」

 フランク爺さんは、オレらを見た途端、顔をほころばせた。

「おはようございます」

「挨拶なんざいい」

「はあ」

 困った人だ。

 これじゃ敵も多いだろう。

「この前の案は、どの程度まで進んだ? まさかその先に進んでませんとは言わせんからな」

 大司教は言った。

 すげえなこの爺さん。

 大司教の地位にはなるべくしてなったんだろうな。

 ちなみに大司教は、国政上はアドバイザーだ。

 オレらの世界の聖職者と同じく、行事の司会進行、儀式の執り行いなんかを一手に引き受けている。

「はい、先の二つの案を比較したら、魔王軍が対策を打ってくるのは間違いなく緩衝地帯の方です」

「だな」

「我々に派兵をさせないよう謀略を使ってくるはずですね」

「うっ…」

 大司教はうめいた。

「そうか、やはりそうなるか」

「ミッドガルドは石炭が採れないそうですね?」

「うむ、ムスペルヘイムの石炭を輸入している」

 大司教の頭脳はフル回転している様子だった。

「ドラシールの公爵か」

「はい」

 オレはうなずいた。

「どうりで、やけに和平にこだわると思ったぜ」

 あ…、やっぱそうなんだ。

 オレは思わず心の中で苦笑。

「それを打開する対対策としては、新たな石炭の産地開発がよいかと思います」

「だが、他に産地はないぞ」

「なければ発掘することにしましょう」

 オレは言った。

 それも意味ありげに。

 簡単に言えば、これは魔王の一手を引き出すための方便だ。

 本当に発掘できればそれで良し。

 発掘できなくても敵を焦らせれば、何かしでかしてくるはず。

 それを叩くのだ。

「燻りだしだな」

 大司教は納得したようだった。

「派兵は?」

「もちろん同時進行で進めます。だから敵は焦らざるを得ない」

 水平展開というヤツだ。

 水平展開する時はそれぞれの策が互いに良い効果を発揮しうる状態にしなければならない。

「敵も兵を増強するだろうな」

「そうですね。でも、そっちの対処は簡単です」

 オレは事も無げに言ってみせる。

「魔王軍が投入できる数量には限りがありますからね。対するこちらは緩衝地帯の諸侯たちに働きかけます。諸侯も交易が復活するなら協力を惜しまないでしょう」

「数の上ではトントンじゃねえか?」

 大司教は不安げだが、

「ヴァナヘイムをお忘れでは?」

「そうか、うむ。そうだな」

「ヴァナヘイムも交易が再開できれば喜びますよ」

「いや、それだけじゃあ弱いな。ヴァナヘイムのヤツらはそれしか交易地を持っていないわけじゃない」

「ですね」

 オレは一旦言葉を切る。

「ところで、ヴァナヘイムが飛びつく美味しい餌はありませんか?」

「なんだよ、そっから考えるのかよ」

 ムチャいうな、爺さん。

 オレの情報は有限だっつーの。

「ま、そうだな、ヴァナヘイムに限ったことじゃねーが、国が喜ぶのは土地だけだな。金になるか軍事上重要な地点か」

「そんな土地をくれてやる訳ないですよね?」

 オレはジト目で大司教を見る。

 ライバルに塩を送れば美談だが、それじゃ天下は取れない。

 いや、天下取らなくても負けなければいいんだけど。

「ならどうするんだい?」

 大司教は意地悪そうにオレを見た。

 また面白がってるな。

 オレはしばし思考。

 ヴァナヘイムを釣る餌か。

「石炭でしょうね」

 オレは言った。

「共同開発して利権を分け合う。これなら土地を割譲する必要はありません」

「てことは外地かよ」

 大司教は驚きを隠せなかった。

「しかし、オメーも強引だな。ムリヤリ自分の策にワシらを乗せやがった」

