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大好きな星座占い見てるのに、あなたがいない。ねえどこ?ねえね、

作者: quiet




「君の家でやってる占い番組は変わってるね」


 と結月(ゆづき)くんは言った。


「そう?」


 私がとぼけてみると、バスタブいっぱいに淹れた紅茶が震えた。


「うん、変わってる」


 結月くんの目線の先には、私じゃなくてテレビ番組が映っていて、そのテレビ番組の中にはとっても綺麗なお姉さんが映っていた。

 どうか天罰が下りますように、と祈ると残念ながら神様は私の味方じゃなかったみたいで、あちらこちらで真っ青な静電気が弾けて、タイムマシンみたいに未来が消えた。


 占いお姉さんは今日も五百七十三万三千七百八十二人の口を使って百三十八億六千九百五十二万三千四百十七の星座の今日の運勢を読み上げている。


「多いよね」結月くんは言った。

「人類の数より多い」「なんで?」


 私に訊いてるのに、目線はずっと占いお姉さんに釘付けだった。

 それが悔しくて黙っていたら、勝手に占いお姉さんが結月くんの質問に答えてしまった。ガッデム、余計なことをしないでよ。


「私たちの星座占い技術は、未完成です」

「いずれはすべての生命体に」

「すべての有機物に」

「すべての化合物に」

「すべての物質に」

「星座が結び付けられ、すべてが占われることでしょう」


「ラプラスとか」

 結月くんが訊くと、

「占いです」

 と、にっこり笑った。


「君の家でやってる星座番組は」

 結月くんが私を見た。

「変わってるね。君は何座?」


「星座占い座」

「なるほどね」


 結月くんは頷いて、


「僕は何座かな」

 どうせ好き座とか恋人座とか、美し座とか素敵座とか、そんなものだわ、と思いながら私は質問用紙に必要事項を記入して、春を告げに来た燕に手渡した。


「あなたは」

 それが届いて、占いお姉さんが言う。


「人間座」

「え」

 結月くんはとても嫌そうな顔をした。私だって、お前は人間だなんて言われるのは嫌だ。いや、人間じゃなくて人間座なんだけど。


「冗談です」

 お姉さんは人差し指を立てて、ウインクをした。

 たぶん惑わし座とか、そういう人なんだと思う。


「本当はね」

「地球座です」


「あれ?」

 私は謎に思う。

「新作?」


「ええ」

 お姉さんは頷く。

「冬の新作よ」


「地球座か」

 結月くんはちょっと考え込んで、

「結構いいかも」


 私は本当に納得がいっていた。

 道理でなあと思っていた。


 私はずっとずっとずっとずっとずっとずっと結月くんが好きで好きで好きで好きで好きで好きで星座占いを見たり自分でもやってみようと星を眺めていたりしたんだけど、どうしても二人の相性とかこれからの未来とか愛とか恋とかmyとかwhyとかわからなくてsighとかしてたわけだ。


