九百三十七話 聖域への行き方
「ただいまー。……って、これで合っているのか?」
「良いんじゃないか? 今はこの城が住まいみたいなものだからな。一時的にだが」
ある程度状況を確認し終えたライたちはゼウスの城に戻っていた。
先程の探索で街の状況はある程度分かった。ゼウスが起きた事もあって心身共に街は暫く安泰。だがまだまだ不安もあるので安心は出来ないだろう。
「ライ……お帰り……」
「よっ。リヤン。どうだった? クラルテさんは?」
「うん……全部解決した……」
「そうか、良かったな!」
「うん……!」
ライたちを出迎えたのはリヤン。
クラルテについて色々と考えていたようだが、今の様子から問題が解決した事は分かった。
そしてライは、リヤンと共に迎えてくれたもう一人の人物に視線を向ける。
「それで、貴女がクラルテさんですね」
「ええ。クラルテ・フロマです。よろしくお願いします。ライさん。リヤンの事、ありがとうございました。此処まで一緒に来てくれて……」
「いえ、俺たちは別に何も。此処まで来たのも全てリヤンの意思ですよ」
もう一人の人物、リヤンの母親、レーヴ・フロマの妹であるクラルテ・フロマ。
クラルテはライたちにリヤンの事に対して礼を言い、ライはリヤンの意思なので自分は大きく干渉していないと告げる。
しかし、とクラルテは言葉を続けた。
「ふふ。ですが、貴女たちのお陰であの子も明るくなったと思います。本当に幼い頃……赤子の時のリヤンしか知らなかったけど、少しオドオドしたあの話し方……多分、初めて会った時はかなり大人しい子だった事でしょう。そんなリヤンが明るくなった。親……姉の代わりにお礼を言わせて下さい」
「ハハ。鋭いんですね。貴女も」
リヤンとの会話の中からクラルテは、リヤンが自分と会わなかった期間でどの様な性格になっていたのかを言い当てた。
元々神に仕える一族の子孫。やはり観察力がかなりあるのだろう。
しかし悪意などは感じられず、リヤンの成長を純粋に喜んでいる。そんな雰囲気だった。
「戻って来ていたみたいだね。それで、街の方はどうだった?」
その様にライとクラルテが話している最中、ヘルメスが姿を現して街の様子を訊ねた。
やはり情報を伝達させる存在として気になるのだろう。
ライは言葉を返す。
「感想を言えば、雰囲気が少し悪かったな。全体的に暗い雰囲気だった。全員が意気消沈しているから明るい白も灰色と錯覚するくらいにな。だけど、ゼウスが目覚めたって報告があってからは少し良くなったみたいだ」
「成る程な。そうなるとゼウス様が目覚めた直後に情報を流したのは正解だったという事か。一先ずは安心……には程遠いが安泰か」
「へえ? アンタが情報を流したのか。確かに賢明な判断だったみたいだな」
ゼウスの情報を流したのはヘルメス。先ずは住民達のアフターケアを優先したと考えるのが妥当だろう。
そしてそれは見事に功を奏した。不安は取り払われ、薄暗くどんよりと重い街から比較的穏やかな空気の流れる街に変わったのだからヘルメスの考えは正しかったと分かる。
そして……とヘルメスは更に言葉を続けた。
「それで、だ。俺は街の様子を聞く為だけに来た訳じゃないからな。ゼウス様も含め、残った主力で対策会議を設ける事にした。今回は侵略者の君たちも参加して貰う。もう少し話したいだろうクラルテには悪いが、彼らを借りるぞ」
「ええ、構いませんよ。私はある程度話せたので満足です。それに、暫く滞在するならまだ話せる機会はありますからね」
「その心意気、感謝する」
ヘルメスが来た理由は街の状況確認とヴァイス達の対策を行う為。
全知全能のゼウスが居るのなら全ての事態に対応出来そうなものであるが、ゼウスがそれに参加するなら何らかの理由があるという事は分かった。
「勝手に話を進めて悪いな。無論、君たちの意見は聞く。けどまあ、今は良いか悪いか率直に応えてくれ」
クラルテの意見を聞いたヘルメスは続いてライたちに意見を求める。
当然、ライたちの意思は尊重するようだ。何も無理矢理参加させるつもりという訳ではないらしい。
「別に構わないさ。特にやる事もないからな」
「ああ。ライに同じく」
「私も同意見だな」
「右に同じ……」
そしてそれをライたちに断る理由はなかった。
実際、のんびりと過ごすのも良いが、やる事がある訳ではない。休息という意味なら既に一週間は寝て過ごしているからだ。
