九十七話 探索と宿
街の探索を続けるライ、リヤン、キュリテの三人は多くの魔族が通っている道を歩いていた。
「……ここら辺は魚や野菜が売っている店が多いな……。まあ、だからどうしたって話だが……。取り敢えず此処に売っているのはこんな風な食料とかか」
ライは辺りの店を見渡し、そこに売っている物を確認している。
その店に居る店員は客を呼び込む為に大きな声で道行く魔族に話し掛けていた。
「よっ! そこの兄ちゃん姉ちゃん! 新鮮なの揃ってるよ!」
「オイオイ! こっちの店に来な! こっちの方が新鮮だよォ!!」
そしてその呼び込みの矛先はライ、リヤン、キュリテの三人に向く。
ライとリヤンは良いとして、別の街に居る幹部の側近であるキュリテを知らない筈が無いだろうが、それでも売るという姿勢を変えないのは好感が持てるものだ。
「お、おー。生きているうちにはいつか寄るよー」
ライは愛想笑いを浮かべ、断るように手を振り、早足でそこを去る。
それからライは直ぐに前を向き、ふうと息を吐いた。
「アハハ。やっぱりこの街は全体的に明るいねぇ。私は好きな感じだけど、リヤンちゃんはどう?」
「え? 私……?」
そんなライを見て笑みを浮かべるキュリテは、唐突にリヤンへ話し掛ける。その言葉に対し、思わず素っ頓狂な声が漏れたリヤンは自分に指差して聞き返す。
「当たり前だよー。リヤンちゃんに聞いているんだもん♪ ……こう言ったら失礼かもしれないけど、リヤンちゃんって他人と関わろうとしないからねー。折角可愛い顔しているのに勿体無いなー……なんてね?」
「え……そ、そんな事……」
そんなリヤンに愛嬌のある顔でキュリテは言った。
リヤンは元々森で生活していた為、他人と関わり合いがほぼ無い。普通の者と話す事は出来るが、本当に心から話せるのはライたちくらいだろう。
「ハハ、確かにもう少し前に出るのも良いかもな。……まあ、世界を見て回れば必然的に性格も変わるかもしれないさ」
「そうかな……?」
そんなキュリテとリヤンの会話を聞いていたライは悪戯っぽい笑顔で言う。
そんな事を話しているうちに一際大きな建物へ辿り着いたライ、リヤン、キュリテの三人。
「此処は……? ……あ、看板に書いてあった……えーと……"呉服屋"……かぁ……。見たところモバーレズと会った店のように色々売っている雑貨屋とは違った……服だけ売っている服屋みたいなものだな」
その店の看板に書かれていた文字は"呉服屋"。
人通りが多く、服だけの店にも拘わらずこれ程の大きさの店を建てる事が出来たという事は、ここの店はそれなりに繁盛している店だという事が分かる。
「うん、中々良い店だ。"シャハル・カラズ"の着物だけじゃなく、普通の人間や魔族が着るような服も売っている。レイたちと合流したらこの店に寄るのが良さそうだな」
その建物を見上げるように見ているライは、街を一通り見て回ったあとこの店に寄ろうかと考える。
「リヤンとキュリテはどうだ? この店に寄るってのは?」
寄ろうかと考えたが、自分だけの意見で行動する訳にもいかず、同じくこの建物を眺めているリヤンとキュリテにライは問う。
「うん、良いかもしれないね♪ 私は賛成かな? 今まで見たところで言えばこの建物が一番大きいもん♪」
「うん……。私も賛成……。何だか楽しそう……」
キュリテとリヤンはライの言葉に返す。二人ともライの意見に賛成してくれた。
これならば後はレイたちが賛成してくれれば新たな服を購入する事が出来るだろう。
「良し、じゃあ後は適当に見て回ったあとレイ、エマ、フォンセと合流するか」
「さんせーい!」
「うん……。賛成……」
こうしてライたちは最後に街並みを眺める事にした。後は宿屋を探しているレイたちを待つのみになったのだ。
*****
「お、此処は宿っぽいぞ? まあ、少し不気味な外見だが……」
「……宿……これが?」
「……うーむ……少し違う気もするな……」
一方のエマ、レイ、フォンセ。その中でエマが何かを見つけて立ち止まり、本人は宿っぽいと言う。
だがしかし、それは中々の大きさを誇った建物であるが、そのボロボロの外見に"恐怖""お化け"と書かれた看板は、とてもじゃないが宿のようには見えなかった。
「違うのか? いやいや、恐らくこの街ではこのような建物が流行っているんだ。……多分」
