九百五十八話 タイムリミット
【早速小手調べだ!】
「……!」
元の身体になった魔王(元)が踏み込み、何もない空間を歪めて加速した。
今の魔王(元)は軽く力を込めている程度。それだけで空間を歪める速度を出せるのは本来なら脅威的な事だが、全知全能の前ではほぼ意味が無い。ヴァイスは眼前に迫った魔王(元)を受け止め、そのまま背後に受け流す。同時に手刀で首元を狙い打ち、魔王(元)は身を捻って躱した。
【ハッ、正面から攻めるだけじゃ駄目か】
「だからと言って魔術で牽制しても無駄だよ」
躱すと同時に魔力を込め、そのまま魔術を放出。それを予知していたヴァイスは何でもないように返し、魔術を逸らして周囲を破壊した。
直撃しても大丈夫ではあるのだろうが、何となく逸らしたのだろう。逸らした瞬間に加速して魔王(元)に迫り、魔王(元)とヴァイスが正面から衝突して既に何もない空間を粉砕。刹那に鬩ぎ合い、互いの身体を弾き飛ばした。
「俺もやらなくちゃな!」
「やれると良いね。魔王の力が無くなった君に」
その一方ではライとヴァイスが攻防を繰り広げていた。が、攻め立てているのはライのみでありヴァイスはそれをいなして躱す。
拳を打ち付け、蹴りを放ち、それが避けられてライの側頭部から蹴りを打ち付けられる。その蹴りを見切って躱し、下方から振り上げるように拳を放ってヴァイスの身体を吹き飛ばした。
「やれるさ。今の一撃が当てられたからな」
「そうかい。だけど魔王の力が抜けたんだ。君にはもう異能の類いも効くと思うんだけど……どうかな?」
「聞かなくても分かっている癖によく言うよ。けど、そうだな……俺の今の力で破壊出来る異能なら変わらず無効化出来るんじゃないか? さっきも言ったように範囲が少し狭くなっただけで、衝撃波で消せる異能は変わらず無効化出来る筈だ」
「じゃあ試してみよう」
その瞬間、ヴァイスはライに向けて灼熱の業火を放出した。
灼熱と言ってもその温度は凄まじい。地獄の最下層の炎すら生温く感じる程の炎。存在するだけで宇宙を焼き尽くし、そのまま多元宇宙に及ぶ炎だが、
「この空間で……衝撃波はどれくらい通じるんだろうな」
ライが拳を放ち、それによって生じた衝撃波によって炎を全て掻き消した。
何の存在も無い絶対無限の空間だが、それでもそんな空間に衝撃波を起こせるライの力。魔王の力が無くなったからと言って、異能の類いはある程度打ち消せるようだ。
「成功したな。じゃあ後は……時間停止とかのように時空間に干渉する力が相手の場合はどうなるかだな」
「大丈夫さ。もう教えておくけど成功するよ。今の君は時間が止まっている間の時間より速く動けるからね。"時間停止"が作用するよりも前にその"停止"の世界から抜け出せる。その他の異能も魔王が宿っていた時とあまり変わらなそうだよ」
エレメントからなる異能は無問題。それなら他の力、例えば時間停止などだが、ヴァイス曰く時間が止まる時間よりもライは速く動けるので問題無いとの事。
どういう理屈かは分からないが、全知のヴァイスが言っているので取り敢えず問題は無いのだろう。嘘を吐いている可能性もあるが、時間停止の力を使わない時点で大凡の検討は付いた。
「そうか。それは良かった。んじゃ、続きと行こうか?」
「ああ、勿論さ」
その瞬間、今一度戦闘が再開する。目にも止まらぬ速度による鬩ぎ合い。従来のように既に絶対無限の速度を超越しており、言葉では表せぬ速度で多元宇宙破壊規模の攻撃を織り成す。
ライの成長速度も健在。魔王の力が無くとも全能の逆説を受け付けない完全な全知全能の相手も務まるようだ。
【クク……アイツには、もう俺の力が必要ねェかも知れねェな。全知全能と対等の時点でそれは決定的だ】
「そうか。それは良かった。それならもうこの世に未練など無いだろう。消え去ると良いさ」
【……。ああ、そうかもな。……ハッ、なんてな。んな訳にゃいかねェよ。取り敢えずテメェらをぶっ倒してやるぜ!】
返答と同時に踏み出し、二人のヴァイスの元に向かった。
現在、魔王(元)は二人のヴァイス。ライとレイはそれぞれ一人ずつのヴァイスと戦闘を織り成している。純粋な力だけならもう既にライとレイが魔王(元)をも越えているのだが、"暇だから"。"楽しみたいから"という理由で魔王(元)は自身に苦行を強いているのだ。
