九百四十九話 最後の戦いの始まり
「行くぞ……ヴァイス!!」
「来な……ライ!」
魔王の全力を纏い、自身として扱える力の全力で踏み込み、同時に世界が変化した。
辺りは見渡す限りの白。色が存在しない純白の世界。ヴァイスとゼウスが戦っていた白銀の世界とはまたベクトルの違う世界だった。
言わずもがな、ヴァイスが戦いやすい世界へとライたちを移動させたのだろう。
その瞬間にライの全力の拳が放たれ、ヴァイスはそれを両腕で受け止めた。
「オラァ!!」
「……ッ!」
刹那、ヴァイスの身体は形容出来ぬ程の速度で白い空間を吹き飛び、世界が崩壊しながら光年ですら言い表せぬ程の遠方へと行く。
「やれやれ。いきなり仕掛けてきたか」
「こんな世界を用意してくれたんだ。先手必勝だろ?」
「文法が滅茶苦茶だね。世界を用意した事とは別のモノになっている。……まあ、元の世界では合格者を巻き込んでしまうからね。君達のように戦える主力だけを送らせて貰った」
世界を変えた理由は合格者。つまりライたち以外の主力の為を思って。確かに元の世界で戦ってはライたちにとっても不都合。今回のやり方が一番適しているだろう。
ともあれ、先程の距離を吹き飛ばされたヴァイスは一瞬でライの背後に回り込み、同時に手刀を──
「やあ!」
「まあ、当然こうするよね」
叩き付けようとした刹那、レイが勇者の剣を用いて斬りかかり、それをヴァイスは紙一重で躱した。
同時に裏拳を放ち、レイの身体を吹き飛ばす。
「……っ」
「フム、力を抜き過ぎたかな。精々数十メートル後退しただけだ」
吹き飛ばされはしたが、レイ自身は無傷。どうやら力の加減にあるようだが、この様に初歩的なミスをしている様子を見れば、まだ力に慣れていない事が分かった。
「よし、力に慣れるか」
その瞬間、ヴァイスは自分自身に経験を与え、全知全能の力を使い塾せるように変化させた。
慣れない力。慣れない存在。その全ても全知全能を用いれば熟練と成る事が出来る。力加減を変化させたヴァイスに向け、エマ、フォンセ、リヤンの三人が嗾ける。
「はあ!」
「"魔王の息吹き"!」
「"神の吐息"……!」
圧縮した風と魔王と神の力からなる風。三つの風が凄まじい圧力でヴァイスの身体を押し潰し、そこに閃光の如くヘルメスがハルパーで嗾けた。
「そこ!」
通り過ぎると同時に風が止む。四人は一瞬停止し、
「うん、悪くないね。今までの私相手なら」
「「……ッ!」」
「「……ッ!」」
吹き飛ばされて吐血した。
吹き飛ばされた距離はレイと同じく数十メートル程度。しかし確かなダメージがあり、エマは困惑する。
「……ッ。何故だ……傷が癒えん……一体……!」
軽く吐血する程度。常人にとっては吐血するだけでかなりマズイ状態だが、エマにとっては直ぐに治る程度のダメージの筈。
しかしその傷は癒えず、俯せの状態でヴァイスを睨み付ける。それを見やり、ヴァイスは丁寧に説明してくれた。
「たった今、君から不死身の性質を奪取した。だから傷が癒えないんだ」
「何だと……!?」
「そうだな……うん。例えば、君は生まれつき目の不自由な者に"色"という概念を与える事が出来るかな? 当然、治療するという方法は除いてね。今の私は生まれつき何も見えない存在に、その存在が知らぬ概念を与える事も可能さ。君が不死身というのなら、死を知らない君に死を与える事も可能という事だ。……まあ、君の場合は日光に弱いから死という概念を間接的には分かっているようだけどね」
知らぬ者に"それ"を与える事が可能。全能なら当然だろう。その逆もまた然り。
つまり、エマは自分自身の不死身性を失ってしまい、傷が中々癒えぬ身体になったとの事。その様な説明をするヴァイスの前後からヘラとアテナが攻め入る。
「はっ!」
「ふっ!」
「ちゃんと連携がとれているね。ナイスコンビネーションだ」
アテナが槍を用いて嗾け、ヘラが神の力を込めた掌底打ちを放ったが、その二つを見切ったヴァイスは前方の槍と後方の掌を受け流すように避け、そのまま二人の腕を掴んで放り投げる。同時に軽い衝撃波を与え、勢いよく吹き飛ばして純白の粉塵を巻き上げた。
「やっぱ全ての位置を理解しているか!」
「ああ。だけど、まだ全知の力を使っている訳じゃないさ。今の私なら君の力以外は全て簡単に見切れるみたいだ。ライ?」
「そうかよ!」
エマたちとヘラたちをあしらったヴァイスに向けてライが拳を放ち、それをヴァイスは躱す。そこに上段蹴りを放つがそれも避けられ、次に放った踵落としをヴァイスは両腕で防ぎ、足元が瓦解するように崩壊して世界が砕けた。
