九百六十三話 魔王
──辺りはモノクロの世界だった。崩落した建物に何かに抉られたような大地。そこには一人の少年が立っていた。
少年は何かを考える面持ちで立ち竦み、崩壊した街をゆっくりと放浪する。
【あーあ、退屈だな。何か面白ェ事ねえかなァ】
その少年から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
どうやら退屈しているらしく、退屈凌ぎとして一つの街を崩壊させたらしい。
その言葉からアイツらしさが滲み出ている。アイツの姿を見るに、おそらくまだ齢二十にもなっていない頃。その時既に世界を破壊して回っていたようだ。
……まあ、俺も似たようなものか。
【それで、テメェはいつまで着いて来るんだよ。セイブル?】
──……っ!?
唐突に、アイツが俺の姓を読んだ。
いや、おそらくこれは違うか。多分この世界は夢。記憶の片鱗かただの夢かは分からないが、今までのように夢の中の存在が俺に干渉出来る筈が無かった。
まあ、後者なら普通に干渉する事が出来るんだけど。
「いつまでって言われてもねえ。行く当てが無いから貴方に着いて行っているのよ。ねえ、『トピア』?」
「あー……そうだな。カリーブ」
「カリーブって言わないで! なんか男みたいじゃない! 貴方は女みたいな名前なのに!」
「知らないよ……」
……。何か聞いた事がある会話だな。
そういえば、もう片方の俺の祖先の名は初めて聞いたな。
トピア。トピア・セイブルなのか、はたまた別の姓があるのかは分からない。しかし男性の方はトピアと言うらしい。
カリーブさんにトピアさん。声質からして後の夫婦になる俺の祖先なのは決定的。と言うか、こんなに前からアイツと付き合いがあったのか。今までの夢の中じゃ、最後の勇者との戦い以外に出ていなかったからてっきり王位? に就いた後かと思ってた。
【当てがねェ言ってもな。どちらにせよ、俺は気儘な一人旅。暇潰しに街を襲撃してるだけで、暇潰しついでに食料とかを略奪して生活してんだ。親父や御袋は支配者にしたがっていたが、何かつまらねェからな。結局俺にはこのやり方が性に合ってて……要するに俺も当てがねェって事だな】
「ふうん?」
アイツの旅する目的は暇潰し。それ程までに退屈していたのだろう。確かに俺に宿っていた時もつまらねェが口癖だったかもしれない。
そんな言葉を聞いたカリーブさんは不敵に笑って言葉を続ける。
「寂しいんだね。貴方」
【……! んだと?】
「だって、当てが無いならそう答えれば良いだけなのに、言う必要の無い情報も教えてくれたからね。あまり他人と親しく話していない……だからついつい話しちゃったんじゃない?」
【……っ】
カリーブさんの言葉に口達者なアイツが言い淀む。
退屈というのは言わば満たされない状況。その言い分が図星だったのか、アイツは黙り込んでカリーブさんを無視する。
「あ、ちょっと待ってよー!」
【うるせェ! 言っとくがな、俺は今の状況で満足してんだよ馬鹿が!】
「むっ? 馬鹿ってなによ! 事実を言っただけでしょ!? 満足してるなら何でそんなにつまらなそうな顔をしているの!」
【うるせェ!】
「オイ……少し落ち着いてだな……」
「【貴方は黙ってて!!】」
「……。はい……」
トピアさんが押されている。なんか、気の毒になってきたな。
しかしアイツもアイツだ。多分アイツの性格上、女子供関係無く自分にとって嫌な存在は殺せる。それをしないとなると、今の状況が楽しいのかもしれない。
そこで、とカリーブさんが言葉を続けた。
「じゃあさ。世界征服しちゃって魔王にでもなったら? 貴方の暇潰しで世界なんて簡単に破壊出来ちゃうじゃん!」
【「……。は?」】
カリーブさんの言葉に二人は素っ頓狂な声を漏らす。
そりゃそうだ。突然世界征服すればと言われれば困惑する。俺も初めてアイツに言われた時正直困惑した。
だけど、前後の会話と何の関連性も無い今にそれを言うのか。
【オメェなァ。考えてみろよ。世界征服ってのは支配者とか世界中の主力を倒す必要があるんだぜ? 戦い自体は好きだが、面倒だ】
「怖いんだ?」
【怖くねーよ! 俺はただ単に面倒ってのをな】
「良いじゃん良いじゃん! 世界征服! きっと楽しいよ!」
【……っ】
意外だな。アイツの性格なら良いじゃねェか! って乗りそうなもの。案外現実主義者だったのか。それをカリーブさんに変えられたと。何か俺と逆だな。俺の祖先なのに。
【チッ、分ーったよ! ならやってやろうじゃねェかコンチクショー! 景気良く魔王になってやるぜ!】
「その意気だよ!」
「……。お前は魔王にならないのか?」
「え? 私はそんなに強くないからね。暇潰しだよ。暇潰し! 全員の暇を潰せるのはお得でしょ?」
「そうかよ……」
乗せられ、アイツが世界征服。即ち魔王になる道を進んだ。
全ての元は此処だったって訳か。まあ、お陰で俺の目的も達成出来たし、結果オーライか? いや、そもそもアイツが魔王にならなきゃ魔族が迫害される事も無かった気がするな……。まあいいか。
その様な事を考えているうちに世界が流転し、景色が変わった。此処はどこだ?
