九百四十話 ライvs支配者
「オラァ!」
「『『……!』』」
ライの言葉と同時に放たれた拳を一人と二匹。シヴァ、ドラゴン、テュポーンは避けて距離を置く。それと同時に創造の力からなる隕石。星を砕く力。宇宙を砕く巨腕が打ち出されてライはそれらを紙一重で躱した。
別に躱す必要も無いのだが、あの一撃は強烈。ダメージが無いにしてもそれなりの距離を吹き飛ばされてしまう。なので躱す事で余計な手間を省いたのだ。
「動きは単調だな。取り敢えず相手を倒せれば良いと言った雰囲気だ。素の支配者には程遠い実力だな」
今の攻撃を見やり、今のシヴァたちの力は大した事がないと判断した。確かに力は支配者らしく宇宙に影響を及ぼす程のモノがあるが、全体的に動きが単調過ぎる為、基本的に当たらないと考えられるからだ。
本来のシヴァたちならもう少し考えて放たれる。今の相手はただ機械的にライに攻撃を与える事しか考えていない。つまり先読みなどもされていないのでただ攻撃を躱せば良いという事である。
「『『…………』』」
「成る程な。次は俺だけじゃなくて広範囲を狙うか」
単騎で撃破するのを諦め、次にシヴァが今度は惑星サイズの隕石を形成。ドラゴンが炎を吐き付け、テュポーンは巨腕を更に巨大化。大陸に匹敵する掌で押し潰す。
小さな範囲にしか及ばない攻撃は躱される。なので広範囲を狙おうと言うあまりにも安直な攻撃。ライは拳を放ってそれら全てを打ち砕き、シヴァたちの元に肉迫した。
「やっぱりいつもの支配者を相手にするより簡単だな。この調子ならさっさと戻れる……問題は倒した後、どうやって元の世界に戻るかだな。手加減しないとこの世界ごと元の世界を崩壊させ兼ねない」
今のシヴァたちの相手は簡単。なので残る問題は元の世界への戻り方について。
戻るだけならこの空間を破壊して脱出すれば良いが、広さが広さ。それを砕く力となると勢い余って元の世界も破壊してしまう恐れがある。それを避ける為にも細心の注意は払いたいところだろう。
「纏めて倒すのは少し面倒だな。各個で撃破するとして先ず倒すなら……最強が最弱……純粋に数の差があるからな。まあ、支配者の中での最弱と言っても主力の中なら最強クラスなのは変わらないんだけど。今狙いを付けるなら力が衰えているドラゴンかな」
ライが狙いを定めたのはドラゴン。
幻獣の王であり、如何なる武器も通さぬ皮膚を有するドラゴンは強敵だが、それと同時に力が衰えている。本来なら年の功でその衰えを誤魔化せるが、操られている今は力に任せた単調な攻撃しかしていない。この中では比較的倒しやすい部類に入るだろう。
「悪いな。ドラゴンさん……!」
『……!』
その瞬間、光の速度を超越したライがドラゴンに拳を打ち付ける。同時に大きく吹き飛び、大地が抉れて空が割れ、空間が崩壊しながらドラゴンの身体が吹き飛んだ。
純粋な腕力で空間が崩壊する程の力で殴り飛ばしたが、形が残っているドラゴンの頑丈さは流石と言えるだろう。ボロボロになりながらもドラゴンは直進し、全身を使ってライに突進した。
「猪突猛進。ただひたすら真っ直ぐ攻める。操られているだけでこんなにも弱くなるのか。ヴァイス達は選択を誤ったな」
『……!』
その突進を片手で受け止め、ライの背後が衝撃波で抉れて砕け散る。しかしライは無傷。ほんの少しの痛みもない。
同時に頭を鷲掴み、ドラゴンの身体を持ち上げて叩き付けた。
それによって巨大なクレーターが形成。ドラゴンは確かなダメージを受け、そんなドラゴンを今一度持ち上げたライは空中に放り出し、その身体を回し蹴りで吹き飛ばした。
