九百四十一話 決戦・vsシュヴァルツ、マギア
「"破壊"!」
「やあ!」
時を少し遡り、別空間に送られた直後。シュヴァルツがレイとリヤンに向けて破壊魔術を放ち、それをレイが勇者の剣で切り伏せて消し去った。
それと同時にリヤンが駆け出し、力を込めてそれを放つ。
「"神の炎"……!」
「効くかァ! "破壊"!」
放たれたのは神の力からなる炎。それをシュヴァルツは破壊魔術で打ち砕き、懐に攻め入ったレイが言葉を発する。
「最初に私とリヤンを狙ったって事は……貴方の相手は私たちで良いんだね!」
「誰でも良い! ただテメェらが近くに居たから狙っただけだよ!」
「そう!」
シュヴァルツは、自分の狙いは特に絞っていない様子。ただ単に近場に居たので狙っただけらしい。
しかしそれはレイたちにとっても関係の無い事。懐に攻め入ったレイは勇者の剣を薙ぎ払い、それをシュヴァルツは破壊魔術を空間に当て付けて防いだ。
「ならば、私たちの相手はマギアか。……なんか嫌だな……」
「同感だ」
「ちょ、ちょっと! いきなり酷くない!? 私はエマ達が大好きなのに!」
「そう言うところが嫌なのだがな……」
「……」
マギアの発言に本気で引くエマ。フォンセは呆れて物も言えず、マギアはエマたちにとって若干やりにくそうな相手のようだ。
それはマギア本人の性格に問題があるのだが、当の本人はエマたちに嫌われたくはないが自分の性格自体には意に介していない雰囲気だった。
「もう! だったら私を好きにさせてあげる! "女王の誘惑"!」
「それは無理強いと言うんだぞ……」
「だが、操られる訳にはいかないな。"魔王の破壊"!」
魔力を催眠作用のある力に変換し、それを一気に放出する。
エマは呆れ、フォンセは魔王の魔術を用いてそれを砕いた。
催眠作用など目には見えない概念のような力だが、魔王の力ならそれを砕く事など容易い。それと同時にエマが駆け出し、マギアの眼前に迫った。
「一気に仕掛ける!」
「いいよ、来て!」
風と雷と雨。それらの天候を一点に圧縮し、複数生み出して一気に放つ。
マギアはそれを正面から受け止めてマギアを中心に大地が消し飛び、フォンセが追撃するよう嗾けた。
「どうせダメージは少ないんだろう。"魔王の光線"!」
粉塵目掛けて魔力を圧縮した漆黒の光線を放ち、光線とは名ばかりに光すら超越したそれが空間を貫いて突き進む。
粉塵はそれに貫かれて晴れ、そこにマギアの姿は無かった。
「ダメージは少ないんじゃなくて……無い。かな? だけど全部受け止める気概だよ! 私に危害があるものじゃなければね! "女王の砂場"!」
砂。という名の無数の星を降下させ、それによって凄まじい熱と衝撃波が周囲を飲み込む。
一つ一つに星を崩壊させる力が備わっているそれに対し、フォンセは力を込めた。
「面倒な性格だな。"魔王の髪"!」
髪の毛のように魔力を無数に伸ばし、それを全て貫いて消滅させる。
そう、砕くのではなく消滅させたのだ。
その髪の毛のような黒いモノには一本一本に星を消滅させる力が備えられている。触れるだけで星が消え去るという事である。
それによって全ての砂は消え去り、空中に浮かぶマギアへエマが腕を振るった。
「……!」
同時に上空から霆が降り注ぎ、その身体を感電させる。
目映い光と耳を劈く轟音が辺りに広がり、一気に放電してその肉体を焼き尽くした。
「まあ、これでも無駄なんだろうな。次はどうする?」
「そうだな。取り敢えず先程の魔力をそのまま利用しよう」
それだけ告げ、フォンセが魔王の魔力を用いて無数に生み出した力を操り、その全てを雷光の中心に居るマギアへ向かわせた。
それを見たマギアは魔力の球体を作り出して防ぎ、それの崩壊と同時に二人の元に迫り行く。
「アハハ! 危なかったぁ! やっぱり強いね二人とも! 直撃してたらマズかったよ!」
「"魔王の柱"!」
「え!? 会話もしてくれないの!?」
マギアの言葉には返さず、魔王の力からなる柱を無数に形成。それらが下から上に生え、マギアの身体を貫く為に成長する。
その全てを見切って躱し、空中を飛行しながら直進。
真下から来るモノは回転して避け、正面に現れたモノは粉砕。まだまだ柱は無数に迫り、全ての柱を容易く粉砕したマギアは二人に飛び掛かった。