それは意識を失っていたので根本的な休息とは些か差違点があるが、逆に何もしないというものは退屈でもある。
加えてヴァイス達に対する準備は必要。なので快諾した五人はヘルメスの後に続き、ゼウスたちが待っている貴賓室に向かうのだった。
*****
──"ゼウスの城・貴賓室"。
ヘルメスと共に貴賓室へ来たライたちは適当な椅子に座り、ゼウスたちと向き直っていた。
揃うや否やゼウスは言葉を発する。
「さて、一先ず対策について話し合うとしよう。と言っても特に何が決まったという訳ではないがな」
そして始まった、ヴァイス達に対する対策会議。
始まるや否や、早速ライは挙手してゼウスに訊ねる。
「えーと、じゃあ先ず聞きたいんだけど、俺たちは兎も角、アンタが参加する必要はあるのか? 何らかの理由があって始めたってのはある程度分かるけど、全知のアンタならこれからどうなるかも全て分かっている筈だ」
ライが最初に訊ねたのは、ゼウスが参加する理由。
全知のゼウスなら参加などしなくても全て知り尽くしている筈。故に気になったのだ。
ゼウスはその言葉に返した。
「ああ。無論、全ての事を分かっている。いつ来るのか、どんな力を秘めているのか。その戦闘による被害はどうなるのか。その他にも全て知っている」
「じゃあ何でだ? ……いや、今の状況からして──その情報を俺たちに伝える為……って考えるのが良さそうだな」
「話が早くて助かる。やはり主は冷静なら余計な手間を取らなくて良いな。全て知っているからこその情報提供が主な事。そして主らの持つ"ある物"に対しての事が一つだ」
「"ある物"……?」
ゼウスの言葉に訝しげな表情で返す。
"ある物"。確かにライたちは他の者達が持たぬような物を持っている。
"賢者の石"はヘパイストスに預けたが、それ以外にもかつての神がつけていた"神の日記"や老婆から貰い受けた謎の物など色々と持っているのだ。
ゼウスはその言葉に頷いて返す。
「うむ。先ずはそれについて話すとしよう。この話に必要な知識……"聖域"についてお主らもある程度知っているだろう。お主らがどの程度の知識を蓄えているのかも知っているからその部分の説明は端折る。今回は聖域についての事だ」
「……! 聖域……! 勇者が居る聖域か……!」
「ああ」
最初に話したのは、ヴァイス達の事ではなく勇者の居る聖域について。
その存在はライも気になっている。異世界のライたちがこの世界に来た時、そのライたちが聖域に居る事を知ったがそれだけで詳しい情報を知った訳ではない。
ライの知っている情報では"かつての神が居た"。"かつて世界を救った勇者が現在居る場所"。"聖域に主が居なければその世界は消滅する"。そして"四つの国の中心に存在する"。
強いて言えばこれくらい。纏めると世界の中心にある場所でそこには必ず誰かがおり、その人物が居なければ世界が危ういという事である。
ライの言葉に頷いたゼウスはそのまま言葉を続けて説明する。
「回りくどいのは抜きにする。今回話す事は、──その聖域への行き方だ」
「聖域の……!」
「行き方……!」
ライが反応を示し、レイがそれに続く。
ゼウスの話。それは聖域への行き方について。
確かにその行き方は不明。世界の中心に健在しており、夢の中ではその広さも星一つを埋め尽くし、宇宙にまで届く程に広大だったと分かった。にも拘わらずライたちは聖域を見た事が無い。
その行き方について話されるとなると驚愕するのも当然だろう。
「なんでいきなりそれを話す? 今回の件と何の関係も無い筈だけど……」
ライの疑問は当然。
今回はあくまでヴァイス達の対策会議。それと聖域とは何の関連性は皆無であり、本当に脈略も無く話された事でしかなかった。
ゼウスは言葉を更に続けて話す。
「いや、関連性が無い訳ではない。今回の出来事。勝利するにせよ敗北するにせよ、お主らは聖域へ行く事になるのだからな」
「何だって……? と言うか、勝敗が曖昧だな……」
「勝敗の件は気にするでない。今未来の結果が分かったとして、その未来は複数に分岐しているからな。つまり今の時点では我らが負ける未来も勝つ未来も両方健在しているという事になる。我は全てを知る存在だが、未来が変わる事はよくあるのだ。……まあ、変わる事が決定したなら確立するよりも前に我が知れるがな。何はともあれ、無限に存在する未来から特定の未来を引き出すのも面倒。故に今回は予知せず今後の出来事に身を委ねる事にした」
