九百六十四話 聖域への道
「ふわぁ……あ、ライ。おはよー」
「ふむ、良く寝た。おはよう。ライ」
「良い朝だな。ライ」
「おはよう……」
「ああ、おはよう。レイ、エマ、フォンセ、リヤン」
夜明けから二、三時間後。レイたちがほぼ同じタイミングで目覚め、ライと挨拶を交わした。
戦争も終わり、平穏な日々が続く。四人が目覚めた事で心細さも消え去り、いつもの調子を取り戻した。
寂しげな秋の雰囲気から一変、紅葉などで衣替えをした葉が風に揺れて囁き、心地好い雰囲気が形成される。
その後レイたちは自分たちでも挨拶を交わし、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は宿の食堂に向かった。
そこは木からなる長テーブルに椅子と、店員の居るカウンターテーブル。隅に酒樽が置いてあったりとよくある平均的な食堂。というよりは酒場に近いものがあった。そこにてライたち五人は軽く朝食を摘まみながら今後について話し合う。
「取り敢えず、そろそろ近付いてきたし改めて目的地を確認しておくか」
「うん。いよいよ迫ってきたんだね……!」
「ふふ……何はともあれ、楽しみではあるな」
「性格がどうか気になるところだが……まあ、おそらく平気か」
「……。うん……」
朝食となる、焼いてバターを塗ったパンにミルク。スクランブルエッグにベーコンとサラダなど一般的な食事を摂りつつ、ライは改めて聖域への行き方をおさらいする事にした。
レイたちも食事をしつつ耳を貸し、ライは言葉を続ける。
「えーと、聖域は四つの国が隣接する場所の中心。丁度国境が重なった所に現れる。目的地はそこだな。そこでやる事は勇者の剣を四つの線が重なる場所に突き刺して、謎の老人から貰った物は供えるように置く。聖域の開き方は中に居る存在に近しい物で、今がこの二つ。それを終えれば自動的に開かれるらしい……。こんなところか」
「そうだね。国境の重なる場所が気になるけど、行ってみたら分かるのかな?」
「うーん、どうだろうな。そこに行ったとして、国境が重なる場所は大凡の推測で考えなくちゃならないからな。ま、何とかなるか」
何処に行き、何をすれば良いのかは分かっている。しかしそれがどの地点にあるのかは分からない。
ある程度進み、国境付近と思う場所をしらみ潰しに探さなくてはならないので色々と問題は残っているだろう。
何はともあれ、そこに行かなくてはならない事は変わらない。なので取り敢えず行くだけ行ってみようとライたちは考えていた。
「まあ、確かに私たちもそろそろ人間の国からは出られるだろうからな。三日……"パーン・テオス"を旅立ってから三日とは案外早く着けそうだ」
「ああ。何処にあるかだけでも分かっているのは大きい。国境付近を探せば良いだけだからな。流石に全世界をしらみ潰しに探すのは大変だしな」
今ライたちが居る街は何の変哲も無い普通の街。幹部や主力の存在も無いが、支配者の街から三日で辿り着ける場所なので比較的安全だろう。
そもそも、元より主力たちの街は国境付近にある。"パーン・テオス"もその一つであり、だからこそ此処から目的の国境に到達出来ると分かっていた。
厳密な情報は聞かなかったが、ある程度の情報はゼウスによって聞いている。その時"パーン・テオス"からそう遠くない事も聞いていたので今回の件は確証があった。
その後ライたちは朝食を終え、身支度などを整えて部屋で少し休んだ後宿の外に出る。
時間的にはまだまだ朝と言えるもの。秋風が吹き抜ける穏やかな気候の中にて朝の匂いを感じ、心地好い気持ちで街の外に向かう。
「それにしても、指定された方角をただ真っ直ぐ進めば良い……か。確かに整備された道があってずっと続いているけど……何でこんなに整っているんだろうな」
「そう言えばそうだね。支配者の街に近いから野盗とかは少ないと思うけど、それでもこの戦乱の世の中。こんなに整っている道は珍しいかも」
