九十六話 それぞれの行動
「さて……まあ、取り敢えず俺の負けだな。……いやァ、それにしても久々に楽しめた。また戦る機会が合ったら次は本気でやろうぜ? この街は自慢の街だ。精々観光を楽しんでくれや」
ライとの勝負を終えたモバーレズはそれだけ言い、弟のザラームを連れて街中へ歩いていく。
モバーレズはまた戦る機会と言っていたが、その時はそれ程遠くない日に来るだろう。
「さて、これからどうする?」
そして、頃合いを見たライは自分とモバーレズの戦いを見ていたレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人に言う。
モバーレズは楽しんでくれと言ったが、具体的に何をしたいか五人に尋ねたのだ。無論、それよりも先にする必要のある事もあるが。
「まあ、取り敢えずは街を見学するってのが一番だけど……拠点となる宿を探したりしなきゃならない。それに、この街で目的を達成するのは結構大変そうだ。……モバーレズは本当に自分の街を好いている様子だったからな」
それはこれからについての事である。先ずするべき事は何時も通り街を探索するグループと宿を探すグループに分ける事だ。
そしてゆくゆくはこの街も征服する予定だが、モバーレズの様子から今まで以上に街を明け渡さなそうな雰囲気が漂っていた。
それはモバーレズがこの街を心の底から気に入っているからである。
何故気に入っている街を征服しにくいのかは、言わずとも分かる事だろう。幹部が街を気に入っているならば、他の者達よりも気合いを入れて迎え撃つ筈だ。気合いを入れるという事はそれだけで何かしらの力が増すモノなのだから。
「まあ、それを今から考えても仕方無いか……」
「「「「「…………?」」」」」
少し黙ったあと、その言葉を突然言うライ。そんなライに対して"?"を浮かべる五人。ライはその反応を見、首を振って言葉を続ける。
「ああいや、何でもない。取り敢えずグループを分けたいけど……どうする? 逆にグループを分けないで全員で行動するって方法もあるが……」
征服の事は後にし、どのメンバーが何処へ向かうかを尋ねるライ。レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテらは少し考え、先ずはエマが言葉を発する。
「そうだな。取り敢えず街を見てみたいと言っていたライやが街の探索メンバー、私は寿命が長いからな。その気になれば何時でも世界中を旅する事が出来るから宿探しメンバーで良い」
街の様子を見て回りたがっていたライは探索組みへ、そして半永久的に生きる事が出来るので、また来る機会もあるかもしれないとエマは宿探し組みへ行くと言う。
「良いのか?」
「ああ」
それを聞いたライはエマたちに向けて首を傾げながら尋ね、エマはそれに頷いて返す。そして他の者たちも頷いて返した。
そもそも旅のリーダーはライなのでライが決めて良いのだが、本人の性格からあまりガツガツ行く感じでは無いのだろう。
「良し。私とライが決まったところで残りのメンバーを決めようか。どういうチームにする?」
「あ、私は宿を探すメンバーで良いよ」
それからエマがライと自分以外の方を見やって尋ねる。そして先ず挙手したのはレイ。レイはやや控え目に挙手し、宿探しメンバーでも良いと言う。
「はいはーい。私はこの街を見てみたーい! こんなに雰囲気が良い街なのに、今まで近寄らなかった分まで取り戻したいから!」
次に挙手するのはキュリテ。キュリテは今までこの街に寄らなかった事を後悔しており、その分を取り戻す為に街の探索をしたいと言う。
確かに同じ国に住んでおり、超能力を使えば好きな時に行けたにも拘わらず観光した事が無いのは思うところがありそうだ。
「良し、分かった。これでお互いのチームメンバーが二人決まったな。あとは……」
その後、街を探索する者と宿を探す者の話し合いをし、数分後には三人と三人の二つのグループが決まった。
「えーと……じゃあ、私とライ君とリヤンちゃんが"シャハル・カラズ"の街を探索。エマお姉さまとレイちゃんにフォンセちゃんが宿を探しのグループって事だね」
キュリテは決まったチームを改めて復唱する。
