九百六十話 世界征服宣言
「行くか……!」
「さて、どれ程やれるかな。私が」
踏み込み、加速。既に力は無く、動くだけで精一杯。寧ろ動ける事が不思議な現状、一歩進む毎に血が流れて足元がフラつく。
しかし構わず仕掛け、ヴァイスの眼前に拳を放った。
それをヴァイスは避け、回り込むように裏拳。ライはしゃがみ、足を痛めながら勢いをつけて蹴りを打ち付ける。
それをヴァイスは蹌踉めきながら躱し、ライの足を掴んで放り投げた。その瞬間にライはもう片方の足で牽制。直撃し、二人は弾かれるように数メートルの距離で倒れ伏せる。
「ハァ……やっぱ……キツいな……今の俺じゃ、常人以下かもしれない……」
「ハハ……ハァ……私も……同じさ……全能と……同時に……生物兵器としての……再生力も消え去ってしまったようだ……まあ……生物兵器の学習能力から得た全知全能……同時に消えるのはおかしくない……」
互いに感じている痛みは計り知れない。動く事は出来ているが、今のライやヴァイスは常人にすら勝てるか分からない程に疲弊していた。
本来の力が出せないからこそ、自然回復に任せるしかない現状である。
「何とか……持ち堪えられれば……私自身の再生能力を使えるんだけどね……時間が掛かりそうだ……」
「ハハ……それなら……アンタは今のうちに倒しておくべきか……!」
フラつき、覚束無い足取りで加速。ヴァイスに迫り、今度は回し蹴りを打ち付ける。
動きの大きな回し蹴りなどを今の状態で使うのは本来なら得策ではないが、何事にもリズムは重要。攻めのリズムを刻む事でテンポの良い攻撃を行っているのだ。
「倒すと言っても……共倒れに……なる……可能性の方が……高いけどね。……まあ……仲間が居る君と独りの私じゃ……倒れた後で負けるのは私という事になるけど」
「逆に……アンタの回復が終われば一気に戦況が不利になる。本当に軽く回復するだけでな……!」
互いにも色々な制約はある。
ヴァイスの場合は共倒れだとしても敗れた場合、他の主力や街の兵士たちによって粛清される事。
ライの場合はヴァイスが再生の能力を使った瞬間に一気に不利な状況へと追い込まれるという事。
お互いにその様な制約を背負いながら行う戦闘。両者ともに長くは持たないのだろうが、雌雄を決するに当たって時間という存外が大きく作用していた。
「だから……さっきも言ったようにアンタを倒す!!」
「フフ……やってみな……!」
踏み込んで駆け出し、一気に加速してその眼前に迫る。同時に拳を打ち付け、それをヴァイスは片手で受け止めた。
刹那にライは裏拳を叩き込み、ヴァイスがしゃがんで躱す。そこから拳が打ち上げられてライは飛び退き、ヴァイスが距離を詰めて嗾ける。
ヴァイスの拳は見切って躱し、すれ違い様に仕掛け、それを避けたヴァイスが追撃した。
「はっ……!」
「……っ」
拳とは違う、指先を用いた突き。狙いは目や鳩尾という人体の急所に当たる場所。
力を出し切れないからこそ、最低限の力でより強いダメージを与える為に仕掛けたのだろう。
それをライは見切り、ヴァイスの手首を掴んで阻止。両手首を掴まれたヴァイスは頭突きを打ち付け、ライとヴァイスの傷口が開いて頭から鮮血が流れる。
「ハハ……アンタもダメージ負ってんじゃないか。頭突きってのは、仕掛けた方もそれなりに痛いぜ?」
「それは拳も同じだろう。時と場合によっては殴った方が痛いらしいけど……何でかは分からないね。外的要因による痛みなら殴った方が痛くなる筈が無いのに」
「それはまあ、アンタには関係無い事だ。少なくとも俺は……アンタを殴る事で痛みは感じない……!」
軽く交わし、即座に仕掛ける。
