九百五十七話 復活の魔王
「まあ、数が一人でも四人でも絶対無限でも、やる事は同じだね。即死に意識奪取と能力奪取。その全てが効かないから、正面から打ち砕く」
【ハッハッハ! さっきまでテメェらと全く同じヤツが俺に圧倒されてたんだぜ! 数が増えたところで意味が無ェし問題無ェ!】
「……え? ライ……? ──……あ、魔王さんが宿っているのか……」
【応ともよ! お前の先祖とは敵対関係にあったが、仲良くやろうぜ!】
「あ、はい……」
ヴァイスは捨て置き、ライの変化に戸惑うレイだったがその口振りから魔王(元)が宿っていると見抜き、魔王(元)の言葉に別方向に戸惑いながら返した。
何はともあれ、相手が相手。当然今の会話の最中も一瞬の油断もしていない。したらその瞬間に意識が奪われるかまたヴァイスが増えるからだ。
互いに張り詰めた空気が走り、相手の出方を窺った。
【相変わらず焦れってェな! さっさと来いやァ!】
「来いと言いつつ君が来るんだね。まあ、分かっていた事だけど」
しかし窺っていたのはほんの数秒。早くも痺れを切らした魔王が踏み込んで加速した。
ヴァイスは返答しつつ対応し、魔王の拳を受け止める。同時に回し蹴りを打ち付け、それを受けたヴァイスが弾かれるように距離を置いた。
「やれやれ。ライの力だから当然だけど、力自体はライと同じなのに何だかやりにくいな。本人の性格故か、行動故か。まあ、その二つなのは確定なんだけど」
【ハッ、ただ力に任せたゴリ押しに弱いだけだろ。テメェは案外慎重みてェだからな。様々な策を用いて嗾けようとしてやがる。だからただひたすら攻める事には弱ェみてェだ。全知の力を単なる予測とかにしか使ってねェのは勿体無ェな!】
「成る程ね。全知の力は謂わば全ての情報を記憶に納めている状態。その事を知ろうとすれば知れるけど、知ろうとしなければ普通に戦っているのと同じ。常に何かを考えている人なんて稀有だからね。常人は訊ねられた事や指摘された事に対してそれに適切な事を考える。私も常人と同じだったって事か」
全知全能になったヴァイスだが、全てを知っているだけで聞かれなくては考えない事もある。それはヴァイスのみならず、先程までのいつものヴァイスやゼウス及びその他の全知の存在。聞かれなくては考えないという部分だけなら常人にも言える事。なので時と場合に寄っては攻撃が直撃する事があるのだ。
尤も、今回に限って言えば魔王が主人格になる前までのライも応戦出来ていたが。
「まあ、やり方は沢山ある。それこそ無限の戦法がね。その過半数は無効化されるけど、出来る範囲でやってみるさ。戦略を練るのは全知とは別件だけど、全知の力で"最善の策"も練られるからね」
【ほう? んで、その最善の策は何なんだよ?】
「……。うん、何の策も無い。正面突破が一番可能性が高いね」
【全知じゃねェ俺にも分かりやすくて助かるぜ!】
策を確認した魔王による怒濤の攻め。その全てを二人のヴァイスがいなしていく。
拳を逸らし、足を逸らし、左右から攻め立て避ける方向も見切って嗾ける。
しかし魔王は避けず、二人を正面から受け止める。同時に振り回し、無の空間に放り投げて魔力の塊をぶつけて爆散させた。
「そう言えば、普通に魔術も使えるんだったね。今のライじゃ普通の一流魔術師レベルだけど、魔王はもはや次元超越クラスの魔術。全知全能じゃない私なら即死だったよ」
「そうだね。早いところ能力奪取や意識を奪いたいところだけど、隙が無い。今みたいな会話は聞き流してくれるとして、何かをしようとしたら即座に狙われるみたいだ」
魔王という存在は、肉体的な力のみならず魔術などにも長けている。
一挙一動で多元宇宙を破壊する力というものは、肉体的な力と魔術などその全てに当てられるのだ。
