九百三十四話 全世界の状況
──"人間の国・支配者の街・パーン・テオス"。
「……。……此処は……」
「……! お、目覚めたか。ライ! レイたちも目覚めているぞ!」
「……エマ。……ハハ、なんだか、珍しく声を張り上げているな」
「ふふ……確かにそうかもしれないな。今回の戦闘はそれ程の戦いだった。まさかライが一週間も目覚めないなんてな」
「……。そんなに寝ていたのか。俺」
決着が付いてから一週間後、目覚めたライを見たエマは安堵し、ライは自分の寝ていた期間を聞いて肩を落とす。
しかしエマが言うようにレイたちも無事という事は分かった。その点に関しては一先ず良いとはっきり言えるだろう。
「それで、レイたちとゼウス。その他の主力達はどうなんだ?」
「ああ。レイたちは三日前に目覚めて今はこの城の各部屋に居るよ。全員ライの看病をしたいって言っていたが、生身のレイたちは眠らないと身体を壊すからな。それでゼウスはまだ目覚めないで自室に居る。他の主力や城の兵士達はゼウスが居ないなら勝手な行動は出来ないと、今は私たちと争ってはいないな」
レイたちの情報を聞き、どうやら大丈夫そうだと改めて安堵する。
しかしゼウスは未だに目覚めていないらしく、他の主力達と争っているという訳でもないようだ。
なんやかんや、今はまだ平穏な時間が続いているのだろうと分かった。
「じゃあ、早速で悪いけどレイたちの元に案内してくれないか? エマの今の様子を見て分かったけど……かなり心配掛けちゃったみたいだからな」
「ああ。確かに中々目覚めず不安だった。まあ、目覚めたからな。それはとても喜ばしい事だ。レイたちもライと会いたがっている。取り敢えず貴賓室か大広間にでも集めるか」
「じゃあ、俺も行くよ。一週間も寝た切りだったなら身体も鈍っている筈だからな」
「ふっ、分かった。じゃあ一週間振りに全員が集まれるな」
レイたちは割り当てられた部屋に居る。なのでライはそんなレイたちの元に自分も行こうとベッドから起き上がった。
ライが来てくれるならエマとしても良い事である。なので否定せずに同意し、ライとエマはこの部屋から外に出る。
*****
「ライ! 起きたんだね! 良かった~!」
「わわっ……! ハハ、心配掛けたなレイ」
エマと共にレイたちの部屋を見て回る事にしたライは、出会った瞬間レイに抱き付かれた。
それによってバランスが崩れて揺らぐが耐え、余程心配していたのだと改めて理解する。
「レイ。私も抱き付いていないんだ。少しズルいぞ」
「え? あ、ゴメン! ライ! 負傷していた身体に響いちゃった!?」
「ハハ。いや、大丈夫だ。傷は癒えているからな。レイたちが看病してくれたんだろ?」
「うん……けど、傷の治療はフォンセとリヤンの力かな。私たちも力が戻るのは少し遅かったから直ぐには治せなかったけど、エマが私たちに血を分けてくれたんだ」
「……。へえ……」
看病はレイたち全員が代わる代わる行ってくれたらしいが、傷の治療はフォンセとリヤン。その前にエマが血を分けてくれたらしい。
それを聞き、ライは気まずそうに言葉を続ける。
「……悪かったな。エマ。最近はロクに血液も補充していないだろ? それなのに血を分けてくれて」
「ふっ、気にするな。ライたちの為なら容易い事だ。私自身をくれてやっても良いぞ」
「え!? エマ……それって……」
「ふふ……冗談だ」
とても冗談に聞こえない声音で言い放たれた言葉だが、エマは軽く笑って返す。
何はともあれ、レイたち全員のお陰で治療が出来た事が分かった。そのままライ、レイ、エマの三人はフォンセとリヤンの部屋にも向かい、同じような反応と共に全員が大広間に集った。
「それで……良いのか? 侵略者を捕らえなくて」
「「…………」」
「……」
そう、"全員"が。
それはヘラやアテナ、ヘルメスなどの主力も例外無くである。
一応侵略者という立場のライはヘラ達に自分たちを放っておいても良いのか訊ね、その言葉にはヘラが返す。
「うむ、構わぬさ。この国の支配者はゼウスだからの。それに、私たちも主らに治療を施して貰った。それを仇で返す程に薄情ではない。……まあ、傷を作ったのも主らの所為なのだがの」
「そう言う事だ。不本意だが、動けぬ者を狙う程に落ちぶれてはいないからな。私たちの寛容さに感謝するが良い」
「ハハ、気にしなくて良いよ。俺的にも色々と思うところはあるけど、死者は居なかったからね。それに、もう一人の侵略者を追い出してくれたみたいだからな。そのもう一人は何処に行ったのか分からないけど」
侵略者を捕らえないのは国の主力としてどうかと思われるが、本人達的には構わないとの事。