自身を含めた三人のライの力からなるライの全力と魔王の十割。それ程の力なら多元宇宙も崩壊するが、防ぐと同時にヴァイスは多元宇宙の崩壊も抑えたらしくヴァイスの足元から半径数百メートル程度のクレーターしか造り出されなかった。
しかし余計な破壊を生み出さないのは悪くない。ライは更なる追撃を仕掛ける。
「更に重く……鋭く……一気に嗾ける!」
「……っ。やっぱり全知の力を使って着弾地点を知って置いた方が良いかな……!」
持ち前の成長速度で成長し、重く鋭い一撃がヴァイスの身体を捉えて吹き飛ばす。
何とか途中で停止したヴァイスだが眼前には既に迫っており、放たれた拳を紙一重で躱すがその次の瞬間に後頭部を蹴りが打ち抜く。同時に前のめりに倒れ、新たなクレーターが形成された。
「うん、やっぱり予知しておこうかな。そうしないと私が持たない」
場の状況判断能力は高い。なので全知の力を使い、これから起こる全ての行動を必要な範囲で知る。同時に仕掛けられた追撃を全て躱し、ライの腹部に拳を当てた。
「やっぱり便利な力だ。全知全能は」
「……ッ!」
同時に打ち付け、ライはその場で吐血して膝を着く。
それ程の破壊力なら吹き飛んでいてもおかしくないが、それでは余計な手間が取られる。なので吹き飛ぶなどの影響は起こさず、ダメージだけを全身に与えたらしい。
「ライ!」
「次は君か。……まあ、一応使っておこう」
そんなライの様子を見やり、勇者の剣を構えたレイがヴァイスに向けて飛び掛かる。
ヴァイスは標的をレイに変え、全知の力を使って行動を予知。レイには使わなくても良いかと考えたヴァイスだが、念の為に用いたようだ。
それもあって行動は筒抜け。ヴァイスは余裕を持って身を捻り、
「やあ!」
「……。……え?」
避けた先に勇者の剣が差し込まれ、片腕が空を舞った。
その光景には全知となったヴァイスも困惑。そこにライが足の裏でヴァイスの顎を蹴り抜いた。
「そらっ!」
「……ッ!」
蹴り抜かれたヴァイスは仰け反って倒れ、そのまま再生させた両手を使って飛び跳ね起きの要領で跳躍と同時に飛び退く。改めてレイの様子を窺った。
「おかしいな。全知の予知が外れるなんて。理由は……成る程……」
だが、そんな困惑も一瞬。何故レイの攻撃が通じたのかを全知の力を用いて確認し、納得した。
「ただ単に、勇者の剣にも都合の悪い世界を避ける力が備わっているという事だね。まあ、それは魔王のように生まれつきじゃなくて勇者……ノヴァ・ミールとの旅の間で剣に付いた力みたいだけど」
「ご先祖様の……剣の力……。凄い……」
ヴァイスの呟きを聞き、勇者の剣に改めて感心を示すレイ。
対するヴァイスは、それならばと改めて集中した。
「無効能力の無効化……それを使った方が良いね。性質を奪取する事も可能だけど、その為にも先ずは勇者の剣の力を一時的な無効にしなくちゃ意味が無い……!」
無効化の無効化。完全な全知全能となったヴァイスには当然それも可能。ライの動きを読めたのもその為だからだ。
謂わば全知全能の無効化は存在する無効術の最上。それより上の無効化の力は存在しないと言っても過言では無いだろう。
例え追い抜かれたとしても、その追い越した力は所詮全能の一つに過ぎない。文字通り全てを遂行出来る全知全能は全ての能力の最上に常に居座る事が可能なのである。
「それをさせる前に、俺がアンタを打ち倒すさ!」
「それも出来兼ねないから困ったものだ。ある程度のハンデがあったにしても、君は私と同じ全知全能のゼウスを倒したんだからね。私の唯一の天敵が君だ」
ヴァイスが行動に移るよりも前に、ライが仕掛けてヴァイスはそれを避けた。
全知全能に勝利しているライの存在は脅威。本当に無敵である全知全能が破られる可能性を唯一持ち合わせているからだ。
常に相手を上回る速度で精度を上げたとしても、ライの成長力はそれすら上回る。追い越されては追い付いて、追い付いては追い越されを無限に繰り返すので偶々追い越された瞬間に決着が付いてしまえば全知全能の敗北もあり得る事だった。
「ライ! 私も戦うよ! 多分、私の力も通じるみたい!」
「ああ、本当にそうみたいだからな。くれぐれも気を付けてくれ!」
「うん!」
ライとヴァイスの戦闘にレイも加わり、三人は鬩ぎ合いを織り成す。
拳と足と剣と様々な力。それらの攻防を受け、ライの脳裏には今の場面で考える必要性が皆無である疑問が思い浮かんだ。
(……ん? いや待てよ……レイが……俺達の戦いに普通に付いて行けている……?)
