九百六十六話 存在
「それで、先ずは何を聞きたい? 俺は全知じゃないから分かる範囲は限られているが、取り敢えず話は聞くぜ」
聖域にある大樹の下にて、椅子に座った勇者ノヴァ・ミールがライたちに向けて言葉を発した。
先程まではレイに言われて若干の落ち込みがあったが、気を取り直して改めたのだろう。この切り替えの早さもある意味大物っぽかった。
「じゃあ早速……一番気になっていたんだけど、前にヴァイスと戦っていた時に力を貸してくれたよな? あの時どうやって俺たちの存在を察知して手を貸せたんだ?」
先ず訊ねたのは以前にヴァイスと戦っていた時、魔王(元)と共に勇者。そしてかつての神らしき存在が力を貸してくれた事について。
先程の言葉から勇者本人である事は分かった。だからこそ、何故分かったのか。何故ライたちの宇宙とは違う場所である彼処に来れたのか。それが疑問だった。
「それはだな……ま、多元宇宙や多次元。全ての世界線を消し去る程の衝突だったから別の次元に居ても分かったってだけだな。それで何となく嫌な予感がしたから行ってみたらああなっていた。……ってところだ。かつての神、リヤン・フロマの祖先を呼んだ理由……ってか方法は、まあ単純に、俺には呼ぶ方法があったって事だな。呼ぶ方法というか"能力"。が近いかも知れない」
「能力? 召喚術みたいなものか?」
「近いな。流石に全知全能程の万能じゃないけど、俺にもそれなりの力は使えるんだ。勿体振る程の力でもないし、全知全能の存在に会っているアンタらからしたら特に珍しくも無いから言うが、言うなれば"再生召喚"だ」
「"再生召喚"?」
ノヴァが自分のみならず神を呼び出せた理由、"再生召喚"。
その事についてライは小首を傾げ、レイたちも次の言葉を待つ。ノヴァは更に言葉を続けた。
「そう、"再生召喚"。……まあ、"すげえ! 流石勇者様!"……とかなるような能力でもない。その名の示す通り、何かを再生させて召喚する力だ。俺は剣や魔法を使って戦うけど、実は再生術にも長けているんだ。基本的に一人旅だから使う機会もあんま無かったけどな。要するに存在が消滅したかつての神を一時的に再生させてあの場に寄越したって事だな!」
「へえ……」
再生の力も使えたというノヴァ。その力にて神の存在を再生させ、それをそのまま召喚したという事らしい。
しかしそのかつての神が居ない事を考えれば時間制限的なものもある力のようだ。
そしてそんなノヴァが言った、再生の力は一人旅故に使わなかったという言葉の意味。それはつまり、基本的に負傷する事無く旅をしていたという事。その力量にライは改めて感心する。
当時の世界勢力は分からないが、今で言う支配者も存在していた事からして幹部や側近並みの実力者も居た筈。ライのように全勢力と戦う必要はないが、魔王の軍勢が世界の勢力となれば十分に厳しい旅だった事だろう。
「成る程ね。それで呼び出せたって事か。それと、かつての神。その存在に関しても聞きたいんだけど、良いか?」
「ああ、構わない。今回はその為の場を設けたんだからな。久々の客人だ。その中に子孫も居るとなると、暫く寛いで欲しいものだ」
召喚術の事を聞いたライはそのまま流れるようにかつての神の事について訊ねる。
ノヴァ的にも一人は寂しかったらしく、話せるのは嬉しいようだ。
「久々の……一応客が来た事はあるのか。この聖域に」
「ああ。まあ、何百年も前の事だよ」
「そっか。けどまあ、深く言及はしなくても良いかな。取り敢えず本題に入るか。単刀直入に聞くよ。かつての神の代わりに貴方が聖域に残ったんだよな? ただ倒したからって言う雰囲気でもなかった。一体何故?」
ライが聞きたかったノヴァ。もとい、勇者の事について。
勇者は世界を滅ぼそうとしたかつての神と聖域にて戦闘を行った。それに勝利し、入れ替わりのような形で聖域に残る事となった。
その時、夢で見た光景ではかつての神にも何かしらの事情があった様子。それが何なのかを確認したのだ。
「まるでその時の光景を見ていたかのような口振りだな。まあ、レイと共に旅をしていたなら記憶の断片から何かしらを知る事もある……かもしれないか。俺が聖域に行った時点ではもう既にソルもルナもティエラも居たからどの遺伝子が作用したのかは分からないけどな」
「そうだな。信じてくれるかは分からないけど、夢で見たんだ。アンタの魔王討伐から神退治までの一連の歴史をな。エマ以外が夢で見たから、多分アンタが言っているように遺伝子の記憶かもしれない」
