九百三十五話 血縁
ヴァイス達の行動を理解し、この街へ攻め入って来る事を想定したライたちは一先ず迎撃の態勢を整え、警戒しつつも一時の休息を取る事にしていた。
行動範囲はこの城を中心として"パーン・テオス"の全域。元々この街自体が人間の国で最大級の街なのでヴァイス達によって被害に遭った者達でこの街まで到達出来た存在を匿う事は十分に出来ていた。
「取り敢えず、街の様子を見てみるか。ヴァイス達の魔の手が全く来ていないって事は無さそうだしな」
「うん。確か、ライが寝ている時に街の外側に何体かの生物兵器達は既に攻めて来ているって報告があったよ。兵士達やたまにアテナさんたちが行って確認しているから街に被害は及んでいないけど」
「そうか……それなら行ってみようか。"パーン・テオス"を今一度探索して侵入者とかの確認でもしよう」
生物兵器の兵士達は既にこの街に来ている。主力や兵士によって完全な侵入は阻止されているのでこの街は比較的平和なようだが、色々と思うところもあるので確認してみるに越した事は無いだろう。
ライの言葉にレイたちは頷いて返した。
「うん。お城には……というよりゼウスさんが目覚めたから私たちが行動しても大丈夫だと思うし、一言断りを入れてから行こっか」
「ああ、そうだな。最近は戦ってばかりだったから、たまにはリフレッシュするのも悪くない」
「…………」
「ふふ、そうかもな。私も行くとしよう。……それで、リヤンはどうするんだ?」
街の探索についてはレイ、エマ、フォンセの三人も同意してくれな。
そうなると残るはリヤンだが、何やら黙り込んだまま。気になって訊ねたエマの言葉にリヤンが返す。
「私は……もう少しお城に残る……戻ってきてからクラルテさんを見ていないし……気になるから……」
「そうか。確かにそうだな。遠くても近くても、親戚が居るかどうかは気になる筈だ」
「ああ。私も主力であるルミエの事は気になっている。遠い血縁だが、魔王の血がほんの少しでも流れているのは変わらない。ヴァイス達にとっては貴重な存在だ」
「俺もマルス君やヴィネラちゃんが無事なのか気になるからな。リヤンの想いはよく分かるよ」
どうやらリヤンは、親戚であるクラルテ・フロマの事を気に掛けており、それもあって城内を探してみるらしい。
親戚の事が気になるのはライとフォンセも同じ。天涯孤独ではあるが、小さくとも血の繋がりを自然と求めてしまうようだ。
「それじゃ、探索に赴くのは俺とレイ、エマ、フォンセの四人だな。リヤンもクラルテさんに会って話せると良いな」
「うん……。ライたちは気を付けて……」
チームと言えるかは分からないが、何はともあれ街を探索する者と城に残る者で分かれる事にした。
ライ、レイ、エマ、フォンセの四人が探索側。リヤンが待機側。そうと決まるや否や、ライたちとリヤンは早速自分の行動を起こすのだった。
*****
──"パーン・テオス・街中"。
城から外に出たライたちは"パーン・テオス"の街を歩いていた。
普段は明るく神聖な雰囲気の白亜の街だが、今は重い空気が街全体を覆っている。侵略者の脅威が直ぐそこまで迫っている。それも当然だろう。
周りの様子を見やり、ライは言葉を発した。
「……。今の状況だと、流石に街の様子も不穏だな。全員に不安の表情が窺える」
「ああ。絶対的な信頼の置ける主力達がやられた事も既に知っているだろうからな。不安は募れど払う事は出来ないだろう」
不安の根元は無論、侵略者の存在。
ライたちが敵ではないという事はヘラ達が既に伝えている事だろう。なので最も不安の種と言えるのが世界中で暴れまわっているヴァイス達の存在だ。
そんな陰鬱な雰囲気の中、一人の男性が街を走り抜けて大声で話していた。
「ゼ、ゼウス様がお目覚めになったぞーッ!」