キュリテの言うように、街を探索するチームはライ、リヤン、キュリテ。宿を探すチームをレイ、エマ、フォンセという事に決まったのだ。
「良し。じゃあ後は数時間後くらい経ったら適当に合流って事で良いな」
それに続くようライが言い、ライの言葉に頷いて返す五人。
こうして"シャハル・カラズ"で行動するメンバーが決まった。
*****
──"シャハル・カラズ"。
「うーん……見たところ売っている物はさっきの店で見たような着物や刀、雑貨くらいか……。桜を見ながら休憩できるような団子屋……茶屋って言った方が良いか? それもある。……長閑で良い場所だな……」
のんびりと歩きながら"シャハル・カラズ"の街並み眺めているライは、主に店などを中心に見ていた。
感想は落ち着いた場所で居心地が良いとの事。
それに答えるかのように、サァと暖かな春の風が桜の花弁と共にライの頬を優しく撫でながら吹き抜ける。
「そうだねぇ……落ち着く~……」
「うん……」
その暖かな風を感じ、髪を揺らしているキュリテとリヤンも心地好さそうにライの言葉へ同意するよう頷いて返した。
キュリテは風を感じながら伸びをし、すうっと息を吸って深呼吸をする。リヤンも心地好さそうにのんびりとし、辺りには穏やかな雰囲気が漂っていた。
「まあ、俺が気になったのは特に無いな……強いて言えば俺たちの服装くらいか。この街並みだと随分と浮く服装だ……。情報を集めるのも難しくなりそうだな……」
そんな道中ライは、自分の服と道行く魔族達の服装を一瞥し着物とは違う服の自分の姿に疑問を覚える。服装をそこの文化に合わせなくても良いかと考えているのだ。
「アハハ、仕方無いよ。まあ洗濯とかはしてるけど、私たちの服って基本今来ている一着だけだもんねぇ」
そんなライの言葉に笑って返すキュリテは旅しているという事もあり、仕方の無い事だと告げる。
確かにそうかもしれない。ライたちは世界征服を目的として旅をしているのだ。そんな中ゆっくりと観光をしていたのでは時間が掛かり過ぎてしまう事だろう。
「そうだよなぁ……だけど、ここら辺でお俺たちやレイたちも服をもう一着から二着くらい購入するべきじゃないか? 何時もは"熱魔術"やキュリテの"パイロキネシス"で洗濯した服を乾かしているが……やっぱ朝から魔力を使うのもあまり良い事じゃないし、何故か俺は向こうで洗ってて……って除け者にされるし……」
ハァ、とため息を吐いて日頃の愚痴を溢すライ。それは洗濯の時、ライだけが別の場所で洗わさせられる事について。
女性からしたら自分の裸体を見られるのは嫌だが、ライはそれを知らない。
そんなライに向け、キュリテは笑いながら言う。
「そうだよねぇ? 私もライ君とお風呂に入ってみたいし、別に一緒に洗濯しても良さそうだけどなぁ……。内心ではレイちゃんもそうしたいんじゃない?」
「そうか?」
実を言うと、ライ一行はレイと一応キュリテ以外羞恥心というものを持ち合わせていない。
他人よりも遥かに長く生きているエマや戦闘用の奴隷として日々戦闘を行っていたフォンセ、人間や魔族の友人がおらず森で生活していたリヤン。この三人は生活上羞恥心と出会う事が少ないだろう。
そしてキュリテには羞恥心があるだろうが、ライは魔族からすればまだまだ子供。なのでキュリテがライに対する異性への感情というモノはあまり無いのだ。
「まあ、取り敢えずは服を購入するかどうかだ。……けど、女性は服装を気にするらしいからな……レイたちの分を勝手に買うってのも気が引ける……だからと言って俺たちだけ服を買うってのもな……」
取り敢えず洗濯の話は置いておくライ。話を戻したライは新たな服を購入するべきか悩んでいだ。
女性は己の服装を大事にする生き物だ。男性でも服装を気にする者は多いが、女性は特に服装を気にするのである。服装のみならず、様々な流行りに敏感なのだから。
それは本能であり、そうする事でコミュニティを作り様々な情報を集めているのだろう。
「そうだねぇ……。じゃあ、レイちゃんたちが宿を見つけて、私たちがそれなりに探索したあと全員で買いに行けば良いんじゃない?」
そんな風に悩むライに対し、キュリテは一つの事を提案した。
それは自分たちの行動が終わった時に全員で買いに行くという事。