全知全能の存在が二人であり、その二人も今のライやレイと同じ力。進化も成長もしない魔王(元)は到底及ばない相手なのだが、何でもないように渡り合う。
【ハッハッハ! 身体が軽いな! つか、俺にも成長力が宿ってやがる! アイツの身体にずっと居たから成長力が移ったのかもな!】
「「……っ」」
成長はもう止まっている筈。しかし魔王(元)は成長を続け、ライにも比毛を取らぬ速度で力が上昇していた。
流石のヴァイス達も少し戸惑うように言葉を発する。
「まさか……本当に君が思っている通りの事柄が起きているとはね……やはり完全な肉体を与えたのがマズかったかな」
「その様だ。かつて世界を統べた魔王。ライの身体に宿った事でライの成長力を模倣したのか……はたまた別の世界のライ達の力が取り込まれた事で概念のような存在の魔王に成長力が戻ったのか……ああ、どうやら後者みたいだ」
魔王(元)は先程までライに宿っていた。そしてそんなライは別の世界の自分の力を取り入れて宿した。
つまり、魔王(元)はその時にライの成長力も受け取り、自分のモノに出来たようである。
水の中に色の付いた液体を入れた時のように薄くはなるが交わり、その力が宿る。理屈で言えばおかしくない。油なら水を弾くが、既にライの一部だった魔王(元)はライと同じ水のような存在なのだろう。
「エラトマさん、本当に凄いや。私のご先祖よく勝てたね……」
「いや、本当に凄いよ君は。先程から何度も余所見しているけどそれでも私と渡り合っている。そんな君の先祖なんだ。かつての魔王を倒せてもおかしくはないさ」
魔王(元)の様子を見やり、ヴァイスをいなしながらレイは呟いた。
魔王(元)の実力は知っている。だが、本人の戦闘を間近で見るのとライに宿った状態で見るのとでは大きく変わるのだろう。
しかしヴァイスは余所見しながらも普通に戦えているレイの存在の方を気に掛けていた。
無論の事全知全能の力は常に使っている。当然肉弾戦のみならず、エレメントを始めとした異能や時空間に干渉する力。勇者の剣の奪取を試みたり意識を奪おうと行動に移したり自分を増やそうと隙を窺っているが、レイは完全に捉えてそれらを阻止している。全知を以てしても読み切れない、読み取る事は出来るが読み取った瞬間にそれを追い越す力は素直に称賛に値する事柄だった。
「あ、そう言えば……確かに私、無意識に反応しているかも……身体が自然に動く……そしてそれを自分自身で理解しているや……」
「無意識なのは面倒だね。心を読む機会が無くなってしまう。まあ、未来の様子は見れるんだけど、直ぐに追い付かれてしまうからね」
それは、レイ自身が言われるまで気付かなかった無意識間の行動。おそらくレイには、その様な力が宿っているのだろう。
無意識のうちに全てを終わらせる戦い方。考えてみれば、傷を負えば負う程に身体能力が上がっていたのも意識が遠退くにつれて無意識での行動を起こせていたのかもしれない。
全知全能の存在の前ではそれすら容易く見切られるが、全知全能に匹敵する勢いで潜在能力が高まるレイ。ヴァイスからしてもライや魔王(元)とは違うベクトルで厄介な存在なのだろう。
「向こうも苦戦しているようだね。私たちもか」
「ああ。やはり一筋縄じゃいかない相手だ。周りの者達を人質に取る作戦もあるけど、全能の力を発動するよりも前に仕掛けられてしまうんだ。そんな事出来る訳もない」
ライと魔王(元)とレイ。相対する三人を前に、ヴァイス達は苦い顔を浮かべていた。
本来の全知全能は相手が意識するよりも前に仕掛ける事も容易く行える。だが、ライたちは成長力という事柄だけでその全てを防いでいる。
自分の姿を見ただけで存在を消し去れる力や自分に意識を向けただけで相手に勝利する力なども全能の一部なので使えるのだが、全能が反応するよりも前に仕掛けて来るライたちが相手ではそれも難しいのだろう。
使っていると言えば既にその様な力を纏っているのだが、力が作用するよりも前に事が終わる。もしくは発動と同時に無効化される。全知全能ではない存在の三人は、全知全能を相手にするよりも厄介だった。