ライたちが"パーン・テオス"を発ってから、曲がり道などもなくただひたすら真っ直ぐ進んでいた。
何処までも道は続いており、荒らされた跡も無い。荒らしというのはただ木々が切られたり道が道として役割を果たせなくなったという事ではなく、大勢の者が踏み荒らしていないという方向での荒らしである。
即ちこの近辺では戦争が起こっていないという事。戦争が起これば自ずと馬や人の足跡などを含めて荒れるが、此処は本当に整備されたまま。道行く人が少ないという訳でもないが本当に綺麗な道だった。
今の世の中でこの様な道は珍しく、ライたちは改めて自分たちの歩んできた道を一瞥してまた前進する。
「数千年前に勇者は聖域に行っている事を考えると、聖域に繋がる道はずっと連なり続けるのかもしれないな。勇者は帰って来なかったけど、研究者達も聖域の近くまでは行った筈だからな」
「有り得るな。聖域への道を記録として残し、次に向かう時、比較的楽に行けるようにしておく。聖域はお伽噺の存在だが、そのお伽噺が現実にあるとなると多くの研究者は放っておけないだろうからな」
道がずっと綺麗な状態で残っている理由。それは聖域に行く為であるとライたちは考えていた。
指定された方角を進み続けるとしても途中で街中の道などと混合する事もあり、本来なら分からなくなる。しかしずっと同じ方向を進んでいたライたちだからこそ、この道に何かあると気付いた憶測だった。
「それじゃあやっぱり、ゼウスは正しい道を教えてくれたんだな。まあ、今更嘘を吐く訳もないし信じ切っていたんだけど、信憑性がより増した感じだな」
「ああ。それならこのまま歩き続ければ問題無いか」
同じ道が続くからこそ、その先に何かあると分かった。
ただ長い道ではなく、様々な点から見て確実に何かあるだろう。
それから数時間進み、昼を回った頃。ライたちは道はあれど誰も居ない、拓けた場所に出ていた。
「此処は……いや、此処が国境か」
「うん、そうみたい。道は続いているけど、さっきまでみたいな真っ直ぐな道じゃなくて整備された場所が広場みたいになってる」
「そして対角線上にある、同じように整備された道。それが四方にある。確定だな。此処が四つの国の中心地点。聖域付近だ」
「ああ。おそらく数千年……いや、生物誕生以前から存在している場所……夢の記憶に湖は無かったが……」
「昔の偉い人達や動物達は……此処から四つの国に分けたのかな……」
拓けた場所。そこに向かって四つの道が連なっており、その道は一つの湖に通ずる。そんな湖にある小さな小島の中心地点で四つの道が交差していた。
どうやらしらみ潰しに探さなくとも良くなりそうだ。おそらくだが、その交差地点こそが聖域の入り口なのだろうから。
「……! 花弁……?」
「雪も降ってる……」
「どうやら他の国の道から流れて来ているようだな。人間の国の方向からは紅葉が風に流されている。……ふむ、成る程な。湖はこの雪解け湖が数千年の間で溜まった事によって生まれたのか。私はライたちと違って聖域を夢で見た訳ではないが」
「緑の葉っぱも生い茂ってる……四季が全て流れているんだ……」
聖域の入り口には、四つの国の現在の季節による名残が流れ込んで来ていた。
一方では桃色の花弁が吹き抜け、一方では白く冷たい雪が吹く。ライたちの場所からは人間の国の現在の季節である紅葉が吹き込んでおり、夏特有の青々しい葉が風に舞って弧を描く。
四季を体現したかのような場所。交差地点のある小さな島にだけそれらの影響が及んでおらず、周りに顕在する湖も相まってそこだけ切り離された別空間のような雰囲気が漂っていた。
「不思議だな……雪が降っているのに中心地点から見た空は快晴……雲一つ無いや」
「それどころか、周りに水場があるのに小島には木が一本も生えてない……」
「更に言えば、小島自体には小さな草が生い茂っているが、道が交差している場所にだけ草すら生えていないな」