「へえ……良いじゃないか、その案。……確かに服を買うのなら全員で行動した方が良いな」
「でしょ?」
「うん……私も良いと思う……」
その提案にライが返し、キュリテが笑顔で言う。それに続いてリヤンも頷いて返した。
確かにわざわざ自分たちだけで服を決める必要も無い事だろう。こうしてライたちは街を探索したあと、レイたちと合流したら衣類を買いに行くという事になった。
*****
──一方で、宿を探しているレイ、エマ、フォンセの三人。こちらの三人は宿を探しながら街の風景を眺めていた。
「ふむ……やはりこういった街並みも悪くない……。……まあ、昼だから傘が要るってのが少々面倒だがな……」
そんな事を言いつつ、楽しそうに日傘をクルクルと回しているエマ。その様子からこの街が気に入り、歩くだけでも楽しいのだろう。そして、最近は暇さえあれば傘を回しているようだ。
「取り敢えず宿屋探しだが……この街の宿は見たら分かるのか……? 慣れ親しんだ……という程でもないが他の街と雰囲気が違うからな……パッと見で分かるかどうか……」
そんなエマに向け、フォンセは一目で宿屋が見つかるかどうかを懸念していた。
何時もは他の建物より大きく、煉瓦で造られた建造物が宿屋だと分かるが、この場所はモバーレズが旅行に行った国をモデルに造られている。なので、何時もの宿屋とは違う外見の可能性が高いのだ。
「ふむ。まあ、店や民家の違いは見て分かる。片っ端から民家以外の建物に入って調べるのが良いだろう」
「ああ、そうだな」
「うん、それが良いかもね」
エマの言葉に頷くレイとフォンセ。
取り敢えず"シャハル・カラズ"の街並みを眺めるという事も合わせ、民家以外の建物に入って探索するという事に決まった。
「……となると、このままこの道を真っ直ぐ行くだけじゃ駄目だな。此処は住宅街っぽく店の数も少ない」
何をするかは決まったものの、今レイたちが居る場所は住宅街のようで昼間という事もあり道行く者が少なかった。
なので先ずはそこから抜け出す事を先決とする。
「うん、やっぱり表通りは賑やかだね。飄々と歩いている人……魔族が多いのは街の雰囲気からかな?」
そして三人は表通りに出た。
出るや否やレイは道行く魔族達を眺め、自分が気になった事を呟く。それはこの街の魔族について。
この街に人間は当然として、観光目的の幻獣や魔物が居ない事が気になったのだ。
普段は近寄られ難い人間のレイだが、この街では特に変わった反応も無い。外から来るものを拒まずに受け入れてくれるような体制にも拘わらず魔族以外の種族が少ない事が気に掛かったのである。
「だろうな。この街は外から見れば周りを受け付けない雰囲気だが、中から見れば穏やかで過ごしやすい雰囲気だ。……恐らく、他の街とは違って景色や風貌が浮いているから受け付けないような感覚になっているのだろう」
そんなレイに返すエマ。エマも"シャハル・カラズ"の街を一瞥し、何が原因でこの街が浮いているのかを推測していた。
そして他の街と景色が違う事が原因だと考えているような表情だ。
「……まあ、取り敢えず宿を探す事を最優先として、ライたちのように情報を収集するのも必要だ。……ふふ、結構忙しくなりそうだな……」
頃合いを見てフォンセがレイとエマに告げる。
この街の住人は割りと温厚そうな人々なので、魔族の街といえど闇雲に勝負を挑まれる可能性も低いだろう。こうしてレイたちも探索兼、宿屋探しに乗り出した。
*****
──"シャハル・カラズ"から離れた場所にある森の中。
昼間にも拘わらず薄暗い森の中。
そんな森の中に、ザァ、と冷たく、生暖かい、互いを反発し合っているような風が吹き抜ける。
それによって木々はザワザワと不気味に揺れ、全体的にただならぬ雰囲気を醸し出していた。
そこには獣や人、楽器の異形な姿をした魑魅魍魎な者達が集っており、その者達が会話を広げている。
『"シャハル・カラズ"……だっけか? ……まさかこの国にも我々の故郷と似たような場所があるとは……』
『奴らは居るのか? 唯一無二の俺たちの敵……』
『ヒヒヒヒヒ……居ない。居る筈が無いだろう……奴らがあの国から抜け出すとは考えられないからな……』