「でも理想的ですよ」

 オレはにっこり微笑む。

「だな」

 大司教も微笑んだ。

 絵的にはまるで爺さんと孫娘(性転換中)のようだ。


 ここまで駆け足で話したので、鐶、エリザベス、バークレーはまったく付いて来れずにいた。

 侍従の司教たちも同様。

 みんなぽかんと顔を見合わせている。

「えーと、大司教様」

 司祭の一人が言った。

「分かった、今行く」

 王室から、そろそろ入れとの指示が来たのだろう。

「いくぞ」

 盗賊の親分みたいな雰囲気で大司教は言った。


 オレらは議事堂のような広いホールへ通された。

 普段はここで国政が語られているんだろう。

 机が並べられ、関係者が集まっている。

 でも単なる謁見なので、人数は少なく閑散としていた。

 護衛の数も少ない。

 奥の壁を背にして、豪華な台座が用意されており、そこにヒゲのおっさんが座っている。

 この人がジョージ13世か。

 豪華な服装にマント姿。

 顔付きはそれほど厳つくはない。

 どちらかと言えば、なよっとして見えるかな。

「王よ、ダグにございます」

 大司教は慇懃に跪き、礼を取った。ダグって名前らしい。

 オレらも同じように跪く。

 練習済み。

「よい、顔を上げよ」

 ヒゲのおっさんは、面倒くさそうに手を上げる。毎日やってるからかもな。

「天の御使いの領導リーダーをお連れしました」

「ほう」

 ヒゲのおっさんがオレを見て、目を輝かせる。

 ……女好きだな、このオヤジ。

 嘗め回すような視線が気持ち悪いが、ここはぐっと我慢だ。

 ま、美人のオレが罪作りなのかもな。

 なんて自惚れてみたり。

「世はジョージ13世・フィリップ・ヴォーダンだ。そちの名はなんと申す?」

「カイと申します」

 オレは答えた。

「そっちの娘は?」

「カイ殿の護衛を努める者にございます」

 大司教がフォローする。

「天の御使いが本当にいたとはな。世はてっきり先の大司教殿が乱心召されたのかと思うておったぞ」

 ははは。

 乾いた笑いが、周囲から上がる。

「ここなるエリザベスが事の真偽を確かめるため辺境の地へ赴き、魔王の軍勢を見事打ち破りカイ殿らを連れ帰ったのです」

「そうか。ご苦労であった」

「は、ありがたき幸せに存じます」

 エリザベスは深々と頭を垂れる。

 でもジョージ13世の表情が、

 ……あれ? こいつ女だったの?

 って今、気づいたみたいなのが笑える。

 いや、笑っちゃいけないが。

「カイ殿には、アスガルドに着かれ休息する間も惜しみ、国事について話し合いました」

「して、どうなのだ?」

 ジョージ13世は身を乗り出してきた。

 国を運営する長なんだから、当然だ。

 この反応を見る限り、無能ではない。

 ただ大司教ほど才能に溢れていないだけだ。

「まず、アクアヴィットと小麦をもって北方を手なずけるべきです。そして、辺境の地より魔王の軍勢を打ち払わねばなりません」

 オレは、できるだけハキハキと答えた。

 ジョージ13世が、

『元気の良い娘っこだな、オイ』

 っていう印象を抱けば、それで十分今回の目的を果たしたことになる。

 不思議なもんで、そういう印象を与えておくと後々話が通ってゆきやすくなる。

 人が人を見る時は印象8割ってことだ。

 話す内容は、あらかじめ大司教より伝えてあるし、今回は面接みたいなもんだ。

「加えて、新たな石炭の産地開発が必要でしょう」

 オレが新たな案を付け加えると、

「ふむ、それは世も考えておった」

 ジョージ13世は意外なことに同調した。

 あれ?

