九十四話 魔族の国・四番目の街とその幹部
「成る程……。確かに独特の雰囲気だな……」
「でしょ? 私も此処まで近付いていた訳じゃないんだけど、遠方から見た通り雰囲気が違うと思うよ」
四つ目の街に入ったライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は、その街を眺めていた。
建物があり人がおり、賑やかな街並み。此処までは普通だが、建物の造りなどが違っていた。
ライたちの知る建物はその殆どが木で骨組みを作り、煉瓦などを組み合わせて倒れないような設計をする方法を使っているが、この街では建物がほぼ全て木で出来ており、道には石で造られた街道が無く土そのものがその姿を見せているのだ。一部には石で造られた街道や建物もあるが、大体土の道や木の建物だった。
遠方に見える橋も石造りの橋では無く木で造られ、建物同士が離れておらず全て繋がっていた。このままでは火事が起こった場合、隣の建物に直ぐ引火してしまいそうである。
店などの建物はどのような店か分かりやすく、大きな暖簾に達筆な文字が書かれていた。
そして人々の服装だが、見たところ動きにくそうな服を着ていた。それは何時かに他国との交流が盛んな街で着た"着物"という奴に似ている。
武器を持っている者は何人かいるが、腰に剣ではなく刀を差している。まあこれは普通だろう。
キュリテが言っていた事は、このような建物の造りや人々の容姿などの事だったのかと納得するライ。
「……けど、中々良い雰囲気じゃないか。個人的な感想だけどこの街の造りの方が俺は好きだな」
そして、その街の様子を眺めていたライは良い場所だと言う。
他人を受け入れない雰囲気とキュリテは言っていたが人々は楽しそうに会話をし、別の街から来た者らしい魔族と仲が良さそうだ。
確かにこの街には観光に来るのが良さそうである。ライの言葉を横目に、キュリテも言葉を発する。
「うん、そうだね。私も勘違いしていたみたい。凄く良い街だよ♪ 今まで来なかった事を後悔するくらいにはねー……。……さっきも言ったとと思うけど確かこの街の幹部が外の国へ旅行したとき、その国の文化に触れて一目惚れしたのがこの街の始まりって聞いたことあるよ?」
キュリテは今まで避けていた事に後悔しつつ、どういう経緯でこの街が誕生したかをライたちに告げる。どうやら幹部が他国の文化を気に入った結果がこの街らしい。
「へえ? この街の幹部の趣味か……。中々良い趣味しているじゃないか。全体的に派手な色を使わず、落ち着いた色で纏めているところにも共感が持てる」
そのような事を話ながら進んで行くライ一行。
土の道の並木道には美しい桜が植えられており、その桜は美麗な桃色の花弁を散らしていた。
「桜か……。……なあ、そういやこの国の季節って今は何なんだ? 気候は街によって暑かったり寒かったり様々だったが……」
その桜を眺めていたライはふと疑問に思った事を尋ねる。それは季節についてだ。
思えば、ライたちは魔族の国に入ってから今の周期を気にしていなかった。別に季節などを気にせずとも問題無さそうではあるが、やはり時期というモノは気になるモノなのである。
「季節? うーんとねぇ……人間の国で育ったって言うライ君にとっての春夏秋冬に合わせるなら……"冬"……かな? うん。殆どの場合、街やその風景に合わせて幹部達やその側近が魔法・魔術を使って街の気温を平均に保っているけど……魔法・魔術を使わなかった場合の四季は冬だね」
そしてライの質問に応えるキュリテ。現在魔族の国は冬。そして今までの街では魔法・魔術を使って気候を操り、過ごしやすい環境を創っていたという。
「冬か……。つーか、魔法・魔術で気候を変えるって世界的に影響は現れねえのか?」
「アハハー。多分大丈夫だと思うよ? だって実際影響が出ていないから」