「な、なんだって!?」
それは、支配者であるゼウスが起きた事に対してのもの。
どうやら住人達にもゼウスの意識が無くなっていたという情報は入っていたらしく、街の雰囲気が悪かった理由の一つでもあったのだろう。
しかしそんなゼウスが目覚めた。それを聞いた住人達の目には光が戻り、同時に歓喜の声が沸き上がった。
「「「おおおおッッッ!!!」」」
「やったぞ!!」
「これで世界に平穏が戻る!!」
「全員救われるんだ!!」
「バンザーイ!!」
「……っ。凄い歓声だな……」
「ああ……。まあ、分からなくも無いが……」
「うん……不安は大きかっただろうからね……」
「絶対的な存在というのは精神的支柱としても必要不可欠という事か……」
その声量は凄まじく、耳鳴りがしそうなもの。
だがしかし、それはつまり、それ程までに大きな不安が募っていた事の表れだった。
支配者が倒れて一週間。それと同時に過激派侵略者が大きな行動に出た。不安になるなという方が無理な相談だろう。
「そう言えば、俺たちがゼウスを倒したって情報は伝えられていないんだな。もし伝わっていたらもう少し非難の目を向けられてもおかしくないけど、此処まで来てもそれがないや」
「予めこうなる事を予測していたのかもしれないな。グラオの存在から、少し調べれば面識の無い者達でもヴァイスの存在に辿り着ける。そんなヴァイス達が世界的に大戦争を吹っ掛けているとなり、ライの性格を理解すれば侵略者を払い退けるのに役立つと考えるだろうからな」
「ハハ、確かにそうかもしれないな。思えば俺が目覚めてからアテナは兎も角、ヘラやヘルメスは多少思うところがあったかもしれないけど比較的穏便に接してくれていた。眠っている俺たちに仕掛けなかったものそれなら合点はいくな」
ゼウスを倒した者がライであると住人達は知らない様子。その方がこの人間の国に置いて都合が良いと考え、その事に関しての報告もしていなかったと考えるのが妥当だろう。
それによって疑問点もある程度は埋まる。この街の、というより、この国からしてもライたちの存在を明かさない方が利点は多いのだ。
「まあ兎に角、それなら俺たちにとってもこの街で行動を起こしやすいな。警戒されないってだけで聞き方次第である程度の情報を得られるかもしれない。……と言っても俺たちはヴァイスが来るのを待って迎撃するだけだから情報を集める必要も無いんだけどな」
「そうだね。取り敢えず早く街の出入口に行ってみようか? 今、全ての主力はお城に居るから生物兵器の兵士達が攻めて来ていたら相手するのが難しそうだし」
「それが良いな。ライが言うように今更集める情報もない。それなら敵の動向を生物兵器を通して知れば良いだけだ」
うん。と、ライ、レイ、エマ、フォンセの四人は全員が頷く。
情報も何も無い。それなら戦況を見極めるのが先決だろう。
ヴァイス達の行動を気に掛けつつ、ライたち四人は街の出入口に向かうのだった。
*****
──"パーン・テオス・ゼウスの城"。
「……。ゼウスさん……一つお聞きしたいのですけど……」
「……皆まで言うな。何を聞きたいのかは分かっている。クラルテについてだろう?」
「はい……」
ライたちが街中を探索している一方で、リヤンは白亜の柱が立ち並ぶ豪華絢爛な大広間にてゼウスにクラルテ・フロマの事を訊ねていた。
リヤンの母親の妹、クラルテ・フロマ。
唯一かもしれないリヤンとの血の繋がりがある存在であり、記憶や夢で何度か見た事がある者。
最初にこの城に攻め入った時はあしらわれてしまったが、一時的にゼウスたちと和解した現在、事を調べるのは比較的楽になっていた。
そして無論、ゼウスは既にリヤンが何を聞きたいのかを理解している。そんなゼウスの言葉に対し、リヤンは続けるように質問した。