 ただの面接からずれてきたみたいですよ。

「それはそれは、すばらしき先見の明ですな」

 大司教が言う。

 べた褒めだった。

「そう、褒めるでない」

 ジョージ13世はにんまりしつつ続ける。

「具体的にはどの地を選んでおる?」

「それは……私はまだこちらに降り立って日が浅いため、あまり情勢に詳しくありません。

 ですが、恐らくは北方諸国のうちのどれかに未発掘の埋蔵量があるのではないかと思います」

 オレらの世界でも、寒い地域の発掘は遅れがちだしね。

 問題は、その寒冷地を開発するための機械設備がないことかなぁ。

「むむ…世と同じことを考えておるとはな」

「そうでしたか、王もそのような事を考えておいでだったとは、このダグ、脱帽にございます」

「いや、発想の転換よ」

 ジョージ13世は得意げだった。

 褒め殺しに弱いんですね、つまり。

「ダグ大司教よ。この案件、任せても?」

「もちろんにございます」

 大司教は請け負った。


 オレらは退出。

 大司教は複雑な顔。

 謁見が成功して嬉しい反面、新たな課題を押し付けられて頭を悩ませているっぽい。

「ま、この後の議会の結果如何にもよるだろうが、オメーは実質的な国の舵取りをする職に就かされるだろう。って言っても王宮に入るわけじゃないがな」

「受け入れ先は神殿でいいんですよね?」

「天の御使いだろう?」

 大司教は言った。

「ワシと相談して戦略や方策を練る。だがそれを聞いて決めるのは首脳たちだ」

「アドバイザーってことですね」

「だな」

 大司教はうなずいた。

 オレらの世界で言うと、経営コンサルタントか。

 軍師は既にいて、それをさらにサポートするって職務だな。

 当面は大司教の相談に乗るのが良いかもね。

 その一方で、アクアヴィットなどの事業は進めておく。

 小麦の栽培。

 石炭の発掘。

 まだ課題は残っている。


 ******


 予想していたことだが、大司教とジョージ13世は、謁見の後すぐにロンドヒル公爵との折衝に入った。

 各地の諸侯貴族を招集し、臨時会議を開いて、国事について話し合う。

 アスガルドはジョージ13世の元に一つにまとまっているが、地方の諸侯は主戦派と和平を求める穏健派に真っ二つに割れていた。


 オレらはデイヴ叔父さんの酒造所で製造したアクアヴィットをマイヤー氏に販売。少なからず現金を得た。

 もちろんデイヴ叔父さんにも相応の金額を受け取ってもらった。

 授業料もあるし、これからも技術者として指導してもらわないとな。

 泥炭の輸入も順調。これもマイヤー氏に紹介してもらった売り先へ収める。

 実質的には、名義だけもらってマイヤー商隊に代行してもらう。手間賃だけ払ってな。

 なので、酒と泥炭には困らない身分になった。


 神殿の司教たちは酒造所の新設備建設に取り掛かっていた。

 建築技術を持つ司教は、オレとの打ち合わせを経て設計図を製作した。

 オレが考えたのは、


 ・芽出しのための水槽

 ・発芽を止めるための乾燥釜

 ・発酵のための水槽


 を設置すること。

 それから各設備を、


 工程:原料小麦→芽出→乾 燥→裁 断→煮出し→発  酵→蒸 留→樽詰め→熟 成

 設備:原料倉庫→水槽→乾燥釜→裁断台→煮出し/発酵槽→蒸留釜→樽詰台→製品庫


 というように、工程毎に分離して組みなおした。

 煮出しと発酵以外は、工程:設備=1:1の関係。

 作業工程に交錯するところがないようにした。蒸留工程のように繰り返しはあるけどな。


 芽出しのための水槽は、樽よりも作業性を上げるため。

 金属の底の浅い籠(網状)を作って、それを重ねてゆき、水槽へ入れ込む。

 レンガと漆喰で水槽を製作し、給水槽と排水管を取り付け、楽に給水、排水ができるようにした。

 給水槽は水槽のすぐ脇にあり、芽出し水槽よりも高い位置へ設置。といっても高すぎると水を入れられないので、床を高くした。

 そこへ樽に汲んだ水を開ける。コックが付いており、それを捻ると位置エネルギーが得られるので、自然と芽出し水槽へ給水される。

 排水管にもコックがついていて、それを捻れば自然に低い位置へ水が流れ、排水溝へ流す仕組みだ。


 元来は一つの釜で、『湯通し→裁断→煮出し』と三つの工程をこなしていたのだが、作業が停滞し次の工程に進めないことが多々あったので、それぞれを分離することで作業がスムーズに進むようにした。

 大きな変更点は、発芽を止めるために使っていた設備を『湯通し釜』から『乾燥釜』へ置き換えたことだろう。

 水をあまり使わないよう済ませたいのだった。

 これからどんな土地に新設備を建設するか分からない。

 もしかすると水が豊富でない場所かもしれないのだ。


 乾燥釜は、籠のまま突っ込むことができるようオーブンのような感じにした。オーブンにしてはかなり大きいが。

 むろんこれも作業性を高めるためだ。

 釜戸は、乾燥釜に限らず、すべて泥炭を燃やすように工夫した。

 これで燃料代が大分浮く。

 また、それによって泥炭の持つ香りが自然に小麦原料に付くことになり、酒の味わいが増していた。

 俗に言う『嬉しい誤算』というヤツだ。


 発酵槽は金属製の水槽にした。

 やはり高い位置に発酵槽を設置した。

 床を高くして、籠はロープと滑車を組み合わせてドブ漬けする方式を採用。

 芽出し水槽と異なるのは、給水槽が釜になっていること。給湯釜だな。

 釜煮したお湯を発酵槽へ入れ込み、刻んだ小麦はやはり籠に乗っけて漬け込んで煮液(糖液)を取り出す。

 煮液は、そのまま冷やして発酵させる。

 発酵させた煮液は排水管から樽に取り、蒸留釜へ投入する。

 煮液を取った後のカスは、一箇所に回収して後で飼料用として袋詰めする。これも売れる。

 空になった籠は、またラインの最初へ戻して使う。ラインに沿ってぐるぐる回してゆく仕組みだ。

 パイロット版の設備なので発酵槽は一つだが、今後は作業場の大きさ如何では2ラインにしてもいいかもしれない。


 蒸留釜は元来のものと同じ。


 建設完了したら試運転を重ね、マイヤー氏などの商売人に見てもらおう。

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