九百六十九話 元・魔王と行った異世界征服旅
──"聖域"。
「それで、もう行くのか? 後数百年くらいのんびりしてくれても良いんだけどよ」
「ハハ、そんな訳にはいかないさ。名目上、俺は世界の支配者って扱いだからな。奴隷制度の撤廃や戦争の終戦。世界の発展の為に行動を起こさなくちゃ」
勇者から消え去る前に来たという魔王の言葉を聞いた後、少し気分が沈んライだったがレイたちから労いの言葉を受けて気を持ち直した。その後、ライたち五人は帰路に着く準備を終えていた。
勇者は名残惜しそうな様子だったが、世界を征服し終えたてまえ、いつまでも聖域に居続ける訳にもいかないのだろう。
ライたちは勇者に向けて言葉を続ける。
「それじゃ、色々とありがとう。勇者。随分と世話になった。勇者が居てくれるなら俺たちの宇宙も暫く安泰って分かったよ」
「じゃあね。ご先祖。いつも見守ってくれてありがとう!」
「ふっ、さらばだ。勇者よ。貴様はもう、数千年前からの唯一になってしまった知り合いだな」
「じゃあな。勇者。色々と話を聞けて良かった」
「さよなら……」
「おう! またいつか来てくれよな! っても、場所的にそう簡単には来れないか。俺の剣が必要なのは変わらないから、そのうち全員で来ると良い」
ライたちの言葉に笑いながら返し、その姿を見送る。
聖域に行くには色々と厄介。既に老婆から貰った物は光となっているので勇者の剣があればいつでも行けるが、その時が何時になるかは分からない。
ともあれ、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は光の道に乗り、聖域から去るのだった。
「ふう……。行っちまったか。俺たちの遺伝子はちゃんと生きている。ハハ、またいつか会いたいものだ」
ライたちが去り、広い聖域に一人となった勇者は快晴の空を見上げて息を吐くように小さく笑う。
数千年前から続く自分や魔王、神の遺伝子。それの仲介者として数千年前からの知り合いであるヴァンパイアも居る。勇者、ノヴァ・ミールからすれば自分の子孫が頼もしい存在に囲まれて心の底から嬉しいようだ。
風が吹き抜け、草花が揺れる。差し込む日差しは温かく、今日も今日とて世界は何処までも平和である。
天下泰平。平穏無事。この平和が永遠に続くよう祈り、勇者は大樹の元に戻って大樹の枝に座り込む。そのまま背を幹に当てて平和な世界を眺める。誰も居ない、限りない静寂は孤独感を生み出すが、その感覚がまた心地好かった。
「ああ……相変わらず平穏な宇宙だな」
伸びをし、優しく笑う。
ライたち五人と勇者の聖域でのやり取り。それは何事も無く終わり、変わらぬ世界が延々と廻るのだった。
*****
──"聖域への道"。
「そう言えば、皆はこれからどうするんだ?」
「え?」
光の道を進みつつ、ライはレイたちに向けて訊ねた。
唐突な質問にレイたちは小首を傾げ、ライが詳しく話す。
「この旅が終わってからの事だ。ずっと一緒に旅をしてきたけど、目的を達成した今、これからは自分たちでやれる事をしなくちゃならない。だから何をするのか気になったんだ」
「そっか、それもそうだよね……。これからはずっと一緒って訳にはいかないのかな……」
旅は終わった。それならば、もうこのメンバーは解散する事になるだろう。故に、今後どうするかを詳しく聞きたいようだ。
それに対してレイは落ち込んでいたが、切り替えなくてはダメだと一番最初に言葉を発した。
「けど、仕方無いんだよね。……私は一度家に帰るよ。ヴァイス達の侵略活動でお父さんとお母さんが無事か心配だから」
「そうか。ふふ、レイには両親が居るからな。大切にすると良い。……私は変わらず気儘な旅を続けるとする。まだまだ世界は変化するからな。それを勇者とは違う視点で見届けるのも悪くない」
「私は既に帰るべき場所は無いが、ルミエに世話になる事になった。何でも親戚の好みで魔族の国の主力にしてくれるらしい。まだまだ世界は荒んでいる場所もあるからな。ライの世界を魔族の国から護っていくさ」
「私は……クラルテさんと一緒に幻獣の国に行く事にしたよ……。ゼウスさんからの許可も降りているから……フェンやユニ。魔族の国で一緒に居た幻獣や魔物と一緒にそこで暮らすの……」
「そうか。そうなると国もバラバラになるんだな。けど、皆に当てがあって良かったよ」
レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人は既に何をするか決めている様子。
実家に戻るレイと一人旅をするエマ。国の主力となるフォンセに母親の妹と暮らすリヤン。それによって国も地域もバラバラになるが、やるべき事を分かっているのなら問題無いだろう。
レイたちが何をするか纏まって来たところで、レイはライに訊ねた。
「ライはどうするの? 故郷の街は自分で消しちゃったらしいけど……」
それはライの今後について。世界の支配者ならやるべき事自体は多くあるが、拠点。故郷が無い。
なので何処に住むのかなど気になったのだ。
「俺か……俺は一度自分の家に帰るよ。故郷は無いけど、俺の家は離れにあるからな。無事なんだ。だから一旦家に帰って、状況次第で支配者として活動するよ」
「そっか」
ライに故郷は無いが、祖母と暮らした自宅はある。なので今後の動き次第ではそこを活動拠点として行動していく事だろう。
何はともあれ、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人はやる事がある。今後の活動からして、ライとレイ以外は別の国に通じる道から帰る事になるだろう。