ライ自身の魔術は、以前までは四大エレメントは扱えるが少し鍛えた程度。ライたち三人の力を取り入れて一流魔術師クラスにはなれているが、所詮はその程度。肉体はそのままでも人格によって力の取り扱いも変わる今、魔王に死角はなかった。
「ライ……凄い……。あ、魔王……エラトマさんか。私も負けていられないね……!」
「余所見しながら攻撃をいなすか。その天性のセンスは流石だけど、何処まで持ち堪えられるかな?」
「まあ、その結果も分かっているんだけど、相変わらず結果は常に流転しているからね。次の瞬間に君がやられる可能性と私がやられる可能性も常に存在しているよ」
ヴァイス達を相手にしつつ、レイは魔王の戦いぶりを見て気を引き締める。同時に踏み出し、勇者の剣を振るって嗾けた。
「やあ!」
「フム……君にはやはり得物を使った方が良さそうだね」
「ああ、そうみたいだ。それが最善の策」
勇者の剣に対してヴァイスは全能の力から生み出した得物。如意金箍棒のような棒を用いて応戦。如意金箍棒ではないようだが、剣術などよりは棒術の方が上手く扱えるのかもしれない。
勇者の剣は振るわれ、それを棒で弾いていなす。バランスの崩れた腹部に差し込まれ、それを身を捻って躱したレイが薙ぎ払うように勇者の剣を振り回す。
ヴァイスは距離を置き、その場所に踏み込み突き刺す。それを飛び退いて避けたヴァイスはレイの周りに触手のような物質を形成した。
「はあ!」
それらは勇者の剣を薙いで切り捨てる。
おそらく触手の用途で言えば棒術のような突きや鞭のような払い。または拘束。つまり触れるだけで捕らえられる可能性がある。
なので次々と切り裂き、全てを払って今一度踏み込んだ。
「……!」
──が、その破片から生み出された触手によって両手足を拘束されてしまった。
腕、胸、腰、足、身体中に触手が絡み付き、その自由を見る見るうちに奪取していく。
突きなどで攻撃されるのは兎も角、拘束されるのはマズイだろう。その分大きな隙が生まれるかもしれない。それによって意識を失わさせられる力や新たに全知全能の存在を生み出されては絶望的。なのでレイは足掻き、手の剣を口に咥えて頭を振り、片手の触手を破壊。即座に移し代え、振り払って脱出した。
(……結構時間が掛かっちゃった……ヴァイスは……!)
一連の流れからの脱出は手間。故に数分は経過しただろうか。レイは面倒な事にならぬ事を願いつつヴァイスの方に視線を向けた。
そんなヴァイスはと言うと、
【ハッハッハ! どうしたテメェら! 四人も居てまともにやれねェか!?】
「「「「…………っ」」」」
──魔王一人が相手取り、能力を使わせる以前の問題だった。
一人のヴァイスに拳を打ち付け、殴り飛ばす。しかし吹き飛ぶよりも前に足を掴み、武器のように扱って周りのヴァイスを巻き込む。という、何とも不思議な光景が生み出されていた。
「……! 私も行かなきゃ……!」
その間にレイは冷静になり、魔王とヴァイスの眼前に迫る。
優位には立っているようだが、何度か攻撃を受けている。やはり流石の魔王(元)も全知全能の存在を四人も相手にするのは負担が大きいのだろう。
レイは四人と一人の間に割って入り、ヴァイス達は更に距離を置く。それと同時に空間を歪め、空間その物を魔王とレイ目掛けて差し向けた。
【ハッ、下らねェな!】
その空間を殴り付け、一瞬にして消し飛ばす。しかし次の瞬間にヴァイスが攻め入り、手刀で魔王の背部を貫いた。
それによって魔王(元)ではなくライの鮮血が飛び散り、何もない空間に漂う。
【……ッ! ……あ?】
一瞬怯む魔王だが、貫かれた瞬間に体勢を立て直す。しかしヴァイスは不敵に笑い、言葉を続けた。
「成る程ね。──……君の存在が無くなれば良いんだ」
【……!?」
その刹那、ライから魔王(元)が引き抜かれた。
漆黒の塊がライの身体から引き離され、それが具現化して徐々に変化する。次の瞬間にそれは人の形となった。