「けどまあ、既に事は済ませてある。後はそれまで如何にして時間を稼げるかだね」
「ああ。そうすれば、一先ずの今現在この瞬間の目的である──」
【──俺の抹消は完了する……だろ?】
「「…………」」
「なにっ?」
魔王(元)の言葉に二人のヴァイスは肩を落とした。同時に近くへ来ていたライの耳にその言葉が入り、思わずそちらに視線を向けてしまった。
魔王(元)の抹消。それが意味する事は考える必要も無い事であり、そのままの意味。
その時間が経過した瞬間、魔王(元)の存在が消え去るらしい。魔王(元)は言葉を続けた。
【おかしいとは思ってたぜ。態々強い身体を用意してくれていたんだからな。存在だけになったらアイツの身体に戻るとか、弱い身体じゃ耐え切れねェとか色々言ってたな。まあ多分それは本当なんだろうが、テメェの事だから念を入れたって訳だ。おそらくだが、戦い始めて数秒から数分後に俺は消え去る。そういう風に身体を生み出したんだろ? 始まった瞬間に消し去ったらアイツの身体に戻っちまう。だから数分間離させるのが目的って訳だ】
肉体の消滅。それはヴァイスが時間制限を用いる事によって生み出した所業。
全知全能のヴァイスならその場で消し去る事も可能だが、それでは魔王(元)がライの元に戻ってしまう。存在その物を引き抜いた瞬間に消しても今までのように消えたり消えなかったりと流転を繰り返すだけ。流転も成功のうちに入るので全能なのには変わらないが、新たに現れる存在を消し去るのも手間。
なので予め時間を決め、確実に消し去ろうという魂胆なのだろう。
ヴァイスは軽く笑って返す。
「ハハ。気付かれてしまったか。案外頭が回るのか、自分の事に対してだけそうなのか。……どちらなのかは分かっているけど言わなくで良いね。そうさ。魔王の完全消滅。それが目的……能力だけなら合格者に比毛を取らないけど、肉体も持たない存在……私は命を尊重するんだ。最近ならまだしも、数千年前に滅びた存在……いつまでもこの世にしがみつくのは見苦しいよ」
【ハッ、下らねェ。何か色々言ってっけど、態々《わざわざ》"最近ならまだしも"っ言ー言い訳を入れたって事は、結局自分に都合良く選別を行ってるだけじゃねェか】
本人から答えは出た。
どうやら本当に魔王(元)には消え去る力が作用しているらしく、既に能力として付与された余命は魔王の力を以てしても無効化出来ないらしい。
ライとレイは慌てるように魔王(元)へ言葉を発する。
「おい! 本当なのか!? お前が消え去るって……!」
「エラトマさん……!」
【言ってただろ? 本当だってな。だがまあ、お前は……お前たちはもう大丈夫だ。そんな事より、アレ、どうにかすっぞ】
「大丈夫……? と言うかアレって……」
「アレ……」
魔王(元)に気を取られたライとレイに指摘し、そちらの方向をライは見やる。
そしてその眼前には、そこはかとなく厄介な光景が映し出されていた。
「ありがとう。お陰で私たちを増やす事が出来たよ。一瞬の隙……それはかなり重要だね」
「「「ああ、その通りだ」」」
──そこに居たのは、再び絶対無限の数となったヴァイス達。
魔王(元)が気を張っていたのでいつものヴァイスに全知全能の力が戻ってはいなさそうだが、今回は三人の行動を完全に阻止する事は出来なかったらしい。故に、再び全能の力によってヴァイス達がヴァイス達を増やしてしまった。
「「「さて、もう終わりにしようか。ライ、レイ、魔王……エラトマ」」」
「「……っ」」
【クッハッハ!! 良いじゃねェか!! 最高のシチュエーションだ!! 残り時間、存分に満喫してやるよ!!】
絶対無限の数に増えたヴァイス達を見たライとレイは絶句し、魔王(元)は楽しむように嬉々として身体を動かしていた。
魔王の存在の消滅。そして再び絶対無限となったヴァイス達。畳み掛けるように迫ったそれらに理解が追い付かず、ライとレイは肩で息をしながら構え直す。
ライ、レイと魔王(元)。そしてヴァイス達。その者たちが織り成す最終決戦は、魔王(元)の消滅のカウントダウンと共に次の段階へと持ち込まれた。