訝しげな表情をして小首を傾げるレイとフォンセ。その言葉を軽く流したエマは、一応確かめる為に建物に近付いていく。
「いらっしゃいませェ……」
その宿? からは白装束を着け、青い化粧を施した元気の無い職員が迎え出てくる。
「一つ聞きたい、此処は宿か?」
「……へ?」
エマは宿だと思っている様子だが、レイとフォンセが違うかもしれないというのでその職員に聞いた。
職員は素に戻り、ポカンとした表情だが直ぐに気を取り直してエマへ言葉を綴る。
「あ、いや……此処は宿では無く、見世物小屋の一つで……"薮"と言います。一見は普通の民家ですが内装は違うもので……。私のような見た目の者がいらっしゃります。そしてお客様を驚かせ……暴力は禁止で……」
エマに尋ねられ、ポカンとしつつもこの建物について説明する職員。
見世物小屋とは文字通り何かを見せてくれる小屋だろう。何はともあれ、どうやら此処は宿じゃなさそうである。
「そうか、悪かった。……ふむ……驚かせる……か。……少し待っててくれ」
「あ、はい」
詫びを述べたエマは少し考え、レイたちの元へ向かう。
職員は待つも何も此処で働いている為、終わるまで動く事が出来ない。
そんな職員を後にしたエマは、レイたちへ自分の考えを述べる。
「なあ、レイ、フォンセ。この場所に入ってみないか?」
「「……え?」」
それはこの建物に入るという事。
エマは見た目相応の笑みを浮かべて悪戯っぽく言った。
エマから出た唐突な言葉にレイとフォンセは同時に声を上げ、エマは笑みを消さずそんな二人に言葉を続ける。
「どうやら見世物小屋の一種らしくてな。中々面白そうだから入ってみようと言う事だ。宿探しの前に少しくらい気を休めても良かろう」
「えぇ……。……どうする?」
「……ふむ……」
レイは困惑の苦笑を浮かべてフォンセへ問う。フォンセは少し考え、笑みを浮かべてエマの言葉に返した。
「ふふ、ああ、確かにそれは中々面白そうだな……。どうせ宿を見つけたら直ぐに合流しなくてはならない。……なら、少しくらい道草を食っても良いじゃないか……」
了承するフォンセは面白そうだからとの事。
確かに宿を見つけたら直ぐに合流するので、暇潰しをするのもありかもしれない。
「えーと……」
乗り気の二人を前に自分はどうするべきか考えるレイだが、
「まあまあ、レイもたまには息抜きをしようじゃないか」
「ああそうだ。種族的に一番息抜きが必要なのはレイなんだから」
「え、ちょ……あわわ……」
エマとフォンセに両腕を掴まれて拉致された。
抵抗しようとするが、人間の平均女性より能力が高いだけのレイはヴァンパイアのエマと魔族のフォンセから抜け出す事が出来る訳も無く、成す術なく連れ去られる。
「ここの入場料はどこで払えば良い?」
そして再び職員の前に戻ったエマは入場料が必要だろうと職員に尋ねた。
「あ、それは……」
そして諸々の説明を受けたあと、レイ、エマ、フォンセの三人は見世物小屋──もといお化け屋敷に入って行くのであった。
「ふむ。辺りを薄暗くして目を利きにくくし、生暖かい風やあまり気にならない程度の音を放つ事によってその者の不安を煽り、周りには偽物の血液を塗りたくって恰も何かがあったかのように見せる……。ふふ、確かに臆病者なら怖がりそうだな」
お化け屋敷に入ったエマは内装を眺め、その造りを観察していた。
元々ヴァンパイアのエマは闇でも目が利く為、普通の者が恐怖を感じる造りを見ても何も思わない様子だ。
「これは……ふむ。確かに人間とかは怖がる造りだが……夜が本番の幻獣・魔物や魔族は怖がらなそうだ。……いや、この国の魔族は昼間に活動する事が多いから怖がるのか……?」
フォンセも恐怖というモノをあまり感じない為、あまり怖そうじゃない。
しかし丁寧に施されている飾りなどを興味深そうに眺めていた。この手の物が中々お目に掛かれないので惹かれているのだろう。
「うぅ……興味ないなら帰っても良いんじゃない……?」
そして、人間のレイはやはりこういったモノが苦手らしく、エマとフォンセの間に隠れて様子を窺っていた。
「ふふ……スケルトンやネクロマンサーの霊は大丈夫だったのにも拘わらず、こういう作り物は駄目なのか……。意外だな……」