ライは気候などを自分の都合で変えたら世界に何か影響が与えられるのでは? と言い、キュリテは影響が出ていないから大丈夫と告げる。
そのような事を話しているうちに木で造られた橋の近くに来ていた。
「木造の橋……か。この街の雰囲気にあっているし風流な物だけど……水によって痛んだりしないのか? いや、流石にコーティングとかで対策されてるか」
その橋を眺め、水で木が腐ったりしないか気になったライだったが自己解決する。
水をずっと木材に浸けていれば弱くなり壊れてしまうかもしれないが、水を通し難い物を使ってコーティングしているだろうと解決したのだ。
「……ん? 看板があるな……。街の名前が書かれているみたいだ……」
そして橋を見ていたライは、その近くにあった街の名前が書かれた看板に気付く。
入り口? から近い位置にある為、通る者が見やすいように配慮されているのだろう。
そんな看板には、達筆な文字でこう書かれていた。
"シャハル・カラズ"。
「"シャハル・カラズ"か……まあ、何処にでもある……ってのもおかしいが、名前は普通の名前だな。うん」
その看板を一瞥し、"シャハル・カラズ"を見て回る為に直ぐ様橋を渡って向こう側へ向かうライたち。
「よっ! オニーサン方! 観光の人かい? いや、幹部さんの側近が居るって事は付き人的な人かーい?」
そしてその時、商人のような者が話し掛けてきた。その態度は飄々としており、何処と無く明るい雰囲気を醸し出している。
「しかしまあ、それはどうでも良い! どうだいちょっこらうちの店に寄ってみては! 良い武器や薬草、衣類が揃っているよォ~!」
その言葉を聞いたライたちは、これは客引き的な何かだと理解する。
話を聞いたところ、此処はあらゆる物を扱っている店のようだ。
「へえ……幹部の側近が居るのにどうでも良い……ですか。それはよっぽど扱っている商品に自信があるんですね……」
確かに情報収集やこの街の文化に触れる為ならそのような店に寄るのも良いと考えるライ。
一応敬語を使ったが、突然の相手なので中途半端な敬語で煽っているような言い方となってしまった。
ライは訂正しようとするが、間髪入れずに商人がライの言葉に返す。
「あたぼうよ! うちの商品はそりゃあもう人気でなァ! 特に剣や刀の類いなんか、ここいら一帯で一番人気と来たァ! わざわざ幹部さんやその側近殿が買いに来るレベルでよォ!」
それを気にするような商人では無く、嬉々とした表情で商品自慢をする。
商売の為の決め文句かどうかは分からないが、幹部やその側近が来る事もあるらしい。
「幹部や側近が来る事も……ねえ? 寄ってみても良さそうだな?」
それを聞き、この街の幹部情報を掴めると考えたライはレイたちを一瞥し、どうするかを視線で尋ねる。
幹部が来る事があるというのは、現在特にする事も無いライたちにとっては良い情報だからだ。
「……そうだな。確かに良いかもしれぬ……」
ライの言葉にエマが応え、残りの四人も頷いて返す。情報を得られるかもしれない。ならばそれに越した事は無いだろう。
それを見たライは商人の方を向き、フッと笑って告げる。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「そうかいそうかい! そいつは良い! 確か、今も『幹部さんと、別の街に住む幹部さんの側近殿が来て居るんだ』!」
「「「「「「…………!」」」」」」
笑顔で話す商人。そして、気になる事を言う。今、現在進行形で幹部の側近が来ていると、確かにそう言ったのだ。
「……へえ。それは楽しみだ……」
長話をしたら幹部と別の街に住む幹部の側近とやらが居なくなってしまう可能性がある。なので、ライたちは手短に返事をし、商人の後を着いて行く。
*****
──"シャハル・カラズ"、商人の店。