ヘラやアテナはまだ根に持っているようだが、それも仕方のない事だろう。寧ろあまり気にしている様子のないヘルメスが異常とも取れた。
尤も、今のヘルメスがそう言った者を演じているだけかもしれないが。
「取り敢えず、捕らえはしないんだな。それは俺たちとしても有り難い。となると、ゼウスが目覚めてその考え次第で決定するって事か」
「まあ、そんなところよの。一先ずはゼウスの目覚め次第だ。主らは、今のうちだけは客としてもてなしてやる。ゼウスが目覚めるまで暫し寛ぐが良い」
全ての決定はゼウス次第。それが支配者制度の本筋。本当にどうしようもない時は幹部や側近のような他の主力達が独自で判断して決定するが、今現在は生物兵器の進行も止まっており平穏な空間が形成されている。なので独自で判断する必要も無いのだろう。
故に今回のライたちは客という扱いを受けられるようだ。
話が纏まり掛けてきたところで、ふとヘルメスが思い出したかのようにライたちへ一つの紙を渡した。
「そうそう。君達が全員目覚めたなら、これを渡しておくよ。少なくともこの街は平和だけど……今世界では様々な問題が生じているからね。伝達係として俺が大雑把にだけど情報を集めておいた」
「世界の情報? 確かに気になるな……生物兵器の進行があってグラオが来たって事は、ヴァイス達が本格的に動き出したって事だからな」
それは、ヘルメスが独自で集めていた今現在、世界で生じている問題について集めていた情報。
ライはヴァイス達の懸念しつつ手に取り、その文を朗読する。
「なになに……──"魔族の国、壊滅。支配者、全ての主力ともに行方不明。"──幻獣の国、壊滅。支配者、全ての主力ともに行方不明"。──"魔物の国、壊滅。支配者、全ての主力ともに行方不明"。──"人間の国、主力の街、パーン・テオスを除いて壊滅"。──"尚、人間の国、魔族の国、幻獣の国、魔物の国、住人と兵士達は半数が行方不明"……って……なんだよ……これ……思ったよりもマズイ事になっているんじゃないか……!」
そこに書かれていた文は、凄まじく悲惨な事柄。淡々と綴られた文章だが、だからこそ悲壮感が伝えられた。
要約すると、今、全世界が壊滅的状況にあるという事。
ヘルメスの情報が正しければ全世界の国や街が此処"パーン・テオス"を除いて壊滅しているという事になる。
半数の住人や兵士達が行方不明という事は、残りの半数はまだ何処かに生き延びているという事だが、それでも十分過ぎる程に壊滅的な状況だった。
「そうだ。今、世界中で大きな問題が生じている。原因はおそらく例の過激派侵略者。兎に角、全ての国の全ての主力を標的に動いているようだ」
「待てよ……という事はシヴァやドラゴン。テュポーンみたいな支配者にアマテラスのような国の直属主力とは違う主力や主神もやられたのか!?」
「そうなるな。俺もその者達に見つからぬよう情報を集めていたから詳しくは知らないが、ほぼ確実にそうだろう。たった一週間で世界が崩壊した」
世界の崩壊。それは比喩にあらず、ヘルメスから訂正の言葉も出ない。
直々に現地へ出向いたヘルメスがそう言うのだから信憑性しか存在しない言葉だった。
「こんな事していられない。今すぐ行かなくちゃ。今の世界でアイツらを止められるのは俺たちだけだ。主力は無事として、一般人や兵士達は既に選別されているかもしれない……!」
「「うん……!」」
「「ああ……!」」
ヘルメスの言葉を聞き、居ても立ってもいられなくなったライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人。ライたちには、兵士や住人を含めて世界中に知り合いが居る。気の良い店員とも沢山出会った。
なので助けに行かない訳にはいかないだろう。
慌てて準備をする五人。そんな五人の元に、一つの声が掛かった。
「いや、慌てる必要はない。どうやら今回の侵略者達は主力を集める事に集中して住人や兵士を捕らえたは良いがまだ何もしていないからな」
「「……!」」
「「……!」」
「「「……!」」」
その声に、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人。そしてヘラ、アテナ、ヘルメスの三人が反応を示した。
声の主は髪を揺らしながらゆっくりと歩み寄り、始めにライが言葉を返した。
「目が覚めたんだな。ゼウス。良く眠れたか?」
「起きて早々皮肉を言われるとはな。だが、休めたと言えばそうだな。この様に清々しい気分は久々だ」
その声の主は、先程まで眠っていたゼウス。
ライの言葉に冗談めいた口調で返し、そんなゼウスを見やったヘラ、アテナ、ヘルメスが続くように返す。
「ゼウスがそう言うのなら本当にそうなのだろうな。成る程、主力を集めているから住人や兵士は無事……確かに合点はいく」