【……! ハッ、何か知らねェが、懐かしい形になったじゃねェか!】
「魔王……!」
「これが……エラトマさん……!」
漆黒のように深く黒い長髪を靡かせ、ややつり目で自身の"肉体"を見やり、八重歯の見える口元を吊り上げた。
そう、魔王(元)は、魔王(元)ことヴェリテ・エラトマはたった今ヴァイスによって実体を持ったのだ。
「……。一体何が狙いだ? 魔王を引き抜いたからって、別に俺が弱体化する訳じゃない。まあ、異能の無効化は出来る範囲が少し狭くなったと思うけど、数的には一人増えて有利になった」
「言っただろう? さっきまでの君……つまり魔王の存在が無くなれば良いとね。かつては猛威を振るった魔王も、先程まではライの成長力ありきの実力。今の魔王が全盛期と同じだったとしても常に強くなり続ける君に追い付き続けた私の相手では無いという事さ」
「へえ?」
【ハッ、んな事かよ。折角肉体が元に戻ったんだ。そう簡単に消える訳にゃいかねェだろうよ】
魔王(元)を消し去る為に、肉体を持たぬ魔王(元)に肉体を与えた。
確かに合理的ではある。肉体が無い状態で消し去る事も出来たのだろうが、その場合は分離させた瞬間にライへと宿ってしまうだろう。
【つか、消えねェ身体なんだな。力も全盛期の俺並みだ。テメェらの事だから再生と同時に弱ェ身体でも作り出すかと思ったがよ】
「それが出来ないからね。まあ、全能ってだけあって出来はするんだけど、ライの時と同じように肉体が君を拒絶する」
だが、その肉体は別に弱い訳ではない。魔王(元)の器を取り込むに当たって、弱い肉体なら即座に崩壊してしまうからだ。
崩壊しない弱い肉体という矛盾を生み出す事も可能だが、その場合もライに戻ってしまう。それはいつも通りの無限の流転が作用するからである。
つまり、魔王(元)の存在を支えるには潜在能力などでも何れ到達出来る魔王(元)の肉体が必要だったのだ。
「ふうん? 全能が効かないのは俺の成長力で打ち消しているからだと思っていたけど、魔王の場合はまた少し違うんだな」
「そうだね。一から全を説明すると長くなる。まあ、一瞬で刷り込ませる事も出来るけど、もう準備は整ったんだ。そんな事をしなくても良いだろう。今回は先ず魔王。君を倒して私たちの勝率を少しでも上げる事だからね」
【ハッ、久々の自分の身体だ。こうなったら存分に楽しんでやろうじゃねェか!】
魔王(元)に全能が無効化される理由はライともまた違った問題。しかし説明が手間であり、既に第一段階の準備は終えたのでこのまま仕掛けるつもりらしい。
ライは軽く返し、魔王(元)は嬉々として身体を軽く動かす。やはり自分の肉体。ライの肉体も十分な力が備わっているが、しっくり来ているようだ。
「エラトマさん……頼もしいけど、どうなんだろう……」
「まあ、一抹の不安があるのは分かるよ。けど、地獄の時も協力してくれたし、いきなり寝返ったりはしないだろ。魔王本人が誰かに媚びるのは嫌っているからな」
【当たり前ェよ。この身体がいつまで持つかは分からねェが、取り敢えず久し振りの実践だ。俺の完全復活を記念した祝砲でも上げてやるよ】
「やれやれ。まだ私たちが有利という事には変わらないんだ。結果も変わらず不明だけど、油断さえしなければ何とかなる」
「そうしなくちゃ勝てないからね。全知全能を得て、おそらく君達は最初で最後の強敵だよ。確かに別次元にも私たちに匹敵する存在は居ないみたいだからね」
レイが多少の不安を抱きつつも構え、同意するライも構え直す。当の魔王(元)は早く戦いたいと言った雰囲気であり、ヴァイス達四人も態勢を立て直した。
ライ、レイとヴァイス達の戦闘。それに復活した、復活させられた魔王(元)が加わり、三人と四人の対決となる。
ライたちとヴァイス達の織り成す最後の戦闘は、魔王復活と共に新たな領域へと踏み込むのだった。