九百五十四話 全世界の主力
──"パーン・テオス"。
「それで、俺たちもゼウスと居ないって言う主力の方を捜索するか? ぶっちゃけ、街の方は他の主力たちで十分だしな」
『ああ、それが良いだろうな。この国に居る方の主力が言っていたように、全知全能のゼウスならその存在を見つけるだけで世界がある程度回復する。別の世界に居るのかこの世界に居るのかは分からないが、協力してくれるのならゼウスの存在だけでかなり好転する。行方が分からぬ主力も見つけ出す事が出来れば色々と話が聞けそうで利点は多い。尤も、利点の有無だけで捜索するのではなく何かあったならそれを救助するという事が一番大事だがな』
ライ、レイとヴァイス達の戦闘が激化する中、支配者たちはゼウスの捜索に自分たちも乗り出すかと話していた。
出来ない事のない全知全能。その存在があればそれだけで世界を戻す事も可能である。そのまま全ての問題自体を解決しようとすれば同じ全知全能のヴァイスが邪魔するので上手くはいかないだろうが、少なくとも世界は元に戻せる筈だ。
無論、シヴァたちはヴァイスが全知全能になった事を既に知っている。主力たちがヴァイス達と交戦を繰り広げて敗れ、操られた。だからこそ、ヴァイスが全知全能になる前に操られていたシヴァとドラゴン、テュポーンも先程治療した時にある程度の話は聞いていたのだ。
『フン、下らんの。余的にはさっさと敵の主力と今一度相対したいのだがな。やられっぱなしが一番癪だ』
「ハッ、その為にもゼウスを探し出すのは必要なんじゃねェか。今現在この世界に居るなら全知の力で敵を見つけられる。何処かで交戦中なら、そこに敵の主力が居る事になる。そう考えると、ゼウスの存在一つで一気に事が進むだろ?」
『フム、確かにそうよの。探すのも面倒だが、何もせずに長時間待機する事はもっと面倒かもしれぬ』
自分本意のテュポーンにとって、他の主力の存在はどうでもいい事。なので早くヴァイス達を見つけ出したいようだが、シヴァの言葉によって考えが変わる。
そう、ゼウスが居る場所。そこが何処であっても出会った瞬間に事態は変わるのだ。
シヴァとドラゴン的には見つかっていないヘラやアテナ、ヘルメスも見つけるつもりだが、テュポーンにはゼウスの存在を中心的に刷り込ませた。
テュポーンは元々他の主力には興味がないので、ゼウスの事を話すだけで参加してくれるだろうと考えた結果である。
「取り敢えず今現在攻められている街が此処なら、ヴァイス達の痕跡やこの世界に居た場合のゼウスや他の主力たちはこの街に居る可能性が高い。その辺を中心的に探すか」
『ああ、そうだな。ある程度探して見つからなかったらまたやり方を変えるとしよう』
『よくもまあ、他人の為に動けるの。一周回って素直に感心する』
何はともあれ、全員の意見は一致した。兎にも角にもゼウスを始めとした主力たちの捜索が今回の鍵となるだろう。
シヴァ、ドラゴン、テュポーンの支配者たち一人と二匹は人間の国の主力たちと共に、崩壊した"パーン・テオス"の街を捜索するのだった。
*****
「シヴァ様。ご報告が」
「……! シュタラか。なんだ?」
捜索を開始してから数十分後、かなり早い時間帯でシュタラがシヴァに何らかの報告に現れた。
その背後には数百人の人災の災害魔術から形成された者達がおり、全員がきっちりと整列していた。
シュタラはシヴァの返答に言葉を続ける。
「人間の国の支配者ゼウス様。支配者の側近にして幹部のヘラ様。ヘルメス様。アテナ様を見つけました。ゼウス様は重傷とまではいかないにしてもかなりの負傷。ヘラ様たちに目立った外傷はありませんが、全員が意識を失っています」
「そうか。つか、早ェな。見つけるのが。そんで、ゼウスたちは?」
「ええ。無論の事丁重に寝かしてあります。そして見つけ出した理由ですが、私の兵士と視覚を共有したので実質数万の目を持つ事になりました。故に、兵士たちをバラけさせ、一人一人の感覚から見つけ出した次第です」