「何処までも不思議な気配だ。四つの国が連なっているからこそ私たちがやって来た人間の国は昼間だと言うに、残り三つは明け方から夕刻に夜。四季のみならず時すら歪んでいる」
「けど……なんだか綺麗な場所……」
季節も時間も存在もバラバラな国に何の影響も受けず、ただ道の交差地点と小島が漂い、時折風で透き通った湖の水面が揺れる。
暫くこの不思議な光景に見とれていたライたちだったがハッとし、その小島へと近付いた。
「さて、湖の深さは結構ありそうだな。透き通っていて底は見えるけど……見えるからこそ、その深さが分かる」
「うん。かなり深いね。建物一つくらいなら簡単に収まりそう」
「普通の湖と同じくらいか。周りの気温の影響も受けないから凍る事も無く純水のままだな。まあ、流水だから私には辛いが」
「けどまあ、これくらいなら何とかなりそうだな。彼処の小島まで然程距離がある訳でもないようだ」
「うん……」
底まで透けており、気を抜けば水なんて無いのではと思ってしまいそうな湖。その深さはそれなりであり、深いという事は分かった。
しかし、ライたちには湖を渡る事など容易い問題だった。
「どうする? 湖を歩いて行くか、船を作るか、気泡を作るか」
その気になれば水の上を歩く事も可能。魔法や魔術を用いれば船を作ったり今までのように気泡の中に入って進む事も出来る。
要するに、水を進む経験が豊富なので何の問題も無いという事である。
「造るのは面倒だ。大した距離もないし、飛び越えるだけで良いだろう」
「そうだね。これくらいの距離なら問題無いや」
「右に同じ」
「うん……」
「そうだな。よし、じゃあ行くか」
そしてライたちが選択した答えは跳躍で飛び越えるという事。
小島までの距離は精々数十メートル程。全方位から中心に位置する小島までの距離がそのくらいなのでこの湖の直径は数百メートル程だろう。この程度の距離なら飛び越えるのは造作も無かった。
その次の瞬間にライたちは跳躍し、ひとっ飛びで小島へと到達する。起こす行動は簡単。先ずレイが勇者の剣を鞘ごと外して突き刺し、ライが謎の老人から貰った物を取り出して供える。
「……。さて、どうなるか……」
「合っているのかな……」
「此処からは未知の領域だな」
「ああ。どちらに転ぶか……」
「……」
念の為に距離を置き、その様子を窺う。
次第に緊張が高まり、五人は少し落ち着くように呼吸をし、生唾を飲み込む。何が起こるのか、どうなるのかは分からない。故にただ待ち、じっと剣と物を見つめる。
「「……?」」
「「……?」」
「何も……起こらないな」
そして何も起こらない。ライたちがそんな疑問に思い始めた──その刹那。
「「……!」」
「「……!」」
「……っ!」
辺りが大きく揺れ、透き通る湖の水面に波が立つ。ライたちの居る小島が徐々に上昇し、その揺れに少しバランスが崩れる。
数千メートルもの高さに浮かんだ所で上昇が止まり、空と宇宙の境目から光の柱が螺旋を描いて巻き付くように絡まる。そしてその瞬間、国境の交わる地点から光の道が伸び、螺旋をなぞるように上昇。気付いた時、ライたちの前には光の道が創り出されていた。
「……。これで……合っていたみたいだな……」
「うん。何というか、仰々しい仕掛け……何で小島が途中で浮かなくなったんだろう……」
「さあな。推測するなら……大気圏に出る必要があった……と言ったところか」
「そうかもしれないな。本来なら大気圏から外に出たら宇宙。だが、この光の道は大気圏と聖域を繋げる役割を担っていたのだろう」
「うん……そうかも……」
大きな仕掛けに派手な道。その理由は色々と考えられるが、おそらく宇宙に出ない範囲で留まる必要があったのだろうと考える。それなりの速さで大気圏に達した小島だったがライたちへの影響は無く、そこに道が現れた。
何はともあれ、聖域への道が開かれるのだった。