「それじゃ……此処でサヨナラなのかな?」
「ああ、そうなるな。レイとは途中まで一緒だけど、支配者について色々と話もあるから別れる事になりそうだ」
「私も、先ずは誰も寄らない魔物の国へ行こうと考えている。前まではあまり寄り付かなかったが、今なら問題無さそうだしな」
「私も魔族の国に用があるな。シヴァから色々と聞かなくてはならない」
「私も……幻獣の国に行って……もう行っているクラルテさんを手伝わなきゃ……」
話しているうちに聖域の入り口となる湖に着き、ライたちは行動を起こす。
行く道は別々。それも当然だった。
ライ、エマ、フォンセ、リヤンの四人はレイから離れ、各々の国へ通じる道に────
「────待って! ライ! エマ! フォンセ! リヤン!」
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
皆が各々の道を行く途中、湖の畔にてレイがライ、エマ、フォンセ、リヤン。全員の名を呼んだ。それと同時に四方から暖かく、暑く、涼しく、寒い風が吹き抜けて髪を揺らす。
レイの言葉に四人は反応を示し、立ち止まって視線を向ける。間髪入れず、レイは言葉を続けた。
「私! やっぱりみんなとずっと一緒に居たい! みんなにも事情があるから今は引き止められないけど……また……みんなと一緒に……過ごせるよね……?」
「レイ……」
始めは叫ぶように話していたレイだが、徐々に覇気がなくなる。目にはうっすらと涙を浮かべており、ライたちの返答を待つ。
ライ、エマ、フォンセ、リヤンの四人は互いの顔を見合せ、小さく笑って頷き、レイの元に歩み寄った。
「……ああ、勿論だ! またいつか、皆で集まって、旅でもしようか!」
「ふふ、そうだな。一人旅に飽きる事もある。その時、たまたまお前たちが暇していたらまた共に行こう」
「ああ、何も今生の別れという訳じゃないんだ。少なくとも、数十年は共に過ごす機会も訪れる筈だ」
「うん……。約束……。またみんなと……一緒に……!」
「……っ。うん……!」
五人が互いを抱き締め、"一つの約束"を交わす。
今はまだ世界情勢のゴタゴタもある。だが、いつかきっと、その日が来れば五人が共に過ごす日も来るかもしれない。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は、約束を胸にそれぞれの帰路に着いた。
*****
──"人間の国・荒廃した街・離れの家屋"。
「ただいま……」
ガチャリとドアを開け、一人となったライは帰宅する。
開けた瞬間に夕焼けの光に照らされて埃が映り込み、少し咳き込んだ。
一年以上空けた家。掃除をする家政婦なども居ないので手入れは行き渡っておらず、こうなるのも頷ける状態だった。
「……。案外、虫食いとかは無いんだな。流石に一年じゃ廃墟にはならないか」
埃を軽く払い、家内の様子を確認。特に虫食いなどの問題は無く、木も腐っておらず埃っぽい事を除けば十分綺麗な状態だった。
しかしこのままでは衛生的に問題がある。今更細菌やウイルス程度では何もないライだが、気持ちの問題で簡単に掃除をした。
掃除自体は祖母が居なくなってから何度もしているので手際よく進み、簡単な魔術を用いて整理する。こんな場所なので野盗なども来ていないのか、旅に出た時そのままの状態だった。
一通りの掃除を終えたライは夕焼けに照らされるベッドの上へと寝転がり、スッと目を閉じて旅の出来事を思い出す。
【──この世界を……変えねえか?】
魔王、ヴェリテ・エラトマに誘われ、世界征服を志した。
まさか本当の魔王だった事には驚きを隠せなかった。
「──そ、そこにいるのは誰!?」
レイ・ミールと出会い、新たな仲間が増えた。
思えばレイは始め今のような感じではなく、キャラを作っていたなと思い出して小さく笑う。
「──凄い力を持つ人間と魔族だな……。これはちょっと予想外だ……オーガ達だけで終わると思っていたが……考えを改めなければならんか」
そしてエマ・ルージュと出会い、また新たな仲間が増えた。
元は敵対関係にあったが、それももう遠い記憶の奥底。
そこまでが祖母を処刑されてからの一日であり、その翌日に支配者という存在などを知った。しかし聞いた話とは違い、支配者は全員が気の良い者たちだった気もする。
「──お前……魔王を宿しているな……?」
それから数日後にフォンセ・アステリと出会い、また一人旅に加わった。
魔王の存在に一目見て気付いたのはフォンセが初めてだった。やっぱ血族の存在には気付くものなんだな。
「──……誰?」
最後に仲間となったのはリヤン・フロマ。
初対面で感じた神聖な気配と俺たちの存在に気付いた感覚。ある意味、俺たちの誰よりも特別な存在かもしれない。
その後にキュリテと出会い、何日か共に旅をした。ニュンフェやドレイク、斉天大聖とも何日か行動を共にしたものだ。
そしてふと思い出し、レイとエマに貰った鈴蘭のブレスレットを眺める。旅の思い出となる品は多かった。
「……。なんか、静かだな……」
旅の思い出。その中には必ず魔王の存在があった。暇な時などに話し相手として、頼れる仲間としてもライは魔王を好いていたのかもしれない。
そしてその魔王。元・魔王、ヴェリテ・エラトマはもう居ない。
魔王と共に行った、正史とは"異"なる"世界"──異世界征服の旅。それは自分の家に帰ったこの状況にて、本当に終わったのだと実感する。
何もしていないとだんだん眠気が出てくる。ライは小さく欠伸をし──"元・魔王と行った異世界征服旅"の事を思い出しながら深い微睡みの中に沈むのだった。