映る光景は暗い場所。しかしうっすらと明るい場所に豪華な物が見えた。じゃあ此処は城か。
「凄いじゃん! 半年で世界征服を終えちゃうなんてさ!」
「俺も驚いたよ。まさかこれ程までとは……」
【いや、一番驚いたのは俺だよ。世界征服はまあ想定の範囲内だが、まさか俺が魔王になると同時に婚姻関係になるとか。早過ぎねェか?】
半年。その期間内でアイツは世界征服を達成し、魔王と呼ばれる存在になったらしい。
凄いな。俺の約半分の時間で遂行か。
てか、カリーブさんとトピアさんももう結婚したのか。まあ多分、カリーブさんが一方的にトピアさんを押して押して押しまくったのは容易に想像出来るな。
おそらくこの城は他の者達に建てさせたもの。なのでまだ兵士も幹部も側近も居ない様子。
しかしそこからまた直ぐに世界が流転し、数年後。勇者との決戦の日になる。
「やれやれ。噂以上に強いね。勇者様……! 私たち二人掛かりでも此処まで押されるなんて……!」
「ああ。予想以上の強さだ……!」
「いや、俺も驚いた。まさかこの剣が無効化されるなんてな。魔法はあまり使っていないんだが、アンタらにはそれくらいしなくちゃならなそうだ……!」
カリーブさんとトピアさんは二人掛かりで仕掛けているらしく、勇者を苦戦させていた。この頃はまだそこまで力が無かったのか、それとも俺の祖先が強いのか。
まあ、強いは強いんだろうけど、具体的な強さは分からない。どちらにせよ、この後勇者は魔王に勝利するからな。
そして次の瞬間にはまた景色が変わり、勇者の前にカリーブさんとトピアさんが倒れ伏せていた。
勇者にも多少の息切れがあるが傷は少なく、そのまま剣を納める。
「やっぱり最奥付近ともなると手強いな。だが、此処は通らせて貰う」
「あーあ……負けちゃった……けど……痛み無く逝かせてくれるなんて……優しいんだね」
「ああ……。しかも……俺たち夫婦を共に逝かせてくれるなんてな……ハハ……感謝するよ……」
「いや、俺は優しくなんて無いさ。夫婦と言ったな……あの壁の向こう……小さな気配がある。子供が居るのか」
「そうだね。けど……もう関係無いよ。見つかったなら最後……危険因子は排除しなくちゃならないでしょ?」
「侮るな。敵対種族だとしても、子供まで手に掛ける英雄が何処に居る。だが、両親を殺してしまったのも事実。俺は一生、あの子供……いや、この城に居た兵士や主力たちの家族に怨まれなくちゃならない。それが戦争の参加者が背負うべき罪だ。けど、おそらくこの城が落ちたら魔王に怨みを持つ者達が攻めて来るだろうさ。魔王と同族の魔族全員を殺しにな。だから、せめてもの償いだ。責任を持って俺は生き残りを集め、その集落を此処。魔族の国の中にある、一つの街としてなるべく助けると約束しよう」
「一人で色々言っちゃって……本当に御人好しなんだな。勇者。俺の子供たち……子孫たちが勇者を好きで居て欲しい……」
「……。どうだろうな。未来の事は分からない……」
それだけ告げ、夫婦が同時に絶命する。
勇者は振り返る事無く呟くように眠る二人を後にした。
成る程な。どうやら俺は、しかとご先祖の意思を受け継いだらしい。憧れの存在がその勇者だからな。
「──今度こそ、これで、終わりだ……魔王ォ!!」
【クッハッハッハッハァッ!! 見事だ!! 勇者!! これでテメェが、完全に勝利を収めた!!】
そして前に一度、夢の中で聞いた会話が聞こえてくる。あれは確か、シンクロニシティの存在をレイたちと共に体感した時だ。
そう言えば、今はレイたちが居ないな。久し振り? の俺だけの夢だ。
そんな、消滅した魔王。しかし闇の中から、前は聞こえなかった言葉が聞こえてくる。
【ハッ、終わっちまったか。死にゃしねェが、封印されんのか。長い退屈があるんだろうな】