ライたちが聖域に行く事になる。それは勝敗関係無いらしいが、万能な全知で予知を続けても未来が変わる時は変わるらしい。
それを直ぐに知る事も出来るようだが、本当に互角の時に限って無限に連なる全てのパラレルワールドを予知してしまう為に探し出すのが面倒のようだ。
それはさておき、どちらの結果に転がったとしてもライたちが聖域に行くのは決定しているとの事。ライも口を噤み、ゼウスの言葉を待つ。他の四人と主力も同じく待機し、ゼウスは更に続けた。
「聖域云々は置いておいても良いだろう。行き方を率直に言えば、ライ。お主の持つその物とレイ。お主の持つ勇者の剣。それを掛け合わせる事で聖域の扉が開く」
「「……!?」」
ライとレイは同時に大きく反応を示し、自分たちが持つそれらに勢い良く視線を向ける。
エマ、フォンセ、リヤンの三人とヘラ、アテナ、ヘルメスの三人も目を見開いて驚愕しており、ゼウスは構わず言葉を続けた。
「聖域というものは中に居る者の意思によってその姿を変える。かつての神のように誰かからの挑戦を望んでいれば常に見え、今の勇者のように聖域を開ける必要も無いと考えていればその者が指定した"鍵"でしか開く事の出来ぬようになる。案外融通の利くシステムだな」
それが聖域。中に居る存在によって聖域の存在が変わる。もはや一心同体。聖域に意思があるのかは不明だが、今更説明が付かない事など見飽きた。そういうものはそういうものなのだろうと納得せざるを得ないのかもしれない。
一人で納得するゼウスに対し、ライは言葉を続けた。
「いや、待ってくれ……。情報が追い付かない……一旦それを纏める。先ず今回聖域の事を話した理由は俺たちが後々行く事になるから。その為の鍵を知っておかなくちゃ行けないから鍵についての説明をした。それでその鍵が俺のコレとレイの剣……うん、辻褄は合っているな。合っているか? まあいいや。取り敢えずそうなるんだな。多分」
頭を掻きながら情報を纏めるライ。
確かに後々行く必要があるなら説明するのもおかしい話ではないが、それはそれとして何故行く事になるのか。何故それを今話したのかなどの疑問は浮かぶ。
そもそも行く事が既に決定しているなら今開け方を教えなくても良いだろう。
疑問に次ぐ疑問は留まる事を知らない。起承転結がはっきりしておらず、全知のゼウスなら何か考えがあるのかもしれないがライには追い付けなかった。
「お主の全ての疑問に答えてやろう。単刀直入に言うとそれは……何となくだ。ただ何となく教えた」
「……。…………。……はい?」
そんな疑問は、全てが取り払われた。
"何となく"。それがゼウスがライに教えた理由。
ライがその言葉に返そうとした直後、ゼウスは立ち上がって最後に言葉を発した。
「そして本筋の侵略者だが……その者達が来るタイミングは丁度──今だ」
「「「…………!」」」
「「……!」」
「「「…………!?」」」
──その瞬間、街の方で大きな爆発音が響き渡った。
そしてゼウスが直前に言い放った言葉。それからするに、来たという事だろう。
「……っ。レイ! エマ! フォンセ! リヤン!」
「うん、準備は出来てるよ!」
「無論だ!」
「同じく!」
「うん……!」
「アテナ! ヘルメス!」
「当然です、ヘラ様!」
「完了してますよ。準備は……!」
爆発音を聞いた直後の行動は早かった。いや、ゼウスが敢えて来た瞬間にしか教えなかったので早くなったのだろう。
来る時間を始めから指定していればもっと多くの準備が出来たかもしれないが、その時間が来るまでに緊張が高まり動きが固くなってしまう。それによって生じる不利点は言わずもがな。
故に聖域についての説明をする事で程好い緊張感と時間を稼ぎ、その時になったら迅速に行動出来るよう調整していた。
(……って事か。全て計算済み。流石は全知全能の神様だよ……!)
まんまとしてやられたとライは苦笑するが、お陰で即座に迎撃出来る態勢は整った。それはレイたちもヘラたちも同じ事。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人とゼウス、ヘラ、アテナ、ヘルメスの四人。世界に残った唯一の主力たちは、攻め入って来たヴァイス達を迎え撃つ為に行動を起こすのだった。