「私が見たお手伝いさん……彼女は私の親戚……クラルテ・フロマですか?」
それは率直な質問。
先ず一番重要なのは、感覚だけで姿を見た事の無いクラルテについて。
別人という事は無いだろう。それは直感で分かっている。しかし絶対的な存在であるゼウスの言葉を聞く事で改めて実感しようと考えているのだ。
ゼウスはリヤンの言葉に返した。
「ああ。間違いない。お主が見た者はお主の母親、レーヴ・フロマの妹。クラルテ・フロマ。その者だ」
「……っ」
その答えは、リヤンが思った通りのもの。
やはりあの女性はクラルテ・フロマだったようだが、なら、とリヤンは質問を続ける。
「それなら……何でクラルテさんは私を遠避けたんだろう……。私の事は知っていたみたいだけど……私は母の……クラルテさんの姉の命を奪って産まれてきたから嫌われているのかな……」
「それなら主を安全な場所には預けぬだろう。まあ、主から見れば預けるというよりは置き去りにしたとも取れるがな」
「…………」
リヤンはクラルテに嫌われているのか、それを一番気にしている様子だった。
それについてゼウスなら全てを知っているが敢えて濁し、曖昧な表現で話す。
そう、リヤンを安全な場所に避難させたとも、置き去りにしたとも取れるクラルテの行動。それは受け取り手次第でどちらにもなりうる。だからこそゼウスは特に言及しなかった。
「つまるところ、それはお主次第という事だ。お主から見てクラルテの行動はどうだった?」
「クラルテさんの……行動……」
ゼウスは全てを知っている。知ろうとすれば知れる。だがそれについては言わず、リヤンに意見を委ねた。
これはライの時と同様、リヤンに与える試練のようなものだろう。
リヤンがクラルテをどう思っているのか。それを自分の意思によって判断させる事でリヤンの成長を手助けしているのだ。
ゼウスに訊ねられ、数秒間考えたリヤンは言葉を返した。
「クラルテさん……泣いてた……夢なのかな……記憶の中で見ただけなんだけど……私を魔族の国の森に置いて行く時……泣いてた……」
「その涙はどちらのものだった? 怨み辛みを抱え込んだ憎しみの涙か、主を心配する慈愛の涙か。それが分かれば自ずと自分に対する情が分かるだろう」
「……!」
ゼウスの言葉にリヤンはハッとする。
朧気な記憶の中に居たクラルテだったが、少なくとも憎しみは感じられなかった。
それどころか、リヤンに癒しの源を授ける始末。何処で手に入れたモノなのかは未だに分からないが、リヤンは一つだけ確かな事実が分かった。
「……。うん……ゼウスさん……。私……クラルテさんを探してみる……」
「そうか。何のアドバイスをしたという訳でもないが、何かを掴んだならそれを実行に移すと良いだろう。一つだけ託宣を与えるとすれば、クラルテはまだこの城に居る。という事くらいた」
「ありがとう……」
憎しみは無い。つまり、憎しみ以外の残った感情があの時のクラルテの心境という事になる。
憎しみ以外にも負の感情は様々。しかし、あの時のクラルテからは悲しみを強く感じた。リヤンがまだ赤子だった時であり、偶々記憶が蘇ったに過ぎない。だが、確かな確信が何処かにあった。
「さて、早いところ顔を見せれば良いのにな。クラルテの奴は。会えない理由がまさかそんな事だとは、そう簡単には気付くまい。気長に待つとするか」
呟くように話して立ち上がり、ゼウスは自室に戻る。おそらくまた白紙の本を読み、この長い時間を潰そうと考えているのだろう。
ヴァイス達の脅威はすぐそこまで来ている。その事にも気付いているが、ゼウスは余裕のある面持ちだった。
ライ、レイ、エマ、フォンセの四人が"パーン・テオス"の街を探索する頃、リヤンはクラルテを探して城の中を奔走するのだった。