「んな事出来たのかよ……いや、まあ魔力から創られた兵士なら自分の力だから神経を繋げる事も可能だとは思うが……」
曰く、ゼウスたちを見つけ出したとの事。
それはシュタラの感覚と兵士たちの感覚を繋ぎ合わせて可能にしたようだが、そんな事が出来たのかと感心する。
確かに出来ない理由は無いので理論上は可能だが、シュタラからしても捜査や諜報活動以外には不向きなので普段は使っていなかっただけだろう。
「まあそれはいいか。んで、その事は俺以外に報告したのか?」
「はい。回復魔法を使えるアスワド様と回復魔術を使えるゼッル様。そして人間の国の主力の皆様や他の支配者様に報告をし、一番距離が離れていたシヴァ様には私が直々に報告に来ました」
「そうか。確かに距離があるなら兵士が向かうよりシュタラが自分から来た方が早いな。んじゃ、その場所に案内してくれ」
「分かりました。此方です」
その言葉と同時に踏み込み、シュタラは疾風の如く速度で移動。軽く踏み込んだシヴァはそれに続き、物の数十秒でその場所にやって来た。
『お主が一番遅かったの。ゼウスの捜索をしていた者達は全員集まっておるぞ』
「そう言うなよ。俺は一番遠い場所を探していたらしいんだからな」
『アスワド殿とゼッル殿によってある程度の治療は済ませてある。いつやられたのかは分からぬが、直に目覚めるだろう』
シヴァとテュポーンによる軽い言い合いを無視し、ドラゴンはシヴァに向けて今の状況を説明した。
既に治療は完了している。なので後は目覚めるのを待つだけという様子だった。
「成る程な。となると……何かの衝撃でも与えりゃもう起きるんじゃねェか? 他の主力は兎も角、ゼウスには早く目覚めて貰わねェと困るからな」
「そうだな。この国の主力として普通なら止めるべきだが、ちょっとやそっとの衝撃では傷も付かないだろう。我が許可する」
「オイオイ……確かに事は早い方が良いが……それを許可するのか……」
今現在、一刻を争うかもしれない状況。なるべく早くゼウスを起こしたいシヴァは強行手段に移ろうとし、あろう事か今人間の国の主力を指揮しているポセイドンが許可を下ろした。
ハデスはその行動に若干の引きを見せるが、多くは否定しなかった。
その言葉と同時にシヴァ。そして何故かテュポーンが力を込める。
「オイ、何でお前も参加すんだよ?」
『フッ、別に良かろう。暇だからだ』
「答えになってねェが、お前らしいっちゃらしいな」
テュポーンの存在には疑問をぶつけるシヴァだが、テュポーンの参加自体には言及しなかった。先程のポセイドンが言っていたようにある程度の攻撃ではダメージにすらならないゼウス。全能の力を使わなくとも素の実力だけで支配者クラスはあるのだ。
力を込めた一人と一匹が同時に仕掛けようとした刹那、ゼウスの方から声が発せられた。
「それには及ばん。ある程度の治療を終えれば、少なくとも我は自ずと意識が戻るからな」
「『……!』」
それだけ告げられ、寝ていたゼウスがゆっくりと上半身を起こし、その後またゆっくりと立ち上がる。
そのまま伸びをしつつ改めてシヴァとテュポーン。他の主力を見やり、言葉を続けた。
「状況はたった今理解した。そして今起こっている事柄をお主らにも簡潔に説明しよう。既に敵組織の主力はリーダーを除いて全滅している。そのリーダーは全知全能を得た。別空間にてライたちと交戦中だ。そして今の状況は……我の時と同じようにマズイ状況だな」
ゼウスが言い放った事は今現在起きている事柄について。
ヴァイス達の主力はヴァイス以外既にやられており、その残ったヴァイスが全知全能を得、交戦中のライたちは少しマズイ状況にあるらしい。
まだまだ知っている事はあるが、本人も言うように今必要な情報を簡潔に纏めただけのようだ。
「流石だな。起きた瞬間に全ての事柄を理解するか。しかし末恐ろしいな。全知全能ってのはよ」
『それをヴァイスが得たというのも気掛かりだな』