ライが手刀を用いて横に薙ぎ払い、それを少し後退りながら後方に移動して躱すヴァイス。瞬間的に体勢を低くして攻め入り、ライは飛び退いて距離を置く。刹那に再び迫り行き、ライとヴァイスの拳が交差して互いの頬を掠った。
今の状態では拳が当たるだけで頬が切れる事もない。二人は一瞬制止して向き直り、近距離で鬩ぎ合いを織り成して今一度距離を置いた。
「ある程度は時間を稼げた。"再生"!」
「……っ。間髪入れないのかよ……!」
少し戻った力を使い、ヴァイスは自身の体力と傷を癒す。
完全には回復出来ないが、ほんの少しでも回復出来ればもう問題は無くなる。
「さて、仕掛けるか」
「……ッ!」
先程よりも速く鋭い突きを鳩尾に打ち付け、ライは口から空気が漏れる。思わず前のめりに屈み、その顎をヴァイスは蹴り上げた。
「カハッ……!」
「良いもんだ。本能少しの力が戻るだけで……君を圧倒出来る!」
蹴り上げられて仰け反ったライの腕を掴み、自身の元に引いて鼻へ拳を叩き込む。それによって鼻の骨が折れて鼻血が流れ、続くようにライの頬を裏拳で殴り付けた。
その一撃で歯が抜けて飛び、口内が傷付き血が流れる。同時に首を掴んで持ち上げ、小さな跳躍と同時にライの身体を地面に叩き付けた。
「ガッ……!」
「もう、終わりだね」
優位に立ったヴァイスは片手に力を込め、更に自身を回復させる。同時に力を拳へと流して強化。トドメの一撃を放とうとした──その瞬間、
「させ……るか……よ!「」
『うむ……!』
『良い気になるでない……!』
「……。おやおや。君達か」
シヴァにドラゴンとテュポーン。一番力を使い未だに目覚めぬゼウスを除いた支配者たちが仕掛け、ヴァイスは跳躍して躱す。刹那に懐から一本の棒を取り出し、一人と二匹を纏めて吹き飛ばした。
「邪魔だよ。薙ぎ払え。如意棒!」
「『『……ッ!』』」
放たれたのは如意金箍棒。まだ持っていたらしく、それを支え切れる程の力が集まったのかそのまま周囲の建物を粉砕し、星一つに匹敵する長さと変えて薙ぎ払った。
星の裏側までは到達しないだろう。しかし与えられた被害は甚大。折角直った街が今一度崩壊し、ヴァイスは片手を掲げた。
「私の本領は道具さ。使えるモノは、全て残しておくよ!」
「『『……!』』」
同時に再生の力を使い、肉片から生物兵器の兵士達と合成生物を再生。一気に仕掛け、目覚めた主力たちから目覚めぬ主力たち。街の兵士や住人を見境無く襲わせる。
そして更に続けた。
「此処からは私の時間だ。選別を開始しよう。君達全員は合格者。だけど、今の状態で死んだ者は不合格にする」
崩れた建物の瓦礫に乗り、人間の国"パーン・テオス"と世界中の主力たちを崩壊させる。
目の前の光景は正に地獄絵図。冷静だったヴァイスとは思えぬ行動だが、やはり一人の生物。時には感情に支配されてしまうのだろう。
そんな中、既にズダボロのライが立ち上がり、周りに視線を向けた。
「ハハ……とんだ暴君だ。なら、俺からも言いたい事がある。発言の許可は下ろしてくれるか? ──現・魔王さん……!」
「……。良いだろう。どの道君は簡単には治らない。治せない。今の主力たちは生物兵器だけでも十分だからね」
言いたい事。思った通り、その様な事の発言は許してくれるらしい。
それならば好都合と、ライは息を吸い、大きく宣言した。
「……人間! 魔族! 幻獣! 魔物! 此処に居る主力から此処に居ない存在に告ぐ! 既に知っている者は多い! 幻獣の国の者たち以外は知っている事だ! ……俺は侵略者だ! たった今からこの世界を征服する! だから選ばせてやる! ヴァイスに選別される世界と、俺に征服される世界! どちらの世界を望むかはアンタらに委ねた!! 一年弱前に、元・魔王と一緒に決めた事……もう元・魔王は居ない……! だが、元・魔王と行った世界征服旅の集大成が此処にある! アンタら全員、俺の世界征服を受けろ!!」