 地球座なら納得がいきました。

 地球から地球のsignは見えません。右手で右手首がつかめないみたいに。


「じゃあ占えないね」


 私が言う。結月くんも頷く。気が合った。もう運命みたいなものだと思った。


 だけどお姉さんはちっちっち、と指を振る。

「舐めてもらっちゃ困りますね、お嬢ちゃん」「見えないものに手を伸ばすのが占いってやつです」「今回は、ちょっとばっかしの工夫で足りますけど」


 お姉さんは月の写真を見せてくれた。

 ぱっちりお目々が輝いて、じっと地球を見つめてるやつ。


「あ」

「気付きました? こうして月の瞳に映った地球を見てみれば、ちゃんと地球座の占いもできるようになってるんですよ」


 結月くんが訊いた。


「じゃあ、今日の運勢は?」

「素敵な出会いの予感です!」


 衝撃発言を残して、占いお姉さんは仕事に戻ってしまった。


「素敵な出会い、か……」


 結月くんがまんざらでもなさそうにそう呟いた。


 もう今日一日は首輪をつけて飼っておくしかないや。私はロープを探してリビング中の家電を引っ繰り返して置いたりしている。


「あれ、そういえば君の今日の運勢は?」


 その途中で結月くんがそんなことを言って、そういえばそうだわ、と思い出した。

 朝から結月くんといられる喜びに、そんなことも忘れておったのです。


「訊いてみる?」


 結月くんが言ったけど、私はその必要はないわ、と答えた。

 星座占い座ですもの。

 実を言うと自分の運勢くらいは自分で占えるようになっちゃってたりもするのです。


 というわけで私は結月くんの頭をつかんだ。


「わっ」


 と驚くのを押さえながら、


「こっち見て」


 と。


 月の瞳で地球を占えるなら、誰かの瞳でも自分を占えるはずだと気付いた私はまあまあ天才の部類に属していて、特に星座占い座は星座占いしてるのを見ながら星座占いができるからもうパーフェクトって考えてると、その結果が『素敵な出会いの予感』とわかって。


 向こうが瞳を閉じたので、相性占いも終えたことにした気になって、黙ってキスしました。




*




 朝に私を起こすのはテレビの音でもコーヒーの匂いでもなくなって、それでも生活は続いているってこと。

 どこかで感じたことのあるこの気持ちは、ふと気付くとあの、高校を卒業してから大学に入るまでの、あの短い期間に似ているように思えた。


 卒業。


 と言い換えれば幾分気持ちも楽になってくるかもしれない。


 卒業っていうのはいい言葉だ。良かったことも、悪かったことも、そういう言葉で装飾すれば、なんだか人生で必要だったことに見えてくる。

 不必要に幸せになって、不必要に傷つきました、なんて言い方はあんまりだ。たとえそれが、本当のことだったとしても。


 人一人が消えた部屋からは、一人分の体温が消えている。

 だから私はその温度をコーヒーを淹れて埋める。そうしたら一人分の冷たさがカーテンの裏側に引っ込んで行って、代わりに二人分の寂しさが顔を見せる。


 時刻は六時を告げる。


 出社の時間が迫る。

 出家の時間も迫る。いや別に、尼になりますってわけじゃなくて、単に家を出る時間が。


 生活リズム、変えようかな、なんて。もう洗面台で、順番待ったりしなくていいし。

 持て余した時間を溜息を吐きながら過ごすうちに、思ったりする。


 テレビからは、私の知らない場所で起こった犯罪とか、知らないところで決まった国の方針とか、それから世界の行方とか。


 私に実感のないことばかりが、熱心に放送されていた。


 やうやう眠くなりゆく夢際。

 瞼が重くなっていくのを感じて、もう着替えちゃおうかな、とか考えながら。


 大好きな、星座占いを待っていた。


 動物占いとか、血液型占いとか。

 昔流行って、よくやって。今は信じてないけれど。


 未だに星座占いだけは、見てしまう。


 何の変哲もない日々の中、占いを見て、勝手に期待したり、勝手にがっかりしたり。

 何も変わらなかった一日なのに、今日はよかった、今日は悪かった、そんなこと感じようとしてみたり。


 そういうのが、好きだった。

 変わってしまった生活の中で、また変わりない日々を送ろうとする私に、変わらないものがあるとしたら、きっとこれで。


 あんまり変わらないものだから、三位の牡羊座が見えた後、まだ自分が座ったままの理由がわからなかった。


 あなたの、こと。

 まだ隣に、いるつもりで。


 馬鹿だな、私。って。

 笑ったらまた、ずっと寂しくなって。


 伏せられているのは、一位と最下位。


「かに座が最下位ならいいな」


 するりと出た言葉が、朝焼けみたいに自然な景色だったから。


 もう少しだけ、あなたとの思い出に浸りながら。


 宙ぶらりんの私は、少しずつ元気になっていこうと思います。




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