「もう! 無視すると怒っちゃうよ?」
「しまった……!」
「ああ、捕まってしまったな……!」
飛び掛かり、そのまま魔力によって伸ばした両腕で二人に抱き付く。
抱き付かれたエマとフォンセは何とか脱出を試みるが、その瞬間にマギアは言葉を発した。
「"女王の抱擁"♪」
「「……ッ!」」
そのまま力を込めて抱き、エマとフォンセの全身を砕く。
バキバキという骨の砕ける音が周囲に響き、その骨が内臓に突き刺さって二人は吐血する。
不死身のエマは兎も角、魔力によって咄嗟にガードを作ったフォンセだがそれでもかなりの激痛が身体を蝕んでいる事だろう。
それをマズイと判断したエマは霧となってマギアの抱擁から抜け出し、逆にマギアの背後に回り込んだ。
「こうなったら。無理矢理引き離すか」
「……! ファガッ……!?」
エマがマギアの口に指を入れ、その行動にマギアは困惑する。
それでも更に押し込み、少量の唾液が口から溢れる。乾いた肉体のリッチにも体内に水があるのかと疑問だがそれは気にせず、力を込めたエマが言葉を続けた。
「貴様も内部は外部より弱いだろう?」
「……! そう言う事……!」
同時にマギアの口内で風を生み出し、それを圧縮。刹那にそれを解放し、マギアの頭を吹き飛ばした。
鮮血と目玉。脳漿などが辺りに飛び散り、首から上が無くなったマギアが鮮血をダラダラと流しながら力無く垂れる。それと同時にフォンセの拘束が解かれた。
「カハッ……コホッ……!」
解放されたフォンセは全身の激痛を感じながら絞まられて呼吸困難になっていた事で荒く息を吸い、咳き込むように吐いて項垂れる。
しかし骨が折れて内臓が傷付いているので咳き込む度に全身が軋んでより強い痛みが襲う。それでも何とか抑えたフォンセは反動で溢れた赤い涙を拭き取り、頭から上が無くなり細胞単位で再生途中のマギアに視線を向けた。
「うっ……コホッ……。ふう……今のマギアを消滅させても意味がないか……?」
「そうだろうな。風の力で頭を吹き飛ばしただけだから至るところに細胞が転がっている。まあ、広範囲に及ぶ炎魔術でも放てば消せるかもしれないが、私とフォンセを守護する防壁を造り出したりしなくてはならないから相手の方が早く復活するだろう」
「そうか……」
再生途中のマギアだが、その再生速度はとてつもない。
エマとフォンセが悠長に話している時間があるのはマギアが身の危険を感じていないからゆっくりと再生しているだけ。おそらくフォンセが魔力を込めたらその再生速度が早まり、即座に復活する事だろう。
それを聞いたフォンセは肩を落として呼吸を整え、しかし。とエマが言葉を続ける。
「私を気にせず広範囲の炎魔術を放てば消せるな。フォンセなら自分の魔術で傷を負う事も無いだろう」
「エマ! 冗談でもそんな事言わないでくれ……! そうなったらこの時点で私がまた暗黒面に堕ちる……!」
「……。そうか、すまなかったな」
エマを気にせず巻き込んで消し去ればマギアの完全消滅も可能。しかしフォンセにそれをするつもりなど毛頭無く、エマの発言に憤る。
叫ぶだけで身体が痛む筈だが、そんな事より自己犠牲の精神が許せないようだ。
エマは笑みを消して謝罪し、自分の指を噛み切って血を流す。
「ほんの詫びだ。これを吸って少しは傷を癒してくれ。少量ならフォンセがヴァンパイアになる事もない」
「……。ああ、悪いな。吸わせて貰う」
「本当は首から吸った方が効率的なんだが、それは拒否するだろ?」
「当たり前だ。血を分けた時点でエマが血を失っているって事だからな。指くらいなら影響は少ないが、首から大量に接種したら流石にエマへ影響が及んでしまう。そうなったら私が血を返さなくてはならないからな」
「ふふ、悪かった」
エマの白い指に艶のある柔らかな唇を触れさせ、そこからゆっくりと血を吸わせる。
ヴァンパイアの血液には相手をヴァンパイアにする作用と治療作用がある。今のダメージでは回復魔術を使うのも一苦労。なので一先ず応急措置として血を分けているのだ。
エマとフォンセが織り成すマギアとの戦闘。一時的にマギアの再生を待ち、戦いは継続するのだった。
*****
「リヤン! 畳み掛けるよ!」
「うん……!」