そんなレイを見て軽く笑うエマ。レイはスケルトンのような死して尚生き続けるモノやネクロマンサーが繰り出した霊を見た時は何も思っていなかった筈だ。なのに作り物を怖がっているのが可笑しかったのだろう。
「そ、それは……襲われても実体があるから攻撃し返せるし……此処は襲われる心配が無いけど驚かせる事だけに集中している筈だから……その……」
つまり、レイは自らの手で倒せるなら良いが無抵抗に驚かされるだけなのは嫌だと言う事。
暗闇の奥に何がいるか分からないのに驚かされるのがレイの恐怖を煽っているのだろう。
「ふむ……そう言う事か……」
それを聞いたエマはニヤリと笑い、レイの腕を引く。
「なら、克服しようじゃないか……」
「えぇ……!?」
そしてそのまま前へ進んだ。
抵抗虚しくズルズルと引かれるレイは困惑しつつ、恐怖に顔を青ざめながら辺りを見渡す。
「ウオオオォォォォ!」
「ベロベロバァ!」
「う……ら……め……し……やぁ……」
そしてここぞとばかりに驚かせてくる幽霊──もとい、そのような化粧を施した魔族の職員達。
「い、いやぁぁぁぁ!!!」
「あ、おい……」
「……行ってしまったな……」
それらに驚かされ、エマの手を振り切って猛スピードでレイは駆け出していく。
生物には火事場の馬鹿力というモノがあり、脳の抑えている力を解放する事があるらしいが、ヴァンパイアであるエマを振り切ったレイは正しくそれを使ったのかもしれない。
「そんなに嫌なのか……」
「私も意外だった……。ふむ……」
そんなレイを見て普段は表情をあまり変えない二人が互いの顔を見合って苦笑を浮かべる。
主にレイが満喫? したお化け屋敷は、これにて、というかこれ以上続行不可能そうなので、さっさと抜け出した。
「あ、有り難う御座いました……」
そんなに驚いていたレイを苦笑いで送り届ける受付にいた職員。確かにこれ程驚いた客は少ない筈だろう。
その後──
「ふむ……まさか見世物小屋の近くに宿があったとは……」
「ああ、確かに他の建物とは外観が違う。外から見ても中の様子がうっすらと見えるからな。エントランス……と言うべきか分からないが受付がある」
「……そ、そうだ……ねぇ……」
──エマたちは"シャハル・カラズ"の宿を見つけた。それを見たエマとフォンセは言い、それに返すレイはぐったりとしているがエマとフォンセの言葉に反応を示す。
それからエマたちはその建物に入り、そこで先ず目に付くのは外からでも分かる広い庭。
その庭には立ち入り禁止の看板があるが、それも頷ける程の美しい景色だ。
少し日も傾き始めているがその光に包まれても尚、その緑色を霞ませる事の無い木々が生い茂っている。
そして奥には池が見えており、傾き始めていた夕焼けに近い光に照らされ、青とも柑子色とも言えない色が映し出されていた。
その池では鮮やかな色をした錦鯉が飛び跳ね、緑の木々に水が掛かる。
驚きなのはそれらの景色ですら庭の一角だという事。
宿屋自体は木造で作られており、エントランス。いや、建物の雰囲気から門口といった方が良いだろう。
その門口はまるで普通の玄関のようである。
普通と言っても"シャハル・カラズ"にとっての普通だが、まあそれは別に良いだろう。
しかしその門口ですら高級感を漂わせている。恐らく両脇に置いてある木がそう見せているのだ。
無論、その他にも美しいと思う事は多々あるが全部説明していたらキリがないのでそれは置いておく。
「中々良い宿じゃないか。木造の建物が美しく見えるように景観から工夫されている」
その宿屋を見たエマは感嘆の声と共に純粋感想を述べる。
全体的に落ち着いており、美しい景観。エマが満足するには十分過ぎるモノがあった。
「確かにそうだな。この宿の内装は分からないが、外見は良い。この調子なら普通に中も綺麗だろう」
「うん。全体的に丁寧な造りだし値は張りそうだけど快適に過ごせそう……」
そんなエマに同意するよう頷くフォンセ。体調を戻した? レイはそれを見上げて呟いた。
こうして、レイたちは宿泊用の宿を見つけたのだった。
*****
「お、来たぞ!」
「本当だ! おーい!」
ライは額に手を当て、歩いてくるレイ、エマ、フォンセの三人を見つけた。キュリテも三人を見つけ、レイたち三人に向けて手を振る。
「おーい! ライー! リヤンー! キュリテー!」
そんなライたちに向け、手を振るのはレイ。エマとフォンセは手を振りはしないが小さく手を挙げた。