「夢か。全世界を見ているって言っても流石に夢にまでは届かないな。それに、他の人々や生き物を見守らなきゃいけないからその事は知らなかった。納得だ」
ライのその光景を見ていたかのような口調を指摘する勇者だが、夢と聞いて何となく納得する。
確かに遺伝子情報が夢を通じて現代に蘇る事はあるかもしれない。勇者が聖域に行く前の存在の遺伝子だとしても、全世界と繋がる聖域なら現世とリンクしていてもおかしくないだろう。
それならばと、勇者はその時の出来事について話す。
「あの時の神……ソール・ゴッドはだな。知っているかもしれねえが、弱っていたんだ。力自体は全盛期のままだけど、ただ純粋にな」
「弱っていた……か。確か夢の中でもそんな事言っていたな。ざっくりしていて申し訳ないけど、具体的に教えてくれないか? その……弱っていた理由とか」
「ああ、良いぜ。何を聞きたいかはある程度予測が付くからな。取り敢えず、何らかの有益な情報を教えれば良いという事だな」
かつての神が勇者と戦った時には既に弱っていた。力は変わらないが、何処かしらが弱っていた。それは夢の中でも大雑把にだが聞いた事である。
それについて詳しく知りたいライだが、何をどう詳しく知りたいのかは自分でもよく分からない。なのでざっくりと勇者に訊ねたが、流石というべきか勇者は何となく何を聞きたいのかを理解していた。
故に、その事について詳しく説明する。
「先ず話しておくとすれば……何を以てしての"弱っていた"という事の定義からの方が良いな。力自体は全盛期と変わらない。力の衰えを"弱っていた"とするなら、かつての神は弱っていたという事にならない」
「ああ、世界を滅ぼす力があって、全知全能のままなら自分を治せるからな。別に弱っている訳じゃなくなる」
「そうだ。だから問題は、その聖域の"存在"に関係がある。かつての神にとっての"弱っていた"というのは"存在の維持"についてだ」
「存在の?」
かつての神は、弱っていた。それは力ではなく、その存在その物に対しての事柄。
聞き返したライの言葉に勇者は頷き、更に場を踏んで言葉を続ける。
「ああ、存在の維持だ。この聖域は聖域に居る"存在"によって、この世界その物の存在に関係する。要するに、聖域に"居る者"の"存在"が"消え去る"と聖域も消え去って世界も消え去るって事だな。それは過去未来、今。その全ての世界線から消滅するって事だ」
「全ての世界の消滅……」
聖域の崩壊による世界の消滅。それは全知全能を以てしても避けては通れない道。勇者は続ける。
「まあ、考えてみれば当然だ。この世界が無くなったとしても、その世界の"記憶"がある者が居れば"記録"として残り続ける。だけど、聖域の消滅ってのはその全ての存在に関係する事。例えこの世界の誰かが別の世界や異世界。異次元。多元。未来や過去に行っていたとしても、この世界の消滅と同時にその者の存在も消え去る。"記憶"が残っていなきゃ"記録"も残らない。──例えば記憶喪失の者が居たとして、その者を知っている存在が居ればその者は残り続ける。だが、その者が誰の記憶にも居なけりゃただ居るだけの誰か……それからも生活はするとして、記憶喪失後の存在は残り続けるが本人が思い出さない限り記憶喪失前の存在は消滅したという事になる。聖域もそれと同じだな。聖域が消えた時、この世界に関係する者は全員が消え去る。何処に居ても、全知全能でさえもな」
「その聖域の維持が出来なくなったからかつての神は世界を滅ぼそうとして、勇者が倒してその代わりに残った……って事か」
「ああ。そう言う事だ。聖域に関係するのはこの宇宙全て。その宇宙を見守る身として、大々的な行動と共に俺を呼んだ。仮に俺が来なければ本当に世界は滅んでいただろうな。それくらい本気だった。そして倒され、今に至るって訳だ」
かつての神の聖域を維持する力が残っていなかったという事柄。それを理解したからこそかつての神は勇者を呼び、世界を消滅させない為に倒されたようだ。
しかし勇者本人も言っているように誰も来なければ世界は滅んでいた。どちらにしても滅びるならと、かつての神は半ば自棄になっていたところもあるのだろう。
「全知全能の存在でも持続は出来なかった……か。全能ならそれも遂行出来たんだろうけど、俺や聖域と同じ理屈で遂行した瞬間に上書きされて無限のループに陥るって感じだろうな。勇者さんは本当にそれで良かったのか?」