レイがリヤンに指示を出し、それに同意したリヤンがシュヴァルツの元に向かう。
レイとリヤンは二人で挟み撃ちのように仕掛け、それを見たシュヴァルツは笑って返した。
「ハッ、同時か! 上等ォ! "連鎖破壊"!」
レイとリヤン。二人の動きに対処出来るよう放ったのは周囲全体への破壊魔術。
連鎖するような破壊の余波が周囲に伝わり、そのまま空間と大地を粉砕して二人から足場を奪った。
「これくらいなら、まだ進める!」
「うん……!」
足場と空間は砕けたが、レイはその空間の欠片を踏み抜いて進み、リヤンが比較的影響の少ない空中を行く。
崩壊していく世界を足場に突き進んだ二人はシュヴァルツの眼前に迫り、そのまま一気に嗾ける。
「やあ!」
「"神の雷"……!」
「"破壊"!」
勇者の剣は空間その物を使って防ぎ、神の力からなる雷はその雷を破壊して防ぐ。
世界を砕きながら制止させたシュヴァルツは二人を弾き、それと同時に囲うような破壊魔術で追撃を仕掛けた。
「"破壊の壁"!」
「させない!」
そしてその破壊魔術はレイが勇者の剣で切り伏せ、同時に切り上げて牽制。シュヴァルツはそれを仰け反って避け、飛び退くように距離を置く。
その瞬間にリヤンが力を込め、着地によって生まれた隙を突いて神の力を放出した。
「"神の衝撃波"……!」
「……っと……!」
神の力からなる衝撃波。それは大地を大きく粉砕しながら直進し、星一つなら容易く収まる亀裂を生み出した。
しかしシュヴァルツは軽く一瞥するだけで破壊痕を特には気に掛けず、即座に向き直って二人に攻め入る。
「ハッ、悪くない連撃だったぜ! だが、まだまだ余裕を持って避けられる攻撃だ! "破壊"! "破壊"! ……"破壊"!」
「……っ。もう滅茶苦茶……!」
「けど……狙いは的確……」
連続して破壊魔術を放ち、それらをレイとリヤンは各々のやり方で躱す。
片や破壊魔術を切り伏せ、片や普通に避ける。二人はその瞬間に再び距離を詰め、破壊魔術の隙間を駆け抜けてシュヴァルツの眼前に迫った。
「ハッ、そんな攻撃……!」
「させない……! "神の拘束"……!」
「……!」
正面に迫ったのはレイ。シュヴァルツは今までのように避けようと試みるがリヤンがそれをさせぬよう神の力を用いて拘束。
時間があればこれも抜け出されるのだろうがレイは既に迫っており、シュヴァルツの腹部に勇者の剣を突き刺した。
「……ッ! ガァァッ!?」
刃によって肉体が貫かれ、その激痛に苦悶の表情を見せながら声を上げる。
しかしシュヴァルツは即座に力を込め直し、神の拘束を砕き解いて距離を置いた。
「……っ。ハッ……流石にこの一撃は効くぜ……だが、それなら俺も本気で行く……!」
「「……!?」」
鮮血が散り、脂汗を流しながら不敵に笑う。そしてそれと同時に威圧感が増し、レイとリヤンは身構えた。
その威圧感。それには圧倒される感覚で常人なら側に居るだけで最悪死してしまう程のモノがあったが、レイとリヤンはその違和感に気付いた。
「この感覚……怖いけど……神聖な雰囲気……」
「うん……。私に近くて遠い……そんな感じ……まるで……」
その違和感。それは二人が体感したように、神聖な雰囲気だった事。
末恐ろしい威圧感だが何処かに安らぎも合間見え、"恐怖"のみの威圧感とはまた違った雰囲気だった。
そう、それは正しく──
「「──神様……?」」
神の気配。
それ程までに神聖な雰囲気を放つシュヴァルツを前に呆気に取られる二人。シュヴァルツは相変わらずの獰猛な笑みで痛みを堪えつつ言葉を続けた。
「ああ……これが俺の……本当の力だ……!」
「「……っ」」
その言葉に二人は構え直す。
確かに神聖な気配。しかし恐ろしさも残り続けている。例えるなら"破壊"や"死"の恩恵を与える存在。
破壊神や死神とも違う異質な神の感覚。それは二人にとって未知数の世界だった。
「これは……戦いが終わったらちょっとマズイ状態になっちゃうかも……」
「うん……。多分、大怪我じゃ済まない……!」
その気配と感覚に戦闘後の身を案じ、生唾を同じタイミングで飲み込んで身構える。
エマ、フォンセとレイ、リヤン。四人が織り成すマギア、シュヴァルツとの戦闘は、正念場と言う名の佳境へと差し掛かった。