「「「……!」」」
『『『……!』』』
『『『……!』』』
ライの言葉、それは唐突な世界征服宣言。委ねると言いつつ征服を強要する物言い。
そんな言葉に全主力たちは息を飲み、ライは構わずヴァイスを睨み付ける。
そして一つの声が上がった。
「ハッ……! 俺たち魔族は既にコイツらに征服されている! 関係ねェ! 俺たちはライが征服した世界側の存在だ!」
『『……!』』
『『……!』』
一番最初に征服した国、魔族の国。シヴァの言葉から続くように声が上がった。
『余たち魔物も既にこの者たちの傘下よ。主ら、全員賛成せよ。さもなくば魔物の国の全ても敵対する!』
続いたのは魔物の国の支配者、テュポーン。
魔族と魔物。その国が手中に収められているなど知らぬ者も多い中、辺りに困惑の色が見えた。
そこから更に畳み掛けるよう、ライは大きく言葉を続けた。
「俺がしたいのは支配じゃない! 世界征服はあくまで形だけ! 俺一人じゃ出来る事は限られているからな! 全ては今の世界の形のまま、不要な争いが必要無い"平和"という形だけを残して存在させる! そんな俺に出来る事、アンタら全員、護ってやるから俺に征服されろ! そしてその世界を守ってくれ!」
世界はライが護り、平穏は皆で守る。
その言葉に、目覚めたゼウスが起き上がって言葉を発した。
「我らは既に認めている。だろう? アテナよ」
「……。ええ、そうですね。あの少年の行動……信頼に値すると判断しました」
「そう言う事だ。元より、今の我は全能の力すら使えぬ程に弱っている。どの道ライに全てを委ねる他あるまい」
ゼウスたち。即ち世界最強の人間の国も心して受け入れる。周りから異論は無い。そして最後に、幻獣の国の支配者であるドラゴンが続けた。
『……。ふむ、良かろう。ならば乗ってやる。俺たち幻獣の国も主らに征服されてやろうではないか。だが、一つだけ約束しろ。者たちは全員、しかと護れ!』
その言葉にも異論は無い。故に、全てが決まった。
まだまだ住民たちの了承も必要だが、それは一先ずさておく。
全員からの了承を得たライは改めてヴァイスに向き直る。
「ああ、護ってやるよ、全員! 時間を取らせたな。俺の目的は終わった。後は、現・魔王のヴァイス・ヴィーヴェレ。アンタを倒すだけだ」
「……。そうか。見事な演説だった。極限状態に追い込んだからこそ世界征服の口実を受け入れ易くなる。心理を付いた良いやり方だったね」
ライの黒髪が風に靡き、カラカラと足元の瓦礫から欠片が溢れる。
ヴァイスはわざとらしく手を叩いて称賛し、スッと目を細めて言葉を続けた。
「じゃあ、茶番は終わりだね。下らない創作。御伽噺のように意味あり気に消えていった元・魔王。都合良く現れた二つの存在。その全ては中々面白かったよ。内心焦ったし、ハラハラドキドキの展開だった。良い紅茶が飲めそうだ」
「そうかい。それは何よりだ。けど驚いたな。アンタも本を読むのか」
「ああ。大好きさ。全ての苦労が水の泡となるバッドストーリーなんかは特にね」
「じゃあ良かった。好都合だ。アンタの物語は、アンタのバッドエンドで終わりを迎えるからな!」
広くて狭い、一つの世界を賭けた戦い。
再生の力によってある程度の回復を終えたヴァイスと先程よりも更に負傷と疲弊をしたライ。対照的な二人による、同じ目的の戦闘。
この戦いは、" エンド"に向けて進むのだった。