おそらくこれは魔王の心情。退屈を拒んでいた魔王だからこそ永遠に等しい退屈は苦痛なんだろう。
そんな魔王は漆黒の塊。魂のようになって漂いながら主力が全滅した城を行く。そして魔王の部屋の前に最後の主力、俺の祖先たちが居た。いや、居たと言っても既に命は無い。あの二人の形をしたただの抜け殻である。しかし勇者は丁寧に寝かしていたらしく、遺体に損傷は無い。アンデッドにならないように供養されているが、全員を埋葬する事は出来なかったようだ。
【……。思えば、俺の人生の大半はテメェらに先導されたモノだったな。今後世界は魔族に対して厳しくなる……ま、俺の所為だが。……クク、だったらテメェらの子孫くらい、守ってやっても良いかも知れねェな。俺の子孫は強ェから大丈夫だろ】
それだけ告げ、魔王の魂は何処かへと飛んで行く。多分それがカリーブさんとトピアさんの子に宿り、俺に宿ったのだろう。
そして次の瞬間に城が消滅し、城中の遺体が全て消え去った。戦闘の余波で既に崩壊していたが、完全な消滅という事みたいだ。
確かに魔王城の跡地とかは無かったな。多分主が消えると同時に城も消えるような魔法や魔術でも掛かっていたんだろう。
──そして、また俺の意識が遠退いた。
もう二度と魔王関連の夢は見ないと思っていた。感覚で分かっていたけど、何故また急に夢を見始めたのか。
けど、何となく分かる。アイツが居なくなったからこそ、記憶の断片から夢に変換されたんだろう。その記憶はおそらく、前にフォンセたちの力が宿った事で現れた遺伝子の記憶。それらが相まり、魔王の夢を見たんだと思う。
──声は聞こえない。もう既に存在が居ないから今までの夢のように名残すら無いのだろう。
──遠退く視界と消え去る城。勇者の背中が近くなる。そして俺は微睡みから目覚めた。
*****
「……」
目が覚めたライの周りには静寂が包み込む。
微かに聞こえるレイたちの寝息。今回は見張りも必要無く、エマも睡眠を取っていた。
元々ヴァンパイアは昼間に寝て夜に行動するのだが、ライたちに合わせて眠っているのだろう。
現在の場所は宿の部屋。既に支配者の街"パーン・テオス"は旅立っており、聖域を目指しての旅の中で三日が経過していた。
何となくライはベッドから起き上がり、まだ薄暗く星と月の見える外を見やる。ほんのりと明るみも出てきており、日の出が始まっているくらいの時間帯という事が分かった。
(……。静かだな。いつもならエマが起きていたからこんな感覚は無かったけど……何となく心細いな……)
外を見、近くの椅子に座る。頬を窓に当て、その冷たさが心地好かった。
現在地が人間の国である事は変わらない。しかし今は夏が過ぎ、秋の涼しさも感じ始めた頃。秋特有の雰囲気から孤独感が強まっているのだろう。
(なあ、何か無いか。魔王……)
シーン……と、何となく話し掛けたライの周りに静寂が覆う。
ライはハッとし、何となく背筋を伸ばして姿勢を正し、再び窓の外を眺めた。
(そう言えば……居ないんだったな。心細い感覚……それはエマだけのものじゃない。ただひたすら静かなんだ。これが普通の感覚だけど……何とも言えないな……)
先程まで、夢の中で魔王(元)の声を聞いていた。しかし現実に魔王(元)の存在は無く、五月蝿い程の静寂が依然として流れ続ける。
する事もないので窓の外を見続けているが、一分一秒が長い。もう一度眠ろうにも色々考えてしまって眠れる気配が無く、ただひたすら長い静寂を堪能する。
(レイたち……早く起きないかな……)
ふとその様な考えが脳裏を過り、赤くなりつつある空を見上げる。
ライたちの旅。その終着点。そこは聖域。
聖域を目指しての旅の途中、宿の部屋でライは静寂と共に夜明けを待つのだった。