吹き飛ばされたドラゴンは地に伏せ、そのまま動かなくなる。そんなライの元に、既にシヴァとテュポーンが攻め入っていた。
「まあ、ゆっくりと一対一で戦わせてくれる訳無いか。取り敢えずドラゴンさんは倒したし、次もドラゴンさんと同じく弱体化しているアンタらだな」
「『……!』」
シヴァは創造の力を使わず"三叉槍"を用いて嗾け、テュポーンは相変わらずの巨腕を用いて嗾ける。
それをライは見切って躱し、三叉槍の柄とテュポーンの腕を掴んで停止。同時に回転し、一人と一匹の身体を投げ飛ばした。
「次の狙いは……どっちを狙っても同じかもしれないな。どちらも遠距離、中距離、近距離の戦闘に対応出来るし、力も拮抗している。……まあ、ドラゴンさんも全てに対応出来て力もシヴァやテュポーンに比べたら少し劣るってだけだったんだけどな」
シヴァとテュポーン。操られているとは言え、純粋な力だけなら衰えているドラゴン以上。基本的に正面から仕掛けるのは変わっていないがシヴァには創造の力からなる攻撃もある。ライを狙い続けるという一点を除けば厄介なものだろう。
それもあり、ライは狙いを決めた。
「多才さを考えれば、シヴァかな」
「……!」
同時に踏み出し、一瞬にして放り投げたシヴァの眼前に到達したライは拳を打ち付けて更に吹き飛ばす。
それと同時に再び加速して追い付き、上から拳を叩き込んだ。
しかしそこは流石の支配者。シヴァは飛び退くように転がって躱し、ライの拳は先程までシヴァの居た場所に激突して辺りを陥没させる。同時に大地が浮き上がり、大陸程の範囲に及ぶクレーターが形成された。
「……」
「まあ、避けられても真っ直ぐ向かってくるだけだから対処はしやすいか」
シヴァが避ける事でライに出来た隙。しかし特に策も講じずただ真っ直ぐ攻める攻撃などライには意味がない。
ライはシヴァの三叉槍の柄を今一度掴んで持ち上げ、そのまま大地にシヴァを叩き付けた。
既に陥没していた大地は更に拉げて粉砕。そのまま打ち沈められ、そこからシヴァが脱出する。
「抜け出したか。やっぱり操られていても支配者相応の力は持ち合わせているかな」
脱出したシヴァは力を込め、太陽を形成してそれをライに放つ。
その太陽は正面から粉砕して加速し、もう一度シヴァを殴り飛ばした。
『……!』
「……っと、もう来たか」
丁度その直後、ライに放られたテュポーンが攻め入り、視界に入った瞬間巨腕を突き出す。それをライは見切って避け、一先ずシヴァをさておき巨腕を駆けながらテュポーンの眼前に迫った。
「本来のテュポーンなら姿を見せずに死角から攻撃出来ていた筈……態々姿を見せて俺を捉えなきゃならないなんて明らかに弱体化しているな」
テュポーンの巨腕は、少なくとも惑星並みの距離なら伸ばすだけで追い付ける。しかし今のテュポーンは態々自分から姿を見せた。
それを踏まえると、ライが言うように気配だけで存在を掴む事が出来ず、視覚のみで狙っているようだ。
「やっぱりやり易いな。姿形。そして大凡の力は支配者その者だけど、思考も何も無いし纏めて相手するのも容易いや」
『……ッ!』
推測しながら進み、その身体を拳で打ち抜く。
ライの拳はテュポーンに突き刺さってそのまま吹き飛ばし、遥か彼方まで追いやった。
「テュポーンは軽くあしらうだけにしておくか。今の様子なら出来なくはないけど、同時に相手取るのは非効率。先ずはシヴァだ」
今のテュポーンならある程度目を離していても無問題。本来なら余所見したら確実な一撃を受けるだろうが、操られているだけで自我が無いのでその心配も無いのである。
