九百三十六話 リヤンとクラルテ
──"パーン・テオス・門"。
「ふうん? 成る程な。誰も居ないや。見張りの兵士すら居ない」
「その代わりに土魔法や土魔術で巨大なバリケードを張っているみたいだね。確かに主力クラスや完成品じゃない生物兵器以外には通じそう」
ゼウスの意識が戻った事で歓喜の色に包まれる街を抜けたライたちは、一つの防護壁の前に来ていた。
生物兵器を相手に正面から戦り合ったとしてもジリ貧になる未来は明白。なので広範囲に防護壁を張る事によって"パーン・テオス"の街全体を要塞へと変え、そのまま守護しているのだろう。
どういう訳かまだこの街に主力クラスは来ていない。なので外が生物兵器の兵士達に埋め尽くされていたとしてもこの防護壁が破られる可能性は低い筈だ。
「見方を変えれば苦肉の策とも取れるな。グラオが攻めて来た時のように全ての生物兵器の兵士達を打ち仕留められたならこれ程まで厳重にする必要も無い。……まあ、主力が少ない今、このバリケードは主にヴァイス達対策なのだろうがな。生物兵器の兵士達と戦って消耗する危険が減るから本当にいざという時までに力を蓄える事も出来る」
「まあ、ヴァイス達が来たらこの程度のバリケードやこの街の兵士達が束になっても軽くあしらわれて生物兵器の材料になるのがオチだろうがな。少し強化して置いてやろう」
それだけ告げ、フォンセは土魔法や土魔術からなる防護壁を自身の魔力で強化させた。
それでも主力クラス相手では容易く打ち砕かれてしまうだろう。しかしこれなら他の生物兵器より多少力の強い生物兵器が来た場合も破られる危険性はグッと下がる。フォンセとしても生物兵器の兵士達などと戦って余計な力を消耗するのは避けたいところなのだ。
無論、その意見にはライ、レイ、エマの三人も同意であるが。
「まあ取り敢えず、少なくとも今はまだ俺たちの出る幕は無さそうだな。ヴァイス達が何時来るのかは分からないけど、生物兵器の兵士達を抑えるのは悪くない気がする」
実際のところ、生物兵器の相手は今では問題無いが本来は不死身の肉体と鬼に匹敵する力を有している時点でかなり厄介。
ライの持つ魔王の力のように"不死身"という性質その物を無効化したり、レイの持つ勇者の剣のように同じような力を扱う。もしくはエマの催眠によっての同士討ちをさせたり、フォンセやリヤンの力からなる炎で細胞一つ残さず消滅させる。
など、それらのような力を使える存在は全世界でも限られているだろう。
それらも踏まえた上で、生物兵器の相手はライたちかこの国の主力しか居なくなる。しかしそれではキリが無い。
ヴァイスが何体の生物兵器を生み出したかは不明だが、戦争が始まればヴァイス達の相手をしつつ生物兵器の処理をしなくてはならなくなる。つまりこの防護壁の役目は、そんな時にヴァイス達との戦闘に集中しやすくする利点があるのだ。
尤も、ヴァイス達と戦う時はこの宇宙では持たないので異空間にて戦闘を織り成す事になりそうだが、そんな時にこの街の住民達を護るという役目からしても防護壁は有効活用出来るだろう。
「んじゃ、まだ生物兵器の兵士達は相手にしないで、ヴァイス達が来るのを気長に待つとするか。世界の状況から考えても、もうヴァイス達が次の行動へと移行している可能性は高い。今日中か明日か、数秒後か。何時来てもおかしくないからな。それまでに少しの休息って訳だ」
「うん、そうだね。住民の安全も外よりは保証されているみたいだし、今のところ心配は要らないのかな?」
「まあ、ヴァイス達なら住民より先に私たちを狙う筈だからな。住民は一先ず生物兵器の兵士達にでも任せるだろう」
「それを踏まえればこの程度のバリケードでも十分か。問題は生物兵器の完成品が量産されている可能性だが……果たしてどうなのかは分からないな」
一先ず、外部はおそらく問題無いかもしれない。加えてゼウスが起きた事もあって内部も問題無いだろう。それは主に住民達の精神的な要素だが、雰囲気が変わるだけで良い方向に事が運ぶこともある。
なのでまだ今の時点でヴァイス達による不利益な事柄は無いと分かったライたちは城の方へ戻る事にした。
*****
──"パーン・テオス・ゼウスの城"。
「クラルテさん……」
「……。どうして此処が……?」