「ああ、後悔はしていない。お陰で俺の子孫がちゃんと受け継いでくれている事も分かったからな。まあそれでも何れはこの宇宙も滅びるんだろうが、あの世とかで過ごしている姿も聖域からなら見える。そしてまた世界は流転し、生まれ変わる。俺はそれを眺められるだけで十分だ」
自分の力が続く限り、勇者は聖域に居続ける。その覚悟は既に決まっていた。
まだほんの数千年。今後世界が続くとして聖域を継続出来なくなるその時まで、勇者は聖域に居るようだ。
しかしそれはそれとして、ライにはまた新たな疑問が浮かんだ。
「けど、ヴァイスはかつての神が倒されなかったら俺たちの世界は全く別の形で残り続けるって言っていたな。聖域の主が消えたらその世界が現れる未来も無くなると思うけど……」
ライは別世界、ヴァイスが創造した世界にて、かつての神が一度世界を滅ぼした後、新たな世界。人間、魔族、幻獣、魔物が別の形で存在する世界を創造しようとしていたと聞いた。
しかしそれはおかしな事だろう。代わりが居なければ神の存在が消え去った時、同時に聖域が消え去る。同時に世界が滅びるという事。それならその様な世界は存在しなくなるのではないか。と、そう思った。
勇者はそれに対して言葉を続ける。
「何も直ぐ消える訳じゃない。確かに聖域と主の存在は連動しているが、少なくとも今の時代まで。かつての神が消えてから数千年は持つ。つまり、そのヴァイスとやらが言っていた世界になった場合、今から更に数百から数千年で全ての存在が消滅するって訳だ。その間に誰かが聖域に残れば世界は救われる。って事だな。今は俺が居るから、少なくともこの宇宙が何回か消滅するまでは残り続ける。あとどれくらいかは分からないけど、それまでこの世界は無事だ」
どうやら主が消え去った直後に世界が滅びる訳ではないらしい。
確かにライが別の世界線のライたちと出会った時、ライたちが自分の世界。そこの聖域を離れても暫くは問題無かった。
結局はその聖域に呼び戻されてしまったが、案外融通は利くようだ。
「成る程な。かつての神や聖域についてはこれくらいで良いかな。後は……どうする?」
ライが聞きたい事は大方聞いた。探せば他にもカリーブやトピアの事など色々あるが、それについては最後の方に魔王の城で出会っただけの勇者は分からないだろう。
なのでライは自分の事をさておき、レイたちに向けて何か聞きたい事がないのかを訊ねた。
「うーん……私は特にないかな。ご先祖と色々と話しはしたいけど、疑問とかは殆どライが聞いてくれたから」
「私も特にないな。まあ、元より今の時代で一番大きな伝承は私自身が既に体験しているからな」
「私もないな。先祖なら、もう居なくなってしまったが魔王から色々と話は聞いた」
「私も特には……クラルテさんから色々と話は聞いたから……」
「ふむ、お前たちは既に色々と知っているようだな。まあ、本当に聞きたい話があるなら全知の存在にでも聞けば良いから問題ないか」
レイたちにも聞きたい事は特にない。
レイは目の前に居る先祖と共に話しはしたいようだが、疑問という形で聞きたい事は無いようだ。
なので勇者も納得し、椅子から立ち上がって言葉を続けた。
「よし、じゃあ聖域の世界でも案内するか。此処からは質問じゃなくて軽い雑談でもしよう。どうだ?」
「案内……うん。確かに聖域は気になるな。俺は行くよ。レイたちは?」
「私も見てみたい! この世界も色々と不思議だから!」
「まあ、暇潰しには良いかもしれないな。旅の最終地点が此処だからな」
「ああ。それが良さそうだ」
「うん……」
聖域の案内。確かに全貌は明らかになっていなかったが、夢で見たような場所とは些か差違点のある聖域。それは気になるところだろう。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は順に返し、勇者は更に続けた。
「じゃあ行くか! 聖域は俺の家みたいなものだから任せとけ! 現世に居た時間より此処に居る時間の方が長いからな!」
「……。それ、明るく言っちゃって良いんだ……」
「ハッハ。前向きなのは悪くない事だからな!」
「その辺の性格は魔王に似て居るな……」
ライたちも席を立ち、勇者はテーブルと椅子を消し去る。そしてライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人とかつての英雄、勇者ノヴァ・ミールは歩み出した。
ライたち五人と勇者。計六人は聖域の世界を探索するのだった。