「此処か……」
店に入り、店内を眺めるライ。他の者たちも店内を眺めている。
確かに様々な品々が置いてあり、刀や銃のような武器から傷薬になる薬草・霊草、この街の一般的な衣類などがあった。
「成る程……確かに色んな物がある……雑貨屋というには品揃えが豊富すぎるけど……何て言えば良いんだろうな」
「品揃えには自信がありますからね。幹部さん方に会いたいんでしょう? 案内しますよ」
あらゆる角度からそれを観察するライ。
そんなライに向け、商人は幹部達の元へ案内すると言う。
まだ品々に興味が移っているライだが、取り敢えず商人。改め店員に着いていく。
「これなンか良いンじゃねェか?」
「これか? つーか、俺の愛刀を変えるつもりはさらさらねえよ。俺はただ、刀の扱いに対するこの街の評判が良いから来ただけだ」
「なら、俺のように二刀流を使うと良いじゃねェか。素早く斬り付ければ相手が動く前に仕留める事が出来るからな!」
少し奥へ行くと、そこから話し声が聞こえてきた。そこには二人の者が居るようだが、心なしか聞き覚えのある声が一つ。
「刀……別の街にいる幹部の側近……。あー、私の知り合いかも……」
その会話を聞いたキュリテも、その者の一人に心当たりがあった。頭に手を当て、苦笑を浮かべながら話すキュリテ。
「ああ、俺もだ。……いや、レイの方が交わした言葉は多いか……」
そんなキュリテにそれに続くよう、ライも苦笑を浮かべて同意する。ライたちの記憶に残っている刀を使っていた幹部の側近は一人くらいだろう。
「ん? お前は……」
「……? 何だ? 知り合いか?」
そしてライがその者に近付き、その者はライに気付く。会話をしていたもう一人もライたちの方を見た。
「……久し振りだな、ザラーム。……といってもまだ数週間くらいしか経っていないけどな」
「お久~!」
そしてその者"レイル・マディーナ"幹部の側近──ザラームに挨拶をするライとキュリテ。
刀を扱う側近の知り合い。つまり消去法という訳でも無く、心当たりがあったのはこの者一人だ。
「別の街に住む幹部の側近とはお前の事だったのか」
「"レイル・マディーナ"の騒動では迷惑掛けたな」
「こ、こんにちは……」
「……」
ライとキュリテ以外にも挨拶を交わすメンバー。そんな中、気まずいレイは苦々しく言いザラームと会話を行わなかったリヤンは沈黙だった。
「ほう? 知り合いの"よう"じゃなく、知り合いなンだな。"レイル・マディーナ"で会ったって事は……争い事でもあったのか?」
そしてザラームと話していた者がライたちの反応と言葉を聞いてザラームと何があったかを推測していた。恐らくこの者が先程言われたこの街の幹部だろう。
「ああ、まあそんなところですね。……貴方は?」
その者の言葉に返すライ。今回はしっかりとした敬語。その者の性格は分からないが、初対面でまだ敵対していない目上の者にタメ口はライ自身の気が引けているのだ。ライに言われ、その者は高笑いを上げて言葉を続けた。
「ハッハー! そうかそうかァ! さしずめ客みたいなもンだろ? 敬語なんか堅苦しい! 止めろ止めろォ!」
「そ、そうか。じゃあタメ語で……アンタは誰だ? この街の幹部ってのは見て分かるが……」
堅苦しく話すライに向け、その者は敬語じゃなくとも良いと言う。なのでライは敬語を止めて話す。
どうやら上下関係を気にしないタチのようで、性格は魔族らしく明るいようだ。
「俺か? 俺ァ『ザラーム』。こっちのザラームの兄貴をやっている」
「……アンタがそうか……」
そして言われたその者。名は自身をザラームと言う。ダークに教えられたザラームの兄で幹部をやっている者がこのザラームなのだろう。ザラーム(兄)は更に続けて話す。