『それによってゼウスは敗北したという事か。面白いのう』
「まあ、今一番重要なのがその事だからな。我らとしても今一番行動に移すべきだ」
ゼウスの言葉を聞いて各々で感想を述べる支配者たち。
そんな支配者たちが話し合う光景を見、ポセイドンとシュタラが感想を述べた。
「世界を統べる支配者が揃い踏みか……奇っ怪な事だ……」
「そうですね……シヴァ様とはよく話しますけど、世界最強だった存在たちが共に行動を起こすとは……」
世界最強。"だった"存在。支配者。しかしそれでも世界を統べているという事から全員が集まるのはかなり珍しい事。今の状況だからこそなのだが、圧巻の一言に尽きるだろう。
そんな中、ゼウスが言葉を続けた。
「うむ、早いところライたちの元に向かうとするか。本当に事は一刻を争っている」
「ああ、賛成だ」
『同じく。当たり前よ』
『ああ、俺も賛成だが……この世界の状況はどうする?』
「心配無用だ。もう、攻めて来ている生物兵器の兵士達は殲滅させた。街も修復済み。主力も全員呼び戻した」
『……!』
気付けば街が本来の形に戻っており、全世界の全主力がこの場に集っていた。
ヘラ、アテナ、ヘルメスの三人も意識が戻され、現在の状況を飲み込んでいる最中。同時にゼウスは更に続ける。
「皆の者。たった今からライたちの元へ向かう。全世界は一部を除いて修正した。生物兵器の兵士だった者も今この世界に居る存在に限って元通りだ」
「……! ゼウス様!」
「シヴァさん……あれ? 俺はこの街の城に居た筈だが……」
『ドラゴン殿。我らを呼び戻したか』
『テュポーン様。フム、あれはゼウスにシヴァ、ドラゴン。支配者が全員揃っているな……』
呼び戻された主力たちは、多少の困惑はあれど騒ぎ立てはしない。呼び戻された事は理解しており、何故呼び戻されたのかを推察する。その前にゼウスがまた全能の力を使った。
「お主ら全員の記憶に今話した事を刷り込ませた。これで全ての状況は理解した筈だ。故に、行きたい者はライたちの元へ向かう。行きたくない者は名乗れ。誰も攻め立てはしない」
「ああ。それは賛成だ。テメェら、これから最後……かも知れねェ戦いだ。行くか行かないかは自分で決めろ」
『幻獣の国の主力たちも同様だ。少なくとも、今この世界に居るより遥かに危険な戦争になるからな』
『主らも好きにせい。余はこんな面倒な選別をするより、早く力を振るいたいのだからの』
ゼウス、シヴァ、ドラゴン、テュポーン。人神、魔神、神獣、神魔物。全世界の支配者が自国の主力たちに行くか行かないかを委ねる。
当然、主力にも様々な性格がある。なので無理強いはしないのだが、どうやらそれは杞憂で終わりそうだった。
「フム、参加したくない者はゼロか。ならば、後悔だけはするでない」
「ハッ、根性据わってんな。そう言う奴らは大歓迎だぜ。俺ァよ」
『すまないな。お前たち。危険な事に身を委ねそうだ』
『フン、当然よ。余の国に参加せぬという無様な存在はおらぬ』
全員、名乗り出なかったからである。
既に覚悟は決めている。少なくともこの世界が元に戻ったなら、残る脅威はヴァイスだけ。世界を統べている支配者と自身の国を守る幹部や側近たち。答えは一つだった。
「ならば行くか。もう既に戦闘は始まっている」
「テメェら! 気合い入れろォ!」
『皆の者、行くぞ』
『早うせい』
「「「はっ!」」」
「「「上等ォ!!!」」」
『『『御意!』』』
『『『ああ』』』
従順な人間の国の主力たち。血気盛んな魔族の国の主力たち。冷静な幻獣の国の主力たちに、達観している魔物の国の主力たち。
それぞれの国の色が表れていた整列は終わり、次の瞬間に全員が高層建造物が立ち並ぶ絶対無限空間へと到達した。
周りには数え切れない程のヴァイスが居るという奇妙な光景が映し出されており、少なくとも確かに大変という事は窺える。
ライ、レイとヴァイス達。その戦闘に向け、全世界の主力が集まるのだった。