「ああ。ゼウス様が言うなら間違いはないか。しかし、それでもやはり不安ではあるな」
「ま、取り敢えずまだ死者が居ないって事だし最悪には至っていないか。ゼウス様が目覚めたから俺の情報収集は無駄足に終わったけどな」
ゼウスの意見は絶対的な信用がある。無論、それは全知全能だからである。
この世のありとあらゆる事柄からこの世に存在しない事柄。または別次元や別空間。別の世界線の事柄。その全てを知っているのだから当然だろう。
例え全知全能すらをも無効化する力があったとしても、それもあくまで全能の一部でしかない。故にゼウスの力は文字通り全ての最上位。それより上は存在しない力という事だ。
だからこそゼウスが大丈夫だと言うのならそれは大丈夫という事になる。
「けど、慌てる必要が無いって言われてもな。既に全世界が壊滅している現状、のんびりはしていられないだろ? 早く世界を救済しなくちゃな。ヴァイスから奪い返す為にも急ぐに越した事は無いだろうさ」
「やれやれ。主は鋭いと思っていたのだがな。全知全能をも上回る力を有しているというのに、世界を救う……いや、征服する為となるとその思考も停止してしまうか」
「……なんだよ。その言い方。俺だって色々と考えているさ」
ゼウスの言い方に少しムッとし、ライは言葉を返す。それだけ見れば年相応の反応だろう。
しかしゼウスは構わずライへ言葉を続ける。
「もっと深く考えてみよ。その者達は主力を中心に狙っているのだ。つまり、我らが赴かずとも何れ来るという事になる。それまで住人や兵士に手を出さないと考えれば、このまま此処でその者達を迎え撃った方が合理的だろう。まあ、我は今言った事柄が本当に起きるかどうかも知っているが、あくまで主目線の限られた情報だけでも推測くらいは出来るだろう」
「あ、そっか。確かにヴァイス達の狙いは主力。住人や兵士はおまけ程度で二の次。それに、俺たちの存在は絶対に欲しい筈……冷静に考えれば辿り着けた答えだ」
ゼウスに言われた事を改めて反復し、確かにそうだと納得した。
そう、ヴァイスの狙いはライも知っている。なので態々相手の行動に便乗する必要も無かったのだ。
落ち着きを取り戻して椅子に座ったライとレイたちを見やり、ゼウスは更に続ける。
「兎に角、今回は我らも協力する。主になら世界を譲っても良いが、あの者達には譲れぬからな」
「え!? ゼウス様!? 今、なんと……!?」
ゼウスの言葉に大きく反応を示したのはアテナ。
協力という部分は否定せず、アテナは言葉を続けた。
「協力は仕方無いにしても、彼らに世界を譲るって本当ですか!? な、納得いきません!!」
「だろうの。だが、主も考えてみよ。我は先の未来全てを見通せる。そんな我が譲っても良いと言った意味をな」
「……っ」
「諦めよ。アテナ。ゼウスが良いと言ったのだからそれで世界は良い方向になるという事だろう」
「そうだな。確かに何度か戦っているけど、確実に悪い奴等じゃないってのは俺にも分かったからな。お前もだろ? アテナ」
全知全能の言葉。全てを知るゼウスの言葉は確かに絶対的だ。
それは威圧や脅しなどのような事柄ではない。それが事実。それが世界の常識となりうるのだから。
「まあ、納得出来ぬのも無理はない。論理的には分かっていても、自身のプライドがあるからな。我もそれは否定しない。決めるのは直接手合わせしたお主自身だ」
「私……自身……」
ゼウスの言葉を呟くように反復させる。
そう、アテナも全て分かっている。ゼウスの言葉が絶対的という事もあるがそれだけではなく、ライたちの深い部分の性格を。
だからこそ嫌なのだろう。それでも侵略者なのは変わらない。敵なのにその敵を認める。アテナにとっては複雑だった。
「……。まあ、今回は良い。今回の騒動が終わったら改めて考えるぞ……侵略者共……」
「……。ハハ、ああ。認めさせるよ。アンタもな。俺の世界征服は全員に認められて始めて達成されるからな。それは力で捩じ伏せたモノじゃなく、自然とそう思わせるモノにする」
「……」
ライの真っ直ぐな目を見やり、既に声に覇気がないアテナはまた揺らぐ。
全員に認められる。それも含めての世界征服を行うライは、また新たな目的が出来た。
今現在、世界中でヴァイス達は行動を起こしているが、それを解決するのはゼウスの言うように本人達が仕掛けて来てからで良いだろう。いや、寧ろそれが最善策とも言える。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人とゼウス、ヘラ、アテナ、ヘルメスの四人は、必ず来るであろうヴァイスとの決戦まで英気を養うのだった。