「気配を追って……やっぱりクラルテさんも不思議な気配がある……それと……貴女がクラルテさんであるのを否定しないんだ……」
「ええ。その様子を見るに、ゼウス様に色々と教えて貰ったと窺えますから……」
ライたちが城に戻る途中、城に居るリヤンはクラルテの気配を見つけてそこに行き、この街に来た初日に居た自室とは違う部屋にて向き合っていた。
それは日によって部屋が変わるのか、クラルテが自己申請して部屋を変えて貰ったのか定かではないが、兎に角再び出会う事は出来た。
「一つだけ聞きたい……何で私から距離を置くの……?」
「…………」
リヤンの質問。それはゼウスにも訊ねた事であり、それの応えを本人の口から聞きたがっていた。
その言葉を聞いたクラルテは口を噤み、後ろを向いて言い淀む。
「それは……」
「……。私の事……憎んでいる……?」
「そんな事は無いわ!」
「……!」
リヤンの一言と同時にクラルテは即答で返し、その身を震わせる。
やはりクラルテにも色々と事情はあるのだろう。
「…………」
「…………」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。それもあってか少し落ち着きを取り戻したクラルテは口を開いた。
「貴女は大事よ……。だって貴女は……姉さんが遺してくれた最後の形見……。唯一の繋がり……。だから、私は貴女を捨てた訳じゃないの……」
「クラルテさん……」
クラルテの告げた、リヤンを捨てた訳ではないという言葉。それは嘘偽りが無く、本心からの言葉だった。
しかしリヤンが十数年間孤独に過ごしたのも事実。友人や家族という存在はライたちに出会うまで魔族の国の森に居た幻獣の国の幹部とはまた違ったフェンリルやユニコーンに様々な幻獣・魔物くらいだった。
正面からリヤンと向き合い、平常心を取り戻したクラルテは言葉を続ける。
「あの時はそうするしかなかった。貴女が何処で私の行いを見たのかどうかは分からないけど、あの時の私は……私と貴女は追われていた……。かつての神様の行いの所為でね。世界滅亡を目論んだ者の血族ならそれも当然。私たちの一族で突然産まれた子供だもの……」
「追われていた……」
あの時点でのリヤンとクラルテは追われていた。物騒な事だが、この世界では別に珍しい事ではない。
かつての魔王や神。悪逆の限りを尽くした魔王は兎も角、未だに神を謳われているソール・ゴッドだが、その血縁者は一人も残らず消された。
勇者と神の夢で見た光景ではフロマ家が代々神に仕えており、数千年後に神の子孫が産まれると既に預言されていた事もリヤンは知っている。
その預言が現代の一族に伝わっていたのかどうかは分からないが、リヤンの母親がリヤンを孕んだ事によってリヤンのレーヴと血縁関係にあるクラルテやリヤンが狙われたと考えるのが妥当だろう。
「やっぱり私の所為で……」
「ううん、それは違うわ。確かに私たち家族、親戚以外は貴女の存在を忌み嫌っていた。だけど、経緯がどうあれ産まれてくる純粋無垢な子供に罪なんてある訳がない。突然授けられた命だけど、望まれない子供じゃなかったわ」
「……」
その言葉を聞いた瞬間、リヤンの中で何かが揺らいだ。
それが何なのかは定かではない。しかし悪いモノでは無く、リヤンに必要な何かだったのは確かである。
そんなリヤンを見つめ、頭に手を乗せて撫でながらクラルテは言葉を続ける。
「そうね。追われていた理由があるとすれば、それは全部"自分"の所為。"私"という個人って意味じゃなくて、一人一人、個々での"自分自身"。誰も悪くないの。ただ、自分の中に居る負の存在。それが作用しちゃっただけ。だって皆、良い人だったからね」
追われていた理由は、存在しない存在の所為。クラルテはあくまでもそうであると考えていた。
この世に産まれた瞬間に悪になる者は居ない。例え悪になる事が定められている存在だとしても、自身の気持ち一つで正義も悪も定義は変わる。
少なくともリヤンは捨てられた訳ではないのは確かのようだ。しかし、と、リヤンは質問を続ける。
「じゃあ何で私だけ魔族の国の森に……今はもう大丈夫だけど……私もクラルテさんと一緒に行きたかった……」
フェンリルやユニコーン。その他の幻獣や魔物。魔族の国の森に居た彼らはリヤンにとっての家族のようなものだが、やはり心細さは何処かにあったのだろう。だからこそ森に居たフェンリルたちが慰めてくれていたとも取れる。