『つまり要約すると……』
『この街で敵は居ないという事だ……』
その者達は楽しそうに何かの血で杯を上げ、三味線や和太鼓の音と共に小さな宴を行っていた。
『……だが、本当に奴らは居ないのか? 街の雰囲気が似ているって事は奴らがこの街を築き上げた可能性が……。餌を見つけた大蜘蛛も何者かにやられたとか聞いた……まあ、大蜘蛛は全員生きているが』
しかしそれらの中に、血が入ったコップを片手に持ちながらも不安そうな声を漏らす者が居た。他の者はそちらを見やり、クククと不気味に笑ってそれに返す。
『案ずる事は無い……。確かに奴らは我々の天敵だが、普段は自分の国から出ない……こんな遠方の国にまでやって来るということは百人足らずくらいだろう……我々の数は百。しかしそれは種類の話だ。一つの種類が四、五人くらい居るとすれば全体の数は五〇〇を優に越える。その一人一つ一体が人間を軽く凌駕する力を持っている……まあ、仮に奴らが百人居たとしても、千人居たとしても、万人居たとしても我々の敵では無い……今はこの宴を楽しもうじゃないか。……多分、大蜘蛛は油断でもしてやられただけだろう。我々はほぼ不死身、気にする事も無い』
返した者は血を手に取り、グイッと飲み干す。それにつられ、不安そうな表情と声を漏らした者も血を飲み干した。
『ヒ、ヒヒヒ……ああ、そうだったな……そんな奴ら俺たちの敵じゃない……。大蜘蛛はドジだったと思うしな』
その様子を眺め、先程言葉を述べていた者は新たな血液の入ったコップを手に取って言葉を続ける。
『確か、この街は魔族という種族が抑えているって話だが、精々人間よりも少し強い程度だろ。我々にはあの方が着いている。まず敗北は無い。攻め込む時は直ぐだ。要らぬ不安を感じる前に準備をしておけ』
手に取ったばかりの血液も飲み干す者。その話を聞いていた者も新たな血液を手に取り──
『ああ』
──ゴクリ。と、その血液を飲み込んだ。
この者達はヴァンパイアでは無いが、この者達にとって血は力を溜めるのに必要不可欠な物である。
これを大量に摂取する事で攻め込む力を溜めているのだ。
するとそこに、カラン……コロン……カツン……と、下駄のような足音を鳴らしてやって来る者が居た。
『……。集まったか。皆の衆。……いや、集まるも何も我々の居場所が今は此処だったな』
『お、頭領が来たぜ。多分これからについてだ』
『頭領だ頭領だー』
『頭領ォ……』
やって来た者は百を優に越える者達を一瞥して言葉を発し、その者はこれらの主らしくバラバラに宴会を開いていた者達が一斉に一ヶ所へ集まる。
「いよいよ今宵、新たな拠点とする為にもこの街"……『シャハル・カラズ"へ攻め込む時』だ。……一つの国を恐怖に陥れた我々の……次の目標が魔族の国だ。この国はかつての魔王を生み出しながら今や人間の国によって肩身の狭い思いをしているそうじゃないか。それは幻獣の国、我々の本当の意味の故郷とも言える魔物の国……全ての国に言える事だ。ならば、人間を脅かす存在としてこの世に生誕した我々"妖怪"はそれを防ぐのが役目だァ!」
『『『オオオォォォォォ……!!』』』
その者は他の者──"妖怪"が集まった瞬間、演説するかのように話しをし、妖怪達は不気味に返事をした。
「我々……"百鬼夜行"の名の元に、これからの時代は我らの妖怪の時代だッ!!」
──"百鬼夜行"とは、百の鬼や妖怪が集い、人々を恐怖の底に突き落とす妖怪の群れである。
夜更けから夜明けまで妖怪達が道を行き、それを目撃した者は問答無用で祟られて死を迎えると言う。
だが、その呪いを解く呪文もあるらしい。
見ただけで死に至る可能性がある妖怪達の行列、それが百鬼夜行である。
『『『ウオオオォォォォォ……!!!』』』
侍の国に棲んでいる妖怪の集まり"百鬼夜行"。その全てを統べる妖怪の総大将──『ぬらりひょん』。
そんなぬらりひょんの声に大きく吠える妖怪達。
妖怪が血を蓄えていた理由は、"血"というものが"恐怖"であり"畏れ"であるからだ。妖怪は"畏れ"を力とし、己の力を上げるモノだからである。
ぬらりひょんの率いる"百鬼夜行"は今宵、ライたちが現在居る街"シャハル・カラズ"へ向かう準備を着々と進めていた。