なのでライはシヴァを標的とし、先程吹き飛ばした方向を見やって気配を探り、刹那にその距離を詰めた。
「……!」
「オラァ!」
そしてまた、今度はシヴァの腹部を殴打する。それによってシヴァは吐血し、同時に頭へ踵落としを打ち付けた。
それによって大地に頭が衝突して再び陥没させ、掬うように蹴り上げると同時にシヴァの身体を無理矢理起こした。
「これで終わりだ……!」
「……ッ!」
──次の瞬間、シヴァの顔に拳を叩き込んだ。
それによって凄まじい衝撃波がシヴァを貫き、そのまま勢いよく吹き飛ばされる。ライの見えぬところで恒星複数個分の大きさを誇る山に衝突し、シヴァも動かなくなった。
「ふう。やっぱりかなり弱くなっているな。いくら成長した俺だからと言って、支配者を相手にしてこんなにすんなり勝てる訳も無い。後はシヴァを回収してテュポーンと戦うか」
それだけ呟き、数光年の距離を一瞬にして飛び越えたライはシヴァを回収。やはりシヴァもドラゴンと同等、本来の力ではない為に普通のシヴァなら余裕で耐えられる攻撃で意識を失ったようである。
回収したシヴァはドラゴンと同じ場所に横たわらせ、気配を集中して先程テュポーンを吹き飛ばした場所に注意を向けた。
「彼処か……!」
刹那に見つけ出し、そちらに向かって加速。到達と同時に今一度拳をテュポーンの懐に叩き込んだ。
『……ッ!』
「……少し巨大化したか」
それを受け、身の危険を感じたのかテュポーンは巨大化する。
先程でも十メートルはあったが、今はその十倍程。百メートルには達しているが、本来の大きさには遠く及ばない。元より、意思の無い今のテュポーンでは本来の大きさになる事も不可能なのだろう。
(……そう考えるとこれが今のテュポーンの最大って感じかな。やっぱりシヴァやドラゴンさんと同様、本来の力には遠く及ばないか)
おそらくだが、今の大きさが今のテュポーンの最大。故に大きく弱体化していると考え、ライは行動に移った。
「んじゃ、早いところ終わらせてレイたちの手伝いに戻るか」
光の速度を超越した加速。刹那にテュポーンの腹部へ拳を打ち付けてその身体を浮き上がらせた。
同時に回し蹴りを放って吹き飛ばすが、テュポーンもテュポーンでタダではやられない様子。空中のライに巨腕を振るって叩き付け、大地へと落下させる。
その衝撃で粉塵が舞い上がり、テュポーンはそこ目掛けて鞭のような腕を連続して放つ。クレーターは更に更に巨大化し、次の瞬間に両手で押し付けて大陸並みの範囲が沈んだ。
「ま、やっぱりこんなもんだよな。操られてかなり弱体化している今は……!」
『……ッ!』
その穴からライは無傷で飛び出す。それと同時に拳を打ち付け、テュポーンも瞬時に両腕でガードするが弾かれて顔に拳が直撃する。
そこから身体が捻れるように吹き飛び、百メートル程の巨体が破壊痕を残して消え去った。
「今のテュポーンはその場で堪えないからな。吹き飛ばしたら後を追うのが面倒だ」
小さく悪態を吐き、吹き飛んだ方向を追う。
通常のテュポーンなら今の攻撃くらいはその場で耐えられる。それのみならず、同時にライを吹き飛ばしていた事だろう。
相手にして厄介なのは本来のテュポーンだが、相手にしてただ面倒でしかないのは今の操られたテュポーンだった。
「取り敢えず後を追うか」
吹き飛ばした方向に向け、ライは加速する。この手間を無くす為にもさっさとテュポーンを倒してしまうのが良いからだ。
即座に追い付いたライは再び拳を握り締め、力を込めてそれを放った。