「どうだった? 此方は上々だ」
そして六人は合流し、先ずはライがレイたちに収穫を尋ねる。
レイたちが答えるよりも先にライたちがそれなりの収穫はあったと告げた。
「ああ、此方も上々だ。見つけた宿はそれなりに良さそうだからな。多分ライたちも気に入るだろう」
そんなライの質問に応えるのはエマ。
エマはフッと小さな笑みを浮かべて良い場所を見つけたと言う。
「そうか、それは良かった。そして俺も気に入る宿か……ハハ、それは楽しみだ。長生きしているエマがそう言うならますます期待が持てる」
エマの答えにライは笑って返した。
どうやらライ、リヤン、キュリテのチームとレイ、エマ、フォンセのチームはそれなりに良い結果が出たようだ。
「ふふ……。楽しみにしておけ。……さて、と……これからはどうするんだ? 私たちが見つけた宿に向かうのか、それとも何か別の考えがあるのか……」
そして、一通り報告が終わったエマはライへこれからの行動について問う。
普通なら宿に真っ直ぐ戻るのが良いかもしれないが、時間帯的にはまだ夕刻前。何かしたい事があればそんなに危険無く行動できる時間帯である。
「ああそうだ……。……俺から一つ提案があるんだが……良いか?」
「……? ああ、別に構わんが……」
「私も構わない」
「私も別に良いよ?」
何か提案があると言うライ。そんなライにエマ、フォンセ、レイは頷いて返した。レイたちから許可が降りたので、ライはその内容を言葉を続けて話す。
「これから服を購入する為に呉服屋へ寄りたいんだが……レイ、エマ、フォンセたちはどう思うかな……ってな」
「「「服?」」」
ライの言葉に"?"を浮かべて返す三人。その反応を見やり、ライは頷いて返した。
「ああ。……ほら、俺たちってずっとこの服装だろ? レイは普通の女性だし、フォンセは折角奴隷じゃなくなったし、エマは長生きしているから楽しみが少ないだろうし……これらを合わせて服でも買いに行かないか……ってな? 最初はこの街で浮いているからかと思ったけど、考えたらずっとこの服装ってのも問題だと思ってな。"縮小魔術"を使えば荷物が増える事も無いし良いんじゃないか?」
ライは女性であるレイ、エマ、フォンセに気を使ってそう提案した。
しかし同じ服というのに少し違和感があったライは自分も服を増やした方が良いと考えている。
「因みに、私とリヤンちゃんは了承したよー?」
「うん……。何か楽しそう……」
リヤンとキュリテはライの言葉に続けるよう話す。キュリテは当然として、リヤンはあまり世界を見ていないので知る為にも了承したようだ。そして二人はレイ、エマ、フォンセへ答えを促す。
「服を買う……! あ、でも、私の服は主体が鎧だし……装備を無くしたら私の身体が持ちそうにないかな……」
レイは一瞬だけ嬉しそうな表情をしたが、自分の服は鎧を纏っているので戦力ダウンしてしまいそうだと懸念する。
確かにレイの身体は華奢な女性。鎧が無くなってしまえば、旅をするに当たって行われる戦闘に耐えられないだろう。
「そんな事無いと思うよー? レイちゃんなら鎧を纏った状態でも十分だと思うし、普通に行動するだけならお洒落しても良いと思う」
そんなレイに話すのはキュリテ。
キュリテはエマより年下だが、ライたちのメンバーでは恐らく二番目に高い年齢だ。
そんなキュリテは何時も鎧を着ている必要は無いと言う。
「でも……。いや、うん。私もお洒落してみたい……」
レイはキュリテの言葉に返そうとしたが自分の本当の意思を伝える。やはり年頃の女性、お洒落に興味があるのだろう。
「ふむ……新しい服……か。悪くない、良い案だな。私は賛成だ」
「ああ、確かにそうだな。……私は長生きだし、その時の流行に合わせて服装を変えるのももしかしたら楽しみになるかもしれない」
そして、普段から軽装のエマとフォンセも快く了承した。
「なら、全員賛成って事で良いんだな? そうと決まれば善は急げだ。早速向かおう」
レイ、エマ、フォンセの三人から答えを聞いたライは早速探索中に見つけた呉服屋へ向かおうとする。
こうして、ライたちは服を買うという事で行動が決まったのだった。
時間的にも服を購入したら"シャハル・カラズ"の行動は終わりだろう。
──無論、そう簡単に終わる筈が無いが。