それは、全力のライとそれに匹敵するヴァイスの戦闘に、勇者の剣を有しているとは言えレイが追い縋っている事に対して。
二人は既に一挙一動で多元宇宙を滅ぼす力を有している。ヴァイスによって破壊の範囲は最小限だが、それでも近くに居るレイにはその影響が諸に及んでいる筈。事実、ヴァイスはライの時と同じような力のままでレイを相手にしている。
レイの潜在能力が解放されているからなのかどうか、どちらにせよそれはとてつもない事だろう。
《どうやら君も気付いたみたいだね、ライ。彼女は今、私たちと同程度の速度で成長している》
(……!? 脳内に直接……"テレパシー"か……!)
【テメェ、勝手に俺の宿に入ってくんな!】
(お前のじゃねえよ! てか、そもそも俺は宿屋じゃない!)
鬩ぎ合いを織り成しつつ、ヴァイスの声が直接脳内へと伝わった。
それは魔王の無効化を無効にしたからこそ行える"テレパシー"の影響がライに及んでいるからだろう。
勝手に侵入された事で魔王(元)は激怒するが、透かさずライはツッコミを入れる。ヴァイスは構わず言葉? を発した。
《君はゼウスから聞いたみたいだね。ゼウスに匹敵する三人の存在。勝利した事実からして一人は君。もう一人は私という事になる》
(……。だからなんだよ……ってあしらう訳にもいかないな。今このタイミングでそれを話して、その候補を此処で言われちゃ、もう決定的だ)
《ああ。最後の一人、それが彼女、勇者の子孫であるレイ・ミールさ。この全宇宙、全次元でゼウス匹敵する存在。奇遇にも、既に最初から、初めて君と出会った街の時点で決まっていたんだ。こうなる事はね》
全知全能に匹敵する存在。つまり未来永劫現れる事の無い、唯一無二の四人。
勇者を筆頭とし、ライ、ヴァイス。そしてレイ。それが最強の支配者ですら勝てるか分からない存在だったようだ。
ヴァイスは初めて出会った街での事を思い出し、感傷に浸っていた。
(……。今度はあしらうように言うか。……だからなんだよ? 確かに偶然揃ったのは凄いとは思う。だが、今回の戦いにそれは関係無いだろ?)
《フフ、そうだね。けど私は、ただ何となくこの感覚に高揚感を覚えているだけだ。最後に戦うつもりだった存在が最初から出会っている……分かるかい? この得も言えない感覚を……!》
どうやらヴァイスは、戻した感情を満喫しているようである。
それは良いだろう。感情があるならそれをフルに使うのが当然の生き様。ライは言葉を返した。
「そんな事、俺が知るか!」
「え!?」
「……そうかい、残念だよ」
文字通り、本人に向けて。
突然叫んだライにレイは困惑の表情を浮かべ、ヴァイスは肩を落としてガッカリする。その様子からして二人の間で何らかの会話があったのだろうとレイは割り切り、今の戦闘に集中する。
何はともあれ、侵略者と侵略者による世界を賭けた最終決戦が始まった。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン。ヘラ、ヘルメス、アテナ。そしてヴァイスの八人と一人。現在はライ、レイの二人とヴァイスの一人。
覚醒しつつあるレイと、ライの織り成すヴァイスとの最後の戦闘。それは、純白の世界にて続くのだった。