そんなリヤンの言葉を聞いたクラルテはスッと目を細め、小さく笑って返す。
「逃げ切れる保証は何処にもなかった。だから貴女だけでも生かす為にあの場所に置いたの。言い訳がましいかもしれないけど、あの時は必死だったから」
「……」
あの時、逃亡していた時のクラルテは必死だった。故に最低限の恩恵のみを与え、ああするしか無かったのだろう。
それを聞いたリヤンは俯いて何かを考える。そんなリヤンを見やり、クラルテは安堵したような面持ちで優しく笑い、更に続ける。
「だけど、後悔はしていないわ。寂しい思いをさせちゃった事に対して悪いとは思っているけど……リヤンはあの子たちに出会えた。"今はもう大丈夫"……ふふ、さっきの貴女が言った言葉よ。あの子たちの存在は貴女にとって家族以上なのかもしれないわね」
「……」
クラルテの安堵。それは、森に居たフェンリルやユニコーン。様々な幻獣に魔物。そして何より、ライ、レイ、エマ、フォンセの四人。彼らを含めてのリヤンにとって大切な存在が出来た事に対して。
クラルテの心境を概ね理解したリヤンは最後に質問した。
「じゃあ……何で前は会ってくれなかったの……」
「……」
それは、この街に来て初対面の時の事。
そんなに思ってくれていたのなら何故会おうとしなかったのか。確かにリヤンにとってかなり重要な事柄である。
それを聞いたクラルテは、少し頬を染めて気恥ずかしそうに質問に返答した。
「久し振りに会うから……緊張しちゃってね。どんな顔で会えば良いのか分からないから……なんか恥ずかしくて……」
「…………」
その言葉を聞いたリヤンは肩を落とし、無言で呆れる。
まさかそんな理由とは、思いもしない事だった。
対し、そんな表情を見てしまったクラルテは両手を振るい、慌てて弁明する。
「だ、だってしょうがないじゃない。貴女が0歳の時に別れて今は16~18歳くらい。そんなに放ったらかしにした事で怒られるのが怖くて……」
「……。クラルテさん……子供みたいだね……」
「……うっ……。まさか姪に指摘されるなんて……ううん。これも成長よね。成長。可愛い姪の成長を目の当たりに出来たって考えれば良いわ!」
リヤンの冷静な指摘を前向きに捉えるクラルテ。どうやら思ったよりもお茶目な人らしいとリヤンは思った。
イメージで言えば何度か見た記憶と幻獣の国の者たちに聞いた話くらいだったので神格化していたが、何て事のない普通の人だった。
「そう言えば……クラルテさんって幻獣の国に行った事があったんだよね……。何か理由があったの……?」
「え?」
その様な事を考えていると、ふと幻獣の国で大きな存在になっているクラルテの事をふと思い出した。
自分の姓を示す"フロマ"が合言葉になっていたり噴水を造ったりなど、幻獣の国では結構有名。何となく気に掛かった。
「うーんと、それに意図は無いわ。この国は基本的に大きな発展が無い国だから手伝って……って言われて少し力を貸しただけかな? あまり大きく景観は弄らないで、幻獣の国の良さを残してね。私、昔から者造りが得意だったの。……その時は逃亡途中で幻獣の国に匿って貰ったから、そのお礼って事。フロマが合言葉だったのは恩があるからって決めてくれた……って事かな。恩なら私の方が幻獣の国にあるのにね。取り敢えず、特に理由は無いわね。今はもう一族が仕える神様も居ないし、深い意味は無いかな」
「そうだったんた……」
幻獣の国にクラルテが行ったのは逃亡の最中だったらしく、その時名が広まり色々と建築して有名になったとの事。
確かに全体的な辻褄は合い、おかしな点も見当たらないだろう。先程と違って呼吸なども正常。そうなると言っている事は事実のようだ。
「そうだ。リヤン。貴女も聞かせて。あの子たちとの旅の思い出!」
「え……? う……うん……良いよ……」
唐突に、ライたちとの思い出を聞きたがるクラルテ。やはり本人の本当の性格はこんな感じなのだろうと、疑いの余地も無く改めて理解した。
何はともあれ、色々と謎は解けた。そして和解も終えた。そんなリヤンの表情は憑き物が落ちたかのように清々しく、屈託の無い笑顔を向けている。
ライたちが防護壁の確認を終えてこの城に戻る現在、リヤン・フロマとクラルテ・フロマ。二人の身内によるいざこざも解決するのだった。