「……いや、ザラームが二人じゃ少々ややこしいな……見たところ名前を知っただけで殺す術とかを使わなそうだから……『モバーレズ』と名乗ろうか? 俺の名は『ザラーム・モバーレズ』だ。変な名前だからあまり教えたくは無ェがな」
ザラーム(兄)改め、モバーレズと名乗る者。今になってみればこの国でフルネームを聞いたのはリヤンだけだったと思うライ。
「そうかモバーレズ……さん。取り敢えずこの街の幹部はアンタか……何か明るくね?」
「ああ、そうだな。……明るくてなンぼだろ? あと"さん"は止めて良いぜ? 話を戻すが、この街は他と違う雰囲気だからな。明るくなくちゃ他の奴らが近付きたがら無ェ」
そしてライはモバーレズの無駄に明るい性格が気になり、それに対してモバーレズは街の雰囲気で他の者が近付きたがら無いので明るく振る舞っていると返す。
「……で、お前たちが此処に居るのは……まあ、大体察しが付くな……。それより、ベヒモス騒動が"タウィーザ・バラド"で合ったと聞いたが……本当か?」
ザラーム(兄)──もといモバーレズの自己紹介が終わり、頃合いを見たザラーム(弟)がライたちにベヒモス騒動の事を聞く。
ベヒモス騒動はつい先日の出来事にも拘わらず、もう"シャハル・カラズ"に伝わっているらしい。
「ああ、そうだな。つーか……何で俺たちが"タウィーザ・バラド"から来たって知っているんだ?」
ライはその言葉に返しつつ、自分たちが"タウィーザ・バラド"へ行った事を知っている様子のザラームが気になる。
まだ何も教えていない。それなのに知っていたから疑問に思ったのだ。
「あ? そりゃあ、支配者以外でベヒモス騒動を軽く抑えられる奴と言やァお前たちくらいだからな。ベヒモス騒動はあっさり解決したらしいし、お前たちがやったと推測しただけだよ。お前たちの目標的にも幹部が居る"タウィーザ・バラド"に寄っているだろうからな」
そんなライの反応を横に淡々と言葉を綴り、自身の推測を話すザラーム。確かにその通りなのでライも拒否する事をしなかった。
「ハハ、その通りだな。まあ、その騒動は解決したし別に気にする事じゃねえだろ? ……いや、自分の国だから気にしない方がおかしかったな」
そしてライとザラームの会話が終わる。終わったと同時にモバーレズがライたちの方を向いて話す。
「ベヒモス騒動を解決した……か。なら、お前も中々の強さを持っているンだな? まだガキなのにスゲェじゃねェか」
モバーレズはライに興味を示した。レイたちも居るが、ライの方へ興味を示したのだ。
「そこの女達も中々やりそうだが……多分一番の実力者はお前だな? 強者の匂いがする。魔族の血が疼くぜ……。……なあ、一戦交えてくれねェか?」
それはモバーレズがライの強さを理解したからだ。"タウィーザ・バラド"では好戦的な魔族がいなかったが、魔族という種族は好戦的なのが普通。なのでモバーレズは強者に興味を持ったのだろう。
「そうか……。まあ、別に良いけど……お互いに本気は出さないようにしようぜ? この街の雰囲気は気に入ったからな。滅茶苦茶にしたくない」
そして、ライもこの街の幹部の実力を理解する為に了承する。しかしこの街を気に入ったライは本気を出したくないと言う。
本気を出せば、一挙一動で街が吹き飛ぶのは目に見えているからだ。美しい景観を崩したくないのは仕方の無い事だろう。
「ハッハッハ……気に入ってくれたのか。それは有り難い事だな……。良し、なら本気じゃなくとも戦おうぜ? 戦えるなら本気の方が良いが……まあ仕方無い」
モバーレズが笑い、ザアと店の中に風が通る。それによって着物などの軽い物が揺れた。どうやらこの店は風通しのよい造りのようだ。
「じゃ、店の中を滅茶苦茶にする訳にもいかないから……外でやるか……」
それだけ言い、ライとモバーレズが外に出る。
"シャハル・カラズ"に辿り着いたこの日は、"イルム・アスリー"のように幹部との戦闘から始まろうとしていた。