「オラァ!」
『……!』
その拳に向けてテュポーンは猛毒と炎を吐き付けて牽制。しかしそれらごと砕き、またもや行った腕の守りも粉砕して殴り抜いた。
しかし今度は吹き飛ばない。否、敢えて吹き飛ばさなかった。
行動を止めるには確実な一撃を打ち付ける事が重要。なので無防備となった今のテュポーンに向け、今の戦いを終わらせる一撃を放つのが最優先という事である。
「アンタもこれで終わりだ!」
『……ッ!』
そしてその拳をテュポーンの中心に打ち付け、吐血したテュポーンの身体が吹き飛んだ。
それからまたもや数光年程飛ばされ、一つの星にぶつかって停止。此処に来るまでにも恒星サイズはあろう幾多の星とぶつかっていたが、数光年を経て漸く止まった。
それと同時にテュポーンも動かなくなり、身体の大きさが二メートル程にまで縮小する。
「さて、これで支配者との戦闘も終わりか。……まあ、全員が弱体化し切っていたからあまり疲れないで済んだけど、もしもヴァイス達がそのままの力で操っていたら大変だったな」
支配者は全員がかなり弱体化していた。
何故なら本来ではあり得ない、ライが無傷で勝利を掴んだのだから考えずとも分かる事だろう。
それ故に本来の力でなくて安堵したライだったが、ふとした思考が脳裏を過った。
(いや、全知全能に成ったって言う今のヴァイスならそれも可能の筈……じゃあ何でそれをしなかったんだ?)
それは、ヴァイスが本来の力そのままで操らなかった理由。
今のヴァイスは完全ではないが全知全能である。全てを実行するのに色々と制約はあるにしても、本来の力で操るのは容易だった筈だ。
そしてそれと同時にライは一つの考えが浮かび、結論が出た。
(支配者……ヴァイス達にとっての選別の合格者をこれ以上傷付けさせない為……か。それなら辻褄も合うな。シヴァたちが本来の力だったならお互いに無事じゃ済まない。あくまで俺たちの足止めが目的だったって事か)
そう、それは、合格者であるシヴァたちを必要以上に傷付けさせない為。
本気を出せば全員が致命的な傷を負うのは目に見えている。なのでヴァイスはそれを避けたのだろう。
そうなるとそんな彼らを嗾けた理由だが、ヴァイスは始めからゼウスにのみ意識を向けていた。つまり、ゼウスに用があるという事になる。シヴァたちはその為の足止めを兼ねた刺客だったという事だ。
そしてそれらを踏まえた事で導き出されたヴァイスの目的は──
「……ゼウスの全知全能を自分のモノにして、完全な全知全能に成る事か……」
完全な全知全能。それが今回のヴァイスの目的。
確かにその力があれば世界の選別も容易になる。元々この世界に居る残った敵はライたちとゼウスたちだけだが、この後天界や異世界に攻め入るとして完全な全知全能があればまず間違いなく異世界、いや、全ての次元に置いて最強の座に達せるだろう。
何処まで選別を行うのかは不明だが、ヴァイスの目的は確実に達成されるのは間違いない。
「成る程な。んじゃ、早いところ元の世界に戻ってヴァイスの動向を探らなくちゃな。もう既にゼウスと共に別の世界で戦っている筈だ」
そんな事をさせる訳にはいかない。故にライはテュポーンを回収し、シヴァ、ドラゴン、テュポーンの一人と二匹を寝かせる。
後はこの空間を破壊して元の世界に戻るだけ。今回も時間との戦いになりそうである。
ライと操られていたシヴァ、ドラゴン、テュポーンの織り成していた戦闘。それはライが一人と二匹を打ち倒す事で決着が付いた。
そしてヴァイスの目的を阻止する為に、ライは元の世界に戻るのだった。