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異変


 晶子と一緒に家を出た。


「その人形まさか学校まで持って行くつもりか」


 晶子は右手にカバンを、左手には有名なゆるキャラの人形を持っている。


「当然よ。この子はわたしの眷属ファミリアなのだから。一連托生よ」

「『怪物熊モンくま』がか?」

「やめてッ!」

 晶子はぶんぶんと激しく左右に首を振る。またかよ。

「そんな世俗まみれの名を口にしないで。この子が――『黒龍牙ブラックファング』が穢れるわ」

「そうか」もう何も言うまい。


 僕はしばらく黙っていたが、晶子の方はせわしなかった。

 ときどき呼ばれたように空を見上げたり、側頭部の辺りを押さえて「もう、もたないの……?」とつぶやいたり、日陰から出るたびに「不快な太陽ね……」と舌打ちしていた。


 やがて駅に到着した。晶子とはここで別々になる。

 ICカードを取り出して改札を抜けようとするが、なぜか晶子が立ち止まる。


「どうした」

「わたしとしたことが、とんだ失態だわ。キィを忘れてしまうなんて」

「鍵?」

「このわたしの魔力をもってしても、さすがに鍵なしでゲートをくぐるのは、少々骨が折れるでしょうね……、フフッ、しくじったわ」


 晶子は肩をすくめて冷笑を浮かべている。


「どうする。カネ貸そうか」

「大丈夫よ、お兄様。ここはわたしが食い止めるから、先に進んで頂戴」


 言うと思った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 格好をつける晶子には強引に電車賃を渡しておいた。


 通学路から列車の中、そして学校に来てからも、この奇妙な、どこか芝居がかった雰囲気はそのままだった。老若男女、誰もがおかしい。


 教師も、


「さて生徒諸君、伝えたいことが二つある。良い報せと悪い報せ、どちらから先に聞きたい?」


 クラス委員長も、


「起立、礼、着席――の前に、〝信念〟というものを挿入することを提案します。それぞれが持つ魂の決意を、立ち姿で表明するのです。いかがでしょうか。決して奇抜である必要はありません。剣士の極致たる宮本武蔵の立ち姿は、一見隙だらけに見える〝脱力〟したものでした。それはスポーツ科学の見地からも理にかなったものであり――」つまりジョジョ立ちがしたいということだろうか。


 クラスメイトも、


「始まるな……、第一の関門が。天地開闢以来、連綿と受け継がれてきたわれらが神々の国の唯一言語。それを習得することによって、神代から遠く離れ、血の薄まった我々のような凡俗にも、神話を紐解く示唆が与えられる。なあ、素晴らしいことだとは思わないか。こいつはただの紙の束じゃない。神の国への道を示すバイブル、悠久のときを超えるタイムマシン、あるいは真理を書き記したアカシックレコード」後半横文字ばかりなのは息切れしたのだろうか。


 クラスメイトも、


「ボクはね、時々わからなくなることがあるんだ。何って? この現状だよ。同い年の男女が3ダースも放り込まれたこの狭い教室せかいの中で、前へ倣えで板書を書き写してばかりの日々に、なんの意味があるのかってね。ああ、わかっているよ。でもね、将来のためだ、なんて紋切り型の返事は、キミの口からは聞きたくない。キミにふさわしい、キミだけの言葉で、ボクが納得できる回答を示しておくれよ。キミにならきっと、それができるはずだよ。買いかぶりすぎだって? そんなことはないよ。これは単なるボクの勘なのだけれど。出会ったときから、キミはきっと〝そこ〟へ辿り着ける人間だと感じていたんだ」断っておくけれど僕はいっさい合いの手を入れていない。すべてこいつの自問自答だ。


 クラスメイトも、


「やっぱり東野カナよりレッドツェッペリンだよねー」「わかるー」「会いたくて震える前に天国への階段をあがるよねー」「アガるよねー、超アガるー」


 言葉だけではない。仕草もおかしい。

 窓際の列の生徒は全員が頬杖をついて窓の外を物憂げに眺めていた。ときどきため息をついて、小さく首を振ったりしていた。授業じゃ教えてくれない大切な何かを探し求める詩人のような横顔だった。旅に出たい、とか言い出しそうだった。


 格好も奇抜だ。

 左目に眼帯をつけた生徒が複数人いた。彼らは互いをけん制し合っていた。


『早まるな。|一般人であふれかえった教室こんなところで始めるつもりか?』『劣等種が何匹くたばろうと知ったことか』『わたくしはどちらでも構わないのですが。一張羅が血で汚れることだけは御免被りたいわ』『では我が固有空間――閉ざされし理想郷(ホワイトガーデン)にご案内しよう。時間の流れが異なるゆえ、多少、派手に騒いだところで問題は無い』『おもしれぇ。なら試してみるか? オレの漆黒永劫輪舞ブラックロンド・アイオーンに耐えらえるかどうかを』誰もが小声だった。恥ずかしいならやめりゃいいのに。


 昼休みまでをこんなに長く感じるのは初めてだった。まるで神様が僕の時計にだけ悪戯を施したんじゃないかと、馬鹿なことを疑ってしまうほどに。

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